第41話 ハイエルフと挑む決戦前の旅(後篇)

 ハイエルフとダークエルフが、互いに奇妙な契約を交わしていた頃――瑛斗と若き騎士たちの打合わせは着々と続いていた。


「最終的な局面では、エアハルトの話術に全てを賭けるとして、だ」

「おい、変な重圧プレッシャーをかけるのは止してくれ」


 冷静な若き騎士エアハルトが、珍しく動揺して胃の辺りを押さえる。

 瑛斗としてもこの生真面目過ぎる深緑髪の騎士の、健康状態が心配になる程だ。

 器用貧乏で貧乏クジを自称するだけあって、彼は何でも卒なくこなせる上に損な役回りが多い。お蔭で色んな面にて重宝するが、そのオールラウンダーさに頭が下がる。

 シミュレーションゲームだと、とりあえずどの場面でも必ず出兵させられて、中盤の重要なポジションに配置される人物像キャラクターといったところか。

 一方、最前線で華々しい戦果を掲げ続けるタイプのアードナーだが、思う所があるのか先程からずっと黙り込み、ただ作戦に耳を傾けていた。こういう場面でしゃしゃり出ないのは、肉体派の実働部隊である彼らしいといえば彼らしい。

 ソフィアは騎士らのいう最終局面で最も重要な鍵となる人物キーパーソンを口にした。


「イリス姫の傍らには、常に公平で忠実な従者騎士が傅いているわ」

「その騎士の名は、エレオノーラ」

「そういやエイトには、彼女の話をしたっけか?」


 ドラッセルに問われて、瑛斗はこくりと頷いた。

 エレオノーラについては今まで極力知らないふりをしていたが、本当は知る知らないというどころではない。むしろ忘れようがなかった。

 何しろ問答無用で剣を向けられて、一度は本気で殺されかけた相手である。

 あれは朝の風爽やかな森の中――その身に一糸纏わぬイリス姫を前にした瑛斗が、突然の怒声と共に翠玉色エメラルドの瞳をした金髪の少女騎士に、容赦なく剣を振り下ろされたのだ。ただし……彼女の仕事は護衛なのだから、その気持ちを察するに余りある。

 何やらもう数カ月は前の事のようだが、まだほんの三日前の出来事だった。


「確か、ソフィアと同期でイリス姫の警護担当を受け持つ従者騎士だよな?」

「そうだ。そいつはソフィアと同じ学年の首席で、とても優秀な奴でな……」


 答えたドラッセルの台詞を、ソフィアとエアハルトが補足して繋ぐ。


「まず剣の腕は確かだし、何よりも姫様直々のご指名なの」

「彼女を味方につければ、状況は一変する可能性がある」


 エレオノーラと初遭遇時の様子を思い返すに、瑛斗と顔を合わせた瞬間、どんな反応を示すだろうか。瑛斗としても気まずい。とても気まずい。気まずくはあるが、そんなことは言っていられない。イリスがあの状況を、上手く説明していると祈るほかない。


「エレオノーラは今、誰よりも必死に姫を護衛しようとするはずよ」

「まるで彼女が背負った贖罪であるかのようなつもりでな……」

「おい、何が何でもやるしかねぇぞ、アードナー!」


 ドラッセルが仏頂面をして黙り込んでいたアードナーに声を掛けた。

 すると腕組みを解いたアードナーが、重たそうに口を開いた。


「ああ……エルヴィーラのためにもな……」


 その名を聞いた瞬間、場に居合わせた銀の皿騎士団ら全員が、沈痛な面持ちでグッと唇を噛んだ。そうなのだ。アードナーが呟いたその名こそ、彼らと同期にして学年主席。そして行方不明の大切な仲間。

 政務書記官を務めていた彼女こそ、エレオノーラの姉であり、イリスが『莫逆の友』と呼ぶ人物。そしてアードナーらが、血眼になって探し求めて止まない同期の仲間であった。


「で?」


 振り向くと、用事を済ませた顔をしたアーデライードが、いつの間にか戸口に立っていた。コンコンと扉をノックする仕草は「さっさとしろ」という催促だろうか。

 その後ろにちょこんと顔を見せるは、ダークエルフのレイシャである。最近打ち解けて来たのか、この二人が傍に居る状況も珍しくはなくなってきた。


「作戦はまとまったのかしら?」

「だいたい済ませたところだよ、アデリィ」

「しかし問題は山積みだがなぁ……」


 そう唸るドラッセルに構うことなく「大丈夫よ」と口にしたお気楽ハイエルフは、


「例えどんな下手っくそな作戦だって、私が成功に変えちゃうんだから!」


 などと呑気に答えた。そう言われては身も蓋もない。

 だが『聖なる森グラスベルの大賢者』と謳われるアーデライードである。こと戦闘と交渉に関しては、彼女の手に掛ればこの程度の状況など論ずるに値しないものなのかも知れない。

 ハイエルフの高く朗らかな声に、緊張気味だった騎士たちの顔からようやく笑みが生まれた。なるほど、むしろそのくらいの気構えでいた方が、成功しそうな雰囲気すら漂うから不思議だ。

 まずはこれまで離席していたアーデライードに、今後の作戦を伝えなくてはならない。エアハルトが中心となってその概要を説明した。

 第十四騎士団が行った獣人族の村襲撃事件の暴虐を。クレーマン子爵を中心とした奴隷売買の一部始終を。その為に如何にして現状の王家代表代理に位置するイリス姫に直訴するか。そこへ至るまでの道筋である。


「はぁ……駄目ね、ダメダメね!」


 騎士たちから一通り作戦を聞いたアーデライードは「若いってのは、やっぱりこの程度なものなのかしら」などとぶつくさ文句を言いつつ、大仰に溜息をついた。

 そんなちっぽけな理由では、状況は何も変わらない。作戦自体が無意味。今まで通り闇から闇へ葬られてしまうまで――これがアーデライードの意見であった。


「しかし我々の持つ手札は、現状これしか持ち合わせて……」

「そんなことないわよ。私の教授レクチャーを思い出しなさいな」


 彼女の言葉を聞き、一同は宿題になっていた事柄を思い出す。それは獣人族の村襲撃事件に由来する『何故公国の騎士団がこのような所業を行ったのか』である。

 エアハルトはひとつひとつの事柄を、つぶさに観察しつつ考える。

 アーデライードが騎士たちへ最初に問いかけた「連中の狙い」とは何か。これが此度の事件を紐解く鍵になる。


「ヒントをあげるなら、アレはただの奴隷狩りではないわよ」


 部隊長の自白によると、街道上の怪物狩りではなかなか戦果や功績の上がらぬ状況に、上層部からの命を受けて更に強力な獲物を探していた。そんな折、獣人族の村に関する情報を持ち掛けたのは傭兵団。そして傭兵団を介入させたのは、子爵の下を出入りする海運系の商人らであったようだ。


「街道上の怪物狩りや、奴隷商人からの見返り以外の収益方法を探していた――」

「それは建前。もっと裏を読みなさいな」

「エルフ殿は別の目的があると、そうお考えで?」

「もちろん! 要するに、奴らは焦っていたのよ」

「……というと?」

「そうそう、もう一つヒントがあったわ!」


 と、そこでアーデライードは、白くしなやかな人差し指を立てた。


「私たちね、あの『運命の森』でゴブリン・シャーマンらの群れに出会ったわよ」


 この旅の始まりである『昭和の日』に、瑛斗たちは『運命の森』に於いてゴブリンの群れに遭遇し、それらを倒している。

 だがその言葉に騎士たちは声を上げて驚いた。今まで不思議な魔力に遮断されている広大な『運命の森』に於いて、怪物モンスターとの遭遇エンカウントは確認されたことがなかったからだ。元よりそれは、騎士団の者たちも同様であったようだ。

 確かにあの日――アーデライードはずっと『運命の森』に於ける怪物モンスターとの遭遇エンカウントを訝しがっていた。幾重にも張られた古代魔法の大結界に、警備は幾重にも厳重な王弟公国直轄の別荘地である。


「更にね……」


 ふりふりと振っていた人差し指を鼻先に当てたアーデライードは、にんまりとほくそ笑むと、何処からともなく羊皮紙を取り出して、指に挟んでプラプラとさせた。一見するにそれは、誰かから受け取った手紙の様である。


「ここ数日、中級以上の怪物モンスターたちが相次いで狩られているのよ」

「それはもしや……」

「そう……この『運命の森』でね!」


 今まで確認されていなかった『運命の森』に於ける怪物モンスターとの遭遇エンカウント

 更に街道及びエキドナ別邸周辺は警護兵らの素性。

 加えて、敵の中に確認した猛獣使いビーストテイマーらの存在――


「もしや、貴奴らの真の目的は――!!」


 戦闘力と共に知識レベルの高い怪物モンスターを必要としていた。

 例えばそれは、脅せば言う事を聞かざるを得ないような、獣人族の子供――これら一連の状況は、明らかに『ある別の目的』を感じさせる。


「その目的、ここまで言って分からな――あら、エアハルトは気付いた様ね」


 滅多に見せぬエアハルトの静かなる……だが明確に湧き上がる憤怒。

 その姿は幼馴染のアードナーでさえ見たことがなかった。


「あの……? それはどういうことなの、エイ……」


 傍にいた瑛斗に話し掛けようとしたソフィアがぎょっとした。

 普段は温厚な瑛斗まで、怒りの感情と呼べる空気を全身から滲み出していたのだ。

 魔力オドの見えぬソフィアの瞳にも映るかの様な、真っ赤に燃える瑛斗の怒気が焼き込まれてしまうのではないか――そう錯覚する程に。

 そんな瑛斗だったが、息を一つ吐き出すと極めて冷静な声でゆっくりと言い放った。


「……まずはこれが『ありの一穴』となるんだろうね」


 『千丈の堤も蟻の一穴から』――日本に伝わることわざである。

 小さな蟻が堤防に穿ったほんの僅かな穴であっても、頑丈な堤を決壊させてしまう。些細な油断や軽率さ、怠慢などから大損害に至ることがあるという戒めである。


「え、なによそれ?」


 この大事な場面シーンですっとぼけた声を上げたのは、アーデライードである。


「また、エイトの名言シリーズ?」

「えっ、な、名言シリーズ?」

「エイトのちょっと気取った、名言シリーズ」


 先日船上で『あれは春の夜の夢』などと口にしてから、度々からかわれているちょっと名言っぽい台詞シリーズである……が、できればその言い方は止めて欲しい。期せずして中二病気味であることを指摘されている気分になる。

 しかしからかわれたお蔭か、瑛斗の肩から妙な力は抜けた。いつも通りの平常心でいつも通りのアドバイスを忘れずに、此度の状況へと挑むことが出来そうだ。

 きっとアーデライードは平常心で挑むべし、と教えてくれたのだろう……たぶん。きっとそのハズである。とできれば思いたい。


 その時である。荒々しくドアが開かれ、飛び込んできた騎士が一人。


 入れ替わり順番でイリスの住まうエキドナ別邸へ見張りに立っていた『銀の皿騎士団』の仲間だ。その彼からもたらされたは、子爵一派が動いたとの一報である。

 本日、姫と面談予定のなかったデラヴェ領領主クレーマン子爵の一行が突如、大挙して所領を出立し、エキドナ別邸周辺まで迫り来ているとの情報であった。

 その急報を受けた騎士団一同は、色めき立つと椅子を蹴って一斉に立ち上がる。


 ことわざに『悪事千里を走る』という言葉がある。悪い評判はあっという間に広がって、たちまち世間へ知れ渡るという意味だ。

 昨晩仕掛けたアーデライードの策――敵兵を利して悪評を広め、早々に悪の元締めを炙り出すという作戦が、見事に的中した瞬間である。

 クレーマン子爵としては、これ以上の出所不明な噂の拡散を防ぐ為、王家へ釈明を働きかけようといち早く動いたつもりであろう。だがこの行動は、アーデライードに言わせれば「動かずにはいられない小者」との評になるのだ。


「あはっ、莫ッ迦ねぇ。もうちょっと我慢すりゃいいのにねぇ!」


 などとうそぶくアーデライードの表情は、明らかにニヤついていた。

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