第79話 堕魄れ傭兵の譚詩曲

 かの王弟公国の騒乱吹き荒れた『エキドナ内乱』が終息し、早二ヵ月。

 エキドナ別邸から命辛々逃げ出した傭兵二人――ランドルフとロヴネルは、ここヴェルフォーン地方・ベルトンの街より更に北、山麓の奥深き森の中で身を潜めていた。


 イリス皇女暗殺未遂の実行役となってお尋ね者となった彼らが、潜伏地としてヴェルフォーン地方を選択した理由は一つある。当然ながら彼らの拠点であったデラヴェ地方では、到底に分が悪いからだ。デラヴェ地方――そこは、元凶たる張本人こそが先の火種を焚きつけた、クレーマン子爵の領地だからである。


 あわよくば彼奴きゃつ佞悪ねいあくなる皇女とでっち上げて、嘘の正義を掲げてでも断罪しておけば、公国内に群雄割拠の狼煙を上げ、革命の風雲児と成り得たかも知れない。

 だが蓋を開ければ、傍若無人に諸悪の根源を撒き散らかしただけの、単なる矮小な俗物でしか過ぎず、まるで用をなさなかった。いみじくも短い夢である。


 ともあれ、この短慮で浅はかな企みにより、首謀者であり叛臣となった惨めな男は、憐れにも爵位を剥奪されたどころか重罪人となった。今や牢獄に監禁暮らしである。

 この重罪人の職分と言えば、デラヴェ地方を任されていた曲り形にも為政者であった。

 従来、デラヴェ地方はギレンセン伯爵領の管轄地であったが、トカゲの尻尾切りよろしく即刻見限って判断を下し、荘園公領制に則り、すぐさま公国に領土を返納したようだ。


 そんな中でデラヴェ民が知るや否や見る間に知れ渡り、自尊心や郷土愛が一気に崩れ去った。つまりこの状況下では、地勢的に忌み嫌う風土だとして浸透しつつあるのだ。

 こんな首謀者の片棒を担いだ傭兵が、ただ「デラヴェへ帰ってきました」とノコノコと引き返すようでは、ただただマヌケの誹りを受けるか、ただの愚か者に違いない。

 そうであっても汚名を着せられたデラヴェの民とて、黙っちゃいられない。宿怨を晴らさねばとみるや追っ手を差し向けて、目の色を変えてでも取り押さえる覚悟だろう。

 よってデラヴェ地方を鬼門とみるや、北方の山岳地帯を迂回してここに至った。南東のデラヴェ地方よりも、北東のヴェルフォーン地方を選択したのだ。


 さてヴェルフォーン地方とは、エキドナ地方の北東に隣接している山地である。

 緑豊かな山麓地が数多く分布するここは、木材産業としても名高く、山間の街・テトラトルテと同じく公国内で第二位と冠されている材木問屋で栄える中心地・ヴェルフや、オーディスベルトの中で最も繁栄すると言われている林業都市・ベルトンなどがある。

 その中で傭兵二人が目を付けた林業都市・ベルトンを選択した理由は、ひとつあった。

 それは林業の出稼ぎとして、季節雇用者たちが多数に借家を使って住み込みしており、他の街に比べて人口が密集していることだ。多方面よりこの街へと雇用者が集まる“地方者のるつぼ”と呼ばれ、裏の間では『木を隠すなら森の中』とも噂されている。

 だがそれは、あくまで冬季までのこと。初夏から盛夏へと移りゆくこの季節では、閑散期の真っ只中。そこで伸るか反るか逆手にとって、留守となった借家の住処すみかと狙えれば、閑静たる森の中で療養できて隠れ蓑としても持ってこいだろう。


 それでも皇女暗殺未遂の内乱に与したうらぶれ傭兵は、未だ逃亡者の身の上である。中都市であるベルトンでは、人目が気になり、そう簡単に長居はできまい。

 仕方なしに夜を見計らい騎士団の目を掻い潜りつつ、街へ買い物や治療院を済ませると、人里より離れた森の奥へと舞い戻っては、伐採地の中にある借家の空き家を転々と繰り返す――そんな状況であった。




 ここは森の中。村外れに放置された一軒の粗末なボロ家がある。

 扉を開くや、錆びた蝶番が「ギギィ」と悲鳴を上げる。


「チクショウ、痛てぇ、痛てぇよぉ……!」

「なんだ。まだ生きていたか……チッ」


 舌打ちは、蟀谷こめかみに傷を持ち、偉丈夫なる堕獄の騎士・ランドルフである。

 旅装の外套マントに身を包み、見せぬように隠してはいるが、包帯で巻きに巻かせて固定するだけの簡易な代物であった。もちろん瑛斗によって右肩を負傷した所為である。


「オイオイ、舌打ちすんなよ、ランドル……ギギィ!」

「いちいち喚くな。我慢しろ」


 悲鳴を上げる“錆”がもうひとつ――猛獣使いビーストテイマーのロヴネルだ。

 満身創痍の包帯男は、だらしなくベッドに横たわり、土気色の精気が失せた顔をしていた。肋骨に数本ヒビ折れ、内臓に損傷は見受けるクセに、口数だけはどうも絶えない。


「それよりどこ行ってたんだよ、相棒ぅ」

「相棒じゃねぇ……食料の調達だ」

「ヒヒッ、こいつぁありがてぇ!」


 軽蔑の眼差しで向けるランドルフだったが、食料以外は目も向けやしないロヴネルである。トボけた野郎だと分かっちゃいたが、更に輪をかけてああなるので腹が立つ。

 当然、ロヴネルに言いたいことは山のようにある。何せ食料をわざわざロヴネルのために用意したつもりはないし、相棒呼ばわりされる謂われもないからだ。

 傭兵団の仮の同僚であり、必要な人員としてパーティーを組んではいた。だがそれは仮の姿。今や任務は失敗し、共に生き延びただけの、只の行きずりにしか他ならない。

 それでもランドルフは、ロヴネルに言わんとするところがあった。


「おい、さっきはどうした?」

「あん? 何のことだ?」

とぼけるな。たった今、この小屋から出た小僧のことだ」


 たった今帰ったばかりのランドルフは知っていたのだ。

 先程に扉から出てきた、小柄でフードを被った少年らしき不審な者を。


「ああ……ありゃ、闇治療師見習いのガキだよ。例の大司教の末席の弟子でな」


 眉根を寄せたランドルフは、この言葉にピクリと反応する。

 この闇治療師であり例の大司教――暗黒教の、この名前だけは、知っている。


「どうやら俺の怪我は内臓の損傷が深いみてぇでな。治療魔法ヒールに関しては、ガキもちったぁ役に立つモンだ……が、金貨三枚もボラせやがって、あのクソガキ!」


 ロヴネルは固いパンを齧りながらぼやく。どうやら法外な料金を要求されたようだ。

 治療師とは、聖職者の治療魔法を専門とした生業である。その中で闇治療師は、現代でいうところの闇医者のようなもの。街の中にある正式な治療院では正式な通常価格だが、逃亡犯となった手前では足が出てしまうだろう。


「ところでランドルフよ、ベルトンの治療院に行ったのか?」

「……昔の知り合いでな」

「ほーん……」


 細く舐るような目で向けるロヴネルだったが、邪推はあれど我関せず受け流す。

 これ以上は、傭兵として私事を口出ししない。双方、暗黙の了解である。


「で、お前さんの脇腹やら右肩やらはどうだ?」

「まだ手負いだ……だが、それなりにマシだ」

「ついでにお前さんの防具はどうなった? 肩当て鎧ポールドロンは?」

「捨てた。潰されて鍛冶屋の修復でも使い物にならん」

「はぁ……それにしてもよくぞ、まぁ……」


 口を半開きにして感歎するやら呆れるやら。具合を察するに「手負いどころか重傷を押し殺すものかねぇ」と、ロヴネルは声を出さないまでも「うへぇ」と複雑な顔をした。

 確かに、肩当て鎧が役に立ったものの、超重厚で幅広な大剣を持つ“小さな勇者見習い”の生半可ではない異次元な攻撃では、とてもじゃないが太刀打ちできまい。

 かと言ってランドルフとて敗北に喫したものの、龍虎相搏つほどに互角に争う両者となれば、ロヴネル視点で見てもどちらとも怪物級としか思えん。とにかく恐れ入るしかない。


「それよりもロヴネル、お前の治療はどうなったんだ」

「ああ、闇治療は三回目。これで最後だが、よくぞ逃げ切ったモンだわ……」


 鎧を持たないロヴネルでは、瀕死の重体に近かった。命辛々どうにか生き残ったものの、野路の中で何度も意識不明に陥ったことを考えると、神のご加護か奇蹟に近い。

 奇蹟に近いと言われれば命あっての物種だが、巷で話題となっている『エキドナの奇蹟』と聞かれれば、段々と胸糞が悪くなる。二律背反、煮え切らないロヴネルである。


「今日も金貨三枚も支払ったのか?」

「いんや。一括払いで治療自体が三回目だ」


 それでも支払いを踏み倒さず、逃げ得にならないとは。

 法外な闇治療の支払いだとしても、どうやら律儀な少年だったようだ。


「ぐぎぎ……飯を食うと傷に響くぜ」

「なら食うな」

「うへぇ、冷てぇこというなよ、ランドルフ」


 嫌味を受けたロヴネルは、目を半開きにしつつ溜息を漏らす。

 それでも腹を満たすため、諦めず必死になって固い干し肉を齧る。


「俺ぁお前さんみてぇに、頑丈にできてねぇんだ」

「それでも治癒魔法ヒールを受けていただろうが」

「あれっぽちじゃ完治しねぇよ」


 そう言うとロヴネルは、硬貨コインの入った皮袋を逆さに振って見せる。なけなしのカネは全て使い果たして手持ちはカラッケツだ――と、どうやらそう言いたいらしい。


「ギルドへ戻るなら、カネを返して貰う」

「おっと、急に傷が痛みだしたぜ、いたたた……」


 ランドルフとて、これだけ減らず口が叩けるならば、もう捨てても構わない。もういい頃合いか――そう思う。だが、それでも傭兵たるもの、ランドルフにも義理はある。

 ロヴネルは自らの姿を晒してまでイリスに斬り掛かったお蔭で、状況を打開した可能性は捨て切れないし、失敗でもランドルフが脱出の機会を得たのは、言うまでも無い事実だ。

 どんな皮算用やら悪巧みやら何かあろうがなかろうが、失敗と見るや同僚を見捨ててでも逃げられるだろう。そんな状況次第でも、如何なるタイミングでも、だ。


「はぁ~……お前さんは、守銭奴で薄情な男だねぇ」


 何度も咀嚼した干し肉をワインで流し込みながら、ロヴネルが愚痴る。

 愚痴りながらも躊躇なく掛け布団を捲ると、何事かベッドのふちに腰掛けた。


「さて、と。そこでランドルフさんよ」


 立てた片膝をポンと叩くと、ロヴネルは唐突に提案を申し出た。


「お前さんの兵糧を拝借したんだから、そう易々と男が廃るとなっちゃ無碍にはできねぇ。そこで、だ。情報交換として落としどころを探ろうじゃねぇか、なぁ?」

「そうだな……聞きたいことは、山程ある」


 ランドルフには、傭兵団の二つの任務ミッションがあった。


「まず一つ目は、有事の際にと第十四騎士団の護衛を任された事だ」

「ああ、例の『街道の怪物狩り部隊』と称される『人狩り騎士団』の件か」

「人狩り……奴隷商人とのやり取りのことだな」

「そうよ。だがな、その『狩り場』は、ちょっと違う」

「狩り場?」

「不可欠な隠語で『狩り場』っていやぁ――『人狼』よ」


 その基底となす傭兵団と騎士団の関係性――モグリなら知っている通りだ。

 もちろん傭兵団と騎士団との繋がりは、昔から根深いものがある。例えば、筋立て通りに野盗討伐や怪物モンスター狩りなどで共同戦線を張ることもあるし、有事の際には騎士団が略式契約に従って傭兵団を雇い入れることもある。腐れ縁のようなものなのだ。

 騎士道の順守に準ずるならば、直接的な関わりを持とうとしていなかったはずだが、不測の事態に備えての協力関係は、傭兵団と騎士団の間にあって然るべし、が実情だ。


「俺は途中で騎士団と合流したんだが、お前が差し金か?」

「傭兵団とカネが絡んでいるんでね……俺は単なる仲介役さ」


 今まで両者の関係は、法に盲点を衝くやり口で常に奴隷商人を間に挟んでいる。

 奴隷狩りを行う傭兵団とそれを取り締まる騎士団で結びつきが目に見えては、本末転倒であるからだ。だが実際のところ、歯車に狂いが生じてきた。


「どうやら奴隷売買の法を破ってまで、別の密約があってな」

「と、言うと?」

「そりゃ理由はカンタンだ。人狼を使って例の『重要人物』を探索するからよ」

「重要人物……」

「どこの誰かは分からねぇが、何せ『上からの依頼者』だかんな」


 事実、隠密行動に兵を割けない事情から傭兵団を雇い入れたのではないか――と、銀の皿騎士団の若手連中は目していたようだ。結果として今回の獣人族狩りは、第十四騎士団の部隊長の供述から、ずっと『上からの依頼者』が発覚し、表沙汰になってしまった。


「騎士団のアタマはザルでな。部下にカネを渡したらバラしてやんの」

「では、その『上からの依頼者』という、奴の名は?」

「北の御大が従える幕下ばっかの……つーか、子飼いなんだが」

「なんだ、クレーマン子爵か」

「や、それ以上の重要な話は、聞いてねぇんだよ」


 森の中、焚火の頃を思い出す。とっくのとうに聞かされた貴族の名であった。

 更に上位の上級貴族との間では守秘義務がモットーであり、鉄のように壁が分厚い。

 傭兵としても如何なる任務に遂行し、これ以上は関与せず、知らぬ顔で秘密保持を厳守しうるのが、至極尤もである――と、ロヴネルはお手上げ状態のポーズを見せた。


「ともあれ、獣人族を捕獲するに、こっちにとっちゃ銀の武器を借りて貰えりゃ持ってこいだし、騎士団にとっちゃ猛獣モンスターどもは消耗品の駒として持ってこいだし、そりゃ至れり尽くせりだわ」

「要するに、お前の役割は、つまり……」

「そうよ。俺は猛獣使いビーストテイマー。今回は『人狼の調教役』って寸法だ」


 人狼の調教役――つまり人狼たちを訓練し、従わせて使役する任務だったのだ。

 これで傭兵団内にありながらも初対面だった、二人の間の起点は合致した。

 大剣使いのランドルフは威嚇目的の護衛役。片やロヴネルは猛獣使いビーストテイマー。個々に委託された傭兵たちが合流せねばならない、付け焼き刃な状態であった。


「それで捕獲後なんだが、まずはコイツらを眠らすにゃスリープクラウドしか手はねぇよな。だが俺たちの傭兵部隊に魔法使いキャスターは存在しない……そこで、だ」

「……ああ、如何にも怪しげな言動を繰り返す、ダークエルフの三人組か」


 獣人族奪取の攻防戦の森の真っ只中で、傭兵たちも遠目で見たであろう。

 膨大な魔力を放つダークエルフの童女――レイシャと遣り合って、地獄の業火ヘルフレイムの爆炎により灰燼に帰す……まではいかなかったが、爆風で吹き飛ばされて森の木々に散々叩きつけられ、無様に転がった不憫なダークエルフの男三人組である。


「そうだ。魔法必須で取り次ぎしたのが魔法使いのダークエルフなんだが、これもまた難クセでな。通常だったら六人部隊なんだが、何故か三人しか呼ばれねぇし。だから補充のため仕方なく、俺の手駒であるリザードマンを三匹連れてくるしかねぇしよぉ」


 他にも人狼の捕獲、村の略奪や破壊活動など、猛獣使い(ビーストテイマー)としてゴブリンやオークなどを駆使し、騎士団従事の補助として汚れ役を引き受けることとなった。

 ロヴネルは「依頼者ともども鬼注文しやがって、舐め腐ってンな」とぶつくさ呟く。


「そういえば結局、ダークエルフの連中の扱いは……」

「あの魔法使いと魔法戦士二人か。使えねぇ奴らでな、崖下に蹴飛ばして捨ててきた」

「やはり殺したのか?」

「ってのは建前で、袋叩きにして懲罰扱いでクソガキに回収させた。例の――」

「例のクソガキ――もしや、先程のあの闇治療師見習いの小僧か?」

「ぶっちゃけその通り、ご名答だ」


 もう諦めが良いのか悪いのか、洗いざらい暴露し始めたロヴネルは続く。

 瞭然たるランドルフは、段々と見えない闇の向こう側が開けてきたようだ。


「あのクソガキとは何だかんだで、取り次ぎ役との接点があってな」

「暗黒教の接点か……その接点の中軸とは?」

「そりゃ例の六人部隊だろうさ。結局は二手に分かれたらしいが」

「ダークエルフどもは、何の依頼だったんだ?」

「さぁな……依頼者は名乗らねぇし、知らねぇな」

「ならば、ダークエルフらのパーティーの正体は?」


 低い声を冷酷に殺して、座った目つきでロヴネルは言う。


「暗殺部隊」


 だが、すぐさまわざとらしくトボけた顔で上を向く。


「……ってのは、あくまで噂だがな」

「噂だが?」

「依然と掴めん。だが暗黒教の一翼を担うってのも間違いねぇなぁ」


 ロヴネルは「くわばらくわばら」と、わざとらしく両腕を広げた。


「また暗黒教……か」

「ま、それ以上にツッコんだ話は、言いっこなしってもんだ」

「その二手に分かれた、パーティーの内容は?」

「通常は六人の暗殺部隊らしいが……確か、前衛は斥候役シーカーの弓使いと提灯持ちの魔法使い、中衛は攻撃型アタッカー盾使いタンクの魔法戦士二人、後衛は副頭役サブリーダーの精霊使い(シャーマン)……あー、そうそう」


 ロヴネルによれば「風の噂に寄ると、副頭役で厄介な執拗深い闇の精霊使いなんだが、どうやらおっちんじまったらしいな……」と、ぶつくさ呟いて唐突に自らに口を挟む。


「いいから話を続けろ」

「まぁ待て、裏の顔を持つ頭役リーダーがいてなぁ。その名は知ってっぞ」

「そのリーダーの名は?」

「暗黒教の元僧侶でな……高名な死霊使いネクロマンサー・ザルディゴートだ」

「……! 暗黒教の重鎮、二つ名を“死神の使徒”か!」


 そう言うと、ランドルフは黙り込んだまま、ふいっと背を向けた。

 瞬間ではあるが、怒髪天を衝くような形相を垣間見えた――気がした。


「おいおい知ってんのかぁ、ランドルフ! おい……ランドルフ?」


 それ以上は、じっと見据えつつ無視を決め込んだランドルフに対して「つれねぇなぁ、せめてこっちを見ろよぉ」と、恨み節のロヴネルである。


「大体、ザルディゴートの野郎の取り巻きどもが。アイツらは首領を中心に防衛重視で固めやがって。狂信者ヅラしやがって、どうにもいけ好かねぇな」

「………………」

「何せ、ちったぁ名のある高僧でよぅ。だがな、難攻不落の堅物なんだが、なぁに、懐に忍び込んで射程範囲内レンジに入りゃどうってことはない……ハズだ。な?」


 首を傾げて覗き込むロヴネルの横で、かの背中は怒りを抑えているのだろうか。

 いや、ランドルフは返って冷静であった。頭の中で彼らの策略を思案していたのだ。


 例えばだが――例の『重要人物』と『暗殺部隊』との関係性の行方とは、何か。

 経験的に暗殺部隊による待ち伏せなどの状況下で考えて、射程範囲内を確定していれば、暗殺の確率は充分に足り得るが――さて。成功か、失敗か。どちらだっただろうか。

 よしんば暗殺失敗だとして、恐らく追跡目的に人狼を扱おうとする可能性、その理由。

 その他にも、第十四騎士団の部隊長から発せられる『上からの依頼者』は、間違いなくクレーマン子爵だが、それよりも『更に上からの依頼者』があるはずだ。


 ランドルフは、フーッと深く息を吐いた。

 状況はまだ予断を許さない。これ以上模索し続けてもしょうがなかった。


「さて……次の話を続けるか」

「よっ、待ってましたぜ、ランドルフ!」

「もういい。次は、俺の二つ目の任務だが――」

「ああ、エキドナの……胸糞悪ぃアレな」


 汚点を残す『エキドナの奇蹟』を想起したか。ロヴネルは嫌そうな顔をした。

 ランドルフは傭兵の誓約を委細構わずに、自らを包み隠さず打ち明けた。


「俺はまず単なる護衛だ。暗殺者じゃねぇ。クレーマンの時間稼ぎで、確か従者騎士の小娘だったか……俺は戦闘に手抜きはできん。あの腕利きの小娘を痛めつけるしかない」


 従者騎士の小娘と言えば、イリス姫の主従であり幼馴染であるエレオノーラである。

 結局、第十四騎士団は解体の憂き目となったが、腕が立つと見込まれてクレーマンの護衛へと駒が進んだ。結果は無駄骨であったが。では、ロヴネルはと言えば――


「何の因果かねぇ……俺は専ら『運命の森』での魔獣を駆使しての妨害行為だったんだ。まずは魔獣が森を跋扈して権威を貶め、噂をバラ撒かすためでな」


 取り沙汰された『運命の森』は、聖地として上級貴族の間では周知されている。

 当初は命令によって『更に上からの依頼者』とのつなぎ役でしかないクレーマンだったが、恐らく智謀と謀略に長けた謎の耳長によって流言蜚語の詭計にバラ撒かされて踊らされたか、慮外に兵を大挙してエキドナ別邸へと押しかけた。

 それは功に焦ったか、保身に走ったか。急かさてたか、はたまた疑心暗鬼に陥ったか――彼の思惑は、定かではない。しかしどちらにせよ愚鈍なデラヴェ領主は『動かずにはいられない小者』だったことは間違いなかろう。

 そんな中、まだ暗殺計画の準備や段階もなく、全く白紙に近い状態のままに急場凌ぎで話を聞かされた傭兵側にとっては、とてもじゃないが堪ったものではない。情報が錯綜し、まるで話の折り合いがつかない状況であったからだ。

 とにかく後先考えないクレーマンの契約に加担したからには、淡々と従うもそれなりに野心剥き出しもあり、ただ確信のないままに森の出入り口に中級以上の怪物たちを招集し、念の為に逃げ道としてエキドナ別邸の隠し通路である坑道からイリス寝室近くまで行かなくてはならず、目まぐるしい場面展開でもう面食らうしかないロヴネルであった。


「俺もクレーマンに直接『カネをやるから、あの我が姫を殺せ』ってな」

「ああ、確かに『我が姫を殺ってしまえ』とか暴言を吐いたが……」

「当然、内通の護衛騎士など数名、あの阿呆より忠誠を誓う者はいたがね」

「もしや、お前が姫に手を掛けたのは……」

「俺? カネ。カネが目的だ」


 それでも傭兵たるもの、ランドルフにも義理はある――は、どこへ行った。

 義理を損した。大損である。ランドルフはそう思った。だが――


「カネ……なんだが、まぁ、野心は捨てきれねぇなぁ」

「フン、野心なんか他にあるのか、ロヴネル」

「ある。我が悲願こそ『復讐』の為だぜ、ランドルフ」

「………………」


 『復讐』――ロヴネルは、知っている。知っていたのだ。

 もちろんのこと、ランドルフは嫌という程に脳裏に焼き付いていた。

 前にも同じことを言った。俺には俺の、お前にはお前の生き方があるだろう。

 お互いの利益が絡むなら仲間だ。だが、どちらでも利用すればいい。

 その悲願に応えて溜飲を下げねば罷り通らん。地獄へと堕ちる道標でもだ。

 この一言で腹は据わった。目的は違えど、両者の利益は一致したのだ。


「最後にだ、六人パーティーの話を聞かせろ」

「あー、アレな。五十年ほど前からの定番だよな」


 六人パーティーとは、今も世界では常套手段とされており、勇者・ゴトー率いる六英雄がベースとなったとも、口伝にて当たり前のように広まっている。


「俺は傭兵団所属だが、任務に関しては単独でな」

「そうか……なら、俺様が伝授してやるよ」


 ランドルフはムッとするが、情報の報酬だと思えば仕方あるまい。

 薄っぺらい口を滑る性質たちのロヴネルに、手元の青リンゴを放り投げた。


「ヒッヒヒ、毎度ありぃ~」

「まずはパーティーの基本を教えてくれ」

「そうだな、まずは六人部隊の基本中の基本だが、二人体制ツーマンセルを三つずつ前衛・中衛・後衛と並べるモンよ。前衛なら戦士や騎士とか、後衛なら魔術師や精霊使いとかな、陣形によって能力や性質などがまちまちだが、お互い支えあって分けあって、持ちつ持たれつ、仲間の連携に上手く釣り合うのが肝要だ」

「ほう……例えば、他に陣形はあるのか?」

「基本はそうだが、恐らくは六英雄を模範と様々ある。理由はよく分からねぇが、他にも十字型や鶴翼型など柔軟に、様々な陣形を用いるとして重宝しているそうだ」


 ロヴネルは「ま、これこそ受け売りだがな」と自嘲しつつ、青リンゴを齧った。


「六人パーティーは基本……か。なるほどな。よく分かった」

「それよりも、それから先へはいいのか、ランドルフ」


 それから先とは、恐らく未来へと向けた選択肢のことである。


「それから先……か」

「北の御大を一枚噛まそうとしてこのザマだ……次はもうねぇな」


 秘匿名である北の御大とは、ギレンセン伯爵のこと――だろう。


「北の御大の懐へ潜り込もうと、三年間も手塩を掛けて用意した怪物どもも全滅……全部パァ、だ。全部、ぜぇーんぶ、クレーマンのせいだ、クソ貴族の大バカ野郎!」


 怒りを噛み締める様に、ロヴネルは青リンゴを芯まで貪った。

 全ての胃袋に収まったていで、腹を満たした充実感と諦めがちな喪失感がごちゃ混ぜとなったロヴネルは、もうどうでもなれと落ち着き払った顔になる。


「あーあ、これで御仕舞だ。ぜぇーんぶ吐いたぜ。なぁどうするランドルフ?」

「……さぁな」


 ランドルフは食料や道具その他を片付け、バックパックに詰め込み始めた。

 詰め込みながらも、ロヴネルに向けて無愛想にポツリと呟く。


「世の中には、時流というものがある」


 ランドルフ曰く、その時代の風潮や傾向のことだ。


「俺は剣しか知らん。だが狙う標的はあり、信念がある」

「俺だっての役割がある……猛獣使いビーストテイマーとしての矜持だ」


 この世の中に魔王はもういない。もう世界は揺るがない。

 奔流は奔流のまま流されても、逆に全てを喰らって尽くしてやる。

 時代の潮流の荒波に揉まれながらも、全てを振り絞って生き残ってでも。

 地を這いつくして、土塊を食んででも、覚悟の上で抗ってやる。


「なぁ、それでどうしろってんだ、ランドルフ」

「そうだ、時流だったな……フッ」


 ロヴネルは「コイツ笑ってやがる……のか?」と怪訝な表情と共に戸惑う。

 いつもは、無口でぶっきら棒で仏頂面のランドルフが、だ。


「あの片手半剣バスタードソードの少年は、何かにせよ時流を持っている」

「はぁ? あのチビがかぁ?」


 予想外にロヴネルは目を点にして驚いた。確かに怪物級なのだが、まさか。

 まさかランドルフの口から、そんな台詞が飛び出すとは予想だにしなかった。


「さて、もう潮時だ……傭兵団に得るものは、何もない」

「って、オイ、オイオイオイ、どこへ行く気だ?」


 ロヴネルの呟きを聞き流すと、ランドルフは手に取ったバックパックを背負う。

 既に荷物を片付いたのだろう。大剣を背負って、こう言い放つ。


「俺は、傭兵団を出奔する」

「はぁ?! ウチラの『暁の地平団』を辞めンのか!?」

「そうだ」


 泰然たる態度で落ち着きを払うランドルフである。

 片や愕然としたロヴネルは、あっという間に青褪めた。

 冷や汗だろうか。額より顎の先まで、つうと落ちた汗の筋が残る。


「なぁ……本気で言ってるのか?」

「無論、是が非もなかろう」


 素っ気なく言い放つランドルフは、にべもない表情を浮かべた。


「ところで余計な通告だが……いいのか?」

「何がだよ」

「特殊部隊がこちらへと追跡しているようだ」

「ハァッッ?!」


 ロヴネルは、愕然とした面持ちから仰天へと変化した。

 特殊部隊とは、騎士団配下の憲兵の特殊追跡部隊の略称である。


「一応、ケムに巻いたこたぁ巻いたんだが……さて」

「どどど、どうすんだよ、俺はどうすりゃいいんだ?」

「さぁ……どうかな」

「ど、どうかなって、オメェ……俺の魔獣は全部残ってねぇよ!」


 ベルトンの街で物資を調達できたが、尖兵に見つかってしまった。どうやら追っ手は巻いたようだが、足跡までも追及して執拗に迫られる。最早、時間の状況なのだろう。


「聞いてなかったか?」

「聞いてねぇよ、こんな話!」


 傷だらけのロヴネルは、すぐさまベッドから飛び起きた。

 お尋ね者として追いつめられる前に、次の街へと流浪の旅をする他ない。


「傭兵ギルドに出向くのか、それとも傭兵団に顔を出……」

「お尋ね者が顔を出しても、お縄につくのは関の山だ!」

「ならば、そのまま野垂れ死ぬか、それとも……」

「クソッタレ! もう逃げるしかねぇだろ、逃げるしか!!」


 ロヴネルは、傭兵団への出奔を決めたようである。

 自らのバックパックの中に、物品を何でもかんでも放り込み始めた。

 満身創痍だったクセに、一目散に流浪の旅へと向かう算段のようである。


「なんだ、重傷も動けるようになったようだな」

「痛ぇよ! 痛ぇけど、やるしかねぇじゃねぇか!」


 がなり散らしたロヴネルは、何もかもバックパックに急いで仕舞い込む。


「それだけ動けりゃ十分だ。やるべきことはやっておけ」

「この野郎、うっるせぇよ、ちっくしょうめ!!」

「俺の狙う標的は、突き進むのみ……それだけだ」


 形振り構わず一蓮托生まで突き進む。決意は無頼漢と身をやつしても、だ。


「ついでにパーティーは、あと四人を探さなければならんな……フッ」

「クソッ! 笑ってやがる! やる気満々かよ、この野郎!」


 ロヴネルとは裏腹に、ランドルフは、再びニヤリと笑う。

 だが笑うとはまた珍しい――ロヴネルは訝しげな目だが余裕ですらなかった。




 はてさて、無秩序で曖昧で不安定にも似て、だが徐々に築き始めている――かは、掴み切れないまま。この奇妙であり、いびつとなった人間関係は、まるで分からない。

 しかし瑛斗の活躍によって重傷を負った敗残者の二人組は、死と隣り合わせでも生き延びるしかない。故に流浪の荒野へと旅立つ、堕魄おちぶれた元傭兵の二人であった。

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