第25話 盲目の皇女と夜咄の旅(番外篇)

 さて、瑛斗が船上で若き騎士たちと、ひと悶着を繰り広げている頃――


 王弟公国は「運命の森」の北に広がる、翠緑と水源豊かな高原の台地。避暑によく適した高台に、エーデルシュタイン王家直轄の別荘地がある。

 ここにも夜のとばりは降り、屋敷を静寂の中へといざなおうとしていた。

 今の居をこの王家別宅に構える盲目の皇女・エーデルシュタイン公イリス王姫は、寝室にてひとりぼんやりと物思いに耽っていた。寝間着姿に着替えてはいるものの、まだ床に就くことはない。正確には眠る気になれなかったのだ。

 窓辺に手をやったままアームチェアに深く腰掛け、遠く窓外を見つめるその姿は、彼女が盲目と知らぬ者が見れば、宵闇に沈む森の向こう側を眺めやっているように思うだろう。

 寝室内は華美な装飾こそないものの、王家として気品溢れる調度類を備え、慎ましくも良く整頓されている。装飾のない簡素に見える寝間着も、肌触りを優先している良質な生地であろう。

 部屋の中央には天蓋付きの大きなベッド。そのすぐ傍にある高級な衣紋掛けには、瑛斗のジャケットのみが大切そうに掛けられていた。

 サイドテーブルには精密な装飾を施した錫製のポットとコップ。

 イリスは慣れた様子でそれらへ手を伸ばし、名水と名高い「運命の森」より汲み出した清水を注ぐと、こくこくと喉を鳴らせて飲み干す。火照った身体へ冷たい清水が染み渡るようで心地よい。

 昂揚した身体が火照っていまだ収まらぬその理由――清澄な朝の空気を纏った「伝説の泉」に於いて、突然の出会ったあのお方。

 自らを勇者見習いだと名乗った、瑛斗との衝撃的な出会いがあった。

 イリスがかの泉で沐浴をするなど、王家の嗜みとして子供の頃から幾度となくおこなってきた風儀である。だが一縷の望みを託す想いで沐浴をしたことは、今まで一度たりともない。神聖な儀式である沐浴中に、私事を願うのは禁じられたことなのだから。

 そんな最中、イリスは勇者を目指す少年と出会った。祈りが神に通じたかのような奇跡的な出来事に、胸が高鳴るのはとどめ様がないことだった。

 子供の頃から大叔母より寝物語に教えて貰った勇者・ゴトーの英雄譚。

 その幼心に憧れ続けた伝説の、かの一節を自らの指でなぞったような出来事。

 王家の者であれば知らぬ者なき綿々と語り継がれた「伝説の泉」で、その口承と寸分違わず形でお目通り叶った勇者様との出会い――とても早朝方起きたこととは思えない。

 胸の昂りはいまだ止まず、早々床へ就く気にはなれそうもなかった。

 ふくよかに実ったまあるい胸に手を置くと、己の心臓の音を確かめる。


 とくん……とくん……


 着実に刻む心音は、いつもより幾分強く、そして律動的リズミカルだ。

 切ない胸の詰まりを振り払うように、大きく息を吐き出すと、


「心躍るとは、このような事を云うのかしら?」


 そんな他愛もないことをひとり呟いた。


 こつ、こつ、こつ、こつ……


 ドアの向こう側から、寝室前の廊下を通り過ぎようとする足音が聞こえてきた。


「その足音は、エレオノーラね?」


 部屋の中から廊下へ向けて呼びかけてみた。

 その声に反応したか、足音は寝室の前でぴたりと止まり、ドアをノックする音が響く。


「失礼します、イリス様」


 部屋の中へ入るその声は案の定、お傍勤めの騎士・エレオノーラのものだった。


「まだお休みになられないので?」


 一つ結びにした長い金髪を揺らしてエレオノーラが訊ねる。


「ええ、全然眠れなくて」

「それではお身体に障ります」

「平気よ。私の身体で悪い所なんてないもの」

「しかし……」

「静養が必要な身体ではないわ。お願い、病人扱いしないで」


 心配する声を阻むように、しかし諭すような優しさで言葉を包む。

 エレオノーラはイリス姫の側近として着任してから日が浅い。目の見えぬ彼女の身を案じ、つい過剰に心配を掛けてしまう。イリスはそれを感じてか、何処か儚げな微笑みを浮かべる――そんな表情を見る度、側仕えとして慣れぬ未熟がエレオノーラの身に刺さる。


「ところで、何処へ行こうとしていたの?」

「あの……実は、お湯を頂こうかと思いまして……」


 そう素直に答えたエレオノーラは、少し恥ずかしそうに身を縮ませた。

 イリスの寝室の更に先、そこは浴場が造られている。異世界には珍しく温泉が引かれており、源泉掛け流しの湯殿はとても心地の良いものであった。ここの自由な使用をイリスより許可されているエレオノーラは、暇を見つけては喜んで使わせてもらっている。


「ふふっ、そうだと思った」

「足音で分かりますか」

「分かるわ」


 イリスはきっぱりと断言した。


「規則正しく歩く音。仔馬の散歩の様な元気な音だもの」


 仔馬の散歩と例えられたエレオノーラは、どうにも複雑な表情をした。


「足音で誰だかも分かるし、その人の気持ちもまるで手に取るよう」


 盲いた眼に代わり、音が全ての色となるのだから、とイリスは言った。

 エレオノーラが板金鎧プレートメイルを解除して私服に着替えていることも、イリスは音のみではっきりと把握している。事実、制服に近い姿であるが私服であった。

 だから廊下の先にある湯殿へ行く途中であることも、本当は気付いていた。


「もしや、気付いておられて揶揄からかいましたか」

「ふふっ、ちょっとね」

「私はそんなに嬉しそうな音を?」

「ええ、とてもウキウキとした足音よ」


 そう言われてしまうと恐縮するしか他にない。実際に湯浴み好きなエレオノーラは、一日の疲れを落とせる快適な温泉をいつも楽しみにしているのだ。


「まだ私と一緒にお風呂へ入ってくれないの?」

「そ、そんな滅相もない……恐れ多いことです」

「恐れ入る必要なんて、なんにもないのに」


 すっかり恐縮して一緒にお風呂に入ってくれないエレオノーラには、もう少しでいいから心を開いてくれないものかといつも思う。

 湯浴みはイリスもエレオノーラ同様に大好きだし、幼い頃は彼女と今は行方知れずの友と三人で、よく一緒に湯船でお喋りを弾ませたものだった。


「姫のお心遣いは、お気持ちだけお受けいたします」

「あら、つれないのね」

「申し訳ありません……」


 エレオノーラとてその思い出を忘れた事などひと時もない。しかしそれは身分差など知らぬ幼き日々の話。今は一国の姫君と一介の侍従騎士の間柄なのだ。


「さ、そろそろ床にお着き下さい。私が叱られてしまいます」

「仕方ないわね。そう言われては断れないわ」


 差し出されたエレオノーラの手を受け取ると、付き添われながらベッドへと向う。


「あのね、エレオノーラ」

「はい」

わたくしね……胸がドキドキして眠れないの」


 エレオノーラは、朝方の出来事のせいだとすぐさま気付いた。


「少し、話し相手をしてはくれないかしら」

「私などでよければ、いくらでも」


 イリスを寝かしつけて羽毛布団を掛けると、エレオノーラは手近な椅子を引き寄せて腰掛けた。


「さて、どんなお話をいたしましょうか」

「そうね……あのお方は、どんなお顔をされているの?」

「どんな、と申されましても……ううん、普通……」


 感情を抜きにして公平に思い出そうとしても、これといった印象はない。


「普通? それでは分からないわ」

「そ、そうでした。失礼いたしました」


 目の見えぬイリスに普通では伝わらぬ。どんな些細な情報でも丁寧に説明すべき、と十分肝に銘じているはずなのに。エレオノーラは必死になって思い出す。


「背は小柄で私と同じくらい。髪は短い黒色で、よく日に焼けた肌をして、瞳ばかりはなんというか挑戦的で煌々とした、ううん、ツンとした、その……」

「生意気そうな?」

「そう! そうです! 生意気で小憎たらしい野良猫の様な……あっ」


 朝方にしてやられた悔しさも手伝って、つい調子に乗ってしまった。そこまで言っておいてなんだが、姫の御前で使う言葉使いではない。

 唐突に感情を顕わにした真面目な侍従騎士を前に、イリスはきょとんとして、


「わぁ……凄い。エレオノーラは表現が豊かなのね」

「あっ、あのっ、か、揶揄からかわないでください……」


 耳まで赤くするほどに、エレオノーラは恥じ入った。

 幼い頃から武辺者で、男の子に交じって剣を振るってきた彼女である。宮廷など似合わぬ無作法者であることくらいは承知している。

 その点、姉はスマートで宮廷に似つかわしい気品を兼ね備えていたのを思い出す。


「でも貴女の説明は、まるで目に浮かぶようよ?」


 イリスは仄かな笑顔を浮かべた。これは褒められたと思っていいのだろうか。


「あとは、とにかく素早しっこかったです。それこそ猫の様に」


 自分とて剣の腕に自信がないわけではない。機敏さにかけて歴代の侍従騎士にも引けを取ることはないはずだ。しかしそれでもあの輩の素早しっこさには舌を巻く。


「まぁ、流石は勇者様……『その身のこなし、雷撃の如し』ね」

「それは『勇者伝』の一節ですか」

「ええ、そうよ」


 イリスはエレオノーラの真正面へと顔を向けた。まるで目に見えて覗き込んだかのような仕草に、疑わしい表情を見抜かれた気持ちになってドキッとする。


「あの、姫は何故そうまでして、あの輩を勇者の再来だと思われるのです?」

「何故……?」


 イリスは艶やかな黒髪を揺らして小首を傾げた。疑問を持つ理由がとんと分からぬようで、疑うエレオノーラの方が不思議だと言わんばかりだ。


「だって、あのお方の声に一切の嘘偽りはなかったでしょう?」


 思いも寄らぬ返答をさらりと言い放たれて、エレオノーラは言葉を失った。


「貴女は『運命の森』の伝説と泉の儀式は、知っていて?」

「それは……この国の宿命として、いえ、周辺諸国に知らぬ者はまず居りますまい」

「でしょう?」


 エレオノーラの返答に、イリスはにこりと微笑んだ。

 どうやら自分エレオノーラが居ぬ間に、あの輩と幾つかの会話を交わしていたのだろう。そうして姫は、何かしらのより深い絶対的な確信を既に得ているのだ。


「そうそう、あのお方がついた嘘は、ただ一つだけ」

「それは?」

「貴女に言った『次は容赦しない』――ふふっ、それだけよ」


 そう告げてくすくす笑うイリスに、エレオノーラは恥ずかしいやら悔しいやら。

 あの輩の言葉にたじろいだのは確かだし、その後すぐに距離を取って脱兎の如く踵を返したところからも、彼はり合う気がなかったことが窺える。

 ちょっと考えればわかることだった。だが今それを言っても結果論だ。

 見抜けぬ自分を恥じるべきか、見抜いた姫を褒めるべきか。

 二の句を告げられず口を噤むしか他になかったが、その様子すらイリスには全て筒抜けなのだろう、とエレオノーラは感じていた。


「貴女にだけ特別……もうひとつ、見せてあげる」


 イリスは衣文掛けに掛った瑛斗のジャケットを指差した。察したエレオノーラは、ジャケットを手に取って姫の手元へと受け渡す。


「まだ気付かないかしら?」

「えっ、あの、はぁ……」

「私は手触りですぐに気付いたのだけれど」


 そう言われてエレオノーラがジャケットに触れる。つるりとした生地だが絹布シルクにしては何処か様子がおかしい。目を近づけてよくよく見ると、あちらこちらに見知らぬ素材が使われていることに気が付いた。

 当然だが異世界にはまだナイロンなどの化学繊維が存在しない。よってどう形容すればよいのかも、エレオノーラにはわからなかった。

 前身頃には金属製の、まるで鋸の刃の様な駒かいギザギザがついている。


「これは一体……?」

「これはね、ここをこうして、こうやって閉めるものよ」


 小さな刃を引手に差し込んでスライドさせることにより、線上に並んだ務歯を噛み合わせ、前身頃を閉じる機構となっていた。所謂いわゆるファスナーである。


「こっ、これは……それに姫は何故……?」

「あのお方がこの服を脱ぐ時に、聞こえていた音の通りに触ってみただけ」


 驚くエレオノーラに、イリスは事も無げに言う。

 しかしこんな精密な機構をエレオノーラは今までに見たことがない。

 ファスナーは布で被せて隠せるようになっている。瑛斗が異世界人に直接見られぬ様に気遣ったものだ。そこには見慣れたボタンが幾つか並んでいる。

 エレオノーラは、てっきりそのボタンで前身頃を止めるものだと思い込んでいた。


「これは……ドワーフ族の細工物でしょうか?」


 非常に高い技術力を感じるこの機構を、今まで目にしたことなどない。だがイリスはエレオノーラの問いに答えることはなかった。ただひと言だけ。


「このことは、誰にもないしょ……」


 イリスは柔らかで弾力のありそうな口唇くちびるに人差し指を当てる。


「絶対に、ないしょよ……」


 穏やかな物腰の中に感じる、秘めた強い決意。そんな声と表情をイリスにされては、エレオノーラに断れるはずもない。

 エレオノーラは声に出すのも憚られる気がして、


「はい」


 とだけ小さく返事をすると、精一杯強い気持ちを込めて頷いた。


「でもね……これはささやかな希望」


 そんな嘘偽りのないエレオノーラの真心を感じ取り、イリスは秘めた胸の内を明かす。自らを勇者見習いと謙遜する、あのお方の言い残した、あの言葉。


「諦めなければ道は拓く……ならば私も信じてみたい」


 イリスは口をへの字に結び、両の拳をぐっと握って前へと突き出した。

 それは剣を構える仕草。贔屓目に見ても、へんてこな仕草。

 しかしそれは当然だ。イリスは剣を構える姿など、習うどころか目にしたことすらないのだから。どこかで聞き伝えられたそのままに、自分なりに構えて見せた。

 それは、イリスの決めた覚悟と戦う姿勢だった。


「ずっと私には無理だと諦めていたことが、もしかしたら……もしかしたら叶うのではないか。そう思うだけで、心が弾んで仕方がないの」


 暗中模索、五里霧中――その言葉通りの道程を一人、歩んでいた心細さ。

 だが、今は違う。雲間から射す一条の光明とはこのことだろうか。

 見知らぬ光が輝きを放ち、胸の内を熱く焦がす。煌々と照らすときめきは、そう簡単に収められそうになかった。


 なるほど、エレオノーラはイリス姫が寝つけぬ理由の一端を垣間見た気がした。

 今日は朝からどれほど多くの、姫の笑顔が見られただろうか。こんなに生き生きとした姫を目にしたのは何時振りの事だろう。すぐに思い出すことができなかった。

 それほどの長い時間が経っていたのだと実感する。思い出そうとすればする程、自らの不甲斐なさを嘆かざるを得ない。未熟故の口惜しさが込み上げる。

 だが、こんなに我が君の笑顔が見られるのなら、姫が勇者と呼ぶあの少年との出会いも、あながち悪いものではないのではないか、と思わないわけでもない。

 まだ口惜しさが残る故か、釈然としないところがあるのだけれど。


「あら……あらあらあら……?」


 すっかり胸の内を吐き出したイリスが、途端に素っ頓狂な声を上げ始めた。


「どうしたのですか、イリス様」

「もしやわたくし……一糸纏わぬ姿を全て勇者様にお見せしてしまいまして?」


 ええぇぇぇええーっ!! 今ですか?! 今なのですか、イリス様!?


 声には出さぬが、いつもは生真面目なエレオノーラですら、さすがに心の中で激しくツッコミを入れざるを得ない。


「ああ、そうね。わたくし、生まれたままの姿をあのお方の前に、ありのままに、何もかも曝け出してしまったのね……」


 勇者様に出会えたという悦びと感激が、あらゆる恥ずかしさを上回っていたのだ。おまけに明瞭に見られてしまったという実感が薄いせいか、今ひとつピンときていない。


「ええと、どうしましょう?」

「どう、と問われましても……」

「殿方に何もかも曝け出してしまっては、やはり、もう……」


 エレオノーラの脳裏に『自害』という最悪の二文字が浮かんできて青褪あおざめる。


「おおっ、お待ちくださ……!!」

「もう、お嫁に行くしかないのでしょうか?」

「おまっ、じがっ、えっ、おっ、お嫁ですとな!?」


 予想を突き抜けて反し過ぎて、驚きのあまりヘンな言葉遣いになってしまった。


「ですがわたくしなど、貰って頂けるのでしょうか……?」


 イリスは途端に萎れた花の様にしょぼーんとしょげてしまった。


「そんな! 姫は魅力的で、とても、とても素敵な方です!」

「そうかしら。でも目の見えぬ私が、妻としてのお勤めを果たせますでしょうか……」


 姫は不安そうな顔をエレオノーラに向けた。

 あまりの健気さに思わず抱きしめて差し上げたい程の愛らしさだった。


「大丈夫です! 及ばずながらこの私めが、力の限りお手伝いいたします!」


 そう断言しておいてなんだが、妻としてのお勤めとはなんなのだろうか。

 炊事洗濯などは王族であるイリス姫の仕事ではない。それは幾多の召使いメイドたちの仕事と成ろう。

 ではその他に何が? と考えて「夜の――」と閃き掛けたところで、頭をブンブンと振って妄想を振り払う。そればかりはお手伝いするわけにはいかない。そもそもお手伝いできるほど詳しくはない。それどころか全然知らない。

 というか、そういう問題じゃない、というか、それ以前の問題である。


「私などでは、やはり駄目なのでは……」

「いえ! まさか! 有り難く頂戴するに決まっております!」

「そう? 私などを有り難く頂戴していただけるの?」

「あ、いえ、頂戴などそんな、勿体ないです!!」

「頂戴して戴ける?」

「もちろんです! や、しかし頂戴するというのは、如何なものかと……」

「頂戴して戴けない?」

「ままま、まさか! むしろ美味しく戴かれ……ではなくって!」

「美味しい?」

「いや、そうではなくって、それはマズいです!」

不味まずいの?」

「いえ、美味しいです! ではなくて、マズいです!」

「私は、美味しいの? 不味いの? エレオノーラ、どちらなの?」

「あああ、ああああ、ええと、ええっと……!」


 大混乱である。


 清楚可憐なイリスには、何のことやらよく分からない。

 一度言い損ねたエレオノーラは、もう受け答えができない。

 二人は一向に噛み合わぬまま、ぐるぐると目を回しそうになった。


 エレオノーラは自らの粗忽者っぷりに呆れ返るやら、煮えくり返るやら。

 ただただ、おかしな方向へ恐縮するばかりである。


 神の膝元で『運命の森』はゆっくりとその歯車を回し――

 久々に明るい光の灯る、屋敷の夜は深く更け往く。


 大騒ぎの果てにすっかり疲れたイリスは今、安らかな寝息を立てている。

 ようやく解放された生真面目なエレオノーラは、ご希望だったお風呂を頂いて、口元まで湯船に浸かりながら、涙目で一人呟く。


 やはり駄目だ。あの輩は危険極まりない。

 清らかな姫の御前に置いては置けぬ。何としても退治せねば。

 いっそ自分が捨て身を以ってして斬り捨てるしかない。


 と、任務に忠実な警護担当の侍従騎士は決意するのであった。

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