第38話「無限エネルギー発生装置・マガタマ1号」

 トンデモ科学者として有名な博士が、こう発表した。


「ついに無限エネルギー発生装置が完成した! 公開実験を行うので、見にきたまえ!」


 オカルト雑誌のライターである私は、期待しないで見に行った。


「なんだ、君だけかね!? 世紀の大発見なのだぞ、なぜテレビ局は来ない?」


 研究室で、博士はひどくガッカリした様子だった。


「あたりまえでしょう。だって博士の主張というのはオカルトそのものですよ。『超古代文明』『無限エネルギー』でしょう?」

「その通りだ。かつて数万年前の日本には、現在以上の超文明が栄えていた。その文明は、『石油もガスもいらない、無限のエネルギー』を実現していた。

 私はついに、その発生装置を再現成功したのだ。この装置こそ、超古代文明が実在した証拠!」


 そう叫んで、博士はバッと布を剥いだ。

 布の下から出てきた『装置』は……直径1メートルほどの、勾玉のような形をした車輪。多数の電子回路がぎっしりと組み合わさっている。


「無限エネルギー発生装置『マガタマ1号』である! スイッチオン!」


 叫んでスイッチを入れると、勾玉型の車輪は回転を始めた。

 ガタガタと震えながら、どんどん回転を勢いを増していく。

 みるみるうちに、目で追えないほどの高速回転になる。


 私はもちろん、無限エネルギー発生装置なんてものは信じていない。オカルトは飯の種で書いてるだけだ。


「どこかにトリックがあるんですよね? 太陽電池とか」

「室内の蛍光灯の明かりだけで、こんな大きな車輪が動くと思うかね?」

「じゃあ、床に電線が隠してあるとか」

「装置と床はつながっていない」

 

 確かに、マガタマ1号とやらは台車の上に載っている。台車の下をのぞき込んでみたが、電線はない。


「じゃあ装置の中にバッテリーが……」

「中を見せてやろう」


 博士はマガタマ1号のスイッチを切り、ドライバーを持ってきて解体を始めた。

 床の上に、たくさんの電子基板とケーブルが並ぶ。

 だがバッテリーらしきものが全くない。

 私は基盤を手に取って、何度も裏返して調べた。すみずみまで調べまくった。

 だが本当に見当たらない。


「これ……まさか本物ですか……?」

「本物だとも!」

「し、しかし、無限エネルギーなんて、そんなの物理法則に反しますよ……」


 『閉じた系で、エネルギーの総量は不変』。エネルギー保存の法則だ。

 だから、石油やウランのもつエネルギーを引き出すことはできても、何もないところからエネルギーを生み出すことはできない。


「原理はまだ不明だ。だが、現にマガタマ1号は動いているのだ。観測された事実を認めるべきではないかね?」


 私は返す言葉を失い、オカルト雑誌にマガタマ1号の記事を書いた。

 もちろん最初、まともな科学界からは相手にされなかった。

 だが博士が、根気よく世の中に訴え続けた。

 私の記事だけではだめだと悟ったのか、論文を書き、ネットに動画を頻繁にアップロードした。


「この装置は間違いなく本物! 一片のインチキもない。

 ごらんのとおり、中にバッテリーもエンジンもない。

 この動画をみてもまだ信用ならんのというのなら、装置のレプリカを貸し出す。

 好きなだけ中を調べてくれ」

 

 俺がトリックを暴いてやる、と言われるたびに、博士はその人に装置のレプリカを送り付けた。

 そして……手品師も、SF作家も、ニセ科学批判で有名な科学者も……

 誰一人、トリックを見つけることができなかった。


 少しずつ、「この装置は本物」という評価が広まっていき、ついに1年後、高名な科学専門誌がお墨付きを出した。

 インチキ科学者から、大天才へ。博士の評価は一変した。

 いまや博士は、日本を代表する偉人として、雑誌でもテレビでも引っ張りだこだ。


「それなのに博士、なんで怒ってらっしゃるんですか?」

「決まっておる! 奴らが、この装置の危険性をわかっておらんからだ!

 いいかね。私の目的は、あくまで超古代文明の研究なんだ。

 超古代文明はどんな文明だったのか。そして……なぜ滅びたのか。

 それを解明するのが目的なのだ。

 それなのに日本政府の奴らは、まるでわかろうとしない……装置ばかりに注目して、目をギラギラさせている。

 私の意見を無視して、この装置を発電に使う気だ!」

「それはまあ、仕方ないのでは? 日本は資源に乏しい。無限のエネルギーなんて、喉から手が出るほど欲しいでしょう」

「超古代文明は滅んだのだぞ!? なぜ滅んだのか、無限エネルギーこそ滅びの原因かもしれん、その危険性をまったく考慮もせずに……!」


 博士の怒りは無視され、マガタマ1号を巨大化した発電所が稼働を開始した。

 小山のように大きなドームの中で、100メートルもあるマガタマが回転する。出力150万キロワットで原発並みだという。

 大々的な祝賀式典とともに、巨大マガタマは動き出し……順調に電力を生み出し続けた。


 博士と私は、その発電所の立つ街を訪れていた。

 この装置の危険性を明らかにして、稼働を止めるために。


 だが、いくら調べても危険性が出てこない。

 街の真ん中に立つ純白の巨大ドームは、排ガスも放射能も出さず、ただ莫大なエネルギーを生み出し、この町にカネを落とし続けている。

 道路も建物も真新しく、道行く人々の表情は明るい。


「博士、すごくうまく行ってるようですよ。公害とか何もありません。取り越し苦労では?」

「いいや、必ず何らかの問題点は出ているはずなのだ」


 交番の前の「交通事故発生件数」のボードを見て、私は答えた。


「事故の件数もゼロ。市役所で聞いた話だと、この町は貧困も、犯罪も、極端に少ない理想の街だそうです」

「うむ、学校に行った時も、教師が言っていたな。不良になる生徒も、落ちこぼれる生徒もいないと……」

「あえて言うなら、すごく成績のいい生徒もいなくて、平均的な生徒ばかりでしたね。でも、落ちこぼれるよりは……」

「そ、そうか……!!」


 博士が大声を上げた。


「そうだ。落ちこぼれも天才もいない。平均的な生徒ばかり……! それこそがカギだ。なんでこんなことに気づかなかったのだろう!」

「博士、どういうことですか?」


 博士は奇妙な作業を始めた。

 メモ帳を切って、数字を書き込む。セロテープで張り合わせ、サイコロを作る。

 数は三つ。

 三つのサイコロを投げた。

 3、3、4。合計10。

 次は4、2、5。合計11。

 何度も繰り返したが、だいたい10前後の数字が出るようだ。

 サイコロの次は、財布から数枚投げて放り投げた。

 6枚投げて、半分が表、半分が裏。


「や、やはりだ……!!」

「なにか変ですか?」

「サイコロには期待値というものがある。どのくらいの目が出るか、という平均値みたいなものだ。サイコロ1個では3.5。サイコロ3つでは10.5だ。期待値通りの数字が出ている。

 コイン投げも、ちょうど確率通りだ。まったく偏りがない」

「じゃあ、おかしくないですね?」

「おかしいとも!

 いいかね、平均は平均でしかないんだ。平均から外れた数字だって少しは出るはずなのだ。それなのに平均通りの数字しか出ない……

 学校の落ちこぼれも、犯罪者も出ない、街の人々はみんな平均的……!

 なんと恐ろしいことだ。

 この装置のエネルギー源が分かった気がする。

 エネルギー保存の法則には抜け道があると知っているかね?」

「し、知りません」

「『閉じた系では』エネルギーの総量は不変である。

 つまり、ほかの世界からエネルギーを持ってくることができれば、この世界は閉じた系ではなくなるので、エネルギー保存の法則を無視できる。

 この装置は、まさに異世界からエネルギーを持ってくるものなのだろう。

 ……パラレルワールド。可能性世界。世界線。どういう言い方をしてもいいが」


 私は当惑しながら質問した。 


「パラレルワールドってあれでしょう? 日本が太平洋戦争をやった時に、アメリカに負けた世界、勝った世界に、歴史の流れが二つに枝分かれする。みたいなものでしょう?

 それとサイコロがなんの関係あるんですか?」

「太平洋戦争などという大きな出来事でなくても、世界の枝別れが起こっているのだ。

 サイコロを投げた時、1が出る世界、2が出る世界、3が出る世界……

 学校に通ったとき、落ちこぼれる世界、そうでない世界……

 おそらく、この学校の生徒はみんなサラリーマンになるぞ。歌手になるとか小説家になる奴などいないぞ。

 そういう道を選ぶ可能性は低いからだ。

 この装置は、おそらく、細かく枝分かれしたパラレルワールドの端っこの、可能性が低い枝からエネルギーを吸い上げている。

 そして、エネルギーを吸い尽くされた枝は枯れているのだ。

 だから、サイコロの目は偏らない。町の人々はみんな平均的」

「そ、そんな馬鹿な!! パラレルワールドがまるごと消えたら、影響は全世界に及ぶはずです! 

 この町一つじゃなくて、地球上のどこでも同じことが起こってるはず。

 どうしてこの町だけなんですか? おかしいじゃないですか?」

「それは確かにおかしいな。

 あるいは、サイコロを振った時に発生する、枝分かれの世界というのは……宇宙全体の大きさをもつものではなく、そのサイコロだけの小さな世界なのかもしれん。

 物体も人間も、それぞれ小さな世界を身にまとっていて、その小さな世界が枝分かれする。その枝が何万、何億と絡まった姿こそ、我々の見ている世界なのだ。

 つまり!

 無限エネルギー発生装置は、物体や人間の持つ『可能性』をエネルギーに変換しているのだよ!

 このままではパラレルワールドは真ん中に幹一本だけ残して枝はみんな枯れる。みんな決まりきった平均的人間になる。意外なことは何一つ起こらない」


 私は絶句した。博士の言うことが本当ならば……

 このまま、無限エネルギー発生装置が量産されて、日本中、世界中で発電がおこなわれたら??

 人間の自由、個性は、みんな消えてしまう。

 それは……「滅び」そのものではないか?


 私は、博士から聞いた推測を記事に書いたが、評判はいまいちだった。

 それで何が悪いの? という意見のほうが多い。

 しばらくすると博士に呼び出された。

 

 博士は絶望の表情でうつむき、うめくように言った。


「首相にも訴えたのだ。だが危機感がない。可能性が失われて何が悪いのかと……

 抜群の才能が生まれない代わりに、犯罪者や落ちこぼれも生まれない。だからメリットのほうが大きいというのだ」

「私も同じ反応なのです。やはり、今の世界は滅んでしまうのですか。超古代文明と同じように……」

「まだあきらめてはおらん。もっと超古代文明について研究を深める。きっと何かヒントがあるはずだ……」


 それ以来ずっと、博士からの連絡は途絶えた。


 無限エネルギー式の発電所は、なんのトラブルも起こすことなく動き続けた。

 日本で、ほかの国で、同じ方式の発電所が次々に作られていった。

 発電所の数が増えるにしたがって、犯罪が減っていき、極端に優秀な人間も、落ちこぼれも減っていき、あらゆる人間の人生は平凡に、平均的になっていき……

 すべて、博士が言った通りのことが起こっていた。

 

 何年もたって、やっと博士から呼ばれたとき、博士の暗い表情は一変していた。

 笑顔で、新しい発明品を見せてくれた。


 テレビに似た機械。

 そこには、大地震が発生して滅茶苦茶になる日本が映し出されていた。

 おかしい。無限エネルギー発生装置が作動すれば、大地震などという「平均から外れた出来事」は起こらないはずだ。

 

「見たまえ」

「え、これは……?」

「悲惨な光景だけではない、こんなものも見せられる」


 博士が、テレビに似た装置のスイッチを切り替える。

 若者が巨大なステージの上で歌い踊り、何万という群衆から声援を浴びている姿が出てきた。

 おかしい。いま、こんな若者のミュージシャンなどいない。可能性の低い出来事は起こらなくなったので、誰もが平凡な人生を送るようになり、ミュージシャンを目指す若者はいないのだ。


 またスイッチを切り替えると、サイコロが6つ、まとめて6を出してる映像が出てきた。


「これは……博士、こんなこと、起こらなくなるはずでは? 並行世界が消えたんですよね?」

「私は大きな勘違いをしていたのだ。

 無限エネルギー発生装置は、パラレルワールドをまるごと消してエネルギーに変える機械ではなかった。

 よく考えて見れば、『世界』がもつエネルギーは膨大なもの。発電所程度で使い切れるわけがなかった。

 枝分かれた並行世界の中を横移動するエネルギーを奪っているだけだったのだ。

 レールの分岐をガチャンと切り替えるエネルギー、とでも言えばよいかね?

 パラレルワールドは消えることなく存在している。

 大地震が起こる世界も、若者が落ちこぼれる世界も、成り上がる世界も、サイコロが全部6になる世界も……

 ただ、そこに行けないだけなのだ。

 私は、到達できないパラレルワールドを映し出す装置を開発した。

 行くことができないなら、せめて見せることで、可能性を提供したい。人々の心の慰めになるだろう」


 博士の発明は、今回も熱烈に受け入れられた。

 パラレルワールドを見るテレビは、世界中で普及し、多くの人々がそれに夢中になった。

 自分が、もし違う人生を選んでいたら、という光景を、誰もが見ている。


「安全な人生を送りながら、エキサイティングな別の人生を見ることができる!」

「最高だね! 博士はすごい!」


私には、その光景こそ、滅びに向かう姿にしか見えなかった……

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