第37話 獣人族救出作戦の旅(後篇)

 夕闇に沈む森の中に、無機質な金属音が響き渡る。

 激しく重たい剣戟の音を響き合わせるは、瑛斗とランドルフ。

 それぞれが手にするは、身の丈ほどもある瑛斗愛用の片手半剣バスタードソード。相対する傭兵・ランドルフは魔力を帯びた両手大剣グレートソードである。

 ふたりの大剣は激突する度、互いの切っ先より華々しく火花を散らす。それはいつしか十合、二十合に及び、双方の剣を合わせ続ける大熱戦となった。


 その間、目下の敵である第十四騎士団は、ほぼ壊滅状態に陥っていた。敵部隊長はアードナーらの手によって既に大地へと討ち倒し、お縄に掛けるところである。

 今や「銀の皿騎士団」はおろか、残る敵小隊の騎士たちも剣を降ろし、二人の激闘を見守っている。流石はアードナー以下精鋭揃いの「銀の皿騎士団」といったところか。


「それでもまだやるか、ランドルフ!」

「……雇い主クライアントの依頼は、最後まで遂行する性質たちでな」


 無駄口にも息を乱すことなく、ランドルフは操剣の難しい両手大剣グレートソードを的確に操り、瑛斗の中心を狙って繰り出してくる。瑛斗も負けじと、自らの背丈ほどある片手半剣バスタードソードを器用にブン回す。そんな息詰まる剣戟の中で、瑛斗は異世界に於ける旅で初めて「相手に圧倒されつつある」と感じていた。

 アードナーとランドルフの一戦を端から観察していた時は、スピードは然程さほど早くないと見込んでいた。ならば躱しながらも十分に攻撃できる――と。

 だがそれは見込み違いであった。実際に剣を交えてみれば、剣技の冴えが今まで相対した敵と別格に違う。瑛斗がランドルフの剣を捌く度、ランドルフが瑛斗の剣を捌く度に、徐々に体力を削り取られてゆくかのようだ。

 ランドルフのパワーはオークよりも劣る。スピードはアーデライードに比べれば格段に劣る。だが卓越した剣技が冴えれば、一撃の重さはオークの比ではない。足りぬスピードを補って余りある。この傭兵――ランドルフはそれだけの技量を持つ男であった。

 いくら瑛斗が異世界人のアドバンテージを持とうが、歴戦を経た剣技の前には皆無に等しい。それほどの実力差を、瑛斗は徐々に身を以て気付き始めていた。


「えんちゃんと・うえぽん、あんど、ぷろてくしょん」


 レイシャが付与系魔法エンチャントにて瑛斗を援護する。丁度いいタイミングだ。

 先程の地獄の業火ヘル・フレイムにより一時的に摩耗した魔力オド再詠唱時間リキャスト・タイムを経て回復し、詠唱可能になったのだ。

 瑛斗の片手半剣バスタードソードが鈍色の光を放ち、身体が青白く輝いた。

 打撃力と防御力を増した今であれば、多少は前のめりに攻め込んでも無理が効く。そう考えた瑛斗は、この機を狙って大胆に踏み込み、一気呵成に勝負を決めにかかった。


 ギイィィーン!


 だがランドルフの一撃が、狙い澄ましていたかの如く瑛斗の剣を弾き返す。


「ぐっ……ッ!」


 下半身に力を籠めて横転は堪えたものの、瑛斗の胴脇が開いてしまった。そこには一瞬の隙が生まれる。ランドルフもまた、瑛斗を責め崩す隙を狙っていたのだ。


 その刹那である。


 じっと腕組みをして対戦を眺めていたアーデライードの、周囲の空気が一瞬にして轟音を立てて逆巻いた。彼女が常に使役している風の精霊たちの仕業である。

 局地的な暴風が大気を鳴動させつつ、かのハイエルフの周囲で呻りを上げた。

 ランドルフは鬼気迫る気配を感じ取ったか。それ以上瑛斗を押し込む事無く後ろへ飛び退いて距離を取る。精霊魔法の攻撃範囲から離れたのだ。これは賢明な判断といえた。


「あら、いっけない。つい興奮しちゃったわ!」


 などと当の本人アーデライードは口走ったが、明らかに瑛斗へのフォローである。

 瑛斗はその配慮に感謝しつつも、再び剣を構えて仕切り直す。強敵はまだ目の前にいるのだから油断はしない。フーッと息を吐き出すと、ランドルフを見据え直した。

 とはいえ、このままでは勝ち目がなさそうだ。さてどうするか。瑛斗が思案していると、決着は意外な形で訪れた。


 ヒィッフッ!


 突如、暗闇の先から飛来した一本の矢が、ランドルフの肩口を斬り裂いたのだ。矢の来た先を眺めてみれば、遥か遠くにドラッセルとソフィアら別働隊の姿が見えた。


「ムッ……」

「嘘、当たった!」


 それはソフィアの放った弓矢であった。自分でも意外そうに言うからには、当たるとは思ってもいなかったのだろう。遠距離はおろか馬上から射かけた飛矢である。相当な技量を以てしても、ただ一人の標的に当てることなど至難の業と言ってよい。

 これは後に聞いた話だが、ソフィアの弓は学年一。猛者揃いの「銀の皿騎士団」に彼女が入団できた理由の一つである。

 ランドルフが肩口より流れ落ちる血を、顔色一つ変えず眺めていると、


「引き上げ時だ……ランドルフ……」


 陽の落ちた暗き森の奥より、何者かの不気味な声が響いた。

 突如、森の木陰より現れたは、毛皮に身を包んだ数人の男たち。その声を受けたランドルフは、堂々たる態度でゆっくりと周囲を見渡した。

 捕えられ大地へ突っ伏した数人の第十四騎士団。無傷で立つ者は半数に満たない。

 馬車の檻はサクラの働きによって全て解放された。怪物モンスターとの戦闘を終え、戻りつつある獣人族の少年少女たちが睨みを利かせて木々の間に間に姿を見せる。半ば気絶したダークエルフの魔法部隊は毛皮に身を包んだ男たちに抱えられていた。

 極めつけは「銀の皿騎士団」別働隊の合流である。これにより敵主力を蹴散らせば形勢逆転できると踏んでいた、ランドルフの当ては外れた。


「チッ、稼ぎそこなった」


 ランドルフはそう呟いて大剣を担ぐと、背を向けて森の方へと歩き出した。その背中へ向けて、アーデライードのお気軽な明るい声が響く。


「ねぇ、アンタらは傭兵団で、ソイツらは猛獣使いビーストテイマーでしょ?」


 猛獣使いビーストテイマーとは、虎や狼といった猛獣を始めとした怪物モンスターたちを操ることができる職種である。異世界で数多く跋扈するそれら種族を自在に操れるこの職種は、戦争や集団戦に於いて大きなアドバンテージを持つといえよう。

 このアーデライードの問い掛けに、ランドルフは足を止めたが答えることはなかった。その代わりに、瑛斗へ顔を向けると鋭い目付きで睨め付けた。


「勝負は預けるぞ、小僧」

「小僧じゃない。俺の名は瑛斗だ」

「覚えておく」


 瑛斗は射抜くような瞳で真っ直ぐに見つめ返す。ランドルフは瑛斗から目線を外すと、並み居る「銀の皿騎士団」の面々に対してもぐるりとひと睨みする。その様にいきり立ったアードナーが今にも噛み付いて行きそうになったが、エアハルトが寸でのところで制止する。

 傭兵は報酬金により動く。仁義を旨として動く傭兵団もいるが極少数である。手を引くならば互いに深追いはしない。無駄な戦闘を回避する不文律の一つである。

 そうしてランドルフと毛皮の男たちは森の奥へと去っていき、暫くすると馬の嘶きと蹄の音が聞こえた。第十四騎士団らとは別行動であったらしい。

 この状況から察するに、騎士団とダークエルフ、怪物モンスター軍団が村を襲い、ランドルフを始めとした傭兵や猛獣使いビーストテイマーたちが村を包囲する。そういう手筈で事を運んだに違いない。

 彼らが去るのを最後まで見届けると、瑛斗は改めて大きく空気を吸い込んだ。そうして胸一杯に吸い込んだ息を悔しそうに吐き出した。


「悔しいけれど俺の負けだな、アデリィ」

「んふー、そうね!」


 そう言って項垂れる瑛斗に対し、ハイエルフはどこか嬉しそうである。どうやらこの結果は、彼女の狙いのひとつであったようだ。

 瑛斗は現実世界で「試合に勝ったことがない」という。剣道は日本国内だけで百八十万人弱の競技人口がある。その中で瑛斗の通う道場には、全国レベルの選手がいたというのだから、今まで試合に勝てなかったのも頷ける話だ。

 だが彼が学んできた剣道という剣技は、異世界と比べてレベルが高い。力こそ全てであるこの世界では、いまだ「力任せにぶん殴るだけ」が基本なのだ。

 瑛斗は剣捌きから足の運び方に至るまで、異世界にはない様々な技術を体得している。かつて三年の傭兵経験を経ていたチルダが、練習とはいえ剣道勝負で易々と打ち負かされたのはそれに由来する。

 とはいえ、ランドルフのような剣技を得た手合いともいずれ勝負する事になろう。今日の勝敗はさておき、その時の為にも経験を積ませなければならない。瑛斗に勝負を挑ませたアーデライードの、狙いのひとつはそこにある。

 もっと修練に励まねば――意図を感じ取った瑛斗は、改めてそう思い直す。


「どう? 何か感じるところはあったかしら?」

「うん……やっぱり人が相手となると勝手が違うね」

「その通り。だからちゃんとアタマを使って戦いなさいな」


 どうやらアーデライードは、戦い方までは教えてくれないらしい。だが瑛斗には瑛斗に適した戦い方があるはずだ。それは誰も教えられないことなのだろう。

 そこへちょこちょこと走り寄ったレイシャが、瑛斗のお尻の辺りをぽんぽんと叩いた。これはレイシャが慰めてくれる時にやる仕草である。


「レイシャのエート、がんばった」

「うん、ありがとうレイシャ」


 寄り添うレイシャの頭を優しく撫でてやると、このダークエルフは猫のように気持ち良さ気に目を細めた。反面、ぶーたれた表情を見せるのはハイエルフである。


「ところでアデリィは、奴らが森に潜んでいたのに気付いてたのか?」

「うん? あれれ、森の中になんかいるわね、とは思っていたけれど」


 夕闇迫る森深くの、しかも乱戦状態の中では、流石のアーデライードでも全てを感知することは難しかったようだ。ただ、獣人族の少女が気付いたように、怪物モンスターたちを統率する猛獣使いビーストテイマーが潜んでいる、と当たりは付けていた。


「だから奴らに猛獣使いビーストテイマーでしょって言ってやったの」

「なるほどね」


 当初は、敵ダークエルフの一人がそれであろう、と当たりを付けていた。だが奴らが気絶した後も、怪物モンスターたちに乱れはあれど大混乱は見られない。

 ならばどこかに別働隊が潜んでいる――-そう分かってはいても、リザードマンと戦う瑛斗が心配になって、気が気じゃなくて、すぐさまその場を離れた――とは、えっと、その、なんだ。誰にも言えない秘密である。


「それにしても気に食わないわね」

「なにが?」

「上手いこと気配消しちゃってさ。生意気よね、アイツら!」


 猛獣使い《ビーストテイマー》らを察知できなければできないで、どうやらちょっと悔しいらしい。だが世界最高峰の高位精霊使いシャーマンロードを以てしても気配を察知できなければ、誰も探し得ない話なのだから負けず嫌いにも程があるというものだ。


 さて瑛斗がアーデライードの解説を聞いている間に、二隊に分けていた「銀の皿騎士団」たちは合流し、捕縛した騎士たちを一ヵ所に集めて武装を解除させていた。

 これからテトラトルテの街へ戻り、彼らを尋問することになろう。アーデライードが作業を取り纏めているエアハルトの元へ行って、余計な口をわざわざ挟む。


「アンタたち、ちゃんとしっかりやれるのでしょうね?」

「私たちは若輩ですが、我が騎士団長は公国内で発言権の強いお方です。それに……」

「それに?」

「今は公国府・ヴェルヴェドにヘイゼルダイン殿が居られる」

「うん、クリ坊が?」


 アーデライードの言う『クリ坊』とは、『七人目の六英雄』もしくは『流浪の黒騎士ダークナイト』の異名を持つ高位騎士長ナイトマスター、クリフ・ヘイゼルダインのことである。流浪騎士の身とはいえ、公国内で絶大な人気をと支持を集める人格者だ。

 エアハルトが「実に情けないことですが」と頭を垂れて説明するに、クリフの公国府訪問は、公国内の秩序回復に一役買っているそうだ。彼の如何なる権力にも屈せぬ姿勢と、不正を許さぬ厳正な裁きは、旧反王国派の貴族たちをも黙らせるのだという。


「つまり、適正な処罰は下せるってこと?」

「ええ。これは公国内の不正を暴く好機となるやも知れません」

「ふむ」


 何か思い付くことがあったようで、アーデライードが意地の悪そうな笑みを浮かべた。エアハルトは気付かなかったようだが、遠巻きにその様子を眺めていた瑛斗とレイシャは気が付いた。あ、何か良からぬことを思いついたぞ、と。

 瑛斗らの心配を余所に、勝利の余韻に浸った陽気な声が背後から聞こえて来た。


「ソフィア、やるじゃないか」

「ううん、この暗がりと距離で当たるとは私も思わなかったわ」

「いや、あの弓の腕前は早々ないぞ。例えるなら、そうだな――」

「いや、例えなくてもいいわ」

「なんでだ?」

「なんでも!」


 そう会話を交わすは、アードナーとソフィアである。

 このくすんだ赤毛の騎士、普段は口をへの字に曲げたぶっきらぼうな男だが、こと戦闘関連に話が及ぶと途端に饒舌となるようだ。

 二人の様子を眺めていると、ポンと肩を叩かれた。巨漢の騎士ドラッセルである。


「凄いなエイト、あのランドルフと互角の勝負だったって?」

「いや……完全に俺の負けだよ」


 ドラッセルの問い掛けに、瑛斗は結果を素直に答えた。


「何を謙遜してんだよ、大したもんだぜ!」

「いや、俺は……」

「いやぁ、大したもんだ!」


 そこへ後からアードナーが瑛斗の肩を抱き、意気揚々と口を挟む。

 挟んだ口調がかなり興奮しているように感じられるが、それは何故だろうか。


「だが大したもんだと言えば、リザードマンとの戦いだ! そりゃあ見事なもんだったぜ、ドラッセル! エイトはな、リザードマン三匹を流れるような必殺剣で、全部なで斬りに片付けたんだ!」

「へぇ、そりゃ凄い」

「いや、必殺剣って……あれはそんな技じゃないよ」


 次の攻撃までを視野に入れて、間髪入れずに攻撃を繰り出しなさいな――そう教えてくれたアーデライードのアドバイス通りに、瑛斗は実践しているに過ぎない。

 だが興奮しているアードナーは、そこで止まることがなかった。


「例えるならそうだな――『三連爪撃』か『三連爪刃』か」

「え、ちょっと待て。何の話だ?」

「うーん……『一撃三爪』なんかもいいな。どう思う、エイト!」


 などと、何やら妙な事をアードナーは口走り始めた。

 そういえば瑛斗とリザードマンとの戦闘後、アードナーが突然「そりゃもう必殺技だろ!」なんて軽口を叩いていたのを思い出す。


「もしかしてこれは……あの、ドラッセル?」

「諦めろエイト。ヤツの好きに言わせてやれよ」


 ドラッセルはニヤけながら無責任な事を言う。

 どうやらアードナーは、瑛斗の剣技に手前勝手な必殺技を名付け始めたようだ。嬉々とした彼の興奮は収まらず、中学生が喜んで名付けそうな技名を次々と口にすると、


「でな、エイト! こう敵を斬りつける時にな、叫ぶんだよ! 技の名を!」

「いやいや、叫ばない、叫ばないからな?」

「何でだよ、超カッコいいだろ?」


 そういえばレイシャを猫可愛がりするソフィアに対し、アードナーは呆れ顔でこう吐き捨てたそうだ。「可愛いとかオレには分かんねぇし」と。これはもしや「可愛い」が分からない分、いまだ「カッコいい」に興味津々なのではなかろうか。


「だから子供だっていうのよ、彼は……」


 と己の弓技に、変な必殺技の命名回避に成功したソフィアが、呆れ顔で言った。

 それを受けて瑛斗は、中二病気味の症状を悪化させるような条件を、これ以上付与する真似は止してくれ、と思うのである。


 これにて、ゴールデンウィーク三日目の旅、獣人族救出作戦は幕を閉じた。


 サクラの掏摸スリから始まって、非常に長い一日となった。獣人族の救出作戦は無事に成功し、瑛斗らはひと時の勝利に酔いしれる。

 だが、この後に残された獣人族の少年少女たちを思うと、瑛斗は手放しに喜ぶ気持ちにはなれなかったのである。

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