第35話 獣人族救出作戦の旅(前篇)

 山間部、夕刻。街道へと通じる間道の細道。

 日は山辺やまのべに落ち、周囲を闇へ落とそうとする時刻である。


「クソッ、若造どもが……!」


 第十四騎士団部隊長は、イライラと足踏みをしつつそう吐き捨てた。

 何故ならば、先程から「銀の皿騎士団」の若手騎士どもが、行く手を阻んでなかなか通そうとしない。街道は我らが領域であると説明すれど、テトラトルテ周囲四方は「銀の皿騎士団の警護範囲である」と言い張り融通が利かぬ。貴殿らの言う「荷を改めさせよ」とは越権行為であると幾度も警告すれど、「こんな辺鄙な山中でこそこそと荷運びをする事こそ、貴殿らの職務ではない」と主張し埒が明かぬ。


 第十四騎士団――通称「街道の怪物狩り部隊」と呼ばれる団の主要任務は、街道沿いの怪物モンスターたちを討伐し、旅人や流通の安全を確保することだ。

 時には怪物モンスターを討伐するだけではなく、捕縛する場合もある。例えば、二十年程前には普通に行われていた闘技場コロシアムにて剣闘士と戦わせたり、それなりの知力を持つ怪物モンスターであれば戦場の前線で戦わせたりできるためだ。

 今回の任務は至上命令――より強い怪物モンスターの捕縛。

 しかも騎士団長ではなく単なる部隊長に過ぎない自分が、子爵直々に命じられたのだ。いかに違法であろうが、人道にもとる行為であろうが、成功させねばならぬ。

 これはまたとない出世の好機チャンスである。部隊長はそう考えていた。


 相手はたかが若手の下級騎士である。普段であれば問答無用で押し通ることもできたであろう。向こうの騎士の数は六名に対し、こちらの騎士は十二名。場合によっては数に任せて叩き伏せても構うまい。だが今回、おいそれと事を運べぬ理由があった。


 間道は真ん中に陣取り、馬に跨る威風堂々たる大柄な騎士。

 くすんだ赤毛のアードナーである。


 彼の名は、第三世代と呼ばれる旗本騎士の内、騎士学校にて最大の武名を誇る男だ。しかも名門の出でありながら、志願して「銀の皿騎士団」へと入団している。

 この「銀の皿騎士団」は護衛騎士団と呼ばれるものの、魔王戦争に於いて激戦の城壁防衛は元より、城内戦から城外戦まで、大激戦地であったヴェルヴェド城の内外を護り抜いた歴戦の騎士団である。護衛とは名ばかりと言ってよい最精鋭の騎士団――そんな騎士団に志願する名門の坊ちゃん騎士など、公国内に存在しないと言ってよい。よって武名は本物。いざ一戦交えるとならば、それ相応の損害は覚悟せねばなるまい。

 だが、この部隊長は凡庸な男で、そこまでの覚悟は持ち合わせていなかった。いざとなれば『最大の切り札』を持ち合わせていたにも関わらず、である。


 それが早馬でここまで駆けつけていたアードナーたちに幸いした。

 襲撃者らが他の間道を通る可能性を考慮して念のため部隊を二つに分けたが、ハズレを引いたドラッセルとソフィアらの隊もこちらへ向かっている頃だろう。

 そして、何よりも自由なあいつらが――


「ファイア・ボルト」


 それは、あっという間の出来事であった。

 暗き森の中から一条の光が走ったかと思えば、火の玉となって馬車へと直撃した。馬車の幌のみを見事に炎上させるそれは、アーデライードによる火の精霊語魔法サイレントスピリット「ファイア・ボルト」である。

 燃え尽きて炭となった幌の中にあるのは鉄の牢。そこには魔法により眠らされていた狼たちの姿があった。


「でぃすぺる・まじっく」


 続いてレイシャの魔法杖ワンドより放たれるは、持続性魔法を解除する古代語魔法ハイエンシェント「ディスペル・マジック」である。眠っていた檻の内の狼たちが、次々に目を覚ましてゆく。


 オオオオオオオーン!


 目を覚ました狼たちが一斉に高鳴いた。

 その内の一匹の狼が、あれよと言う間に全裸の少女へと姿を変えて叫ぶ。


「ライカァァァーッ!」

「ああっ……カイ……カイーッ!!」


 大きなバックパックを背負った少女が、泣きそうな声で呼ばれた名を返す。

 瑛斗らと共に駆けていた人狼の少女、ライカが親友の呼び声に答えたのだ。


「これはどういうことか、説明して頂こうか第十四騎士団部隊長殿ッ!」

「くっ……おのれぇぇッ!」


 この高鳴きが合図となったかのように、敵味方の騎士たちは一斉に抜刀すると、反対側の森の陰からはフードを目深に被った男たちが、一人、また一人と姿を現し始めた。


 風雲急を告げる森の中、まず真っ先に飛び出して攻撃を加えたのは、身の丈程の片手半剣バスタードソードを身構えた瑛斗である。既に抜刀を終えていた彼は、馬車近くに立っていた手近な敵騎士へと襲い掛かった。

 檻の傍で茫然としていたこの男は、突然燃え上がった馬車の幌に動揺して、他の者よりも反応が遅れたのだ。お陰で瑛斗の初撃にはまるで対応できなかった。横薙ぎに払われた重い一撃で、その身を軽々と数メートルはね飛ばされた。

 身を守る銀の鎧がなければ、胴を寸断されていたやも知れぬ威力である。彼は飛ばされた先にあった木の瘤にしこたま頭をぶつけ、ミジメに気絶してしまった。


「悪いが因果応報だぜ、諦めろよ!」


 瑛斗は気絶した敵騎士にそう告げると、馬車周辺の安全を確保する。それから後に続いて森から飛び出してきた、驚き顔のサクラとライカへ振り向いた。


「身体の方は大丈夫そうだな、サクラ」

「ま、なんとかね。それにしても魔法は凄いし、やっぱりエイトも凄いね……」


 そう言ってサクラは、感嘆の吐息を吐き出す。

 ここまでの道中、瑛斗は二人のエルフと共に、起伏の激しい山中の森を駆けに駆け抜けた。森のエルフにやや劣るとはいえ、それと遜色ない速さで森の中を走れる人間をサクラは知らない。異世界人のアドバンテージと、聖なる森グラスベルをトレイルランし続けた日頃の訓練の賜物である。

 一方の瑛斗もサクラに感心していた。さすが獣人の走りというものは、エルフらと遜色がない――いやそれ以上の速さである。アーデライードの魔法でも完治し切れなかった怪我を負っていて、こんな走りができるとは。完治した状態で更に獣人化していれば、異世界では森を走るに最速の種族と言えるのではないだろうか。


「サクラ姉!」

「サクラ姉さま!」


 檻の中の少女と狼たちが次々に叫ぶ。


「待ってろ、そんな檻なんて今開けてやるからな!!」


 サクラは檻の鍵を開けるため、鉄の扉に飛びついた。

 腐っても盗賊の端くれである。鍵開けなどはお手の物だ。痛む傷や走り抜けた疲れなど、そんなものはもうどうでもよい。自分は自分の仕事に徹するべき時だった。

 エルフの二人はそれぞれ「スリープ・クラウド」と、眠りの精霊である「サンドマン」を召喚サモンして馭者を眠らせていた。これでそう簡単に馬車を動かすことはできまい。

 この瑛斗ら三人の仕事の速さに、サクラは負けるわけにはいかないと思った。

 サクラが檻を開け放つと、狼たちが次々と飛び出した。その狼たちが可愛らしい少女たちの姿へ見る間にその身を変えながら、皆がライカへと抱き着いてゆく。

 そんな様子をにこりと笑顔で見届けたサクラは、次の檻を開けるべく他の馬車へとすぐさま跳び去った。


「ライカ!」

「みんな良かった。私一人で逃げてしまった」

「いいんだよ、ライカ!」

「そうだよ、ライカのおかげだよ!」

「ううん、私よりも……あの方のおかげです」


 ライカにそう言われた少女たちの瞳が一斉に瑛斗の方へ向いた。その場で抱き合う少女たちは、当然その身に衣服の一つも付けていない生まれたままの姿である。慌てた瑛斗は目のやり場に困って、顔を覆いながら目線を地面へ逸らす。


「い、いや、ちょっと待っ……!」

「あれ、おにーさん照れてるの? えっち?」

「あら、そんなこと言っては駄目よ、カルラ」

「みんな、その前に服を着て!」


 そう言ってライカが背から降ろした大きめのバックパックには、獣人族用の簡易服が大量に入っていた。簡素なワンピースであるこれらは、有事の際に獣人化メイクオーバーした時の為に普段から持ち歩いているものだ。サクラの持っているこれら全てを、とにかくバックパックに詰めて持ってきたのである。


「みんな、急いで準備して!」


 そう叫ぶは、カイと呼ばれた少女である。

 いち早く簡易服を着た彼女は、いつの間にか馬車の荷台は檻の上にいた。見上げてしまうとワンピースの中身がまるっと見えてしまうので、瑛斗は俯いたままである。

 鼻の良く効く獣人族の少女がじっと見据えるその先――目深に被ったフードを外す男たちは、リザードマンとダークエルフ。

 更に森の奥からは、ゴブリンとオークの群れまでもがゆっくりと現れた。


「……森の中に猛獣使いビーストテイマーがいる!」

「やっぱりね」


 そう答えながら歩み出たのはアーデライードである。その後ろに続くはレイシャ。二人は森の中からゆっくりと姿を現した。


「さてエイト、どうする?」


 そう問われて騎士たちを見れば、敵は多勢にも関わらず拮抗しているようである。むしろアードナーたちが押しているようにさえ見える。部隊長以下数人をアードナーが、副部隊長ら数人をエアハルトが相手しているが、その優勢は誰の目にも明らかであった。流石は歴戦の精鋭騎士団たちというところか。


怪物モンスターは、私たちが狩ります!」


 怒りと復讐心に燃えた瞳でカイが叫んだ。この娘が人狼の少女たちのリーダー格なのだろう。その叫びを受けて人狼の少女たちが一斉に吠えた。ライカを含めて全員が、例外なく吠えた。人狼たちはきっと、戦の雄叫びを、人狼としての戦旗を掲げたのだろう。

 見る間に半獣人へと姿を変え、次々に森の中へと飛び込んでゆく。


「ならば俺はリザードマンを」

「レイシャ、だーくえるふ、やる」


 瑛斗の背中から聞こえてきたのは、レイシャの意外な言葉だった。

 服装から察するに敵のダークエルフらは、レイシャと同じ魔術師ソーサラーである。確かに、相対あいたいするにその方がレイシャとの相性は良いと思われた。

 だが、同族であるダークエルフを相手にするのは、流石のレイシャといえどやり難くはなかろうか。


「いや、レイシャは無理をしなくても――」

「……やる」


 そう言い残すと、レイシャは赤い瞳を光らせて薄暗い森の奥へと姿を消した。

 ダークエルフにとって夜の森は最も得意とする戦場である。今の瑛斗では探し出すことはおろか、その姿を目に捉えることも困難ではなかろうか。

 それはレイシャを見ていて、瑛斗がいつも思うことであった。


「レイシャ、大丈夫かな?」

「さぁ? 見てみないと何とも言えないわね」


 アーデライードは、いつものような無責任な調子で答えた。

 確かに答えの分からぬ心配を無駄にしていても仕方がない。ともかく自分は自分で目の前の敵を倒さねば。

 自分のすぐ隣には、戦闘ならば最も頼りになるハイエルフがいつだっているのだから。


「エイト、油断は?」

「ない」

「教えたことは?」

「覚えている」

「ならいいわ。それじゃ行ってらっしゃい!」


 いつものように気合を入れ直した瑛斗は、リザードマン三匹と相対することとなった。

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