第9話 勝者が宴で得るものは ②

 フィルバート・スターバウは若い女性たちに囲まれ、談笑していた。先日の結婚式とは違い正装である必要はないので、女性たちも色とりどりのドレスを着て、華やかだ。じきに、ダンスがはじまった。


 デイミオンと何を言い争っていたのか、少なくともフィルは絶対に教えてくれないだろう。リアナはしかたなく、自分で情報を探ることにした。


 ダンスを踊らない壁の花たちのなかでも、ひときわまばゆい美男子たちに囲まれた一人の中年女性を探す――いた。

 面白くない気持ちを我慢し、権力者らしい微笑みを浮かべて、リアナは彼女に近づいた。

「タナスタス卿」

「リアナ陛下さま

 涼やかな声で応じると、女性は周囲の男たちに目くばせした。輝くばかりの、タマリス選りすぐりの美男子たちが、彼女の合図にさっと道をあけた。


「ごきげんよう。あいかわらず、おモテになってけっこうね」

「ダンスが苦手な者同士で無聊を慰めておりました。お恥ずかしいことですわ」

 女性はやわらかく微笑んだ。

 オンブリア社交界の優雅なる一輪のバラ、レディ・ターニアこと、タナスタス・ウィンター卿は細身のイケメンと比較して三倍ほどの重量がある。遠目に見れば積み重ねられた柔らかな餅のよう。その彼女こそ、タマリス一のモテ女子にして情報通なのだ。く、くやしい。


「今年のフィルバートさまは、若い女性たちにたいそう人気がございますね」

 ターニアは穏やかに言った。その口調で、リアナは自分の意図が読まれていることを悟った。もっと普段から彼女と交流していれば、当たり障りない話に本題をまぎれこませることもできたのだが、仕方がない。リアナはこの優雅な美女が嫌いなのだ。単に、うらやましくってたまらないというやっかみなのだが。


「そうみたいね」

「シーズンに参加するという正式な表明は、まだなさっていないみたいですが、その可能性は大きいのでしょう。……そうでなければ」

 ターニアは、広間の中心で女性とペアになって踊っているフィルバートのほうを見やった。リアナの目線も彼を追った。

「そうでなければ、デビュタントの女性と踊ったりはしませんから」

「……そうね」

 フィルバートは、まるで十年も前からシーズンに参加しているかのようにふるまい、踊っていた。デイミオンと言い争っていた時の、あの冷たい、憎しみさえこもった表情が嘘のようににこやかで、まるで心から楽しんでいるという顔だった。


(結局のところ、わたしは焼きもちを焼いているだけなのかしら?)

 リアナはそう認めざるを得なかった。フィルバートは、彼女の初めての相手だった――あの嵐の夜のことは、三人の誰もが口にしないようにしている公然の秘密のようなものだ。


「ですが、シーズンのお誘いはお受けになっていない。もう心に決めたほかの女性がいらっしゃるのでしょうね」

 その言葉に、リアナはどきっとした。そんな話は聞いてない。

「誰なの、その女性は?」


 ターニアは思慮深い間をおいてから、答えた。

「噂では、ルウェリン卿ではないかと」

「ルウェリン卿? 聞かない名前ね」

 リアナはいぶかしんだが、頭の中に名前をメモしておいた。どこの女だか調べてやるわ。

 社交界の華は、そんな上王を控えめな態度で見守っていた。

「ご結婚されたばかりではあるけれど、ご主人は大領主でいらっしゃるから……、領地のことでお忙しくて、さみしいでしょうね」

「ご主人って……結婚してる女性なの!?」リアナは目を剥いた。「フィルはいったい何をやってるの? 人妻が相手だなんて……」


♢♦♢


 空になったグラスを、給仕役に渡す。


 レディ・ターニアは出し惜しみせず情報を教えてくれたが、リアナのほうでは「聞かなければよかった」という気持ちになりはじめていた。

 フィルに直接聞ければいいのだが、当人は立て続けに女性を踊りに誘い、また誘われていて、会話を切りだすタイミングがない。

 もしかして、あえて彼女を避けるためにそうしているのかもしれない。


『いつかは人生を誰かとわかちあえるかもしれません。誰かを心から愛せるかも……あなたが俺に心臓ハートをくれたから』


 フィルバートは、かつて彼女にそう言った。そしてその後に、「あなたを愛していました」と過去形で告げたのだった。そんなに昔のことだっただろうか?


 リアナは首を振った。

 どのみち、フィルがどんな女性を選ぼうと、自分に口を出す権利はない。家族なのだし、黙っていてもそのうち紹介してくるかもしれない。心の準備をしておいたほうがよさそうだった。


 暗いもの思いはやめようと、夫を探した。小姓に場所を尋ね、バルコニーに続く扉が開かれる。

 〈王の間〉の前は小さな庭になっている。パゴダのほうでは恋人たちらしき影が寄り添っていた。デイミオンはグラスを手に、奥のバルコニーに立っていた。

 恋人たちの横を通りぬけて、夫に近づいていった。

 バルコニーからタマリスの街を見下ろしていたデイミオンは、妻の姿に気づいてこちらに向きなおった。



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〇レディ・ターニアの初出はこちら:

【小話3】デイミオン卿の浮気調査

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885999373/episodes/1177354054886185776


〇フィルの告白シーン:

終章 Tell Me a Story

https://kakuyomu.jp/works/1177354054886413459/episodes/1177354054886949011

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