第7話 少女戦士と修行の旅(番外篇)
遥か遠方の、古き友より届いた一通の手紙。
封蝋に施された印璽の刻印。吹き込まれていた
これらは紛れもなく、古き友より届きたる証である。
開封した途端、予想通りに吹き荒れた暴風。
数多くの貴重な法具が、装飾が、あっちこっちへ飛んで行った。
切り揃えたばかりの前髪も、くしゃくしゃに乱れてしまった。
何もかも懐かしい。これは古き友のよくやっていた悪戯だ。
あまりの懐かしさに、ふと笑みが零れるくらいだった。
しかし、そんな事は一瞬でどうでも良くなった。
これに比べれば、こんな悪戯など実に些細な事である。
問題は、この手紙の内容にあったのだ――
◆
オーク退治の
ここは港街・エルルリアにある、聖ヴァルガ修道院の謁見室。
荘厳な装飾を施されたこの部屋に、緊張した面持ちの少女がいた。
赤髪の少女戦士、チルダ・ベケットである。
エルルリアの街へと到着した彼女は、すぐさま修道院へと向かった。
そこで疑心暗鬼気味に恐る恐る
すると何故か、あれよあれよという間に中へと通され、
目の前に座るは、柔和な微笑みで佇むひとりの女性。
進められるがままに、チルダは
座り心地が良すぎる柔らかさ故に、かえって居心地は悪い。
しかも腰かけてからずっと、一言も会話を交わしていない。
件の女性は、微笑むばかりで何も話そうとはしなかったから。
ただし瞳の奥からは、じっと射抜くかのような眼力を感じる。
まるで査定されているかのような。そんな視線に息が詰まった。
耐えきれなくなったチルダは、おずおずと声をかけてみた。
「ええーっと、あの、私は、その……」
「いい瞳をしている」
「はぁ」
「向こうっ気の強そうな、いい瞳だわ」
「はぁ、あの……」
「まだ粗削りだけれど、磨けば様になりそうね」
「あ、ありがとうございます……」
「いいのよ。貴女は何も、悪くない」
「は、はぁ……?」
話がまるで見えてこない。
しかも微妙に噛み合っていない気がする。
そうこうしていると重厚なドアが開き、侍祭が現れた。
目の前の女性は、その侍祭に用件を告げる。
「至急、
「畏まりました、
こーっここここ、高聖司教様ですって?!
高聖司教と言えば、この修道院で一番偉い人。
この修道院で一番偉い人と言えば、魔王退治の六英雄が一人……
「エッ、エルルカ・ヴァルガ高聖司教様ぁ!?」
「ええ、そうですとも」
柔らかな、神々しさすら感じる程の、柔らかな微笑み。
彼女こそ聖ヴァルガ修道院にその名を冠するカリスマである。
齢は六十を超えているはずだが、その年齢を感じさせぬ美があった。
彼女自身の、内面から溢れ渡る凛とした生気からであろうか。
『世界で最高に後衛を熟知する人、紹介してあげるわ』
確かにあのハイエルフの美少女は、そう言っていた。
エルルカ・ヴァルガ高聖司教。
今でこそ教会の要職に就く彼女であるが、元は戦士である。
勇者ゴトーと出会い、のちに聖職者へと転身した経歴を持つ。
『勇者の背中に傷はなし』
決して背を見せず、常に敵と対峙したという勇者の逸話だ。
だが、その逸話には続きがある。
如何なる時も、後衛に於いて勇者の背中を護り抜いた少女。
勇者の背中には、常にエルルカ・ヴァルガあり。
そう謳われた、生ける伝説の一人だ。
まさしく。これほど後衛を熟知した人は、二人といまい。
あのハイエルフ、何気に凄い?
もしかしたら、ちょっと尊敬できる人なのかも?
「貴女、お名前は?」
「はっ、はいっ! チルダ・ベケットですっ!」
「チルダさんね……貴女には最高の技術と加護を授けましょう」
「ええっ、わっ、私に?! あっ、ありがとうございます!」
「その代わり、貴女にお願いがあるわ」
「はいっ、なんなりと!」
その安請け合い。その受け答え。チルダは迂闊であった。
高聖司教の目つきが一瞬にして変わる。
「これは、代理戦争なの」
「は?」
やがて呼びつけられた司祭が二人現れた。
双方ともに、若く美しい女性である。
しかし鋭い眼光に引き締まった肉体。隙のない空気と身のこなし。
チルダの、戦士としての直感が、かなりの手練れと告げている。
「早速だけれど、この
「はっ!」
「……え?」
「戦士の下地はあるようよ。半年……いえ、三か月で仕上げなさい」
「お任せ下さい、高聖司教様」
「えっ……ええっ……??」
「戦闘だけではなく、女性としての器量も磨き上げるように」
「必ずやご期待に沿った成果をお見せいたしましょう」
「えっ、やっ、はっ、あ、あの、えっ、ええええーっ?!」
有無を言わさず両脇を抱えられ、チルダは連れ去られていった。
まるで荷馬車へ載せられ市場へ売られてゆく仔牛の様に。
六英雄が一人、エルルカ・ヴァルガの通り名は「鉄壁の聖闘士」。
聖職者としての教養と、戦士としての武力を併せ持つ。
そんな聖闘士を育成する大陸最強にして最高機関。
これが武闘派で知られる聖ヴァルガ修道院最大の特色である。
◆
あれから――
思えば私も随分と歳月を重ねたものだ。
勇者と共に旅をした日々から、相当な時が経ってしまった。
数多くの古き友は去り逝き、かの勇者ももういない。
そんな晩秋の想いの中で受け取った、古き友の手紙。
ペーパーナイフを使う間を惜しんで、開いた。
彼女の悪戯なんて、ほんの些細なものだ。
時を経て、円熟味を増してしまったせいもあろうか。
あまりの懐かしさに、思わず笑みが零れたくらいだ。
だがその内容が、私の心に火を点けた。
かの勇者――あの人と共に全力で駆け抜けた輝く日々。
あの人の背中は私が護る。無茶ばかりするあの人の背中を。
誰かのために闘い続ける、かけがえのないあの人の背中を。
私が必ず、護ってみせる。
限りある時の中で、私はいつだって全力だった。
才能も技量も、何もなかった私が出来る、精一杯の事。
誰にも負けたくなかった。絶対に付いて行きたかった。
追い駆けて、追い駆けて、やがて辿り着いたその場所。
でもその場所は、決してゴールではなくて。
地位と名声。栄誉と称号。羨望と喝采。義務と責任。
そんなものは全て、投げ捨ててしまいたかった。
辿り着いたその先へ、私も行ってみたかった。
貴女は今でも変わらないのね、アーデライード。
いえ、あの頃のように、アデルと呼ぶべきかしら?
いつだって、顔を合わせればケンカばかりしていた二人。
いつだって、競い合ってばかりいた二人。
そして最後は、置いてけぼりを、食らった二人。
二人で大いに泣きに泣いて、明かした夜もあったっけ。
でもね、アデル。私はやっぱり負ける気がさらさらないの。
それは今でも同じ。この気持ちだけは、まるで変わることがなかった。
私はそれに、気付かされたわ。
何故かですって? だってその手紙の内容は――
今にもアデルの高笑いが聞こえてきそうだったから。
『ごきげんよう。お元気かしら。
大した用事じゃないのだけれど。
この赤毛のお猿さん、預かってくださる?
貴女みたいになりたいんですって。
私は今、とっても忙しいの。
なんてったって、ゴトーのお孫さんと
旅をしなくてはならないのだから!』
修道院大聖堂の執務室。
その窓を大きく開き、私は叫ぶ。
「
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