白竜の王妃リアナ① あなたの目ざめる春に (リアナシリーズ4)

西フロイデ

第四部

序章 闇オークション 【リアナ①】

第1話 暗闇の少女たち

 暗闇のなかに、女たちのすすり泣く声が聞こえる。


 一人、二人ではない。泣き声だけでも数名分。肩を震わせている人影や、ぼんやりとうずくまってじっとしている人影も数にいれれば、全部で12、3名ほどが押しこめられている。すべてが、若い女性ばかりであった。


 じっとりと湿った、石造りの粗末な部屋である。半地下で、もとは食料置き場パントリーとしてでも使われていたのだろうと思われた。


 竜の国、オンブリアの首都タマリスには、実のところたくさんの空き家がある。

 特に金のかかる貴族の屋敷は、竜族たちの少子高齢化が進むなか、相続する者がいない、田舎の領地で精いっぱいといった事情から、管理する者もなく荒れ果てている屋敷がいくつかある。そんな屋敷のなかの一つに、非合法に女性たちが集められているのだった。


「食事だぞ」

 世話役、あるいは見張り役の男たちが、交代で食事を運んでくる。食事は遅れずに出ていた。ふすまの混じった固いパンとチーズ数切れ、それに獣臭い茹で肉がつくこともある。ここでの食事も両手に余るほどの回数になり、女たちは従順にそれらを手渡して配っていった。


「こんなひどいもの、食べられない」少女の一人が泣き言を吐いた。

「うちの田舎でだって、こんな固くて臭い肉、食べたことないもの」

「そうよ」「私もそうだわ」と同調する女性たちがいる。


 しかし壁際のやせた女たちは、文句も言わずにがつがつと、そのみじめな食事をかきこんでいた。もとからスラム街で暮らしていたような所作をしている。この程度の食事でも、あるだけましというのだろう。

 とはいえ、服装で身分を区別することはできなかった。高価な衣類はみな取りあげられ、みな同じような、露出の多いコスチュームを着せられていたからだ。ラメ入りの薄いボディスに、膝までしかないスカート。肩も腕も露出して、どんな竜族女性も眉をひそめるようなけばけばしい格好だった。


「泣いちゃだめよ」

 なかでも、少女たちのまとめ役のようになっている年長の女性が、ほかの女性たちを励ました。まっすぐな銀髪に緑の目、典型的な竜族の美女といった容貌で、煽情的な衣装を着せられても威厳を保っていた。

「心を強く持って。きっと、竜祖さまのお導きがあるはずだから」

「でも、こんなところに閉じこめられて……。とても喉を通らないわ」



 狭い牢のなかでも、女性たちはそれぞれ似た者同士で集まる習性があるようだった。ぼんやりとした明かりが、比較的育ちの良さそうなグループと、スラム街育ちのような女性のグループとを映しだしている。その、真ん中あたりから声がした。


「ねえ、それ、食べないならこっちにくれない?」


 落ちついた、冷静といってもいい声である。暗くて見えづらいが、金髪、目は薄い灰色だろうか。かなり若い女性だが、成人前ということはなさそうだ。「こっちはもうちょっと食べそうな子がいるんだけど」


「どうぞ」銀髪の美女が、食事を手渡した。


「どうも」

 金髪の若い女は、食べたりなさそうな痩せた女たちにそれを配り、自分でもチーズのひとかけをかじっている。たしか、つい昨日連れてこられたばかりの女性である。これまで目立つ様子はなかったが、ふてぶてしいといっていいほど落ちついて見えた。


「私も、あんなふうに図太くなれたらいいのに」食事を譲った女性が、涙まじりに呟いた。もとは茶髪をきれいに結いあげた町娘風で、なるほど線の細い顔だちであった。


「そうね……」銀髪の女はうわの空で同調した。(おかしなひとだわ)、と考えていた。

 ここに来るまでのを考えれば、もっと悲嘆にくれてよさそうなものだ。女たちの多くは、あまり出自を語らないように生きてきた者が多かった――子どもの命がなにより尊ばれるオンブリアでは、たとえ人間との混血であっても、〈竜の心臓〉さえあれば、同胞として迎えいれられる。それでも、外見でそれとわからないような混血児たちは、口を閉じて無用な疑いを避けていた。おそらく、人間の国でも同じだろう。自身もそうだった。



「よーし、いよいよ今夜だな」

 男の一人が手を打った。「これでようやく、女どもの世話からおさらばできるぜ」

「こんなに苦労して、あちこちからかきあつめて、取り分は二割なんだからな。世知辛い世の中だぜ、まったく」

「客の入りはどうだ?」

「まぁまぁだな。あんまり多くてもガサ入れが心配だ、こんなもんだろ」

「もの好きなお貴族さまたちが多いってこったな」


 その会話だけで、自分たちのこれからの行く末が想像できるようだ。銀髪の女は身を震わせた。

 だが彼女の懸念とは裏腹に、ほかの女たちからは安堵に似た雰囲気がただよっていた。牢が開いて外に出されようとしていたからだった。

(でも、これから行く先を考えれば、楽観的にはなれないわ――)女は思った。


「おまえたち、名前を確認するぞ」

 女たちは次々に名乗らされ、男が手元の書きつけと照合していった。


「おまえは?」

「モーガン」銀髪の女は自分の名前を言い、そして牢を出た。やはり気になって、ちらりと背後を見やる。彼女は、自分のすぐ後ろにいた。


「おまえは?」

「リアナ」牢から出ながら、金髪の女ははっきりと名乗った。


「おっ、こりゃ王妃さまと同じ名前じゃないか? おんなじ金髪だしよ」

「出世する画数よ」女はにこっとした。笑うとなかなか愛嬌があって、かわいらしい顔だちに見える。

「違いねぇ、俺の姪っ子もおんなじ名前でよ」

「それは、べっぴん間違いなしね」

「おうよ」



 そして、女性たちは二列に並ばされ、どこか別の場所へと連れられていく。狭く陰鬱な通路が、しだいにごく普通の貴族の屋敷のように見えてきた。地上階に出たのだろう。


「人さらいたちと仲良くしゃべるなんて、どうかしてるわ」

 モーガンは、リアナと名乗った女に苦言した。もちろん、気づかれないように小声ではあったが。

「小悪党だろうが同じ竜族よ。愛想よくしとけば隙もできるわ」リアナは肩をすくめた。

「小悪党だなんて……女性をさらって、売ってしまうようなやつらなのよ!」

「そういうヤツらを小悪党って言うんじゃないの? 少なくとも、商品としての扱いはしてくれてるし」

 リアナは平然と言い、短いスカートのすそからチーズを取りだして、またかじり、顔をしかめた。「まっず。それに竜のみたいな匂いがする」


 文句を言うくらいなら食べなければいいのに、と思うほどモーガンも子どもではない。この危機的な状況にあって、できるかぎりの栄養と休息を取れるというのは、それだけで才能――あるいは経験? を想像させるものがあった(あるいは、単に食い意地が張っているのかもしれないが)。

 いったい、彼女は何者なのだろう?



「『あつあつポリッジの術』……は、もう使えないかぁ。ほかになにかいい計画はあるかしら?」

 リアナと名乗る女は、隣でどうにも不吉なセリフを呟いていた。かわいらしく小首をかしげて。


 そして、大きな扉が音をたてて開いた。薄暗い通路に音と光が大洪水となって、女たちを押し流すかのようだった。



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