第58話 少女戦士と修道院修行の旅(番外篇)

 エディンダム王国は南東にある、港街・エルルリア。

 大陸を南北に貫くアドゥ川河口に造られしこの街は、魔王戦争後に造成されし新興の港街である。かの大戦争を機として、王国と南方国家群の物流を円滑に行う役割を果たす新造港は、今や南北大陸を結ぶ貿易の要となっている。

 エルルリア商業地の中心部。そこに街を象徴する建物がある。

 世界各地より訪れる幾多の旅人を受け入れる宿坊に、時を告げる背の高い鐘楼。この地には珍しい穹窿ドーム型の屋根を持つ大聖堂。華美な装飾を誇ることのない質実剛健を主とした勇壮な建物群。この建物こそ、かの六英雄エルルカ・ヴァルガの信奉せし戦神マイラ=マイリを主神とする、大陸に名高き聖ヴァルガ修道院である。

 主に修道女を中心として集められた彼女たちは、神聖語魔法ホーリープレイは基より、打撃武器による戦闘を主軸とした聖闘士を育成する大陸最強にして最高機関。

 これが武闘派で知られる聖ヴァルガ修道院最大の特色であると言えよう。


 そんな修道院の食堂に二人の司祭プリーステス、エルケとヘルマの姿があった。

 この二人こそ高聖司教エルルカ・ヴァルガより、赤髪の少女戦士チルダ・ベケットの教育係として任命されし特命教官である。

 ともに聖ヴァルガ修道院の聖戦士長であり、彼女たちは双方若く美しい。

 当初は孤児としてこの修道院に預けられた二人であったが、エルルカによって聖闘士の才を見出され、それぞれが若くして約百名の聖戦士部隊を率いる長に抜擢される程、卓越した能を発揮した。

 鋭い眼光に引き締まった肉体。隙のない身のこなし。幼い頃から共に育ったせいか、二人並べば似たような空気を醸し出す。だがそんな彼女らの人となりを、より詳細に言い表すならば、エルケが実直な武人といった気質に対し、ヘルマがそれよりも少し垢抜けたお姉さま――と言ったところか。

 そんな二人の会話の中心は、今日も今日とてチルダの話題であった。

 彼女はエルルカの肝煎りで、正式に彼女らの妹弟子として付いた少女である。だからこそエルケとヘルマの二人は、特段目を掛けて鍛え上げている。それでもへこたれずに付いてくるチルダの高い能力も去る事ながら、竹を割ったような性格を気に入って、ひと月を共に過した今や人懐こい彼女を実の妹のように寵愛していた。チルダもそんな二人を「姉さま」と呼んで慕うのだから、実に可愛い妹分だ。

 ヘルマは手に持ったフォークをクルクルと回し、嬉しそうにエルケへ問い掛けた。


「ねぇねぇ聞いたわよ。ケルダー丘陵の死霊鬼アンデット狩り」

「ああ、お前の耳にも入ったか」

「私たちのチルダが、目覚ましい戦果を上げたそうじゃない!」


 これはケルダー丘陵にある辺境の村を突然襲い、猛威を振るった予期せぬ死霊鬼アンデットの大軍。その数およそ百体。ゾンビやスケルトンを相手に回して、僅か三十名のうら若き乙女たちで編成された聖戦隊にて、村人を護るべく立ち向かった事件である。


「我らの隊が駆け付けた時に、決着の行方はほぼ決していたよ」


 エルケはレンズ豆のスープを口に運びながら、淡々と事実のみを口にする。しかし長年の付き合いであるヘルマにはよく分かる。エルケはその活躍を心から喜んでいると。


「負傷で離脱を余儀なくされた隊長……名前は何だったかな」

「彼女の名は、レビアよ」

「そうか……そのレビアを善くたすけて、見事な初陣を飾っていたぞ」


 十名三班の聖戦隊部隊長であるレビアは、不意な死霊鬼アンデットらの奇襲を受けて負傷、戦線離脱を余儀なくされた。その隊は十三歳から十七歳で編成された年少部隊。偵察隊として状況を調査すべく先行して辺境の村へと入っていた、聖戦士見習いの少女たちである。

 そんな突然の隊長離脱に、戸惑い冷静さを失った部隊を纏め上げたのが、新人の見習いとして偵察部隊にたまたま同行していた、チルダであった。

 村人たちを護るべく隊員たちを善く導き、全員無事な避難を完成させた。

 然る後に村を守護すべく隊を再編し、自ら陣頭に立って聖戦隊部隊を指揮。長大な丘陵と高低差のある村の地形を利して、敵を巧みに誘導しつつ中核部隊を分断すれば、敵は命令系統の存在しない死霊鬼アンデット軍団である。こうなれば集団戦闘に長ける彼女の独壇場であった。その後は各個撃破を行って、三倍以上の兵力差を覆し、部隊を見事勝利へと導いたのだ。


「あの状況であれば、私も同じ戦術を採っただろう」

「あー、私もその状況を見たかったなぁ!」


 村と部隊を窮地より救ったチルダは、これにより信頼を得たという話だ。

 この隊を率いていた同世代のリーダー格であるレビアは、別格の配慮を経て院入りを果たしたチルダを心から嫌っていた。燃えるような赤髪でよく目立つチルダである。肝煎りで入隊した新人であるが故に、謂れのない嫉妬を受けて、数々の嫌がらせを受けていたようだった。ただ曲者揃いの傭兵団で揉まれてきたチルダには、カエルの面になんとやらで、そんなものは何の効果もなかったようだが。


「今じゃチルダを『お姉さま』と呼んで慕う後輩らもいるそうよ」

「ふふっ、大した人気者だな」


 かつて傭兵団に所属し、様々な怪物たちを敵に回して三年間。ただ生き残るために戦い抜いたチルダである。こと集団戦闘と実戦経験に於いて、彼女の経験に勝る同年代はいない。だが集団戦闘だけではない。元々しっかりとした戦闘の基礎に支えられている彼女だ。最近は少しづつ変化も見えてきた。修道院ではエルケとヘルマの指導の下、みっちりと鍛錬を積み、冒険者としての腕もめきめきと上げている。


「とても楽しみな後輩じゃないか」

「後輩ですって? そんなの……私たちの大切な妹だわ!」


 そう言ってヘルマは声を弾ませ、それを受けたエルケは笑みを浮かべた。



 その頃、チルダはやや緊張の面持ちで、とある人物と会食していた。

 ここは高聖司教の執務室。その別室にあるテーブル席には、チルダにとっては豪華で温かな昼食が並ぶ。彼女の対面に座る人物こそ、エルルカ・ヴァルガその人である。

 チルダは高聖司教に呼ばれ、たまにこうして昼食を共にする。

 何故自分ばかりがそんな扱いをされるのか。実はチルダ本人も分かってはいない。ただ聖ヴァルガ様からは「たまには若い子と一緒に、こうして食事を摂りたいものなのよ」とだけ告げられている。そう告げるのは高聖司教さまであり、遥か雲の上ともいえる六英雄さまからのお申し出なので、チルダは特に疑問も抱かずに「そういうものか」とありがたくご相伴に与っている。


「ところで……」


 聖ヴァルガ高聖司教がサラダを食べ終えて、ナプキンで口を拭いつつ話し掛けた。


「貴女はハイエルフから手紙を渡されたと言っていたわね?」

「はい……なんというか、凄く美人なんだけど偉そうな……」

「傲岸不遜な傾国美女?」

「あ、そんな感じ……かな?」


 告げられた言葉の意味を、チルダはあまりよく分かっていない。ただ聖ヴァルガ様のお言葉だから、間違いはないだろう――とだけ信じて頷いている。


「貴女の感想は、非常に適確だわ」

「あ、ありがとうございますっ」

「私と貴女は、気が合いそうね」

「そんな、勿体無いお言葉です」


 微笑むエルルカに恐縮して、チルダは赤面しつつ身を縮こまらせた。六英雄からそう告げられて恐縮しない者など、この世にはきっといないはずだ。

 ただ――ヴァルガ様のいう、あの傲岸不遜なハイエルフは恐縮などせず、椅子に踏ん反り返って「ふんだ」とか言っている姿が目に浮かぶのは、何故だろうか。


「チルダさん?」

「は、はいっ」


 そんなことを考えて迂闊にぼんやりとしていたところ、不意に声を掛けられたチルダはびくりと身体を小さく跳ね上げた。

 目の前にいらっしゃるお方は、恐れ多くも六英雄のエルルカ・ヴァルガ様なのだ。失礼のないよう接しなくてはならないのになんてことを。もしかしたら気を抜かぬ様にすることも修行の一環なのかも知れない――などと、見当違いをするチルダである。


「そのハイエルフと一緒に、男の子はいなかったかしら?」

「ああ、いました。エイトの事かな?」

「エイト! その子の名前は、エイトというの?」

「はい」

「エイト……」

「はい」

「いい名前ね」

「は、はぁ……」


 目を瞑り、想いを馳せるエルルカは、チルダに聞こえぬ声でそっと呟く。

 恐らくゴトーさま……いえ、瑛吉さまのお名前、瑛の一字を貰ったのでしょう。

 そのエイトという名の少年は、どんな声をして、どんな容姿をしているのだろう。ゴトーさまとよく似たお姿だったりするのかしら。

 あのすっとこどっこいなハイエルフが、あんなに浮かれた手紙を寄越すぐらいですもの。さぞかしよく似ているであろうことは、想像に難くないというものでしょう。


「その男の子は、きっと魅力的なことでしょうね」

「あ、はい……まぁ、はい」


 チルダはつい聖ヴァルガ様に調子を合わせてしまった。チルダの持つ瑛斗への感想といえば、どこにでもいそうな普通の男の子――であったのに。

 なんの変哲もなくて、ちょっと背が低くて、ちょっと生意気そうで、ちょっと背伸びしてて、ごく普通の男の子。そんな印象しか持ち合わせていない。

 でも訴え掛ける聖ヴァルガ様の目には、何か抗し難い力強さが宿っているように感じる。それでなくてもオーラというか、カリスマというか、有無を言わせぬ迫力があるのに。

 もしかしたら瑛斗は、凄く魅力的な少年なのかも知れない……と、そういう気持ちになってきたチルダは、目をぐるぐるとさせる。


「ああ、そういえば、剣の腕前は確かでした」

「やはり!」

「身の丈ほどの豪剣を易々と振り回して」

「ええ、ええ……!」

「初陣でゴブリンを一刀両断にしていました」

「ええ、そうでしょうとも!」


 こうして熱心に聞き入る聖ヴァルガ様を見ていると、瑛斗はとても魅力的だった気がしてくるから不思議なものだ。自分で話しながらも、段々とそういう気になってきた。


「そうなるとやはり貴女には、頑張って貰わないと」

「はぁ……?」


 チルダには意味のよく分からない言葉を、エルルカ・ヴァルガ高聖司教より告げられた。何を頑張れと言うのだろうか。そうして思い返せば以前「代理戦争」などという、何やら物騒な事を言われていたような気もする。


「そうね、まずは略奪なさい」

「は?」

「ちょっと違うわね……」


 エルルカ・ヴァルガは、何かを言い掛けて首を捻る。


「では、契りを交わしなさい」

「えっ?」


 ううん、ますます過激になってしまった。これもちょっと違うだろう。

 幸いチルダは意味がよく分かっていなかったようだ。この話はひとまず置いておいて、その辺りは追々ゆっくりと教育していくことにしましょう。

 そう考えてエルルカは、壁にかかった戦鎚メイスを手に取った。


「これをお使いなさい」

「これは……?」


 戦鎚を受け取った時に握った柄の部分を、チルダはゆっくりと開いて眺めた。

 そこにあったのは、北方大陸語で書かれたひとつの言葉。


「ブッ……血塗れの花嫁ブラッディ・マリー!?」


 かの英雄伝にも謳われた有名な名称に、チルダはぐるぐると目を回す。

 血塗れの花嫁――この言葉の意味するところは以下である。


 新婚で幸せの絶頂にいたマリーという娘は、村を盗賊に襲われ大事な夫を殺された。

 夫の死を悼むため修道院に入った彼女は、数年後その盗賊たちと出会い、件の戦鎚メイスを操って皆殺しにしてしまう――異世界に伝わる、復讐を遂げた或る花嫁の伝説だ。


「私が手に入れた、初めての魔法の武器マジックアイテムよ」


 言わずもがな六英雄の伝説に憧れる者で、その武器の名を知らぬ者はない。

 勇者・ゴトーと出会った『鉄壁の聖闘士』エルルカ・ヴァルガが冒険の内、最初に入手した愛用の武器である――そう伝説に語られる戦鎚メイスである。


「ここここ、こんな大事な物品ものを、受け取れませんっ!!」

「武器としては大した物ではないのよ……もちろん、思い出深いけれど」

「だ、だったら……!」

「でも武器は使ってこそだわ」


 そう告げるエルルカの言葉には、六英雄に共通する気持ちが込められている。

 彼らは皆、使わぬ道具を必要な人の手に渡る様に分け与える。誰が手に入れたとしても、幾ら高価な品物であれども。その筋の専門家に惜しげもなく全て渡してしまう。

 道具は使ってこそ。ただの飾りや蒐集品や宝の持ち腐れとなるよりは、ずっと正しい道具の使い方。これが彼ら六英雄の、冒険者としての矜持であった。


「貴女ならきっとこの戦槌を上手く操れる。だからこそ託したいの」

「ヴァルガ様……」


 伝説に触れた感動に打ち震えるあまり、チルダは目の端を涙で濡らした。

 エルルカはその瞬間を見逃さず、キラリと光る厳しい目付きでこう言った。


「そして、必ずや略奪なさい」

「だ、だからなんなんですか、それはぁーっ!?」


 何か大変な代理戦争とやらに巻き込まれてしまった、と実感するチルダであった。



 修道院食堂に於けるエルケとヘルマの会話は、飽きることなく続いていた。もちろん会話の中心は、彼女たちがこよなく寵愛するチルダについてである。


「三か月で仕上げなさいと、お師匠様は仰っていたけれど」

「ええ……私も今は、その意味が分かる」


 たった三ヶ月の修練期間など、今まで実施したことはおろか聞いたこともない。

 熟練となると十年。習得するには早くとも三年。どんなに天賦の才能を持つ者であろうとも、聖闘士としての技術を身に付けるには、一年は掛かろうというものだ。


「だがあの子は今、真綿が水を吸うように成長しようとしている」

「濃密な時間が、三ヶ月を十年にすらしようとしている」

「その期を逃さぬ様に、しっかりと磨き上げなさいということだ」


 誰にでも奇跡的な時間の流れというものはある。その瞬間は短く一瞬の煌めきであり、大概にして多くの者に見逃されがちだ。だがチルダはその大切な時間の流れを、今まさに掴みかけている。これは最高にして最大のチャンスといえた。

 チルダにとって最も重要な機を逃すことなく、彼女の技術スキルとしてあげねばならぬ。そう感じているエルケとヘルマは、弥が上にも気持ちをよりいつにする。

 そんな二人の目の前を、ちょうど歩いてくるチルダの姿が見えた。


「あら、噂をすればチルダじゃない」

「おや、あれは……」


 渡り廊下を進むチルダの前に立ちはだかって、声を掛ける者がいた。それは特徴的な縦ロール髪をした少女の姿。聖戦隊部隊長であるレビアである。

 その腕には痛々しく包帯が巻かれており、肩から吊るし固定されていた。


「ちょっと待ちなさいよ、アンタ!」

「あれ、レビア。どしたの?」

「ちょ……レビア『隊長』でしょ! ちょっとは弁えなさい!」

「いいじゃない、同じ歳なんだし」


 相変わらずチルダは、気兼ねなくレビアに話し掛けた。

 チルダのこの態度、よく言えば人懐っこい。悪く言えば馴れ馴れしい。


「ちょっといいかしら、チルダ」

「いいけど、何?」

「一応ね、これだけは言わせて頂かないと、私は気が済まなくてよ」

「何をよ?」

「えっと、あの……その……」


 威勢よく話し掛けてきたクセに、何故かレビアは口籠る。への字口で怪訝な顔をしてじっと待つチルダに、レビアは伏し目がちにゆっくりと口を開いた。


「助けてくれて、ありがとう」

「へっ?」


 素っ頓狂な表情を見せたチルダに、レビアは顔を真っ赤にして憤慨する。


「お、お礼を言ったのよ! ……悪いかしら?」

「ううん、悪くなんてない。でも、そんなの必要ないわよ」


 チルダはケロリとした表情で、難なく言ってのけた。

 あまりに拍子抜けするほどだったので、レビアの方が面喰ってしまった。


「傭兵団じゃ、助けて助けられてが当たり前だったからね」

「で、でも、私は……あなたに色々と……」

「いいのいいの。そんなのは気にしないし、当然だもん」


 チルダはあっけらかんとして、ふらふらと手を振る。

 事実、レビアがチルダにしたことなど、可愛い悪戯にしか感じていない。それに新参者が多少いびられるくらいよくあることだと、さも当然のように考えていた。


「もしも私が本気で気に障ってたなら、ただじゃ済まさないわ」

「ど、どういう意味?」

「闇討ちした上に素っ裸にひん剥いて、木に吊るすくらいのことはするし」


 まるでやったことがあるかのような口振りに、チルダならやりかねない雰囲気を察知して、レビアは思わずその身を震わせた。散々苛めてきたつもりだったが、助かったのは自分の方だったのかも知れない、と。


「それに私とあなたの間には、今までなかったのだから仕方がない」

「私たちの間に、何がなかったっていうの?」

「それはね、信頼関係、よ」


 チルダは傭兵時代にその重要性を、最も身に染みて感じていた。

 信頼関係が築かれていない相手を仲間にして、自分の背中を預けるわけにはいかない。それは自分だけでなく相手だって同様であろう。だからこそチルダは、信頼関係を築くための苦労を厭うつもりはない。多少の嫌がらせに対する我慢もその一つだ。


「互いの信頼関係があるからこそ傭兵は、いえ、冒険者は戦えるのだわ」

「信頼関係……」

「それはきっと、聖戦士の仲間だって同じじゃないかしら」


 そう告げてチルダは、中庭の花壇へ目をやった。

 花壇には六月の薔薇が、幾つもの可憐な蕾を付けていた。これからの新しい季節へ向けて、大輪の花弁を綻ばせ、咲き誇らんとせんばかりである。


「私はその信頼を、いつか私の仲間となる人に捧げたいと思ってる」


 冒険者は命じられたままではなく、自分で考えて自分で動く。

 あの生意気ハイエルフから教えられたこの言葉があったからこそ、咄嗟の指揮官として対応できたのだと思う。もちろん集団戦闘を十分に経験し、熟知していたからこそ可能でもあっただろうけれど。

 自分は着実に力を付けている。そう確かな手応えを実感できた瞬間でもあった。


「信頼を、捧げたい人って?」

「さぁ、まだ出会ってないから分からないわ。ただ……」

「ただ?」

「目標にしてるヤツはいるの。だからね、私はソイツにきっと追いついて見せる。いえ、絶対に追いついて、追い抜いてやろうとさえ思ってるわ!」


 燃えるような赤髪を揺らし、チルダが明朗快活に答えた。そんなチルダを眩しそうに見たレビアが、もじもじと聖外套ローブの端を弄りつつ彼女に訊ねる。


「ねぇ、チルダ」

「なに?」

「その信頼関係に、私は……入ることができるかしら?」

「ふふふっ……さぁ、ね?」


 チルダは悪戯っ子っぽくも、嫌みのない涼やかな表情で微笑むと、


「私には何もないから、貴女の心次第だわ!」

「…………!」


 そう言い残して振り向かずに立ち去ったチルダの背中を、レビアは胸の辺りに手を当てて暫くの間じっと見つめていた。


「あらあら、チルダったらやるじゃない!」


 そう声を上げたのは、ヘルマである。思わず見届けることができたチルダとレビアの貴重な和解シーンに、にこにこと満足気な笑顔を見せている。


「修道院内でも神聖性カリスマを身に着けつつある……聖職者として必要な資質だ」


 一方のエルケは真面目な表情を崩すことなく、冷静に分析してみせた。だがそれがヘルマには面白くなかったようで、少しだけ頬を膨らませた。


「もう、エルケったら!」

「なんだ?」

「それだけじゃないでしょ、彼女の場合は」

「どういう意味だ」

「いい? 夢見る乙女たちはね……きっと強くなるものなのよ!」

「……なんだそれは」


 釈然としない表情を浮かべるエルケを尻目に、ヘルマは小さく手を振った。

 目敏いチルダはこちらに気付くと、猛然と手を振り返して叫ぶ。


「エルケ姉さま! ヘルマ姉さま!」


 そう叫んで嬉しそうに駆け寄るチルダを見て、エルケとヘルマは相好を崩す。


「うふふっ、これだけは確実に言えるわね」

「ああ、私たちの可愛い後輩……いや、私たちの妹に違いない、か」


 そう呟いて、エルケはようやく微笑んで見せた。

 親友の微笑を見届けて、ヘルマは片目を瞑ウィンクする。


「そうね……残りの二ヶ月が惜しいくらいに!」


 手放したくない大切なぬいぐるみでも抱くような気持ちだ。

 そんな愛おしく優しい気持ちで、ふたりはチルダを見つめた。

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