第39話「終末・シェルター問答」

 (この小説は、32話「コスマッチの帰還」、37話「永久戦争惑星」の続編です) 


 その惑星は真っ白に凍り付いていた。

 たった20年前までは、青い海と緑がきらめいていたのだが。

 惑星を支配する二大国家、「連邦」と「帝国」が、全面核戦争を起こしてしまったのだ。

 核戦争が莫大な量の塵を巻き上げ、空を雲で覆いつくし、陽光を完全に遮っていた。

 この寒冷化と放射能により、あらゆる動植物が死に絶えていた。

 核シェルターに閉じこもった、わずか数万人の人間だけが例外だった。


 「連邦」の核シェルター、紫煙が立ち込める執務室で、大統領が科学者たちの報告を受けていた。

 大統領も科学者たちも年老い、疲労と焦りでこわばった表情だ。


「……地上の放射能が十分に弱まったのは分かった。素晴らしい。だが、寒冷化はまだ続くんだな?」

「はい。大気循環に関する私たちの研究が、足りなかったとしか言いようがありません。

 10年あれば『核の冬』は終わるはずだったのですが、20年たった今も回復の傾向が見えません。何十年かかるか……」

「原子炉だって永遠には動かん、食料と水のリサイクルにも限界がある、わかっているのだろうな? なんとかして出ていくことはできんのか?」

「まだ不可能です、赤道直下ですら海が凍結しているのですよ? いかなる農業も不可能な寒さですし、暖房用の燃料も確保できません」


 科学者たちは深々と頭を下げたが、大統領の怒りは収まらない。

 タバコの灰をぶちまけながら、科学者たちに灰皿を叩きつけた。


「そこをなんとかするのが、君たちの役目だろうが! なんのためにシェルターに入れてやったと思っている!」

 

 ちなみに、酸素が貴重であるシェルター内では、喫煙はむろん禁止。最高権力者である大統領だけが吸える。


 と、その時、ドアをノックして兵士が入ってきた。

 

「なんだね?」

「申し上げます、閣下。何者かが、衛星軌道上から電波信号で呼びかけてきたそうです」

「な、なんだとっ、『帝国』の奴らが! 奴らの衛星や宇宙ステーションはすべて潰したはずだろうが!」

「いいえ、『帝国』とは違うようです。

 観測圏外から猛スピードで接近してきて、一瞬で減速して、ピタリと軌道上に止まったんですよ。

 我々の宇宙船とは全く次元が違う、超高度な技術……異星人がやってきたのです。

 そして、その異星人が、話をしたいと」

「なんだと……」


 大統領は最初、茫然とした顔になったが、すぐに目に希望の光を宿し、拳をかたく握りしめた。


「……にわかには信じがたい話だが……核戦争にしたところで、実際に起こるまでは絵空事だったな。

 これは千載一遇のチャンスかもしれん!

 お前たちは下がれ、いますぐ回線をつないでくれ」


 執務室にある小型コンピュータに、動画回線がつながれた。

 コンピュータの画面に、白髪頭の異星人が現れた。

 大統領は驚いた。手足も二本ずつ、顔も、肌の色が違う程度で、自分たちとそっくりではないか。


「我 宇宙船ゼムラーニャ号 ミハイル・グリェーヴィチ航宙士なり。

 惑星チキュウ最後の生き残りにして 平和の伝道者なり。

 銀河を放浪し、戦争の残酷さを訴えたるものなり。」


 宇宙人は非常に古めかしい言葉で話し始めた。


「ベルゼデク連邦、大統領のガムリス・ランドルファです。実は、異星の方に救援をお願いしたいのです。我々は核戦争により、大変に苦しんで……」


「深く同情せり。

 我 この惑星に訪れたるは初めてに非ず。数世紀の昔、ひとたび訪れたり。

 汝らの言葉を使えるは それ故なり。

 かの時はわが願い 汝らに理解されず。

 ただ、神の声として理解され、新たな宗教派閥が創設されたのみ」


 なるほど、と大統領は納得した。

 古い言葉を使っているのは、数百年前の接触の時に覚えたせいか。 

 数百年前、『大地の神』の宗教が衰退し、まったく違う『星の神』の宗教が生まれたことは、大統領も知っている。

 あれは異星人が来たせいだったのか。当時の人々には異星人という概念が理解できなかったのだろう。


「我 かの時の伝道に意義なく、成果上がらず 甚だ遺憾なり。

 我 いま少し言葉を尽くせばと 悔いるものなり」

「いいえ、グリェーヴィチ航宙士。あなたのせいではありません。我々が愚かだったのです。

 我々は核戦争で同胞のほとんどを失い、母なる大地も凍り付き、絶望にあえいでいます。

 今度こそ、あなたの声に真剣に耳を傾け、もう二度と戦争など起こしません。

 ですから、私たちが新世界を築けるよう、助力を願いたいのです」


 画面の中の白髪の男、グリェーヴィチ航宙士は、深々とうなずいた。


「問題は把握せり。

 核爆発による惑星の寒冷化は解決可能なりと信ず。

 我は幾多の異星人と接触し、様々な科学技術を伝授されたり。

 惑星環境の改造を可能とす。

 完全な復旧には時間を要すが 居住可能な状態は生み出しうる」

「おお!」

「されど、確認したいことあり。

 汝らは真に変わり得たか。

 二度と過ちを犯さぬと誓いうるか」

「誓えますとも!」


 大統領は間髪入れず答えた。しかし、


「汝は絶滅戦争を招いた政治家なり。

 かくのごとき美辞麗句をそのまま信ずるには、我はあまりに様々なものを見すぎた。

 汝ら人類の、心の底を知りたいと欲す」


 グリェーヴィチ航宙士がそこまで言った瞬間、執務室にコンピュータ技術者が駆け込んできた。


「た、大変です、閣下。シェルターの全コンピュータネットワークが、何者かに乗っ取られました!」


「……なんだと?

 これは、もしや貴方が?」


「さようなり。汝ら全員と話したいが故」


 だから、グリェーヴィチの言葉は、シェルター内の放送施設を自由に流れた。

 壁や天井にあるスピーカーが、一斉にグリェーヴィチの言葉を放送した。

 シェルターに詰め込まれていた、すべての階層の人々が聞いた。


「聞くがよい

 連邦の国民よ。

 我が名はミハイル・グリェーヴィチ。

 はるか異星の民なり。

 全銀河の恒久平和を希求せる者なり。

 汝らの惑星は絶望的状況にあり、汝らがシェルターより出られる可能性は微塵もなし。

 汝らは穴蔵で死に絶えるのみ。

 されど 我は汝らを救いうる。

 救いを欲するか?

 ならば、問に答えよ。

 新たなる世界は、いかなる世界であるべきか?

 汝らはいかなる世界を築くか?

 通話端末を手に取り、答えよ」


 普段ならば、いきなり「異星人」などと呼ばれても半信半疑だったろう。


 だが、シェルター住人は。

 核戦争による文明崩壊を目の当たりにして、常識を粉砕され。

 シェルターに20年閉じ込められ、いつ出られるとも知れず。

 極限まで精神が張り詰めていた。


 だから反応は爆発的だった。

 みんな自分の仕事を放りだし、寝ていた者はベッドから跳ね起きた。

 そして、シェルターの各所に設置された通話装置の受話器をとった。


 まず、シェルターを維持してきた技術者たちが叫んだ。


「俺たちを優遇してくれ! このシェルターを作ったのは俺たちだ! 俺たちこそ最高の価値がある!」


 軍人たちが叫んだ。


「ちがう、俺たちこそ優遇されるべき! シェルターから出たあと、文明社会を一から創るには統率が必要! 俺たちの武力が無ければ弱肉強食の世界だ!」


 さらに医者たちが叫んだ。


「我々こそ優遇されるべき! 狭いシェルター内で伝染病が蔓延しないのは医者の力あってこそ!」


 全員は、拳を振り上げ、涙すら浮かべて、口々に言いつのった。

 みんな限界だったのだ。

 心がはちきれる寸前の不安と不満が、いっせいにほとばしったのだ。


 そのたくさんの叫びは、大統領執務室スピーカーで聞くことができた。


 大統領は青くなった。


「待て、やめろ、団結の心を忘れるな! 自分たちの部署を優遇するなど論外だ、冷静になれ!」

 だが耳を貸すものはいない。

 狭い廊下で押し合いへし合い、端末の受話器を奪い合って争っている。


「俺が! 俺が!」「私たちが!」


 回線がいったんプツンと切れ、かれらの見苦しい声は聞こえなくなった。

 グリィーヴィチ航宙士の、疲れと諦観に支配された声だけが、ひびいた。


「汝らの本性はかくのごとくか。

 これほどの戦禍を経ても、なお変わらぬ心。

 いくたび助けようと、そのたび戦争を引き起こすであろう。

 ただ、いま一人、おさな子の心を知りたし。

 おさな子よ。

 汝は、いかなる世界を望むか?」


 大統領は当惑した。シェルター住民の大多数は困惑した。

 おさな子? 子供だと? そんなものはいない。

 このシェルターの中は狭く、食料も酸素も限られている。解放される日まで、人口を増やすことは厳禁だ。

 だから避妊と中絶手術が徹底されている。


 だが、子供は確かに存在した。


 第3階層、医師居住ブロック。12号室。

 ほかの部屋と同じように三段ベッドがぎっしり押し込まれた部屋。

 そこにひっそりと匿われていた。

 ひとりの医者が、どうしても自分の腹の中の赤子を殺すことができず、書類をごまかして育てていたのだ。

 周囲の医者たちが協力し、軍も、大統領さえも子供の存在を知らなかった。


 その子供はいま、ベッドに腰かけ、痩せた身体を震わせていた。

 栄養失調気味の体。髪をざっくりと短く切られている。青白い顔にそばかすばかりが目だつ。

 9歳の男の子だ。


「汝は、いかなる世界を望むか?」


 自分の存在がばれたら殺される。そう言い聞かされ、部屋から出たことさえなかった子供。

 だが異星人はおそるべき科学力で、その存在を察知して、そして問いかけてきた。

 口をつぐみ、息を殺してきた、この自分の意見を求めたのだ。

 だから彼は、意を決してベッドから立ち上がり、生まれて初めて廊下に出た。


 廊下には医者たちが入り乱れて、端末の受話器を奪い合っていた。

 彼が姿をあらわすと、医者たちはみな凍り付いた。

 その隙に、受話器をもぎとり、言ったのだ。


「ぼくは、そらがみたいです。

 天井でさえぎられない、青い空。

 どこまでも広がる草原。 

 きらきら光る海と、たくさんの魚たち、鳥たち、けものたち……

 きれいで、こころおどるものたち。

 お母さんのお話の中でしか知らないものを、ただ、みたいです」


「おさな子よ。新世界の建設にふさわしき者は、ただ汝のみか。

 汝のみを生かし、他のものは死なすことで、清浄な新世界を築くものとする」


「それはだめ!」


 彼は間髪入れずに叫んだ。


「だって、おとなたちは、きれいなものをうしなったんだから。

 とてもかなしくてつらい思いをしたんだから。

 だから、けんかしちゃうのは、しかたないよ。

 おとなたちがわるいんじゃないよ。

 おとなたちにも、おかあさんたちにも、見せてあげたい。

 もういちど、そらを、うみを……」


 医者たちは、凍り付いたまま頭を垂れている。

 技術者も軍人も大統領も、おなじく言葉を失っていた。

 おのれを恥じて。


「何ら与えられず育ち、どれほど世界を憎んでも足りないはずの汝が、かくも無欲か。

 いま一度だけ、汝らの善良さを信ずる」


 宇宙船ゼムラーニャ号は、彗星のような氷天体をたくさん牽引してきて、通常の天体衝突よりもずっと速い速度で叩きつけた。

 彗星は大気圏突入の衝撃に耐えられず爆発四散し、その爆風と熱風で塵の雲を焼き尽くし、吹き飛ばした。

 爆風は塵の雲だけを吹き飛ばし、地面には及ばなかった。正確に計算されていたのだ。

 何度も、何度も……彗星爆撃を100回ほど繰り返すと、あれほど分厚かった塵の雲はもう残っていなかった。

 20年ぶりの陽光が、凍てついた大地を照らし、溶かしていく。

 しかも、氷天体は水だけでなく、メタンや二酸化炭素も含む天体だった。

 大量の温暖化ガスが大気に混ざり、惑星の気温をぐんぐん上昇させていく。


 二年ほどで、大地を覆っていた雪は解け、褐色のぬかるんだ沼が広がった。

 草一本ない土地だ。だが、シェルターには大量の種子が保管されている。いまから、ここは肥沃な農地になるのだ。


「お母さん! 早く! 早く!」


 シェルターから地上につながる階段を、あの子供は息せき切って駆け上がっていく。

 彼女の親がそれに続く。軍人たちもいるが、もちろん子供を追い越すことはない。

 あの子供はいまや人類を救った英雄だ。地上一番乗りの権利が、あるに決まっているのだ。


 シェルターの扉が開き、冷たいが清涼な空気がなだれ込んでくる。

 その風を全身で浴びながら、「わああっ!」と叫んで、子供が扉の向こうに飛び出す。


 ……そして、胸を押さえて、倒れこんだ。

 べちゃりと、泥まみれになった。


「あ……あ……あれ……いきが……いきがくるしい……あたまが……めまいが……」

 

 動悸、息切れ、頭痛、四肢の痙攣。謎の体調不良がいっぺんに襲いかかってきた。


「なんで……?」


 子供は、あれほど見たかった、青い空、まぶしい陽光の下で、もだえ苦しむ。


「し、しっかりして!」「何が起こっているの!?」


 母親も、ほかの医者たちも、手のほどこしようがない。


 すうっ、と、空から飛行物体が舞い降りてきた。

 白い輝く翼をもつ宇宙船、ゼムラーニャ号だ。

 ゼムラーニャ号から拡声器の声が放たれた。


「おそらく、おさな子は広きところでは生きられぬ。

 生涯のすべてをシェルター内で過ごし、心も体も狭き場所に適応せる故」


「じゃあ、中に戻せば!」


 医者たちが、子供を担いで、ふたたびシェルターに戻ろうとする。


「……やめて!

 もどりたくない。シェルターの中は暗くて、狭くて、かび臭くて……

 みんながぎゅうぎゅうで……

 そとは、きれいだよ。

 おかあさんからきいたはなしより、あたまのなかでかんがえていたより、ずっときれいだよ。

 だからぼくは、くるしくても、ここで、

 そらを、」


 そこまで言って、子供の体が動かなくなった。

 ハッとなった大人たちが、蘇生を試みる。

 だが、その小さな心臓がふたたび動くことはなかった。 


「……きさま! 宇宙人! わかっていたな! こういうことになると、わかっていたんだな!」

 

 母親は怒りの声すら上げられない。代わりにほかの医者が、ゼムラーニャ号に怒鳴った。


「十分にあり得ると考えたり」

「だったらなぜ教えてくれなかった! あんたの科学力なら治療することもできたはずだ! なぜだ!」

「汝らに告ぐ。世界を見渡し、己が為すべきことは何か、考えよ。

 おさな子のために、為すべきことは」

「そりゃあ、俺たちのやることは……この子が、命と引き換えにしても見たかった、空を、大地を……よみがえらせて、もう汚したくないと……

 ……きさま! わざとだな! 俺たちに罪悪感を植え付けるために、わざと見殺しにしたな!

 馬鹿にしやがって……!! おれたちの命を何だと思っているんだ……!」

「我は神に非ず。悪辣な手段も用いる。

 世界を滅ぼしてなお、変わらぬ汝らを変えるには、いかにすればよいか。

 顔も知らぬ十億人よりも、よく知る一人が死ぬるほうが辛きもの。  

 ただ一人の、私心をもたない清き幼子。それも、自分たちを救いし存在を、死なせにけり。

 さればこそ、汝らは悔いると確信せり」


 医者たちは一斉に怒号をあげた。

 医者のあとでやってきた軍人たちも、技術者たちも、恨みのこもった眼でゼムラーニャ号を見上げる。 

 ゼムラーニャ号は、一言の言い訳も発さず、すうっと上昇し……点になって消えた。


 ミハイル・グリェーヴィチは、疲れ切った表情でコクピットに座り、小さくなっていく惑星を見つめていた。

 ただ凝視していた。

 また数百年後に訪れた時、美しい平和な星になっていることを願いながら。

 

 感謝されたいわけではない。憎まれてもかまわない。

 

 老いたミハイルの、額に刻まれたシワが、また一段と深くなった。

     

 

 

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