第21話 運命の森と純真可憐な美少女の旅
ゴールデンウィーク、五連休初日。
瑛斗はこの日までの数日間、旅の続きを一日千秋の思いで過ごした。
何せ、旅の冒頭では憧れだった六英雄と出会い、その飛龍の背に跨って天空を飛び、辿り着いた「運命の森」では、新たな異世界への出入り口を知ったのだ。
宝箱をひっくり返して飛び出した沢山のお宝を、片っ端から堪能しまくった気分だ。
お蔭でテンションが上がり過ぎて、思わずアーデライードをくちゃくちゃに抱きしめてしまった。冷静に考えれば、とんでもないことをしたもんだ。
そもそも異世界へ来るまで女縁など皆無だった瑛斗である。女の子に触れるだけでもドキドキするのに、つい抱きしめてしまうなんて。胸の中にアーデライードが飛び込んでしまったのをいいことに、よくそんな思い切った行動をとったものだ。後々考えるに自分でもびっくりせざるを得ない。
彼女が普通の女の子ではなく超常の美少女でありハイエルフであることが、現実味を更に希薄なものにする。まるで夢や幻想世界で起こった出来事のようだ。実際に
もしも彼女が不機嫌な気分で数日間を過ごしていたら、本当に申し訳なく思う。
思い起こせば、暫しお別れの挨拶をした時もこちらを振り向いてはいなかったっけ。ご機嫌斜めなその時は、潔く頭を下げなきゃいけない。そう思う瑛斗であった。
実際は心配など皆無であったのだが、この時の彼が知る由もない。
裏山の防空壕――その食糧庫として造っていた部屋の
瑛斗は五連休が始まるまでの数日間を、冒険の興奮そのままに過ごしたせいか、異世界へ早く来過ぎてしまった。待ち合わせの予定時刻までまだまだ時間がある。
日時計を取り出して読み取るに、あと一時間ほどは余裕があろうか。
折角なので終着点と呼ばれるこの場所から、周辺を散策してみることにした。
初めてこの地へと辿り着いた日は、天空の旅を終えたばかりの日暮れに近い午後であった。
しかしあの時とは打って変わって、本日は晴天に恵まれた爽やかな五月の風の吹く新緑の森であった。散策をしてみれば印象が変わるのではないか。そう思ったのだ。
ここは高原と大河に挟まれた避暑地。王弟公国の別荘地も其処に或るという。散策をするのに適した森であることは間違いない。しかも幸いなことに、古代魔法のかかっているというこの森は、或る意味で道に迷うことがないのだ。何せ侵入者を拒むように、何者をも森の外の出口へと導いてしまうのだから。
前回の旅の荷物はドルガンに全て預けてある。だから瑛斗の世界から持ち込んだウエストポーチ以外の荷物はない。ますます身軽で快適に散策ができるというものだ。
空高く、何者か生き物の鳴き声が聞こえた。
森の切れ目から空を見上げれば、遥か上空に飛龍が二匹。悠々と蒼き晴天を飛ぶ姿が見えた。恐らくドルガンたちの
ドルガンが飛龍について語っていたことを思い出す。
天空を旅をするに最も頭を悩ませるのは、飛龍たちの処遇についてである。当然飛龍用の
まずは近くの山へと降り立って、そこで放し飼いにするのが第一だという。飛龍たちは賢く、
「そうして再び呼び出す時は、これじゃ」
ドルガンは首に掛けていた小さめの角笛を見せてくれた。
これは『飛龍の角笛』と呼ばれるもので、周囲十キロ四方の飛龍の耳に届く代物だそうだ。よく訓練された飛龍たちは、この角笛を聞きつけるとすぐさま姿を現すという。
「放し飼いにしていて、大丈夫なんですか?」
瑛斗の問いに「大丈夫じゃ」との返事がすぐに帰ってきた。知能が高いワイバーンは、よく訓練されていれば無暗に人を襲わないとのことだ。
「まぁ、危害を加えようとする者には別じゃがの」
ワイバーンは小型でもドラゴンである。その姿を見て近づこうとする者は、果たして皆無に等しいだろう。迂闊な者が近づいたところで、飛龍を襲う者はまずいない。万が一襲おうとする愚か者がいたとすれば、それ相応の被害と災厄を覚悟することが必要だ。
もしも飛龍を倒す実力があったとしても、避けておいた方が無難であろう。蔵と鐙を付けている飛龍を襲うのは、リスクが大き過ぎるからだ。何しろその飼い主は、飛龍を飼い慣らせる程の猛者であるのだから。
皐月晴れの新緑の中、瑛斗は朝の風を心地よく浴びながらのんびりと歩く。
耳を澄ませば、心地の良い小川のせせらぎ。水音の方向へと歩みを向けて茂みを覗くと、透明な清水溢れる湧水地がそこここに点在していた。
北方には「運命の森」よりも更なる台地が広がり、その更に先には冠雪した山岳地帯もある。この潤沢な清い水源は、その辺りから濾過された地下水が巡り着くのだろう。
アーデライードがみたら、きっと水浴びをしたがるに違いない。
そんなことを想像しながら、さらさらと穏やかに流れる初夏の小川沿いを辿り、森の奥深くへと歩を進めてゆく。朝日を反射してキラキラと輝く川面が眩しくも美しい。
すると唐突に目の前が開け、比較的大きな泉へと辿り着いた。
湖でも池でもない。まさに泉だった。
岩肌を白糸の様に幾筋もの滝が落ち、砂地からは弛まなく清水が湧き出している。
緑深い木々に囲まれた森の中。朝の陽射しを照り返す、透明感溢れる美しき湧水。
幻想世界に於ける美しい泉とは、こういう場所を指すのだろうな。
余りの美しき情景に思わず目を奪われて、瑛斗はつい魅入ってしまった。
――ぱしゃん。
不意な水音。何かの生き物だろうか。
思わず背中の
「どちらさまでしょう……?」
小さな声が、聞こえた。それは紛れもなく少女の声だ。
ここが深き森の奥――であるのならば、エルフ族の可能性が高いだろうか。
そう推測を働かせつつ、声の聞こえた方へと薮をかき分けて歩み出る。
瑛斗は思わず「あっ!」と声を上げそうになったのを堪えた。
そこには、まさしく清楚可憐――その言葉がよく似合う全裸の美少女がいた。
端正な顔立ち。艶やかな長い黒髪。長い睫の奥、瞼は固く閉ざされている。
ぽたり……ぽたり……
黒髪から滴り落ちる水滴が、水面に幾つもの波紋を創り出す。
恐らくは沐浴を――この美しい泉で身体を清めている最中だったのだろう。
全裸の少女は慌てて姿を隠すこともなく、その全てを曝け出し立っていた。
たわわに実った二つの胸の膨らみも露わなその姿は、まるで大理石の彫像のようだ。
美しき泉の中に佇む清楚可憐な美少女を前にして、瑛斗は身動きが取れない。
まさしく幻想的な風景。芸術的な一枚の絵画に見入るような気分だった。
「どちらさまでしょう……?」
泉の水面の如く穏やかな表情で、美少女は再び問うた。
瑛斗は答えようにも喉が乾いて張り付いてしまったように声が出ない。
「
そうか。それで両目を固く閉ざしているのか。
瑛斗は生唾をごくりと呑みこんで、何とか声を絞り出す。
「す、すまない……俺は旅の者だ。小川を辿ってこの泉へ出てしまった」
「川上の小川を辿り、ここまで?」
「そうだ。その、君の沐浴を覗く気はなかった。早々に立ち去るから赦して欲しい」
急いで踵を返そうとした瑛斗の背中に、黒髪の少女の声がかかった。
「お待ちください。もしや貴方様は……」
瑛斗を引き留めたその少女の言葉は、意外なものであった。
「貴方様はもしや、勇者様では……?」
勇者――その言葉は急いで立ち去ろうとした瑛斗を引き留めるに足る。
だが純情な瑛斗はもう振り返ることができない。よって背を向けたまま問い返した。
「何故、そう思う?」
「川上から……」
そう言って指差す先は、瑛斗の来た方向。
瑛斗の声と小川のせせらぎを頼りに、方角を聞き分けているのだろう。
「勇者様は必ず、あちらの方角から現れると伝え聞いています」
勇者とは……やっぱり爺ちゃんのことだろうか?
もしもそうならば、例の二つ目の出入り口から現れることを指しているのではないか、と瑛斗は考えた。
少女の指差す方角は『運命の森』の最深部と呼ばれる場所。この『運命の森』で道を違えれば、必ず元来た入口へと戻される。故にまずは最深部へと辿り着き、そこから小川の流れに従って下らねば、この泉に辿り着くことはできないだろう。
この泉を目指して森をまっすぐに歩いたならば、現れるのは必ず川下から。川上からこの泉へ訪れるには、まずは最深部へと辿り着かねばならないのだ。
泉へ辿り着くためにわざわざ最深部を見つけ出し、訪れる者はそういまい。
「昨夜、私は自室で竜の声を聴きました」
それはドルガンの騎乗する
「もしやこれは吉兆ではないか……そう思い、この泉へ来たのです」
「何故、この泉に?」
「ここは、伝説の泉……」
「伝説の泉?」
「当世一の勇者と呼ばれるお方は皆、必ずこの泉を訪れているのです」
勇者に関して様々な言い伝えがあるのだという。先程の「川上より伝説の泉を訪れ、川下へと去ってゆく」の他に「竜と共に現れる」や「彼方よりこの地へ現れ、此方へと去る」等々、我が祖父のことながら、伝説のオンパレードに呆れるばかりだ。
しかし後々よく考えれば、斯く言う瑛斗自身もその伝説通りの行動をしていた。自分にとっては何気ない行動でも、異世界にとっては伝説になりうる。そう気付かされると、我が身を引き締めざるを得ない。
「この泉で身を清めるは王家の慣わし。勇者様をお迎えするは憧憬のひとつ」
「王家? 貴女はいったい……」
「私は王弟公国公爵が一人娘、イリス・エーデルシュタインと申します」
「公爵の娘ということは、この王弟公国の姫?」
「はい。左様でございます、勇者様」
イリスと名乗る少女は、儚げな表情を緩ませて微笑んだ。
翻って瑛斗は迂闊だったと自らの額を小突く。ここは公国家直轄の別荘地。この森を訪れるのは、まず王侯貴族を推測して然るべきだ。皐月の緑葉に誘われて、つい散策を楽しんでしまったが、軽はずみな行動だったと言わざるを得ない。
「すまないが、俺はまだ勇者じゃない」
「……まだ?」
公国姫を名乗る少女は、きょとんとした顔で不思議そうに首を傾げた。
「あ、いや……勇者を目指す、その途中なんだ」
「まぁ! それならば、勇者様に相違ありません」
イリスは今までで一番明るい声を発し、両の掌をぱちりと合わせて喜んだ。
「大叔母様も叔従母様も、ここで勇者様と御逢い成されているのです」
思わず「爺ちゃんが?」と聞きそうになって、瑛斗は言葉をぐっと飲み込んだ。自分がちゃんと独り立ちできるまで、ゴトーの名を軽率に出す気にはなれない。
黒髪の少女は併せた両の掌を胸の前で組んで、祈りを捧げるように顔を伏せた。
「
そう言ってイリスは、その身を泉の中へゆっくりと沈ませて両膝を突く。
「勇者様、どうか、どうかこの国の民を救い給え……」
「ちょっと待ってく……あっ!」
瑛斗はつい振り向いてしまった。そこに居るは、跪く全裸の美少女である。
慌てて着ていたジャケットを脱ぐと、少女の両肩へとかける。
「まぁ……
「なぁ、どうしてだ?」
「はい?」
「どうして君は、そうまでして勇者に逢いたいんだ?」
「……これは、私の戯言とお聞きください」
純真可憐な相貌を暗く沈ませ、重い口を開く様にゆっくりと語りだす。
オーディスベルト地方エーデルシュタイン公国領王、すなわちイリス姫の父である王弟公国王エルマーは今、数年前より執政より離れて病床の身であるという。
エルマー王は「賢弟王」と呼ばれた祖父同様に、領民から慕われた王であった。だが数十年前の奴隷解放戦争にて負傷して以降、王の体調は芳しくない。徐々にその身は蝕まれていくと、遂に病床より離れられぬ身となった。
近年、王に変わって執政を取り仕切るのは直下の家臣たちである。しかしその手腕は公国民の期待を大きく裏切るものとなっているようだ。
「私は若輩で盲目の身ゆえ軽んじられ、国政ままならず。今は静養……いえ、それは名ばかりで、遂にはこの地へ幽閉し厄介払いをされているのです」
彼女の存在こそ公表はされているものの、盲目は国民に知られていない。病弱により静養しているのだ、と状況を秘匿されているのだという。
「大臣たちは、
「何故そう思う?」
「命を賭した莫逆の友の諫言により……それを知ったのです」
その友とは幼少の頃より共に過ごした、自らの片翼の様な存在だったという。政務書記官であったその者は、イリスに全てを打ち明けた後に行方不明となってしまった。
「激しく争った形跡があり、従者は殺されていたといいます」
心ある騎士たちの決死の探索あれど、行方は依然として知れず。捜査は王弟府上層部に存在する何らかの厚い壁に阻まれて、刃が届かず。
民草に怨嗟の声溢れ、悪政の陳情は数多く。それらを汲み取りたい想いはあれど、握り潰されてゆく存在はおろか、陳情すら盲目の身で知るは叶わず。
「イリス姫、貴女は何を望んでるんだ?」
「私は何よりも、瞳が欲しい」
「やっぱり見えない瞳が恨めしいか」
「いいえ、私は真実を……真実を見知る瞳が欲しいのです」
イリスは心の底、心にずっと降り積もっていた感情をありのままに吐露した。
暗き闇の中に置かれた我が身を嘆くことはない。光を望んだことはない。
求める願いは、たった一つ。
「勇者様……どうか私の瞳に代わり、偽りなき真実を見定めてくださいませ」
今までずっと耐えてきた、声に出せぬ声。
盲いたイリスの瞳から、ぽろぽろと大粒の涙が零れ落ちた。
瑛斗は何も答えず、じっと黙って姫の言葉を背中で聞いていた。
きっとこの泉へと足を運ぶに、相当の覚悟を持って訪れたに違いない。
このか弱き双肩に、どれ程の重みがかかっているのだろうか。
「真実を見定める瞳……か」
「それは胡蝶の夢でしょう。しかし……」
震えた唇を小さく噛み締めて、イリスは華奢な肩を落とした。
「無礼ばかりの詮無い戯れ……どうかお赦しください……」
「俺は路傍の石、赦すも赦さないもないさ」
瑛斗は、ただ思ったことを口にすることにした。
「ただ君は君の、心の瞳を閉ざしてはいけない」
瑛斗の言葉に、盲目の姫君はハッとした表情を見せた。
イリスの胸に去来していた諦観。それを見抜かれた気がしたからだ。
「残念だが、俺は神様でもなんでもないから、願いを聞くことはできない」
「そう……ですか……」
「けれど、君の瞳くらいには、なれるかも知れない」
凛と響く瑛斗の声は、イリスの心へ真っ直ぐに沁み込んだ。
イリスが、俯いていた顔を上げた。
「俺は俺の冒険でこの国を見極める。だから君は君で戦ってくれ」
「この
「そうだ」
「こんな私でも、戦えるのでしょうか?」
「人は皆、何かしら戦ってるもんじゃないかな」
「まぁ、それは考えもしませんでした」
「諦めなければ道は拓く。俺はそう信じてるんだ」
「そう……そうですね!」
悲嘆に暮れていたイリスは、やっと顔をほころばせた。
彼女が握り締めている両の拳は、剣を握っている真似であろうか。何かちょっとおかしな構えだが、気持ちは十分に伝わってくる。
瑛斗とイリスは顔を見合わせて――彼女は見えていないのだろうけれど――互いに「ふふっ」と笑い合った。
「貴様、そこで何をしている!」
突然の怒声に振り向くと、金の髪に
銀に輝く
「あら、その声はエレオノーラ?」
エレオノーラと呼ばれた少女の声に反して、イリスの声はやんわりとしている。
「姫から離れよ、痴れ者が!」
「こらっ、勇者様に失礼ですよ、エレオノーラ」
イリスの声が耳に届かぬエレオノーラは、
瑛斗は慌てて背中へ手を回したが、そこに愛用の
「ちょっと待て、俺は丸腰……」
「知ったことか!」
抜き放たれたサーベルは、瑛斗へ向けて真横へ一閃された。寸での所で後ろへ飛んで躱すと、武器となりそうな物はないか周囲を探すも、何一つ見当たらない。
少女騎士から放たれた二撃目の突きを、前廻り受け身で転がって躱す。
「避けるな、卑怯者! 我が剣をその身に受けよ!」
「いや、そんな無茶な!」
何かないかと身の回りを確認すると、ウエストポーチの中に現実世界から持ち込んだサバイバルナイフがあることを思い出した。レイシャの首輪を切った時のナイフだ。
「覚悟!」
上段から真正面へ振り下ろされたサーベルが、瑛斗の頭上を襲う。
ギィィン――ッ!
銀色の破片が、鈍い光をまき散らしながら吹き飛んだ。
地に突き立ったそれは、剣の切っ先。エレオノーラの折れたサーベルだった。
間一髪。瑛斗の構えたサバイバルナイフが彼女の剣をへし切ったのだ。合わせたナイフの刃が数センチずれていれば、瑛斗の右手が切り落とされていたかも知れない。
それほどに容赦のない攻撃を、少女騎士は仕掛けて来ていたのだ。
「なっ……!」
「本気で
ナイフを構えた瑛斗の、獣のような視線に
言霊を上手に利用しなさい、とはアーデライードの教えの一つである。
「すまないが、イリス姫。俺は待ち合わせがあるんだ」
「いえ、こちらこそ……お足をお引き留めいたしまして」
エレオノーラがまだ怯んでいる今の内に、大きく距離とって背中を襲われぬようにすると、瑛斗はさっさと踵を返すことにした。
「聞き受けた約束は、絶対に守る」
「……勇者様!」
「また逢おう、イリス姫!」
そう言い残すと、瑛斗は風のように走り去った。
我に返ったエレオノーラが追おうとするも、その姿は早くも視界から消え去っていた。
「くっ……姫様! 私が着替えとタオルを取りに戻っている間に、一体何が?」
「いいえ、なにも。ただお喋りをしていただけよ?」
殺気立つエレオノーラとは対照的に、イリスはのんびりと答える。
「姫様が沐浴をなさると仰らなかったので、このようなことに……!」
「ええ……しかしそのお蔭で、あのお方にお逢いすることが叶いました」
イリスはエレオノーラに何も告げず、伝説の残る泉へ散歩に出ると言い出した。泉へ着くなり、するすると衣服を脱ぎだして沐浴を始めたイリスに、エレオノーラは慌てて着替えとタオルを取りに戻ったのである。
「しかしあの身のこなし、何者でしょうか……」
エレオノーラは屈辱的な折れたサーベルの切っ先をじっと眺めて言った。
「あの身のこなし、とは、私には分からないけれど」
目の見えぬイリスに対して配慮を欠いた発言に、エレオノーラは恐縮する。
姉のように上手くいかぬ、と恥じる少女騎士を気にも留めず、
「貴女が、あのお方に敵うはずないのよ、エレオノーラ」
イリスはそう言って、さも楽しげに微笑んだ。
我が主のこんな笑顔を見るのは何時振りの事であっただろうか。
ここのところイリスの悲痛な面持ちばかりを眺めていたせいか、不意に零れた笑顔に思わず心が
瑛斗との決闘に張りつめていた気が抜けて、つい脱力した声で問いかけた。
「はぁ……あのお方、とはもしや、聞き伝えられている勇者様、ですか?」
「ええ、その通り。私の勇者様です」
イリスは見えぬ
「はぁ、勇者様……ですか? あれが……?」
懐疑的な少女騎士は、瑛斗が聞いていたら頬を膨らませそうな調子で呟く。
「ふふっ、
「なっ! 何を仰られているのですか!?」
「でもね、それは仕方のないことなのよ?」
慌てるエレオノーラに、何事もないような調子でイリスは言った。
「だってあのお方は、勇者様なのですもの!」
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