第47話「幼女機兵・もえちゃん6歳(改訂版)」
(残虐描写があります。ご注意ください)
(日本が戦争に負ける話です。ご注意ください)
西暦2045年。C共和国と日本国の対立は、修復不能なまでに悪化。有名無実化した日米同盟をあざ笑うかのように、C軍は電撃的にO島方面を襲撃。大方の予想通り、米国は動かず。C海軍と海上自衛隊による空母決戦が行われた。結果は、自衛隊側がすべての空母を失う大敗となり、C軍はO島を制圧。かれらの手が日本本土を蹂躙するのも、そう遠い日のことではないだろう……
☆
O島。土嚢と鉄条網で作られた、海岸を見下ろす陣地。とある歩兵部隊。
「まったく大したことなかったな、日本は!」
重機関銃をポンポンと叩きながら、ベテラン軍曹が大笑いした。
「このまま東京まで突き進めばいいのに、上の奴らは何をビビってるんですかね!?」
若々しい二等兵が大きくうなずいた。
「何も、ビビっているわけではないさ」
インテリの隊長が、携帯端末で地図情報を見ながら言った。
「日本の潜水艦が、ぼくたちの貨物船を沈めてるせいで補給不足なのさ。連中の潜水艦は静粛性が高いからね、通商破壊……貨物船狩りをやるには向いてる。本土攻撃するには膨大な戦力と物資が必要になる。万全の補給体制がないと無理さ」
「奴らの潜水艦を全滅させるまで、本土攻撃できないってことですか?」
「そう。だが向こうはもっと苦しいはず。持久戦になれば、資源のない日本に、勝ち目があるわけないのさ」
そのとき二等兵が、
「……あれはなんですか!?」
他の者も気づいた。
白く美しい海岸に、何か小さな黒っぽいものが現れたのだ。人影。一つではない。何百、何千……。
「敵の上陸!? 海軍と空軍は何やってたんだよ!? 揚陸艦に気づかなかったのかよ!?」
軍曹は叫んだが、隊長が訂正する。
「違う、あれは船や飛行機で来たんじゃない。歩いてきたんだ、海の底を……」
「『機兵』だって言うんですか!?」
機兵。高度な人工知能を搭載した、ロボット兵士のことである。わがC国ですら開発成功していないのに、日本が……!?
驚く間もなく、上陸してきた何者かは、猛然と駆け出し始めた。内陸部に向かって。こちらに向かって。
速い! オートバイ並みだ、人間の脚力ではない。
「撃て、撃て!」
軍曹は重機関銃を撃った。他の陣地も撃った。銃弾の嵐が敵に殺到する。
だが当たらない。突撃してくる奴らの、頭の上を通り過ぎてしまう。
「何故だ!?」
すでに重機関銃の間合いではなくなった。軍曹も二等兵も隊長も、みな小銃に切り替えた。
スコープを覗き込んだ瞬間。
「……撃てない!」「おい何だこれは!」「撃てねえよ!」
なぜなら。
走ってくる敵部隊は、みな幼い子供の姿だったから。
迷彩服とヘルメットに身を包み、小銃を持っている。
日の丸をつけているので日本の部隊には違いないだろう。
だが、ちょこんと生えている手足、大きな頭に、くりくりとした大きな目、鼻……
どう見ても小学生、それも低学年の女の子だ。
機銃が当たらなかった理由もわかった。敵が小さすぎて、距離の目測を誤ったのだ。
そんなことを考えている場合ではない、撃たなければいけない。わかっている。
だが、撃てない……
奴らは遠慮しなかった。走りながらも撃ってくる。
正確に、こちらの陣地を火線がとらえた。二等兵が悲鳴ひとつ上げずに、頭を撃ち抜かれた。
「くそおお! ちくしょおおお!」
軍曹は吼えた。だが、どうしても引き金を引けない。
奴らは、凄まじい速度で駆け寄ってきながら、何かを投擲してくる。
グレネードだ、と気づいた軍曹と隊長は、とっさに伏せた。
すっとんできたグレネードが炸裂し、轟音と破片が陣地じゅうに満ち溢れた。
「……!」
軍曹は伏せたおかげで、破片が少し背中に食い込んだだけで済んだ。
本能が警報を発する。反射的に体をひねる。
グレネードの硝煙が薄らいだ時、陣地の中に、子供機兵の姿があった。
白兵戦で決着をつけるために飛び込んできたのだ。
手探りで小銃を拾い、向ける。
機兵が襲い掛かってくる動きのほうが早い!
ダメか?
絶望した瞬間、機兵が吹き飛ばされた。陣地の壁に叩きつけられる。
隊長が至近距離から撃ったのだ。
「はっ、ハハハハ! 子供の姿なんて! くだらない小細工だ! 俺たちがそんな手に……ハハハハーッ!」
隊長は、顔面をゆがめて笑いながら撃ち続ける。
機兵といえども、1メートルの距離からのフルオート射撃には耐えられなかったらしい。
電撃でも食らったように踊り、ちいさな腕がちぎれ、腹に大穴が開いて、真っ黒い液体が噴き出す。
しかし。
一方的にやられていたように見えた子供機兵に、おかしな変化が。
顔が。変化していく。
小学校低学年ではなく中学生くらいの、もう少し大人びた少女。
切れ長の目にあどけなさはなく、知性の輝きがあり、黒い艶やかな髪をきれいな三つ編みにしている。
隊長が目を見開き、銃を取り落とす。
「……ファン、メイ?」
隊長が誰かの名前を呼んだ。信じられないものを見るような目を、子供機兵に向けた。
呆けたように固まった隊長を、子供機兵は、一本しか残っていない手で、刺し殺した。
異常に大きく見える軍用ナイフで。馬乗りになって。
「かえって……きて……くれたんだね……ぼくのファンメイ……」
ほとばしる鮮血。やすらかな囁き。敵意も怒りもなく、心から嬉しそうに、隊長は死んでいった。
子供機兵は、隊長を絶命させると、体を起こして、軍曹に顔を向けた。
すうっと、また顔が変化していく。
今度は一段と幼い、まだ髪の毛も生えそろっていない赤ん坊だ。
その顔は。軍曹が家に残してきた、息子にそっくりだった。
「……!!」
混乱と恐怖の圧力が限界を超え、軍曹の中で何かが壊れた。
身も世もない悲鳴を上げて逃げ出していた。
他の陣地でも同様の混乱が生じていた。
その中で、軍曹がどうやって生き残ったのか、本人にも全く思い出せない。
☆
C軍は壊走状態になってO島の海岸部を放棄し、北部の山地にたてこもった。
そして接近戦をやめ、相手を目視しないで済む、遠距離砲撃戦だけに徹した。
補給が苦しい中、物資を使い切る勢いで、後先考えずに砲撃しまくった。
子供機兵たちはリュック一つだけを背負ってきたので、迫撃砲より大きな重装備は持っていなかった。
C軍が100ミリ以上の大型砲を並べて鉄の豪雨を降らせると、前進できなくなった。その間にC軍は態勢を立て直すことができた。
☆
砲弾が尽きる寸前、反撃体制が整った。
傷ついた兵士たちが集まっている。その隊列には軍曹もいる。
指揮官がやってきて、訓示を始めた。
「……諸君! 日本人どもの新兵器により、わが軍は確かに痛手を受けた!
だが、もう恐れることはない。卑劣な兵器の能力も、その弱点も明らかになった!
あの兵器の名前は、『MOECHAN-06』という名前らしい」
情報部の活躍によって明らかになった。なお、「MOECHAN」は複雑な英文の頭文字を並べたものである。
「見ての通り、子供の姿をしており、我々の良心……女や子供を殺したくないという気持ちに訴えて、反撃を鈍らせる。
それだけではない。顔を変える機能がある。我々兵士がもっている情報端末をクラッキングして、中の画像や文章を解析し、『もっとも愛する者』に変身するのだ」
軍曹は拳をぎりぎりと鳴らした。
なんと卑怯な。人間を冒涜しているとしか言いようがない。
「わがC共和国の科学技術は日本などに負けはしない! 対策は、これだ!」
指揮官は、ゴーグル型情報端末を掲げて見せた。
「なんの変哲もないゴーグルに見えるだろうが、高度なVR技術が使用されている。正確にはAR(拡張現実)だな。このゴーグルの人工知能は、奴らを、醜い怪物の姿に変換して表示する。奴らがどう変身しようが無駄なことだ」
「おお!!」
歓声があがった。非常に単純だが、効果のありそうな兵器だ。
軍曹は闘志を奮い起こした。隊長たちの仇をかならずとる……!
☆
砲声が止んだ。
突撃開始だ。
軍曹たちは散開し、真っ白い硝煙が立ち込める中を走り出した。
あたりの地面は砲撃でメチャクチャの穴だらけになって、なぎ倒された樹木が転がっている。
樹木の向こうから、小さな影が、すぐに飛び出してくる。
ほんの一瞬、軍曹の体が硬直したが、
だが、小さな影は、もはや子供の姿ではない。ゴーグルは見事に効果を発揮していた。
グロテスクな緑色の肌、尖った耳で、大きく裂けた口に乱杭歯が並ぶ。ファンタジーものに出てくる小鬼族(ゴブリン)のような、醜い化け物。
なんの問題もなく撃てた。吹き飛んで、また立ち上がってくるが、次に撃ったら、手足がちぎれて、液体をまき散らし、もう立ち上がらなかった。
……弱いじゃないか! 外見さえ変われば!
毛むくじゃらの怪物、爬虫類の怪物、腐りはてたゾンビ。
怪物の姿の機兵をなぎ倒しながら進んだ。
機兵たちはあまり撃ってこない。やたら接近して白兵戦を挑んでくる。
軍曹は気づいた。連中は、我々以上に補給切れなのだ。
背負ってきた弾薬を使い切ったら、ナイフと銃剣しかないのだ。
ならば、恐れるものは何もない。
いま倒した化け物は、体が妙に大きかったな、体格的に子供じゃないぞ?
と不審に思ったが、すぐに戦闘の緊張と高揚に押し流された。
自衛隊の兵士が混ざっていたのかもしれない。どうでもいいことだ。
☆
攻勢は大成功に終わった。
子供型機兵が通じないと分かった日本は、通常の人間による精鋭部隊を隠密降下させたが、こちらもあっけなく撃破できた。
軍曹たちは、人間たちを相手に戦う時もゴーグルを外さなかった。
楽なのだ。敵が怪物に見えた方が、ずっと抵抗なく、ゲーム感覚で殺せるのだ。
戦闘の中でゴーグルの人工知能は学習し、より効果的に画像を変換するようになっていた。
このゴーグルをつけてさえいれば、敵は醜く、憎たらしく、そして味方は頼もしく勇ましく見える。
いくらでも戦える気がした。
やがてC国と日本は第三国の仲介で停戦を結ぶことになった。停戦条件は領土の割譲を含む、C国に有利なものだった。
結局、空母戦で勝った時点で、C国の勝利は決まっていたのだ。
MOECHAN-06など苦し紛れに過ぎなかった。
☆
軍曹はC国に帰ってきた。勲章をもらい、英雄になって。
「父さんだぞ!」
そう言って家のドアを開ける。
女が歩いてくる。妻だ。
二本足の小さな生き物が歩いてくる。息子だ。しばらく家を空けている間に歩けるようになったのか。
まて、なんだ、これは。
目の前にいる何者かが、妻と息子であることは認識できる。
それなのに、愛しいという気持ちが、かわいらしいという気持ちが、まったく湧き上がってこない。
なんだか無機質な人形のようにしか感じられない……
「あなた? どうしたの?」
軍曹は自分の顔を撫でた。そこにゴーグルがないと気付くと、
「ゴーグル……ゴーグルさえあれば、教えてくれるのに……」
☆
「先生、いったい俺はどうしたんですか?」
「軍務の間ずっと、特殊なARゴーグルをかけて過ごしたからだね。ゴーグルを通して、強調された美醜表現に慣れてしまったから、『美しい』とか、『怖い』とか、そういうことを自力で感じられなくなってしまったのだ。
帰還兵の間では同じ症状が増えている。
なに、心配することはないよ。ゴーグルは帰還兵にも支給されることが決まったから、つけっぱなしでいればよいのだ」
☆
軍曹はずっとゴーグルをつけて生活するようになった。
もはや軍曹ではない。勲章のおかげで、立派な会社のサラリーマンとして再就職できた。
そのまま数年がたった。
電車に乗ると、客は自分と同じゴーグル姿ばかりだ。
まさか全員が帰還兵であるはずもない。今や、ふつうの会社員や学生もゴーグルをつけるのが当たり前なのだ。
音声変換用のイヤホンもつけている。
ゴーグルはいつだって、見えるべき世界を映し出してくれる。
仕事の間は仕事だけに集中でき、よけいなものは見えない。
妻はいつまでも若く美しく、シミ一つない。食べ物は素晴らしいご馳走に見える。
おかげで経済は絶好調、犯罪まで減っているという。
ニュースでは景気のいい話ばかり。戦後の交渉でも日本に勝った。もうすぐアメリカのGDPを追い抜く。
完璧な世界だ。そうとしか言いようがない。
徹夜の勤務を終え、眠い目をこすって家に帰ってきた。
なんと、妻がゴーグルをつけていない。
軍曹は焦って、
「おい、どうしたんだ!? ゴーグルの故障? 早く連絡して予備を持ってきてもらうんだ」
「そうじゃないの。こんなゴーグルをかけ続けて、現実と違う世界に逃げ続けるのはよくないことだと思うの」
なんてことだ。ネットの一部では、そういう自然回帰的な思想の奴もいるが……影響されてしまったのか?
「わたしたちC国人は、ゴーグルに完全に依存しきっているでしょう。生活のすべてを支配されて……もしゴーグルのコンピュータが、悪意をもって私たちを騙そうとしても、私たちはそれに気づきもしないで騙されたまま地獄行き。自分の目で見て判断しなくちゃいけないの。たとえ怖くても」
冗談じゃない。息子はまだ寝てるのか?
なんとか、息子と顔を合わせる前に、ゴーグルをかけさせないと……
そのとき家の奥から、
「お母さん、おはよう」
小学生の息子が出てきた。
ゴーグルをかけた軍曹の目には、その息子は、ちゃんと息子に見える。
しかし妻は。
「え? ……誰、あなた? 誰なのよ!?」
妻は茫然とつぶやく。
震えて、頭を抱えて、その場にうずくまる。
「あの子じゃない! あの子は! だってあの子はもういない……? 本当のことだったの? 夢じゃなくて……?」
思い出してしまったか。
軍曹はとっさに、自分のゴーグルを外して妻にかぶせる。
ゴーグルは妻の精神状態を即座に認識したようだ。
「第一種警報。装着者の精神は不安定。不快な現実が閾値を超えたものと判断。緊急催眠措置を実行」
ゴーグルの隙間から色とりどりの光が漏れる。いまゴーグルは、人間を強制的に失神させる光パターンを出している。
ドサリと、妻が倒れた。
軍曹は自分のイヤホンも外して妻の耳に差し込んだ。
これで寝ている間に暗示をかけて、なんとか元に戻ってもらうしかない。
忘れてもらうしかない。
1年前、息子が事故で死んでしまったことを。
妻はその現実に耐えられず、心を病んでしまったことを。
精神科医に相談したら、医者は驚くべきことを提案してきた。
息子は生きているという幻想を、ゴーグルに作り出してもらえばよいのだと。
軍曹は「息子」を見つめた。ゴーグルを外している軍曹の目には、それが本当の息子でないことがわかる。
息子と同じ顔はしているが、体のあちこちにつなぎ目があり、明らかにロボットだ。
MOECHANの残骸を研究して作られた子供型ロボットだ。
これを買ってきて息子の役をやらせた。本物の人間との違いは、ゴーグルが消してくれる。
妻はすぐに、幻想を信じ込んで、精神の安定を取り戻した。
もう一生だまし続けるしかないと、覚悟を決めている。
愛する妻を守るために。
「現実から逃げるのは良くない? 怖くても自分の目で見る?
……それができない人間も、大勢いるんだよ」
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