第63話 テトラトルテの待宵祭の旅(中篇)

 瑛斗たち一行は乗馬と馬車組に分かれ、街道へ出て南へと向かう。

 目的地は、山間の街・テトラトルテ。主に林業を中心として栄える山岳地帯の都市である。渓谷を切り開いて形成した街道沿いの街でもあり、南北を行き交う旅人たちの宿場町としても大いに賑わいを見せる。


 山間やまあいに位置する街の割に、商業地としては中程度の規模を誇る。

 元々産業の乏しい公国の山中に、それなりの人口を擁する街を形成できた理由として、森林資源と共に豊かな水源を上げることが出来るだろう。元々数多く存在する河川は元より、材木運搬用の水路を整備することで、川下の街々へ住宅建材を始めとした良質の木材を運び出せる。それにより沿岸部の工業街による木製加工品の産出は、公国の財源を潤す。これらを主要な輸出品のひとつとして、発展を遂げた街であるといえよう。


「今年のテトラトルテの盛り上がりは、きっと一味違うぜ」


 瑛斗が馬車へ馬を寄せると、ドラッセルが愉快そうに話し掛ける。


「あの内乱鎮圧はさ、テトラトルテにも利益をもたらせたんだ」

「へぇ……それはどうしてだ?」

「それはね、クレーマンの一族による汚職の解明があったの」


 内乱の首謀者クレーマン子爵の一族は、寛大なる恩赦を求めた結果、それまで得ていた特権の数々を手放す始末となった。まず街道沿いの警備を担当し、大きく幅を利かせていた第十四騎士団を解体させた。次に一族が占めていた権利を返納させ、公国本国の監査を入れることとなった。その結果、今まで隠されていた多大なる利権が明らかとなる。


「その中に、テトラトルテが生み出す材木相場の不正操作があった」

「つまり子爵ら一派は、不況の一端を意図的に作り出していたことになるわ」


 腐敗の温床となっていた子爵側寄りの材木組合ギルドに監査の手が伸びると、途端に材木の相場が急変し、改善の兆しを見せたのである。エキドナ地方に隣接するデラヴェ領を治めていたクレーマンは、知らぬ間に影響力の根を伸ばしていたのだ。


「けどね、あの小者がここまでの影響力を振えるはずないわ」

「おう、そこで黒幕バックとして考えられるのは、ギレンセン伯爵だ」


 ギレンセン伯爵は『公国六盟界』と呼ばれる上級貴族らの盟主である。

 クレーマン子爵の委任統治するデラヴェ領を含み、周辺の八州を包括して所領するのがギレンセン伯爵家だ。国内政治の中核を司る内務院の重職に就く彼は、旧王弟派の子孫であり、それはかつて『賢弟王』と呼ばれたエドガーをして『獅子身中の虫ども』と言わしめた、公国内に蔓延る血と欲に塗れた門閥貴族の末裔である。


「疑惑に勘付いてか、今回の監査を全面的に受け入れ、浄化作戦に積極的なの」

「完全なトカゲの尻尾切りだが……これで大きな風穴が開いた」


 ドラッセルらのいうギレンセン伯爵が黒幕だとすれば、これまでに相当な時間と労力を掛けていたはずだ。だが傲慢にも力を過信したクレーマン子爵の軽挙妄動が、蟻の一穴どころか大きな風穴を開ける結果となった。


「ともあれ今回の一件で、ここんとこのテトラトルテは大賑わいさ」

「ははぁん、だから混雑してて宿代も高騰してたのね」


 アーデライードが会話に挟んできた口を尖らせる。ちょっと口惜しそうなのは、乗馬の遠乗りで訪れた先週の宿代が高かったことを、どうやら根に持っているご様子だ。


「ま、その代わり今年の夏祭りは、盛り上がりそうじゃない!」


 と切り替えが早いのも、彼女ハイエルフの特徴である。


 さて、テトラトルテの夏祭りは、別名「待宵祭」とも呼ばれ、その名の通り「宵を待つ祭り」である。形はどうあれ異世界各地で行われている祭りの一つであるという。

 この時期、宵になると訪れるという先祖の霊を、村人たち全員で持て成し、各家々へ降りてくるのを待つ祭りであるという。

 ちなみに待宵とは「来るはずの人を待つ宵」という意味があるのだそうだ。北部大陸語を共通語コモンにした際に「これが一番しっくりきた」とは、異世界で言語学の権威として最も名を馳せるハイエルフの弁である。


「ゴトーに言わせると秋の季語……らしいんだけどね」


 元々「待宵」には、翌日の十五夜の月を待つ宵の意味を持つ。陰暦では八月十四日の夜、小望月こもちづきの夜――つまり望月の前夜の、月を待つ宵のことである。

 よって六月のこの時期に「待宵」はそぐわないだろう。ただし「異世界は日本と違うのだから、場合に合わせて自由でよい」とは爺ちゃんの弁である。よってその辺りは、多少緩くても許されるんじゃなかろうか。


 待宵祭を道すがら説明してくれたドラッセルによると、日中は賑やかで派手な行事で先祖の霊を持て成し、夜には各家々で送り火を灯して敬うのが一般的だという。持て成す方法こそ各地で違えど、祭りの仕来たりとしてそれが共通する流れであるようだ。


「その『賑やかで派手な行事』って何さ?」

「そりゃ、その土地土地によって違うさ」

「じゃあテトラトルテの場合は、なんなんだ?」

「もちろん、街中に豊富にあるアレさ」


 ドラッセルが指差す先へと目をやれば、これから出荷を待つであろう丸太が、街道沿いのそこここに山のようにうずたかく積まれている。

 なるほど此処は山林の街らしく、きっと豊富に存在する丸太を使うのだろう。


「丸太なんかどうやって祭りに使うんだ?」

「それはそれ、行ってみてのお楽しみってやつだぜ」


 そう豪快に笑うドラッセルに、瑛斗は苦笑いしつつも胸を高まらせるのだった。



 テトラトルテの街へは、昼過ぎに到着した。

 普段は閑静な街の中は、打って変わって華やかな賑わいを見せる。


「それじゃ後でな、エイト!」


 そう云って手を振るドラッセルたちは、現地を警備する仲間の騎士と合流するため屯所へ向かった。祭りに向け自分たちの準備も整えなくてはならないらしい。


「俺たちはどうしようか、アデリィ」

「決まってるじゃない。目一杯祭りを楽しむのよ!」


 街中を見渡せば色とりどりの装飾に彩られ、行き交う人混みで賑わう。露天商が立ち並び、歌う者に躍る者。周囲はまさにカーニバルの真っ盛りといった様相を見せている。

 まずはどうしたものかと瑛斗が腕組みをしていると、浮かれハイエルフは、さっさと美味そうな匂いの漂う屋台へと走り去ってしまった。

 呆気にとられる瑛斗の隣で、寄ってきたサクラが声を立てて笑う。


「あはは、いつもこんな感じなのかい?」

「まぁね……大体こんな感じだよ、サクラ」


 こうして瑛斗は選択の余地なく、まずは露店で食料を買い込むことになった。

 いつもなら背の小さなアーデライードを見失わぬ様に必死になって追うところだが、今日に限っては可愛いメイドたちが一緒になって駆け回るので、その心配がなさそうだ。

 普段はケチでも、今日の彼女はお祭りハイエルフ。こういう時にこそ本領発揮だ。お金に糸目を付けないと決めれば、迷うことなく気に入った料理を買い込んでゆく。


「ええとアデリィ、これとこれとこれは何が違うんだ?」

「こっちはメットヴルストで、これはフランクフルト、こっちはモルタデッラ」


 同じソーセージを買い込んでいるように見えて、彼女にとっては別物のようである。

 モルタデッラとは、日本では主にボロニア・ソーセージとも呼び、直径三十六ミリ以上の太さを持つソーセージをいう。またフランクフルトとは直径二十~三十六ミリ以下のソーセージを指し、メットヴルストは脂身肉なしのソーセージをそう呼んでいるのだそうだ。

 こうして香ばしく焼かれた肉料理から、甘い香り漂うパイまで。様々な料理を端から端まで買い込むと、次々にライカとカルラへ手渡していった。


「サ、サクラ姉さまーっ!」

「ああ、ちょっと待ってな、二人とも」


 こういう時、獣人たちの手があると非常に助かる。多少多めに荷物を買い込んでも、力の強い獣人たちは平気な顔で荷物運びを買って出る。

 それでもあっという間に彼女たちの両手が一杯になると、仕舞いには頭の上にまで気兼ねなくぽんぽんと乗せられていた。それでも獣人族の身体能力の高さゆえか、落とすことなくアーデライードの後をちょこちょこと健気についてゆく。


「ご、ごしゅじんーっ」

「もう持ちきれないのですーっ」

「ああ、気にしないでどんどん食べちゃっていいよ」

「ふえ、これ食べちゃっていいのです?」

「構うもんか、食べちゃおうぜ」

「わーい、いっただっきまーす!」


 こうなったら覚悟を決めて、供給された分は消費していくしかない。瑛斗はカルラの頭の上にあった鳥モモ肉の山賊焼きを、遠慮なしに頬張った。

 それを見届けたライカとカルラも、両手の肉料理に齧り付く。やはり狼の獣人族である彼女たちは、肉が好きなのだろうか。アツアツの肉汁滴るソーセージを次々に口へ運んでは、幸せそうな笑顔を浮かべている。


「ふわっ、あむ、ふわぁっ」

「あふっ、お、おいしいですぅ」

「あっ、私が麦酒ビールを買うまで待ちなさいな!」


 行列をなす麦酒待ちの真ん中で焦るハイエルフだが、そんなのお構いなしである。


「いいよいいよ、食べちゃえ食べちゃえ」

「あっ、そっちのブラートヴルストはとっといてよっ?」

「どれだか分かんないから、食べちゃえ食べちゃえ」

「んんーっ、おいしいーっ」

「しあわせですぅーっ」

「あーっ、ちょ、エイトーッ!?」


 叫ぶハイエルフを尻目に、三人で次々と平らげてゆく。

 そうして瑛斗が鳥モモ肉の山賊焼きを一本食べ終わった頃、上着の裾を引っ張る小さな影――レイシャだ。そういえば今まで一体どこへ行っていたのだろうか。


「ん」


 その疑問はすぐに解けた。彼女が指差す先を見ると、サクラが広場にテーブル席を確保していたのだ。いつの間にかレイシャはサクラと行動を共にしていたらしい。


「よくこんな席が、都合よく余ってたね」

「いや、常連店の主人マスターに頼んだのさ」


 サクラのいう主人を見やると、人の良さそうな爺さんが苦笑して立っていた。

 見物客でごった返している広場だが、テトラトルテを根城としていたサクラである。この街では多少なりとも顔が効くらしい。酒屋のテーブルや椅子を一揃え借り出したのだ。


 前線基地を確保できたこともあり、みんなして露店で買い込んだ品々を並べていると、注文した覚えがない料理が次から次へと運ばれてくる。キャベツたっぷりのポトフからベーコンをたっぷりと使ったトマトのパスタ料理アマトリチャーナ。挙句は岩塩を振った雉の丸焼きまであった。


「お代は全て、あちらさんから貰ってるよ」


 口を揃える店員たちが指差す先を見れば、必ず走り回るハイエルフの姿がある。

 そうしてあちこちから運ばれてくる料理の数々に目を白黒させていると、テーブル上はあっという間に美味しそうな料理で満載になった。


「あら、タダで借りたんじゃ申し訳ないわね」


 その声に振り向けば、果たして主犯のハイエルフ。麦酒樽ジョッキを両手に抱え、丁度良い頃合を見計いやって来て、にんまりと微笑むアーデライードである。


主人マスター! 折角だから店開いて、麦酒をじゃんじゃん持ってきて!」


 などと気前のいいことを言い出した。だがこれはただ単に、このハイエルフが麦酒の行列に並びたくないだけだろう。日中は祭りの準備で店を閉めていたはずの店主が、おかげで急遽開店の準備をする羽目にあいなった。


「……よし、こうなったら喰うぞ、みんな!」


 そう覚悟を決めて潔く宣言した瑛斗は、二、三度その場で飛び跳ねて胃袋に隙間を開ける――と同時に、頼もしい助っ人の声が背後から響いた。


「お、ここに居たのか、エイト」


 決意表明した絶妙なタイミングでぞろぞろと現れたのは、ドラッセルとソフィアら『銀の皿騎士団シルバーディッシュ』の面々である。


「最終確認を終えたし、非番のみんなと見物しようかと、ね」

「それでエイトたちを探してたんだが、何の騒ぎだ、これ?」


 などと呑気に構えるこの連中を、味方につけない手はなかった。


「ドラッセル、ちょうど良い所へ来たな……戦闘準備だ」

「ああ? なんだそら?」


 怪訝な顔を浮かべたドラッセルであったが、テーブルの上に居並ぶ料理とほくそ笑むハイエルフの表情を見て、幾つかの宴会を重ねた猛者は全てを察したようだ。


「うぉっし、やってやるぜ!」

「それでこそドラッセルだ!」

「んふー、計算通りね!」

「それは嘘だよね、アデリィ?」


 ドラッセルを始めとして巨体を誇る食べ盛りの騎士団員たちは、とにかく大喰らいであった。こうなれば大きくなりたい瑛斗も、小さな身体で負けじと肉料理を口へ運ぶ。

 獣人族の面々は小さくともよく食べるし、レイシャも小さな口を目一杯開けて、料理の数々をかき込んでいた。そんな中でも、衆目を一際惹いたのは――


「お、お……」

「お、おおっ……おおおっ!」

「おおっ……うおおおおおーっ!!」


 樽型の大ジョッキを一気に飲み干す、絶世の美貌この上ないハイエルフである。

 この小さくて華奢な身体の何処へ吸い込まれていったのか、首を傾げぬ者はこの場に居るまい。次第にテーブルの周囲は、自然と人が集まって、そこここで宴会が始まった。


「さぁーあ、かかってきなさい! かかってきなさーい!!」


 サクラの機転で始まったこの作戦は、ハイエルフを中心にして、遂に他の店も真似をしだした。木箱や床板を使った即席の屋外客席オープンカフェを作り出す。やがて歌い出す者が現れれば、楽器を持ち込んで演奏する者、その周囲で躍る者。祭りの熱気も相まって、人の輪があちらこちらで生まれた。

 こうして祭りの会場は初日から、まさに熱狂の様相をなしつつある頃――瑛斗には一つだけ気掛かりがあった。


「楽しんでるかい、サクラ」

「ん……ああっ、も、もちろんさね、エイト!」


 ぼんやりとしたサクラは、莫迦騒ぎの最中でも元気を失っている様に見えた。

 その度に瑛斗は彼女を気遣えど、気丈に振る舞うばかりのようだ。やはり先週手掛かりを掴め始めた自身の出生、その秘密の行方が気になるのだろうか。


「よーし、このまんま夜も飲むわよーっ!!」


 そんな気持ちを知ってか知らずか。ハイエルフの大号令が響き渡る。

 こうしてテトラトルテ待宵祭の初日は、賑やかに過ぎていったのだった。

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