第69話 四人の騎士と始める捜索の旅

 待宵祭はつつがなく終了し、王弟公国全土に夏の香が漂う季節となった。

 新緑はより深く濃い色に変わり、それに負けじと強い陽射しが木々を照りつける。


 オーディスベルト地方を含む北方大陸の六月には、梅雨つゆという明確な季節の区分はなく、よって日本のような長雨やじめじめした湿気を含む空気はない。むしろこの季節が一年で最もカラリと乾燥し、快適に過ごし易い時期でもある。

 

 そんな薫風吹き渡る昼下がり――昼食を終えた瑛斗のもとを訪問する若者たちの姿があった。アードナーを始めとした、王弟公国の若き騎士たちである。

 エキドナの内乱鎮圧のお礼と転居祝いを兼ねて訪れて以来、リッシェル邸に四人の騎士たちが全員集まったのは久々のことだ。特にアードナーとエアハルトは、新騎士団の設立に尽力すべく昼夜を惜しまず奔走し、日々多忙を極めていたためである。

 迷いの森の中を歩き屋敷へ向かう道すがら、久しぶりの再会に会話が弾む。


「この俺が騎士団長だなんて……先月の今頃にゃ考えも寄らなかったぜ」


 四人の騎士を出迎えた瑛斗に対し、語るアードナーの口は軽い。何しろ騎士を志して以来、夢にまで見た憧れの騎士団長に就任したのだ。その昂揚はわざわざ聞かずとも、まるで我が事のように瑛斗まで伝わってくる。


 その瑛斗が知らぬ間に行われていた、高位騎士長ナイト・マスタークリフ・ヘイゼルダインを中心とした重臣らによる円卓会議の結果、どうやらアーデライードの提案が全面的に受け入れられることとなったようだ。それによりふたつの騎士団が再編され、ひとつの騎士団が新設されることとなる。

 まず再編された二つの騎士団とは、女性騎士団長・ビアンカ率いる『月の雫騎士団』と、もうひとつがイリス姫直属の『エキドナ護衛騎士団』改め『公姫親衛騎士団』である。


「ビアンカなんか、浮かれてるんだか緊張してるんだか……」

「昨日も『私は結婚して、騎士団をソフィアに譲る』って呟いてたな」

「そ、それは言わないでってば!」


 どうやらソフィアが慌てて打ち消した通りのようだ。若手を集めた田舎の小さな騎士団が突然の大任を受け、団長であるビアンカのテンションがちょっとおかしいらしい。

 ちなみにビアンカは独り暮らしで二十二歳の彼氏なし。よって結婚の予定もない。


 それはさておき、エキドナ護衛騎士団を傘下に含み再編された親衛騎士団の団長には、若き従者騎士・エレオノーラが大抜擢され就任することとなった。イリス姫の守護に固い忠義を誓う人選が成されたこの騎士団は、先の内乱の反省を受け、最上位に置かれた公姫イリス以外の何者にも左右されぬ強固な命令系統を確立させた。

 その左右に飛車角の如く配されたのが、増員し再編成がなされた『月の雫騎士団』と、アードナーを騎士団長として新設された『銀の皿分隊騎士団』となる。


「分隊騎士団?」

「ああ、主に俺たち四人に『月の雫』を除く『エキドナの四十八名』たちだ」


 ドラッセルが率いた十二名の若手『銀の皿騎士団』と、クラウス率いる元エキドナ護衛騎士団の三班三名全九名を中心に、身元の確かな新規採用者を含め、およそ百名ほどの大所帯となる予定だ。訓練や運用といった実務はクラウスに任せ、アードナーとエアハルト両名の多忙は主に、エキドナ内乱の活躍で人気が急騰し、我こそはとこぞって応募のある新規採用者の人選にあるらしい。


「まぁ、実務はクラウス、内務はエアハルトに任せるとして」

「いや、お前も頑張れよ……」


 能天気な騎士団長殿へ、苦労人の副団長が憂鬱げに物申す。どうやら内務の半分以上はエアハルトに振られているとみえる。


「なぁ、名前を決めてくれよ」


 と、そこでアードナーが瑛斗へ脈絡もなく切り出した。彼のすぐ隣を歩いていたソフィアの「また始まった」という顔が、つい横目に入る。


「なんの名前だ?」

「新設した騎士団の」

「はぁ?」


 唐突なアードナーの提案は、どうやら『銀の皿騎士団』命名の所以に寄るようだ。

 確か『銀の皿』命名は、当時リッシェル邸に滞在していた勇者・ゴトーによって名付けられた、と旅の途上でアーデライードから聞いていたのを思い出す。

 だからこそ何の故あってか、伝説のリッシェル邸に暮らす勇者――ではなく、勇者見習いの瑛斗に対し、何か感じる部分があっての提案かも知れない。


「そんな重要なこと、急に言われても困るよ」

「オマエ、勇者目指してるんだろ?」

「だからなにさ?」

「かの勇者・ゴトーだって急に言われたと思うぜ、たぶん」


 だから爺ちゃんも困って断ったんじゃなかったか……とは口に出せないけど。


「いや、俺は勇者見習いであって、まだ勇者じゃない」

「けど俺らが決めるよりも、なんとなく縁起がいいだろ」


 アードナーはそう言うと、くすんだ赤毛を揺らして屈託ない笑顔を返す。

 突然何を言い出しているんだろうと瑛斗は思った。だが少々強引な面はあれど、彼の動物的な直感は全くもって正しい。何せ瑛斗は、伝説の勇者の孫なのだから。


「それにエイトだったら、カッコいい名前を付けてくれそうだからな」


 ああ、そうか……アードナーも瑛斗と同じ気質であった。何よりもカッコいいモノが大好きで、英雄めいたシチュエーションを強く好む傾向にある。

 何より瑛斗はちょっぴり『中二病』に疾患している部分があるわけで。アードナーが感じる部分とは果たして、それを感じ取られてしまったか。しかし異世界でも『縁起』なんて担ぐんだろうか、などとどうでもいいことが瑛斗の頭を過る。


「でな、団旗はこんな感じにしようと思うんだ」


 手前勝手にとんとん拍子に話を進めるアードナーは、森の中で歩きながら腰の皮鞄から何やら丸めた羊皮紙を取り出して広げる。するとそれには、彼のお手製と思しきイラストが描かれていた。蒼を基調としたそのデザインには、真ん中に真っ黒な鳥らしきものが描かれている。


「なんだこれ……カラスか?」

「違ぇーよ! 鷲だよ、ワシ!」


 声を荒らげて憤慨するアードナーに、眉根を顰めたソフィアが口を挟む。


「それ、鷹って言ってなかった?」

「ああ、それでもいいな、タカ!」


 どうやらカッコいい鳥類ならどっちでも構わないらしい。とはいえカラスにしか見えないそれを見て、すぐさま思いつくほど気の利いた瑛斗ではない。


「ううーん、それじゃ考えておくよ……」

「おう、カッコいいのを頼むぜ!」


 曖昧な返事を返す瑛斗に対し、実に溌剌とした笑顔を見せるアードナーであった。



「あれ……レイシャは?」

「まだあそこにいるわよ」


 四人の騎士たちと共に屋敷へ戻った瑛斗は、ソファーで寛ぐハイエルフに訊ねた。

 小さなダークエルフの姿を探せば、窓際でいつものようにぼんやりとしている。だがいつもと違うのは、瑛斗が持ち込んで窓辺に置かれた日時計を、飽きもせずじっとみつめている点だ。昼寝をし損ねた黒猫のように眠そうな目で、小さく口を尖らせながら飽きもせずじっとしている。実は朝からずっとこの調子で、瑛斗は少し気に掛けていた。


「まだそれを見てるのか?」

「ふい?」


 そう瑛斗が訊ねてもレイシャは不思議そうに首を傾げるばかりで、特段何かを話そうとしない。だからそのままにしてやりたいように放っておいている。何かあればきっと自分から話しかけてくれるはず。瑛斗はそう考えることにした。


 さて多忙の合間を縫って、アードナーたちがリッシェル邸を訪れた最大の理由。その目的は、エレオノーラの実の姉である宮廷秘書官・エルヴィーラ探索にある。

 宮廷内の機密資料を持ち出した――そんな嫌疑が掛ったまま行方不明である彼女は、まるで手掛かりがないまま早二ヶ月が経過しようとしているという。

 瑛斗がアードナーらと出会った旅の船上は、イリス姫への陳情の帰りである。その時こそ謀叛者・クレーマン子爵の息が掛る護衛騎士団に追い返されてしまったが、目的の一つは、遅々として進まぬエルヴィーラ探索を正式に組織立って動かすことにあった。

 漸く公国の杞憂がひとつ取り除かれ、新しい騎士団の編成が終わった今。アードナーらエルヴィーラと同期の騎士たちは、最も気掛かりな懸案を解決しようと集まったのだ。


「まず宮廷の政務秘書官である彼女は、何らかの資料を持ち出している」

「エルヴィーラは現状、公国の機密を持ち出した反逆者扱いされている。だがそれは表向きで、事実は何か政治的不祥事を告発すべく動いていたためだと我々はみている」


 長く内務の重鎮を務めた忠臣を父に持ち、騎士学校でも内務畑では学年主席の成績を誇ったエルヴィーラである。卒業後間もなく内務院に就いた彼女は、その才能を如何なく発揮し、数年足らずでその内幕は闇の深淵へと迫っていた。


「よってその資料は、我々のいう『疑惑の資料』……だ」


 エアハルトのいう『疑惑の資料』とは――長く公国の中核に巣食う公国の暗部。いわば獅子身中の虫ともいえる公国内に蔓延る血と欲に塗れた門閥貴族の末裔たちを、駆除する一手となりうる資料のことである。


「エルヴィーラは、何らかの秘密を掴んだ」

「そして我が姫にそれを具申していたのは、確かだ」


 しかし幾ら秘密を掴もうが、証拠を掴まねば意味をなさぬ。公姫であるイリスとて、物的証拠もなしに門閥貴族たちを裁くことは、実権の薄い今はまだ軽々にできまい。


「もしエルヴィーラが我々の言う『疑惑の資料』を入手したとすれば」

「我が姫に、その資料を渡そうとしたに違いないわ」

「しかし、その途上で何らかの妨害に遭い……」

「イリスはエキドナへ幽閉され、エルヴィーラは行方をくらませたということだな」


 これで瑛斗も全ての根源が紐解くように、ようやく腑に落ちた。

 イリス姫が悪政を敷いたとされる、仕組まれた疑惑。

 何の行動も示さぬ我が姫に、アードナーらが苛立ちを見せていた理由。

 そして竹馬の友を喪失し、儚げに涙を流していたイリスの無念。

 今の瑛斗には何もかもの愛憎が混ざり合い、痛い程によく身に沁みる。だからこそ謀略を暴き、遺恨を断ち斬り、この哀しい連鎖を打ち砕かねばならぬと改めて心に誓う。


「それに俺たちは、エルヴィーラに……」

「ああ、かつて彼女に命を救われているんだ」


 騎士学校では『同期の絆は何よりも厚く、血よりも濃い』と呼ばれている。それは共に助け合い、様々な困難を潜り抜けた仲間であるからだ、と。彼ら同期の騎士らの間にも同様の、そういった出来事があったに違いあるまい。

 そんな彼らの間では情報の交換は秘密裏に、そして密に行われていた。しかし公国を揺るがす重要機密である以上、血よりも濃い仲間とて全ては明かせぬものもあろう。

 まずは己が危険を冒し、命を賭してでもやり遂げようとした――そんなエルヴィーラの義侠心に厚い行動が裏にはあったのではなかろうか。


「だからこそ俺たちは、必ずやエルヴィーラを救い出す……!」

「彼女が何処にいようと、何があろうと絶対にな!」


 アードナーが殴りつけるように、分厚いテーブルを拳でゴンと叩いた。

 その言動と行動に、ドラッセルを始めとした騎士たちの表情が固い結束に満ちる。騎士学校時代の熱い決意を、まるで昨日の事のように思い返したようだ。


「さて、と……それじゃまず、彼女の道順ルートを洗い出しましょ」


 四人の騎士が改めて固い決意を表明したところで、アーデライードが口を挟む。それを合図に会議用の円卓に着き、公国府・ヴェルヴェド周辺の地図を囲んだ。


「まず内務院から、彼女の住む寮への道のりがこう……そして我が姫の居城へ立ち寄った場合は、こちらの道のりを辿ることになります」


 そう説明をしながら、エアハルトが地図上を指でなぞる。


「だが、彼女が最後に行方をくらませたとされる場所は、ここだ」

「現場には激しく争った形跡があり、彼女の従者は殺されていたといいます」


 ドラッセルがとんとんと指差すそこには、エルヴィーラが使用する置き去りにされた馬車と、普段から馭者を務める従者の遺体が遺されていたという。


「だけど、その場所は……」

「そうだ。彼女の住む寮とも、イリス姫の居城へ到る道のりともまるで異なる」


 公国府城壁外を遠く外れた南北を繋ぐ街道沿いの森の中である。これらは宮廷内に置いても極秘扱いであったが、同期の騎士たちが必死に暴いた情報であった。


「記録では、機密を盗み外部へ持ち出そうとしたエルヴィーラが、従者を殺害し徒歩で逃走した……とされていますが、そんなことをする必要が彼女にある筈などありません」

「犯行理由は尤もらしく、エルヴィーラの背信行為を諌めた従者と口論になったため、などとなっているが……そもそも抜け目のない彼女は、そんな状況にならんよ」


 仲間から妙な信頼を得ている彼女エルヴィーラは、かなりやり手の策略家の様だ。


「ともあれ北方街道上といえばまず、思い当たるのはテトラトルテだ」

「その頃テトラトルテに駐在してた俺たちに、何かを渡そうとしたんじゃないか」


 そう考えたアードナーたちはまず、テトラトルテへ至るまでの道のりから、彼女の足取りを徹底的に調べ上げた。


「街道以外にも、山道を通るルートが幾つか存在するんだ」


 林業の盛んなテトラトルテ周辺には、山中の曲がりくねった細道が、幾つも存在するのだそうだ。例えば、街道から少し離れたこのリッシェル邸周辺の細道も、そういった山道のひとつとして周辺住民からは思われているだろう。


「山道は、のぼりくだりの山中を通るため、若干遠回りになる」

「だが人目を避けてテトラトルテへ向かうには、これが最適なルート取りになる」


 そう考えての探索であったが、エルヴィーラと思しき痕跡・足跡は、一切発見されなかったのだという。


「山道を通る全てのルートは、仲間たちで手分けして調べました」

「けれどそれらしい形跡は、一切みつからなかったの」

「何か見落としがあるのか……それとも……」


 そこでアーデライードがタイミングを見計らい、新たな地図を円卓上に広げた。


「その周辺地図を作製したから、アンタたちの捜索範囲に印を付けなさいな」

「これは……凄いな」


 公国の地図を何度も預かっているエアハルトが、思わず感嘆を口にした。

 どうやらアーデライード作成の地図は簡易的ではあるものの、写実的にして正確に記載されていたようだ。彼女は六英雄の地図作成者マッパーとして、長く地図作成に関わっていた。よって英雄たちの道しるべとして重要な役割を果した彼女の才能は、精霊使いシャーマンの素質と同様に伊達ではないようである。

 四人の騎士たちが地図を覗き込んでいる後ろから、アーデライードが声を掛けた。


「まぁ、安心しなさいな」


 これは聖職者クレリックの方が本職なんだけど――と前置きしつつ、アーデライードは地図の作成と並行して携わっていた、ここ数週間に渡ったテトラトルテ周辺域の調査結果について、持論を交えて述べる。


「生命の死は、精霊界に痕跡を残すわ。けれど死霊レイスは元より、大地の大精霊から生命の大精霊に至るまで、そう云った精気マナの痕跡は見受けられなかった」


 彼女は数多くの精霊を使役する高位精霊使いシャーマン・ロードであり、物質界の中でもそれら精霊に最も近しい存在と云い伝えられる、ハイエルフである。


「オドも……みだれがみえない」


 いつの間にか瑛斗の傍に寄って来ていたレイシャも口を揃えた。アーデライードの調査に付き合っていた彼女は、幼いながら実に優秀な魔術師キャスターである。

 例えば、人が戦闘などによる非業の死を遂げた場合、その地には陰を含む大量の魔力オドを遺す。レイシャは目に見えぬその魔力を、類稀な能力で現視することができる。


「つまり彼女は生きている……何処かに身を隠していると考えるのが自然だわ」


 四騎士たちも確信を持って答える彼女の言葉に、力強さを覚えて深く頷いた。


「ただし、幾つかの疑問は残るの」


 そう続けたアーデライードの疑問とは『全く痕跡を辿れなかった』点にある。


「精霊界、魔力界、双方面から接触コンタクトして、何の手掛かりも見つからないなんて……逆に考えれば、別に理由があるに違いないわ」


 森の民であるエルフたちがこれだけの期間、山野を歩き回って何の収穫も得られなかったのは、逆に不自然であると彼女は言うのだ。


「全く見当外れの場所を探索しているのか、さもなくば他の理由があるのか……」


 思案顔で窓外を眺めるアーデライードの視線の先。

 そこには、異世界最大級の巨大火山・オーディスがあった。


 この山は魔の地帯オーディスベルトの名を冠し、大陸を代表する霊峰である。

 その高さたるや、百数十キロ以上離れているであろうリッシェル邸のリビングからも、うっすらとその高嶺を望むことが出来る。


「エート……ん」

「どうしたの、レイシャ?」


 会話の途切れたタイミングをきちんと見計らったかのように、レイシャは瑛斗の傍に寄りそって袖をつんつんと引いてきた。日時計はもう見飽きたのだろうか。

 小さな両の手のひらを目一杯広げると、白髪を揺らして愛らしく首を傾げる。


「じゅう」

「じゅう?」

「じゅうになった」

「……えっ、もしかして十歳になったのか!?」


 瑛斗の驚き声を受け、一瞬にしてレイシャは一同の注目を集めた。


「いつ?!」

「さっき」

「はぁッ?!」


 レイシャが指差す先には、日時計が置かれていた。


「ああ、ダークエルフの誕生日って、日付け単位より時間単位だっけ?」


 などと述べるは、アーデライードの呑気な声。


「それって今日がレイシャの誕生日ってこと!?」


 きょとんとした表情で、レイシャは静かに頷いた。こうまで瑛斗に驚かれるとは、きっと思いも寄らなかったのだろう。

 確かにレイシャと出逢ったあの日――歳を聞いた瑛斗にダークエルフの幼女は、首を傾げながら九本の指を立てて「まだ」と言っていた。恐らくは「まだ九歳だが、あとちょっとで十歳だ」ということだと、その時に解釈していたはずだった。

 その会話を覚えていたレイシャが、真っ先に瑛斗へ教えてくれたのであろう。だがそれにしたって寝耳に水。あまりにあんまりな突然のサプライズだった。


「じゃあ、宴会よ!」


 驚いた一同の表情を更なる驚愕で脅かすは、ハイエルフの鬨の声である。


「祝うわよ!」

「や、しかし……」


 途惑うエアハルトを、宴会モードに突入したハイエルフが制す。


「どうせ今日明日じゃ分析は無理よ。来週までにきちんとやっておくから安心なさい。だからアンタたちはちゃっちゃと地図に書き入れなさいな!」


 散らかった円卓上をサッサと宴会状態にしたいアーデライードがさぁさぁと急かす。

 こうなったハイエルフを止められる者などここにはいない。瑛斗は蟀谷こめかみを軽く押さえながらも、とっとと諦観を決め込んで階下の台所へ向けて叫んだ。


「ライカ、カルラ! すまないが準備をしてくれ!」

「はいー、ご主人さま、何の準備ですかぁ?」

「誕生日の……レイシャの誕生日パーティだ!」


 思わぬ嬉しい知らせを受けて、階下から黄色い歓声が響き渡る。

 その声を受けて、打合わせの邪魔をすまいと自室に籠っていたサクラが、何事かとひょっこり顔を出す。


「あのー、あたしも何か手伝おうか?」

「えっと、それじゃあ……」


 瑛斗は溜息を突きつつ、ハイエルフの顔をチラリと窺うと――


「悪いけど、倉庫からワインとビールの樽を頼むよ」


 その一声で一気に喜色満面となったハイエルフ。てきぱきと手際よく進む宴会準備。呆気に取られていた四人の騎士たちは、遂に相好を崩す。


「ええと……どうするかね、騎士団長アードナー殿?」

「どうもこうも、こうなりゃエルヴィーラ捜索隊結成の景気付けだ!」

「おっしゃ、それでこそ俺たちの団長だぜ!!」

「ま、大事で可愛いレイシャの誕生日も必要不可欠だしね……」


 アードナーの号令一下、勝手知ったるドラッセルがテーブルと椅子を準備する。同じくソフィアが戸棚からちゃっちゃとテーブルクロスを引っ張り出した。

 いつもの諦めがちのエアハルトは、大仰に肩をすくめて瑛斗にこう呟く。


「ここでは本当に……不思議な事がたくさん起こるね」

「けれど気分は暗くならないし、何より飽きないだろう?」

「ああ、それは確かだよ」


 苦笑いするエアハルトに、準備の手を休めることなく瑛斗はおどけて笑う。

 こうして小さなダークエルフの、大いなる誕生日パーティが幕を開けた。

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