第10話 星空の下の二人

 デイミオンは妻のほうに向きなおった。夜には空と同じ色になる瞳が、彼女を見下ろしている。

「……やはり、そっちのドレスのほうが似合うな」

「踊りの衣装よりも?」

「ああ」

 腰を抱いて顔を近づける。「だが、あの首輪は良かった」

「竜車のなかでは、もうよ。ハダルク卿が呆れてたじゃないの」

「おまえも楽しんでいたくせに」 

 二人は秘密を共有するように笑い声を漏らした。


「エンガス卿と話しこんでたわね」

「まあ、いろいろな」

 水を向けると、夫は言葉をにごした。たぶん何かを画策していて、それをリアナには知られたくないのだろう。知られたくないということも含めて、おそらく彼女のためなのだろうと疑っていたが、やはり心配だった。


「なにかあったの? デイ、最近元気ないわよ」

「そうか?」

「そうよ。元気なときは、わたしたちもっと、ケンカばっかりじゃない? あなたは自信満々の嫌なヤツだし」

 星空の下、デイミオンはほのかに笑った。「そうかもな」


 広間のほうからは、ゆったりしたリュートの音が流れてくる。夜通し続く宴だが、ダンスはいったん、終わったのだろう。

「ヒュダリオン卿になにか言われた?」

 そう尋ねると、夫は苦笑して首を振った。

「ヒュー叔父のことは、まあいいんだ。結局のところ王も当主も俺なんだから、文句は言わせない」

「じゃあ……どうして?」


 デイミオンはためらうような間をおいて、彼女を抱き寄せた。ぎゅうぎゅうに抱きこまれるとほっとして、リアナは安堵のため息を漏らした。「……デイミオン」


「叔母上とハダルクの結婚で、どうしても考えてしまうんだ」ささやくような声でそう言う。

「あの二人がパートナーを探すようになったのは、お互いのつがいの相手と子どもが授からなかったからだが……どちらも初婚で、つがいの相手を深く愛していた。だから、シーズンの務めにはまったく乗り気じゃなかった。相手を批判されたくなくて務めに出たようなものだった」

 

「でも、結局は子どもの父母を選んだ」

 リアナは夫の胸のなかで、穏やかで切実な声を静かに聞いていた。

「子どもをなせない夫婦は、いずれ別れてしまうのだろうか」


「そんなことで悩んでたの? わたしが半死者デーグルモールになったときにプロポーズしたあなたが?」

 リアナは背伸びをして夫の頬を手ではさみ、額を合わせた。

「あなたのいない人生は、人生じゃないわ、デイミオン。ずっと一緒よ。子どもができようと、できなかろうと」



♢♦♢


 ヴィクトリオンは、首と肩をまわしてぼきぼきと音を鳴らした。社交の場は苦手だ。明日も朝から剣術稽古だし、早く兵舎に戻って眠りたい。

 両親の結婚話を聞きたがった貴族たちは多かったが、そのあたりはナイメリオンに任せることにして、もう下がるつもりだった。退出のあいさつをしようと剣の師匠の姿を探す。


 フィルバート・スターバウは、庭に続く扉の近くに身をもたせて立っていた。高価なガラス扉にすらりとした半身が映っている。

 今日は師匠も楽しんでたみたいでよかったな、とヴィクは素直に思う。『とかくリアナ陛下のことしか頭にない男だけど、そろそろ次の相手を見つけてもいい頃だ』って、テオも言ってたし。


『誰がリアナについていたんだ!』


 ケガをした王都警備隊員の代わりに、リアナ王配が潜入したという一報を受けたときの、フィルバートの怒声を思いだす。あの人、本人がいないところでだけ、陛下を呼び捨てにするんだよな。

 

『あの人にあんな無茶をさせて、デイもどうかしてる。ライダーとしては無傷でも、女性として傷つけられることはあり得るのに』

 もう一人の女性捜査官が潜入していることと、すでにデイミオンやナイル卿が客として会場入りしていることを告げなければ、そのまま単身で乗りこんでいたに違いない。

 それにしても、兄の配偶者を案じるにしては、あまりにも狼狽ろうばいした声だった。……


 彼の視線の先を自然に見やると、薄暗がりに身を寄せ合った人影があった。宴が盛りあがってくると、明るい広間からバルコニーに出るカップルは多い。ヴィクは目がいいので、通路の奥にいるのが年の離れた従兄とその妻であるとわかった。いやあ、相変わらずお熱いことで。


「フィル、俺そろそろ……」

 声をかけようとしたヴィクは、しかし、そのまま固まった。


 寄りそう国王夫妻を見るフィルバートの目は、夜闇のように暗かった。




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「リアナシリーズ」について

※※作者名の付記されていないサイトは無断転載です。作者名(西フロイデ)の表記がある投稿サイトでお読みください※※

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