第54話 騎士たちと過ごす休日の旅(前篇)

 瑛斗の世界でいう、翌週土曜日の昼下がり。

 五月晴れの日々続くリッシェル邸の庭に、二頭立ての馬車が二台。いずれも幌には『銀の皿騎士団』の紋章が入っている。くびきに繋がれた馬は、呑気に足元の雑草を食む。

 先週した約束通り、瑛斗と四人の騎士は約十日振りに顔を合わせた。

 普段瑛斗らがリビングルームとして使用している共用の大広間にて、アードナーとエアハルト。続いてソフィア、ドラッセルと瑛斗は固い握手を交わす。


「世話になったな、エイト!」

「君のお蔭で我ら騎士は、大きな過ちを犯さずに済んだ」

「そう言っても過言ではないくらい、凄い出来事だったわ!」

「これからもよろしく頼むぜ、親友!」


 騎士たちは次々と瑛斗への礼を口にした。

 今から思えば彼らとの出会いは、豪華客船上での乱闘騒ぎ――と最悪なものであった。そこから公国横断の旅と、エキドナ内乱の鎮圧。これら全ては、ゴールデンウィーク五連休の間に行われ、ほんの二週間足らず前に起こったこととはとても思えない。

 衝突と激闘を乗り越え、彼らとはどんな友人よりも友情が芽生えた気がする。


「挨拶が遅れて失礼した」

「構わないよ。エアハルトたちの忙しさは知ってるからさ」


 この数日の間、騎士らはエキドナ内戦の後始末に加え、山間の街・テトラトルテの祭りの準備とその引継ぎに忙殺されていたはずだ。その忙しい合間を縫って礼を述べにやって来てくれただけでも、彼らの義理堅さが分かろうというものだ。


「さってと、一仕事やっちまうか!」

「俺も手伝うよ、ドラッセル」


 馬車で来た彼らは、たくさんの手土産を持ってきていた。

 リッシェルでの新生活に必要であろうと、様々な物資をかき集めて来てくれたのだ。

 普段使いの日用品に加え、日持ちするチーズやパスタ、固く焼きしめたパンや干し肉、干し果物などの保存食。塩やハーブ、オリーブオイルといった調味料類、小麦粉の大袋等々、次から次へと手渡しでリレーさせながら馬車から降ろす。

 ドラッセルはワイン樽を幾つも抱えては、地下倉庫へと荷卸しをしていた。この辺りは間違いなくアーデライードへの貢物――と彼女へのプレゼントをよく心得ているようだ。

 全ての荷を運び込み終えた瑛斗たちが大広間へ戻ると、冷たい井戸水を水差しに入れたレイシャがとととっと走り寄った。一仕事終えた瑛斗らに、冷水を差し入れたのだ。

 ご丁寧なことに水差しの中には乾燥した檸檬の皮レモンピールが落としてあり、皆の渇いた喉に一服の清涼感をもたらした。


「ああーん! ほんっとにもう、レイシャちゃんは可愛いなぁ!」


 猫撫で声を出しながら、ソフィアがレイシャに抱き付いた。ぽそりと「お持ち帰りしちゃいたい」などと物騒なことを呟いているが、きっと本心であろう。


「そひあ、おもい……」

「あ、レイシャちゃんに、これあげるね」


 そう言ってソフィアが腰の皮袋から取り出したのは、小さな白い小瓶だった。


「これなに?」

「テトラトルテ名物のメイプルシロップだよ」

「めいぷる……」


 小瓶を受け取ったレイシャは、珍しくソフィアの頭撫で攻撃にじっとしていた。これは等価交換――またもソフィアは、レイシャの買収に成功したらしい。なかなかやる。

 そうして一息ついた後、長椅子にどっかと腰を下ろしたまま、足を組み頬杖を突いたままだったアーデライードが、エアハルトに話し掛けた。


「ところでアンタたちさ」

「なんでしょうか」

「論功行賞の結果はどうだったの?」


 アーデライードのいう論功行賞とは、エキドナ内乱鎮圧の恩賞に関してである。

 瑛斗と共に戦った四人の騎士たちは、この内乱で大きく名を上げることになった。彼らが功を論じ賞を行うにふさわしい働きをしたは、間違いようのないところであろう。

 エアハルトが答えて曰くアーデライードの思った通り、クリフ・ヘイゼルダイン立会いの元、イリス姫直々に論功行賞が行われていたそうだ。


「さて今回の論功行賞、誰が一番だったと思う?」

「ううん、そういうのはさっぱり見当がつかないな」


 ソフィアから出された突然の質問に、瑛斗が素直に首を捻る。


「なんと戦功一等は、ドラッセルなのよ!」


 ドラッセルを中心とした騎士隊の働きは、まさに獅子奮迅と言ってよい。

 狭い入口や廊下、階段とあらゆる障害を駆使し、倍に値する百数十の敵を、たった十二名で食い止めたのである。勇気ある十二名の騎士たちの働きこそ、最大の功績といえよう。


「へぇ……やるじゃない!」


 アーデライードがそう言って感心するには、別に理由があった。

 ドラッセルは開国以前よりこの地に住まう外様の騎士だ。王国より移住した旗本の騎士とは違い、高い評価を受けにくい立場にある。

 しかしそんな外様の騎士であるドラッセルに最も高い評価を下したということは、イリス姫の見地が非常に高いことを示し、身分の差なく実績に応じて評価を下すことを示す。


「いやぁ……オレでいいのかなぁって感じだったよ」


 大柄な身を縮ませて、ドラッセルが頭を掻きつつ恐縮した。


「何を言ってやがる、とんでもない大物狩りをしたクセに!」

「ヘイゼルダイン様からもお褒めの言葉を頂いちゃってさぁ!」


 更にドラッセルはこの戦いで、エゴン・クレーマンを倒したのだ。

 何しろこの相手は奴隷解放戦争を戦い抜き、上級騎士アーク・ナイトの地位を冠した豪の者である。ドラッセルは上位食いを果たした男として、一躍名を馳せることとなった。


「そこでドラッセルには『二つ名』が付いたんだ」

「二つ名?」


 二つ名とは、英雄的な働きをした者に贈られる栄誉ある渾名だ。

 例えばアーデライードならば『聖なる森グラスベルの大賢者』であり、ドルガンならば『闘将ドルガン』と呼ばれている。

 これら二つ名は自ら名乗るものではなく、周囲が認めてこそ意味を持つ名であろう。


「それでドラッセルの二つ名は何なんだ?」

「笑うなよ……『城壁ルーク・ドラッセル』だとさ」


 如何なる敵をも通さぬ、高き城壁――

 城壁ルークという名称は、異世界でもチェスの駒としてよく知られている。特に現実世界から持ち込まれた原初のチェスは『異世界チェス』として有名である。

 ドラッセルはその城壁ルークに例えられ、二つ名として与えられたのだ。


「笑わないさ。いい二つ名じゃないか」

「エイト……やっぱりいいヤツだな。大学芋食うか?」


 ドラッセルが皮袋から取り出した大学芋を、瑛斗は苦笑いしつつ受け取った。

 相変わらず身体のどこからともなく食い物を取り出してくる男である。


「もうちょっと単純に『鉄壁』とかじゃないんだね」

「ホラ、その名は『鉄壁の聖闘士』エルルカ・ヴァルガ様がいるから……さ」


 鉄壁を冠するは、誰もが遠慮する称号だそうだ。

 野球でいう所の『永久欠番』のようなものであろうか。


「へぇぇ、やっぱりそういうものなんだな」

「あら、そうかしら? あんなの『聖なる森グラスベルの大賢者』に比べたら、使いっ走りにも似た、端っこのお飾りみたいな称号よ?」


 などとアーデライードが声高らかにのたまったが、相手にしないことにする。

 そのすぐ傍で、今回の訪問で瑛斗が異世界に持ち込んだ「人をダメにするクッション」改め「エルフもダメにするクッション」の上でトロけた様になっていたダークエルフが、黒猫のように目を細めてハイエルフをチラ見したが、やはり相手にはしなかった。


「実はさ、エイト……オレの二つ名は、危ない所だったんだ」

「どういう意味だ?」

「あとちょっとのところで『舳先へさきのドラッセル』になるとこだった!」


 そう暴露して、ドラッセルが豪快に笑う。

 舳先の――とは、ドラッセルが旅の客船甲板上で、アーデライードに風の精霊語魔法によって船の舳先までぶっ飛ばされたことに由来しているのだろう。

 多くの客が目にしたあの出来事は、あっという間に公国内に広まっていた。あれだけ派手にやらかしたのだ。人口に膾炙しておかしくない痛快な事件であった。


「それが今じゃ、ステーキ横の添え物クレソンみたいなもんさ」


 と、ドラッセルらしい表現で例えた。騎士にとって大恥であるエピソードも、今となってはよいアクセントとなる笑い話になっている、という意味のようだ。

 

 さて、続く論功行賞の戦功二等は、エアハルトであった。

 こと戦場に於いて地味な立ち回りが多い彼であったが、階級差あるクレーマン子爵に一歩も怯まぬ姿、また戸板に水が如き弁舌で見事説き伏せた点がイリス姫の目に留まった。

 特筆すべきは何よりも、姫の暗殺を未然に防ぐキッカケとなったことだ。


「あれはアデル殿の功績であると申し上げたのですが……」

「あら、私はヒントを与えただけで、実行したのはあんたでしょ」


 アーデライードはどこ吹く風で、特段気にする様子もない。


「それに聞いてくれよ! エアハルトにも二つ名が付いたんだぜ!」

「よ、よしてくれ……恥ずかしいだろう」


 嬉々として語ろうとするアードナーを、エアハルトが必死に制そうとする。

 だがこういう時のアードナーを止めることなど、できよう筈がなかった。


「聞いて驚けよ?」

「い、言わないでくれ……」


 武に於いてエアハルトの活躍で際立つは、『黒豹』と呼ばれる難敵、上級騎士アーク・ナイトのゲイラーを仕留めた点である。それにより付いた彼の二つ名は――


「『黒豹狩り』って呼ばれてるんだぜ! かっけーよなぁ!!」

「言わないでくれって言ったのに……」


 大喜びのアードナーに反して、エアハルトは顔を手で覆う。

 確かに大人びたエアハルトにとっては、ちょっと恥ずかしい二つ名かも知れない。


「ところでさ、アデリィ」

「なによ?」

「この世界にも、黒豹っているの?」

「……私は見たことがないわね」


 後で聞いたところによると、大陸東部の山岳地帯にいるらしい。それは博識なエアハルトに聞いた話であったが、その説明をする度に顔を覆って恥ずかしがっていた。大仰な二つ名はご遠慮願いたいタイプらしい。


「そしてこのオレにも二つ名が付いたんだぜ!」


 戦功三等は嬉々として語るアードナーであった。

 アードナーはこの戦いで、十人以上の騎士や傭兵を倒す功績を上げている。そこで付いた二つ名は『跳ね馬アードナー』だ。これはチェスでいうナイト――馬の形をした駒を当て込んで、『城壁ルーク』と呼ばれるドラッセルと対比させた結果かも知れない。

 アードナー得意の突き技は、一足跳びで相手の懐に飛び込んでひと刺しに貫く。くすんだ赤髪を振り乱し、単騎で戦場を跳ね回るように戦う彼の姿を『跳ね馬』と例えるのは、なるほど納得がいく。

 良く目立つ赤髪に高い身長、そして派手な戦闘。英雄然とした威風堂々たる姿から、現在彼の武勇は、一躍公国内に轟いているのだそうだ。


「中には俺のことを『百人斬りのアードナー』なんて噂をする奴もいるようだが……百人だなんてさ、十倍だぜ、十倍! まったく無茶を言うぜ!」


 などと嘯くアードナーは、どことなく嬉しそうである。

 彼は根っから派手好きで、カッコいいものが大好きなのである。


 戦功に位こそ付かなかったものの、ソフィアも大いに名を馳せた。

 ソフィアの働きは、同期とはいえ一個の騎士団を説き伏せた交渉術に加え、激戦を繰り広げた一階フロアを守り抜くキッカケとなる、援軍を送りこんだことだ。

 援軍した『月の雫騎士団』はといえば、結果『エキドナの庭に集いし勇士』四十八人に数えられる戦功を得たわけだから、彼らからソフィアへの信頼は群を抜いて篤い。


「しかも先陣へ斬り込んで往く勇猛さ」

「常に最前線で薙刀を振った果敢な姿勢」

「や、止めてよ二人とも……」


 アードナーとドラッセルは、ノリノリで説明する。

 エアハルトと同じく知性派のソフィアは、派手な武名を嫌うようである。


「聞いてくれよ、エイト。そこで付いたソフィアの二つ名は……」

「あっ、それは言っちゃダメって言ったでしょう!?」

「『月下の姫騎士』だぜ! 略して『月姫』!」

「あーっ、もうっ! 言うなっ!! バカードナーっ!!」


 この渾名、元々は『月の雫騎士団』の団長・ビアンカが言い出したらしい。

 確かにあの宴会の最中、そんなことを酔っ払って口にしていた気がする。


「そうしたら騎士団のみんなに広まっちゃってさ……」

「みんなソフィアのことを『月姫』って呼んでいるぜ」

「おまけにビアンカは『自分が結婚したら団を譲るわ』なんて言い出してるしな」


 今回の件でソフィアは、同級生らから随分と慕われる結果となったらしい。

 しかし瑛斗には気に掛かる、この場に名のない者が一人あった。


「ところで……エレオノーラはどうしたんだ?」

「うーん、彼女は全てを辞退したわ」

「何故?」

「実際に戦功は何一つ上げていないからだ……と、そう言ってた」


 誰よりも姫の身を案じて必死に護り通したは、エレオノーラである。

 それはイリスが一番によく分かっているはずだ。それでも戦功を与えなかったということは、何らかの理由があるはずだった。


「けどそれは、無難な論功だと思うわよ」


 瑛斗がそう思っていたところへ、アーデライードが口を挟んだ。

 その言葉にエアハルトも同調する。


「姫を守護して当たり前の従者騎士への評価は、難しい所がある……」

「常に身の回りでお世話もしているから、情を挟んだ恩賞とみられても損だ」


 続いたアードナーも、腕組みをして複雑な表情を浮かべていた。

 その雰囲気を打ち破るように、ドラッセルは明るく振る舞って声を張る。


「でも例えさ、エレオノーラが『エキドナの騎士』として数えられなかったとしても、俺たち四十八人は、彼女の働きを決して忘れはしないからな!」


 ドラッセルのいう通り、誰もがエレオノーラの頑張りを知り、声よ枯れよと声援を贈った。そして何よりも、我が姫を無事に護り抜く為に命懸けで闘ったことは、誰もが知るところである。

 この戦いを経て、エレオノーラが騎士の仲間たちから勝ち得た更なる信頼と友情。ただ優等生という印象だった彼女からの成長。それこそが最高の恩賞だろう――

 エレオノーラの高潔な性格を知ればこそ、そう考えているのだと強く感じられた。そしてこれからもっと素晴らしい活躍を、彼女はきっと見せてくれるはずだ。


「そうだね。エレはきっと、誰よりも一番分かっている……」


 思わずそう呟いた瑛斗の声を、耳聡いハイエルフは聞き逃していなかった。


 ん、んん? あらら、瑛斗ったらいつの間に?

 エレオノーラをそんな風に呼ぶようになったのかしら。

 ちょっと聞き棄てならないけれど……

 これって目くじらを立てることじゃないかしら?

 そんなに気にするほどのことじゃないかしら?


 複雑な表情をするアーデライードを、レイシャが黒猫のように目を細めてチラリと見たが、クッションの心地よさに負けて、やはり相手にすることはなかった。

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