第57話 ハイエルフと重臣の円卓会議(番外篇)
およそ三年ぶりのエキドナ城開城より約十日。
かの内乱を経た公国の非常事態に、国内屈指の騎士団がこの城に集結していた。
公国剣術指南にして騎士団最高顧問、
そしてその彼らは今、城外の門前にて或る一団を迎え入れようとしていた。
彼らが迎える一団とは公国第三護衛騎士団とその団長、通称『銀の皿騎士団』と呼ばれる騎士団団長である。
「すまん、すっかり出遅れてしまったな」
「貴殿には公国府ヴェルヴェドは元より、公国南岸に於ける国境守護の任がある。出遅れは仕方なかろう。だがそうは言えんのが此度の内乱だがな」
「我が王に代わり女王自ら南方諸国の和平交渉と、その締結に乗り出しているこの時期に……くそっ、山猿の小倅が。まったくとんでもない小人閑居な真似をしてくれたものよ」
アギレラのいう山猿の小倅――ことクレーマン子爵によって引き起こされたエキドナ内乱は、彼の軽挙妄動ともいうべき明らかな暴走である。だがその反面、王家守護の間隙を突かれたのも、また事実であった。
もしもこの内乱が成功もしくは長引けば、不満を抱えた反体制派貴族や地方豪族たちが呼応しかねぬ。此度の三時間に満たない内乱の終息は、不幸中の幸いといえよう。
「下から上がってきた報告は読んだか」
「旅の途上で読んだがね……王家の悪評流布、奴隷売買、別邸に諜者を潜ませ、王女の暗殺を企み、挙句は内乱勃発……と。こりゃ随分と根深いぞ」
「これがおよそ三ヶ月の間に仕込まれた」
「随分と早急であると取るか、それまでに長い時間を掛けたと取るか」
「いずれにせよ、由々しき事態であることに間違いあるまい」
エキドナ城内中央にある円卓会議場への道すがら、クリフはアギレラと会話を交わす。それ程までにふたりには時間が惜しかった。
「公国議会の内幕にキナ臭さは漂っていたが、まさかこれ程とは」
「門外漢の武官は内政に口出しできん」
「だが不正を暴くことはできる」
「うむ……此度の事件を引き金に、黒幕は内務院に絞られた」
内務院は公国議会の中でも主に国内政治の中核を司る重職である。クレーマン元子爵の所属する派閥は、その内務院の中で旧王弟派の子孫であるギレンセン伯爵が牛耳る。
「直接の指示が下ったとは思えんが、影響が皆無とも思えん」
「暫くは目立つ動きをできまい。大人しくもしようが……どうかな」
「油断をするな、と此度の内乱が教えてくれたばかりさ」
クリフの言葉に「それもそうだ」と、苦虫を噛み潰したような表情でアギレラは吐き捨てる。まさかという油断こそが、王女の命をみすみす危険に晒してしまったのだ。
会議場の重い扉を開くと、各人早速席へ付き議事を開始した。アギレラは旅の疲れを億尾にも見せず、クリフと共にてきぱきと必要最低限の議題と今後の課題を片付けてゆく。
その内で最も重要視されたのが、早期の国内安定を図る戦略である。
「今こそエドガー王の宿願である国内の一掃を図るべきだ、と具申します」
そう発言したのは黒髪の第五騎士団団長・ダールベルクである。切れ長の瞳はより一層鋭く、その先を見据えているかのようだ。
具申を受けたクリフとアギレラがダールベルグに答えた。
「確かに今回の件はいい口実となる。確証さえ押さえれば、それも可能だ」
「だが早急な粛清は反発を招く。事は慎重に進める必要がある」
「しかし――」
ここで、この議場最年少の第九騎士団団長・フォルマーが口を挟む。
「我らの世代で先代の御意志を成就させたい」
「……そうだな。その為にも失敗は許されん」
フォルマーの勇む心を汲んで、クリフは諌めつつも相好を崩して頷いた。
クリフやアギレラもその思いは同じである。しかしこれまでの道程には、様々な障壁が二人の前に立ち塞がってきた。恐らく今回も同様の難関となるは想像に難くない。
「その結果、公国府ヴェルヴェドを血で汚す結果となるやも知れん」
「そうですね……事が収まるまで暫し、我が姫・イリス王女には、公国府より遠いこのエキドナの地に留まって頂くが、最良かも知れません」
「それもあってこの地へのご静養を座視していたが……まさかの裏をかかれたわけだ」
「二度と繰り返さぬ為にも、戦力の再編が必要不可欠となるだろう」
アギレラがそう告げると、クリフは「だが、そこで……だ」と口を濁す。
「俺がリゼルタンドに居を構えた理由は知ってるな?」
「ええ、もちろん」
クリフの問いに、フォルマーが亜麻色の癖毛を撫でつけつつ答える。
リゼルタンド地方はエディンダム王国の南東に位置し、公国とは国境を隣に接する地域を指す。この地は、かつてのリゼリア地方とタンドーラ地方を併合し、リゼルタンド地方となった経緯があるが、それには地勢的に複雑な事情があった。
併合された旧タンドーラ地方は、沼地や荒涼とした山岳地帯が広がっており、エディンダム王国がこの地を治めるに「旨味」と呼べる利点はない。だが――
「タンドーラの蛮族どもは、抑えて置かずに居れぬ脅威だ」
旧タンドーラ地方には、ノーブルリザードマンを始めとする知的
旧リゼリア国境城壁を破られれば、広大な平野広がるリゼリア地方の豊かな穀倉地帯が無防備となろう。怪物たちはこの『富める大地』を、常に狙い求め続けているのだ。
クリフ・ヘイゼルダインはここに拠点を構えることにより、自らの「武名」でこの地を鎮めているに等しい。
「よって俺が直々に兵を動かすことは、かなり難しいだろう」
「とはいえ、公国内の事情も複雑です」
口を開いたフォルマ―の、精強な水軍を擁す第九騎士団『金の蔵騎士団』が守護する大河の東岸、山岳地帯の西側に広がる穀倉地帯は、数少ない公国の蔵であり食糧確保の要である。そこは瑛斗が船下りの際に見た、青々とした田園風景広がる平野部の麦畑。まるで揺れる海原の様に、吹く風にそよぐ若葉が印象的なあの風景だ。
「公国の『金の蔵』とも言えるこの場所ですが、強奪を狙う野盗どもは元より、シーサーペント、サハギン……大河より襲来する脅威なども未だ収まりません」
広大な大河より襲い来る水棲怪物らの攻撃は数知れず。公国設立より未だ治まらぬ、未開な地の困難極まりない平定の難しさを物語っている。
「それは我が騎士団も同様だ」
そう続いたダールベルクの、
「北方山岳地帯には『黒の魔竜』を始祖と語るドラゴニュートの一族がいる」
ドラゴニュートとは、ドラゴンの血を受け継いだとされる半人半龍の種族である。
龍人とも呼ばれている彼らの種類は様々で、二足歩行するドラゴンを主体とした獣身の種族から、龍族と同様の羽を持つ人型、ドラゴン同様の皮膚を持つ人型――と、多種多様に渡る。ただし彼らに共通する点として、ドラゴンの様な高い攻撃力と防御力が挙げられるだろう。それは人間にとって、非常に危険な存在であることは間違いない。
「そればかりか最近は『赤の魔竜』の子孫とも、国境城壁建設の件で諍いが絶えません」
「魔王戦争の名残か……大変な置き土産が残っているな」
その他にも北方山岳地帯には、一時は国境の外へと追いやったゴブリンの王国やハイオークの部族など、亜人類の蛮族共も虎視眈々と北部国境付近を狙い続けている。
「いずれも隙を赦さぬ難敵ばかり。長く留守にすることは……」
「各騎士団、余裕などないということか」
そう嘆息するアギレラの、第三騎士団『銀の皿騎士団』も公国府守護の任の他に、公国南岸に於ける国境守護、南方諸国連合との交渉を進める女王の守護と多忙を極める。どこの騎士団も人手不足は否めぬ状況にあった。
クリフは「フッ」と息を噴き出して、議事の進行を止めて相好を崩すと、
「この小さき公国に、神はどれ程の難題を与えたもうたか」
そう言って愉快そうな笑みを浮かべた。それを見た二人のクリフの弟子たちは、複雑な表情を浮かべて見返すしかない。だがその様子を傍目から見たアギレラは、ニヤリと笑うばかりである。クリフという男――自らに降り懸かる苦難を愉しむ癖があるからだ。
「とにかく今は人材が足りない……若い世代に期待したいところだが」
「おうそれならば、うちに目を掛けとる活きのいい奴がおるぞ!」
アギレラがひと際明るい声で口髭を弄りつつ、その若者の名を紹介した。
「アードナーとエアハルトという二人の青年だ」
「ああ、その者たちの話は聞いている。クレーマンの謀略を暴き、エキドナ内乱を未遂に防いだ立役者だとか……彼らの
「アードナーは前のめりな男だが、武に優れ抜群に腕は立つ。エアハルトは覇気のない男だが、理路整然と計画を立てて準備させるに向く男だ……この二人であれば、騎士団の一通りは機能するだろう」
そうと聞き、腕組みをしたクリフが「ふむ」と唸る。
「彼らとは先日の……アレは何だ? 祝勝会か?」
「祝勝会、慰労会……まぁ、そんなもんでしょうな」
アレはアーデライードが勝手に始めた酒飲み友の会である。
「そこで出会ったが、そうだな……他に意見はあるか」
クリフは即断せず、他の騎士団長らにも意見を求めた。
「そうですね、例えば『月の雫騎士団』はどうでしょう」
団長は若く快活なビアンカ。彼女は知己に富んだ決断力ある女性騎士だ。
団員にはソフィアの世代が多く属し、正義に燃え、実に血気盛んである。
「他には、エキドナ護衛騎士団に任務を全うした男が居ましたね」
「彼の名は確か……クラウス」
見た目はスラリとした長身に黒髪。規律に厳格そうな真面目な顔をした男だ。
クレーマン男爵の裏切りに対し揺らぐことなく、十倍を超える敵騎士団を前にしても怯まずに命令を順守し、三班九名、各団員たちの指揮を貫いた。
そうして『エキドナの騎士』四十八人の中に名を連ねた男である。
「で、アデっさんはどう思う?」
不意にクリフがそう問うと、議場にいた全員の瞳が正対する末席へと一斉に向けられた。
そこには絶世の美少女と呼ぶに相応しい、容姿端麗なハイエルフ。詰まらなさそうな顔で頬杖を突いて足を組み、ボンヤリしていた所を唐突に名指しされた格好だった。
「ふえっ……あら、私?」
「そう、アデっさん」
「んー、いいんじゃないかしら」
あっさりと事も無げに言い放つ。
クリフを除く議場の誰しもが「何も考えてないんじゃないか」と感じる程に。
「あの……ヘイゼルダイン様」
「なんだ」
「あの方は一体……」
不審そうな表情をしたダールベルクが問う。
「アデっさんと呼んでますが、その……どなたなのです?」
困り顔のフォルマーもダールベルクの言に続く。
各人いずれもこの美少女の姿は、宴席を含めてエキドナ別邸で何度か目にはしている。細身で小柄なわりに、蜂蜜を一滴垂らしたような瀟洒な
「明かしてもいいかい、アデっさん」
「んー、あんたが決めなさいな、クリ坊」
天下の黒騎士・ヘイゼルダインを「クリ坊」と呼ぶ不敵さに、皆が一様に何かしらの声を上げた。フォルマーは目を丸く見開き、アギレラは愉快そうな顔をする。
「この方はな、六英雄の一人で……」
「も、もしや『
紹介し掛けたクリフの声を、フォルマーがすぐさま阻んだ。
「ほほぅ、彼女がかの有名な六英雄が一人、
「彼女が……森の貴婦人とも呼ばれる、伝説のハイエルフ族……!!」
アギレラは何度も顎髭を撫で、普段は冷静沈着なダールベルクも驚きを隠せない。
「アデっさんの……いや、アーデライード殿の人物鑑定眼や、能力を見極める見識は確かでね。今回の内乱鎮圧に一枚も二枚も噛んでいる彼女だからこそ、様々な方面から意見を聞いておきたくてお呼びしたのだ」
クリフがそう説明すると、一同はなるほどと納得の表情を浮かべた。
こういう時に名声って便利よね、とアーデライードは思う。見た目はただの小娘であると、言い方は悪いが「舐められる」事が多い。議場など発言権が必要な場所では、肩書が大きくものを言う。
「済まないがアデっさん、少し
「そうね、私の見立てでは……ふむ。防衛上の拠点であるエキドナは、港町・リッシェルと公国府・ヴェルヴェド、二つの点を結ぶ街道と周辺地理の関係上、左右二対の騎士団を配置すべきだと思うわ。その内の一つは『月の雫騎士団』でいいでしょう」
「もう一対の騎士団は?」
「新生の……私だったら若手中心で騎士団を編成し、団長にアードナーを据えるわね」
議場の全員が
「そのアードナーの両翼として、内務型のエアハルトと実務型のクラウス……二人を副団長に据えれば、これで盤石じゃないかしら」
アーデライードは続けざまに、エアハルトとクラウスの名を上げた。
「まぁ、私も暫くはこっちに滞在してるし、手伝える範囲なら手を貸すわよ」
「おおっ! それは頼もしい限りだ!」
そうと聞いてフォルマーが、お行儀悪く指を鳴らした。彼は割とフランクな性格で、元王国の貴族出身ならざるちょっと砕けた所があるようだ。
それを横目でちらりと見たダールベルクは、やや眉を
アーデライードとしては、この布陣は最善の人選であることに加えて、自らを有利にすべく企みがある。第一には、イリスの行動を制限しない自由意志の騎士団作り。第二には、瑛斗の友人を騎士団の中心に据えて便宜を図りやすくすること。第三には――
「折角エイトが収めた騒ぎだし、出来れば上手くいって欲しいし」
などとは決して口に出して言わないが、そういう計算がちょっぴり働いてはいる。
だからといって瑛斗を騎士団幹部に据えられては堪らない。そんな時に「エイトはダメ! 私のだから!!」などとは、流石に口が裂けても言えないが。
「よし……アデッさんの案に賭けてみるか」
「本当に若手ばかりの騎士団で宜しいのでしょうか」
口を挟んだダールベルクに、クリフは鷹揚に応じた。
「俺が若手ばかりの騎士団を起用したのを忘れたのか?」
それは二十年前の奴隷解放戦争時、ダールベルクやフォルマ―を始めとした、かつての若手騎士たちのことである。こう答えられては、流石のダールベルクも反論のしようがなかった。
「ハッハハ! ダールベルクよ、これは一本取られたな!」
アギレラがそう豪快に笑うと、続けざまに机をポンと叩いて言った。
「いいじゃないか。エキドナの若き騎士たち……英雄譚の始まりのようだぞ!」
そうして若手を中心とした騎士団が結成されることと相成った。
美貌のハイエルフは思惑通りにしてやって、内心ニヤリとほくそ笑むのである。
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