第三章:盲目の皇女と運命の旅 [前篇]
第27話 四人の騎士と王弟公国の旅(前篇)
ゴールデンウイークを利用した川下りの旅、二日目。
瑛斗たち一行は、優雅な高級大型客船の旅を楽しみつつ一路、オーディスベルト地方エーデルシュタイン公国――通称・王弟公国へ向う船上、その昼下がり。
午前中に到着予定だった大型客船は、予定より大幅に遅れて王弟府近郊のヴェルワール港にようやく到着した。太陽が天頂から大きく日を落とした頃のことである。
港の岸壁には船舶を繋ぎ留める古い木造の浮桟橋が幾つも並ぶ。
数多くの中小船舶が並ぶが、どうやら漁船ではないようだ。生活物資を運ぶ運搬船は見受けられるものの、それ以外の用途と思しき船舶の方が多い。
「あれらは王弟府直下の貴族や、王弟公国騎士団所有の連絡船だよ」
と、緑暗色の髪のエアハルトが教えてくれた。エディンダム王国の港町へ向け、信書や伝令、専用の資源を行き来させているそうだ。
ヴェルワール港は出島に造られており、本土上陸には長い桟橋を渡る必要がある。
港の周辺から桟橋にかけては、簡易的な食事のできる店舗や露店が立ち並んでいる。だが全体的に活気は乏しい。王弟公国の最北東端、始発の船着き場街・ドラベナと比べると、どうにも静かに感じられる。黙々と入港し、粛々と到着した感じだ。
船を降りる乗客たちは一様に皆無口で、それぞれの目的地へ向けて三々五々散ってゆく。昨夜の船上での喧騒――というか、乱痴気騒ぎが嘘のようだった。
それもその筈で、騎士か役人と思しき者が数十メートル置きに立っている。王弟府近郊ということで、警備上などの事情があるのかも知れない。
瑛斗は振り返り、港の周辺をぐるりと眺めやる。
微かに漂う潮騒の香りからして、どうやらここは川というよりも海に限りなく近い。正確なところは、巨大河川過ぎて見た目だけではよく分からないが、淡水と海水の混じり合う湾というべきか、入り江というべきか。
後に聞いた話、実際にここでは淡水魚と海水魚、両方の魚が漁れるという話だ。
「で?」
相変わらずのこの一言で、アーデライードが切り出した。
定期船の遅延でまだ昼食をとっていない一行は、周辺に並んでいた露店で軽食を買い込んで、長い桟橋を食べ歩きながら話す。その先頭は当然のようにアーデライードである。
「それにしてもエイト、朝方のアレは、なに?」
「朝方のアレってなにさ、アデリィ?」
「『赦すも赦さないもない。あれは春の夜の夢』……って、アレ」
そう神妙な表情で切り出して、すぐ元の表情に戻るとパニーニにパクついた。唐突に神妙な顔を作ったのはきっと、瑛斗のモノマネをしていたのだろう。
「な、なんだよ、藪から棒に」
思いもよらなかった質問に、瑛斗は軽く焦る。
「あんなエイトの台詞、初めて聞いたわ」
「う、うん」
「貴族や騎士たちが好んで使うような、ちょっと格式ばった口調よね?」
「そう、だね……」
ハイエルフはチラリと背後へ目をやって「ま、彼らはアレで感心してたようだけど」と澄まし顔をしているが、瑛斗としてはモヤモヤっとした複雑な心境である。
「エイトはさ、
瑛斗はつい言葉を失った。心当たりが有り過ぎて、どう説明すればいいのか。
口を
幼げな顔をしたハイエルフは「むー」っと言いつつ、おとなしく口元を拭かれた。
「で、なんで?」
「そ、それは……」
全然誤魔化せていなかった。いや、そう簡単に誤魔化せるとは思っていなかったが。
握った手を口元へ当て、どう答えるか暫し沈黙して考え込む。
……言えない。ちょっと『中二病』気味だから、とか、そんなの言えない。
瑛斗は普段から小説をよく読んでいる。主に好んで読むのは、ファンタジーとか歴史小説とか時代小説とか。その中でも特にヒロイック・ファンタジーは好きだ。大好きだ。他にはサイエンス・フィクションなんかが好きだ。
同級生の友人から「何読んでるんだ?」と問われた一年後、再び問われた際に「ペリー・ローダンシリーズ」と答えて、「まだ読んでいるのか」と言われたことがあるくらいだ。違う。まだ読んでいるんじゃない。まだ読み終わらないんだ――余談である。
しかしそういう小説を読み漁っていると、たまに声に出して言ってみたくなる台詞とか、自分だったらこう言いたいっていう台詞が、誰しもあるものじゃないだろうか。
父さんもよく、事務所から持ち帰った仕事なんかを「まだだ、まだ終わらんよ」とか言いながら作業をしていたりする。他にも「認めたくないものだな。自分自身の、若さゆえの過ちというものを」なんかも良く使っている。もう大して若くないのに。
閑話休題。
そういうヒロイック・ファンタジーや歴史・時代劇口調に強い憧れがあったせいで、自分もその主人公よろしく、ついつい使ってみたくなってしまうのだ。
どう答えるかなんて考えても真っ当に出てくるはずがない。思い切って口から出るに任せて誤魔化してしまうことにした。
「ふっ……雰囲気で……」
「はぁ?」
「いやホラ、アデリィだって『言霊でハッタリかませ』ってよく言うじゃない」
「そうね、言うわね」
「ああいう口調の方が、効果があるんじゃないか、と、思って、さ……」
瑛斗には心に疚しい気持ちがあると、どうも語尾が小さくなる癖があるらしい。
だがこれでアーデライードの反応は如何なものだろうか。祈るような気持ちで判定を待つ。
「ま、そういう面もある……あるかしら? んー、まぁ、あるわね……」
どうやら納得してくれたようだ。異世界にはまだ『中二病』なる言葉が蔓延していなくて良かったと、瑛斗はホッと胸を撫で下ろした。
「よぅ、エイト殿! これ食わねぇか?」
そう声を掛けてきたのは、巨漢騎士のドラッセルだった。
みれば両手いっぱいに串焼きの巨大な肉を持っていた。香ばしく焼かれたその香りからすると、どうやら
「あら、えっと、この料理はなんだったったかしら?」
アーデライードが喉まで出かかったけど言葉にならないという顔をした。
「うん? 知らん大陸語だったが、
「あー、そうだ。シシカバブ―だわ」
と、喉の
「大陸西部ではシシュ・ケバブ、東部ではズィフ・カワプにしたんだった」
「何か意味があるの?」
「どう命名しようか悩んだ時に、なんとなく」
どうやらハイエルフ的なニュアンスで決定された言葉らしい。
後で調べたところによると『ズィフ・カワプ』はモンゴル族の料理名で『ズィフ』は串を、『カワブ』は焼肉のことを言うらしい。
ちなみに『シシュ・ケバブ』はトルコ料理での呼び名だということだ。
日本では『シシカバブ―』という名称で有名だが、これはインド料理での呼び名『シーク・カバブ』が元の語源となっているようだ。
こういう世界各地にある単純料理で、その土地柄を現すような
「だからきっと、そこの店主は大陸東部出身ね。たぶん」
などと記憶が曖昧だった癖にドヤ顔をしている。そんなハイエルフをそっと放っておいて、ドラッセルから「ありがとう」と一本戴くことにする。
「あと、俺の事は瑛斗と呼び捨てでいいよ」
「おう、エイト。なら俺の事もドラッセルと呼び捨てでいいぞ」
ここで瑛斗は、四人の騎士たちの事を少し聞いてみることにした。これから暫し旅を共にする者たちについて、ある程度のことを知っておくのは悪くないことだ。
「そういえばドラッセルは……名前じゃないよな?」
「ああ、苗字だ」
「でも他の三人は、名前で自己紹介を受けたんだけど」
「そりゃあ、三人とも同じ名字だからさ」
「そうなのか?」
「ああ、王弟公国へ来た時に改名したそうだぞ」
アードナー、エアハルト、ソフィアの三人は幼馴染で、名字はローレンツという。とはいえ三人とも親戚などではない。元は賢弟王エドガー直属の騎士で、王国本土のローレンツ地方の出身なのだという。現王弟公国へとやって来る際に、自らのルーツである元居た土地を忘れぬようにと、改名する騎士は多かったのだそうだ。
幼馴染の三人に対して、ドラッセルだけは騎士学校からの友人だという。
「俺は外様、彼らは旗本の騎士なんだよ」
「外様と旗本?」
もちろんこれらの言葉は王弟公国の地方で使われる言葉で、日本でいう旗本や外様とは少々意味が違う。
ドラッセルのいう旗本とは、エドガー王が本国から転封した時に連れてきた直属の騎士を指し、外様とは元々この地域に根差していた騎士を指すのだという。
「それでドラッセルの名前はなんていうんだ?」
「オレは……あまり似合わない名前なんだよ」
「似合わない?」
「ホラ、オレはガタイがデカくてゴツイだろ?」
どうやらドラッセルは自分の名前にコンプレックスを持っているようだ。
余談だが、瑛斗も幼い頃は自分の名前に少々コンプレックスを抱いていた。名前の由来が簡単で単純だと思っていたからだ。
瑛斗は、九月八日生まれ。八の日に生まれたから、英語で言うエイト。
漢字は、祖父の『瑛吉』の瑛の字と、父親の『
しかし小学校の「自分の名前の由来を調べる作文」で、意外や意外、単純明快でよくできた名前であると、同級生たちからお褒めの言葉を頂いてしまった。
そうなると不思議なもので、だんだん自分の名前が好きになっていったのである。
「ドラッセルって苗字の方が、なんつーか、ゴツくてオレっぽいだろ?」
「それは……名前を聞いてみないと何とも言えないなぁ」
ドラッセルは「うー」と唸って暫し逡巡していたようだが、意を決したようだ。
「あー、オレの名前はな……セシルっていうんだ」
「なんだよ、いい名前じゃないか」
「そうかぁ? なんか女っぽくないかぁ?」
現実世界に於いて、英語圏では男性名だがフランス語では女性名だ。
だからといって、特に気にすることではないと瑛斗は思った。
「いや、全然気にならないな。いい名前だよ」
「エイト……オマエいいヤツだなぁ。もう一本食うか?」
と、ドラッセルは言って『ズィフ・カワプ』を差し出した。
瑛斗は苦笑しつつありがたく頂戴することにした。
その頃、アーデライードは緑暗色の髪をしたエアハルトと会話を交わしていた。
瑛斗がクマみたいなデカ騎士とすっかり意気投合してしまって暇だったので、四人の騎士の中で一番マトモそうな優男と会話をすることに決めたのだ。
「で、アンタが彼らのリーダーなんでしょ?」
「リーダーですか。どうですかね。まぁ……うわべだけです」
エアハルトはどう返答したものか困った様子で苦笑した。
彼曰く、皆がやりたがらないポジションを淡々とこなしているだけだという。
「彼らはとても個性的で突っ走る性格なのでね。自分が尻拭いを……」
「あー、分かるわ。六英雄で言えば、ゴトーがそんな感じだもん」
そう言われたエアハルトは、キョトンとした顔をした。
それはそうだ。目の前にいるエルフの小娘が、まさかハイエルフで六英雄の一人『
「とはいえ私は、勇者・ゴトーと比ぶべくもないですよ」
エアハルトが自らを指して言うに、良く言えばオールマイティ。悪く言えば器用貧乏。
騎士学校内では、何をやっても卒なくこなすだけの三番手か四番手であった。
武術ではアードナーとドラッセルに劣り、学問では主席である仲の良い友人に敵わなかったと溜息交じりにいう。
「ふぅん、器用貧乏で貧乏くじ……何それ、苦労性ねぇ」
「ははっ、忌憚ないご意見をありがとうございます」
「そういうどこか達観した感じがダメなんじゃないのかしら」
ズケズケと遠慮なくモノをいうアーデライードに対し、冷静沈着に物腰柔らかく対応する辺り、他の三人の若手騎士たちより大人の雰囲気すら漂っている。
だからなんとなく、話しかけ易そうだと踏んだ面があるわけなのだが――
そこで「はた」とアーデライードは思い当たる節に蹴躓いてしまった。
自分で言っておいてなんだが、どこか達観した苦労性をもう一人知ってる。
一緒に旅をする、個性的なメンバーを束ねる、ゴトーによく似たリーダー格。
ん? んんん?
これってまるっきり瑛斗に当てはまるような気がしなくも、ない?
もしかして私たち、瑛斗に負担をかけてないかしら?
突然、饒舌だったお喋りハイエルフが形の良い顎を弄りながら、難しい顔をして黙りこくってしまった。エアハルトは少し心配そうな、もしくは不審そうな表情をした。
当のアーデライードは急に顔を上げると、背の高いエアハルトを見上げて、
「うん、アンタはそのままがいいわ。そのままでいなさいな」
「はぁ……」
「精進を忘れなきゃ、自分にしかできないことなんて、すぐ見つかるから」
「そういうものですか」
「そういうものよ」
ハイエルフは自信満々に言い放つ。この御仁にそう言われると、なんら根拠のない事柄すら、事実となりそうな気がするから不思議だ。エアハルトはそう思った。
外見はどうみても、自分よりも若輩の少女にしか見えないのだが。
ドラッセルとの会話を楽しんでいた瑛斗だったが、いつも傍にベッタリくっ付いているダークエルフがいないことに、ふと気が付いた。
「あれ、レイシャがいない……」
「ん、あのちっちゃいのならあそこにいるぜ。ソフィアたちと一緒だ」
ドラッセルに言われて振り返ると、レイシャはずっと後ろにいた。くすんだ赤毛の騎士・アードナーと女騎士・ソフィアの二人と並んで歩いている。どうやら彼らと仲良くやっているようだが、人見知りのレイシャにしては非常に珍しい。
レイシャをよく見ると、買い与えた覚えのないアンチョビポテトを、もしゃもしゃと食べている。
「レイシャちゃん、美味しい?」
ソフィアの問いに、レイシャはいつもの様にこくりと頷いた。
夢中で小さな口にアンチョビポテトを頬張っている姿は、小動物のようだった。
「ああもう、ちっちゃくて可愛いなぁ、もう」
幼いながらも美貌に溢れるよく整ったレイシャの顔立ちは、同性の心も虜にするらしい。ソフィアは猫耳帽子姿の、レイシャの頭をポンポンと撫でる。
レイシャが頭を撫でられつつ、無表情の中にちょっと不機嫌な表情を垣間見せているのは、子供扱いされたためか。それとも瑛斗以外の人間に頭を撫でられているせいか。
「ああ、レイシャちゃん、本ッ当に可愛い……フランクフルト食べる?」
「いただく」
なるほど、レイシャは等価交換を覚えたのか。ソフィアから露店で色々買って貰った見返りに、頭撫でる権利を許諾しているようだ。
人見知りなレイシャがソフィアらといてグズらない理由がよく分かった。ソフィアは初対面ながら、このダークエルフの餌付けに成功したのである。なかなかやる。
これなら大丈夫と、瑛斗はドラッセルとの会話を気兼ねなく楽しむことにした。
「あー、私もこんな小っちゃい子欲しいなぁ。これが母性本能かなぁ……?」
「何言ってんだ、オマエ……」
レイシャを猫可愛がりつつ妙な事を呟き始めた
「どうせあなたには分からないわ、朴念仁」
「朴念仁で結構だ。可愛いとかオレには分かんねぇし」
アードナーは可愛いものに本気で興味がないのだろう。口を尖らせたソフィアの苦情に、つまらなさそうな顔で悪態をついて取りつく島もない。
夢中でフランクフルトに齧り付いていたレイシャが、不意に顔を上げた。
「あどな」
「あん? なんだ?」
「やいてるのか?」
「妬いっ?! 妬いてるわけねぇだろ……」
頭を抱えて嘆息するアードナーを余所に、ソフィアは大笑いした。
「あっはは、レイシャちゃんうまい!」
「うっせ、貧相胸!」
「慎ましいと言いなさい、猪突バカ!」
睨み合う幼馴染二人で「がるるー」と威嚇と牽制をし合う姿は、犬と猫による街角の決闘のようだ。
レイシャは突如、難しい顔をしてソフィアの方をじっと見つめると、
「ゆたかな、しょうらいせい」
と呟いた後、黙々とフランクフルトを頬張り始めた。
「うぐっ……レ、レイシャちゃん……?」
どういう意味かしら……と、固まった笑顔で首を傾げたソフィアは、亜麻色の髪を揺らす。もしも
「ぶわはははッ! おチビちゃんの方がよく分かってるじゃねぇか!」
「
ガックリと肩を落とした涙目のソフィアに、アードナーが追い討ちをかける。
だが、チビと言われて黙っているレイシャではない。
「ちびゆーな。あどな、うざい」
「あっ、あははっ! ねっ、そうよね、レイシャちゃん!」
「くわーっ、やっぱ可愛くねぇなぁ!」
すると先頭を歩いていたはずのアーデライードが、つつつーっと歩み寄って口を挟む。
「あなた、ソフィアだったっけ?」
「あ、はい。なんでしょう?」
「こういう酒に溺れるヤツには、気を付けた方がいいわよ」
面白い嫌がらせのチャンス到来を感じ取ったか。ハイエルフの長い耳は、こういうアンテナとして使う為ではないはずだが。ニヤリと嫌な顔で悪魔の微笑を浮かべた。
「あなた『でーぶい』って知ってるかしら?」
「えっと、『でーぶい』……?」
DV《ディーブイ》――それはつい最近、瑛斗がアーデライードに教えた言葉である。
どうやら目新しいモノ好きのハイエルフは、聞き齧った言葉を早速使いたかったらしい。
「ううん、なんですか、それは?」
「それはねぇ、『どめすてぃっく・ばいおれんす』っていうのよ」
ドメスティック・バイオレンスは、夫婦間や親密なパートナー間で起こる暴力、近親者の間で起こる暴力の事であるが、一般的には家庭内暴力という意味で広まっている。
異世界で使える新しく且つ有効な言葉を、アーデライードに求められた時に瑛斗が教えた、幾つかの言葉の内の一つだ。いまだ男尊女卑の強く残る異世界では、深刻な問題がどこかに潜んでいるのではないか、と提起してみた言葉の一つだ。
アーデライードは冷やかな顔でソフィアに淡々と説明するが、白皙絶世の美少女がそんな表情で、冷厳に説明する様を想像してみて欲しい。かなり怖い。
見る間に青褪めていくソフィアの顔色を見て、アードナーは焦り始めた。
「お、おい……ちょ、ちょっと待て……」
「だからね、こういうヤツと付き合うと、結婚してから苦労するわよ」
「そっ……そうですよねっ!」
「女子供に手を上げるなんて、最低よね」
「そ……そんなことしねぇよ……」
「酔っぱらって記憶ないクセに」
「うぐっ!」
弱弱しくなっていたアードナーに、アーデライードはトドメの一撃を加えた。
しかもアードナーには、未だに二日酔いで胃のムカつきと頭痛が残っている。故に皆が軽食を食べる間も、一人だけ何も食べていない。
ずっと彼がぶっきらぼうなのは、そのせいでもある。
当然であるが、アーデライードは気付いていてわざとやっているのだ。
「酔って暴れるなんて、最低!」
「最低!」
「さいてい」
「かはっ……スッ、スミマセンでした……」
レイシャまで続いた最後の一言に、アードナーは完敗を喫したのだった。
グゥの音も出ないほど叩かれて、これに懲りて暫くは大人しいはずである。
そうしてアーデライードを筆頭とした女子連合は溜飲を下げた。
「ぐあぁーっ! 騎士として名誉挽回のチャンスをぉぉっ!!」
今すぐにでも返上したい失態に、アードナーは絶叫した。その気持ちはよく分かる。
それを聞きつけた瑛斗とドラッセルが、苦笑いしつつアードナーを迎えた。その更に先には、エアハルトも柔らかい表情で立ち止まって迎える。
瑛斗がアーデライード譲りの意地悪げな表情を浮かべて言った。
「じゃ、アードナーは、それまで禁酒だね」
「禁酒ならオレも付き合うぜ、アードナー」
他人事ではないドラッセルも、アードナーに同調する。
「アデリィも、気を付けてね?」
「アッハイ、スイマセン」
瑛斗はついでなので、調子に乗っていたハイエルフにも釘を刺しておく。
「おっし、じゃあ禁酒しよう!」
「でも、汚名返上の暁には、宴会だぜ?」
そう言うアードナーの肩を、アーデライードはポンと叩いて親指を立てた。
「その時は、付き合うわよ」
「さてはアンタ……イケる口だな?」
アーデライードとアードナー。ふたり、ニヤリと笑い合う。
呑み助同士で感じる所があるのか、言葉を交わした後は眼だけで通じ合っている。
そんな二人を見て、瑛斗はこう言わずにはいられなかった。
「それじゃ次は絶対に、みんなで楽しい酒を」
「おう、そうだな!」
酒を嗜まない未成年とは思えぬ瑛斗の台詞に、アーデライードはニヤけて「よく分かってきてるじゃない」と、脇腹あたりを小賢しく肘で突っつくのであった。
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