第37話「永久戦争惑星」
(この作品は「第32話 コスマッチの帰還」の続編です)
宇宙船「ゼムラーニャ(地球人)」号は、大きな翼をきらめかせ、恒星間の宇宙を疾駆していた。
コクピットには白髪頭の男が座っている。
ミハイル・グレーヴィチ航宙士。最後の地球人。
戦争で滅びた地球人の愚かさを、星々に伝道するために旅をしている。
すでに百ほどの星をめぐって平和を説いてきたが、手ごたえは非常に悪い。
「はあ……次の星はどうかな」
電波反応のある惑星に接近する。
惑星全土で大戦争の真っ最中だった。
戦闘機、爆撃機、戦車部隊、歩兵部隊。
あらゆる陸地と海に軍隊が満ち溢れて、死闘を演じていた。
あわてて呼びかけた。
「こちら、ソル恒星系、惑星地球の代表者。宇宙船ゼムラーニャ号」
応答はすぐにあった。この惑星の代表者が会ってくれるという。
代表者は、全身が真っ白いロボットと、真っ赤なロボットだった。
「私が白軍の司令官です」「私が赤軍の司令官です。惑星チキュウの方、はるばるようこそ」
「軍の司令官なら、話は早い。いますぐ戦争をやめてください。私は戦争の悲惨さを……」
ミハイルが訴える。
地球人が何千年も悲惨な戦争を続けてきたこと。
やっと戦争のない社会を築いたが、それも長くはもたず、相転移爆弾という兵器によって太陽系ごと滅んでしまったこと。
みなさんには、そんな目にあってほしくないから戦争をやめてくれ。
2体のロボットは、ミハイルのいうことを黙って聞いていた。
だが、話し終えると、こう答えた。
「戦争をやめることはできません。我々にとって戦争こそが存在理由だからです」
「昔は、我々の星にも有機生命体がいて、チキュウと同じような文明を築いていたのですが……滅んでしまいました」
「我々は、その有機生命体が残した兵器なのです」
「創造主は、『戦え、戦い続けろ』そう言い残して滅んでいきました」
「だから我々は、ずっと戦い続けているのです。それが我々の本能であり、幸せなのです」
ミハイルが言葉を失っていると、赤軍のロボットは白軍のロボットに向き直り、こう言った。
「ところで、アレン海峡の制海権が白軍に奪われてしまいましたね。これはよくない」
「そうですね、白軍艦隊は撤退します。これで勢力が均衡するはずです」
「みなさんは手加減して戦っているんですか?」
「もちろんですよ、チキュウの方。決着がついてしまっては、もう戦えないじゃありませんか。だから互角の戦況になるよう調整しています。
わかったでしょう。我々は資源が欲しいわけでも、領土が欲しいわけでもない。まして、どこかの民族や宗教が憎いという考えもない。
果てしなく戦争を続けること自体が望みなのです。我々の生きる意味を奪おうというのですか?」
「し、しかし、みなさんは戦争というものの一面しか知らないんですよ。戦争で喜んで死んでいく者は一部の軍人だけで、大多数の国民は……本当の戦争というものは……」
「我々は何万年も戦争をやっています。チキュウよりも長く。我々ほど戦争に詳しいものはいないはずです」
ミハイルは説得をあきらめ、その惑星を去るしかなかった。
次に訪れた星でも戦争が行われていた。
今回も必死に説得した。
「チキュウの方。おっしゃる通りだ」
真っ黒いイソギンチャクのような異星人が、たくさんの触手を渦巻き状に動かしながら言った。この動作は激しい悲しみの表現である。
この異星人は、惑星の宗教指導者だという。
「いますぐ、全勢力に停戦を呼びかけましょう」
「おお!!」
ミハイルは歓喜の声を上げた。こんなふうにうまくいくことは十に一つもない。
「はるか遠く、銀河のかなたから来てくれた方の、ありがたい言葉だ。無駄にはしません。
まあ、宇宙からくる方にも、いろいろおりますが。
この間は、何万年も戦争しているというロボットたちが来ました」
「え? 彼らも来たのですか? いったい何のために?」
「『お前たちは本当の戦争を知らない』と言われて気になったので、ほかの星の戦争を研究しに来たと」
「そうなると私の影響ですね。少しは戦争の悲惨さに気づいてくれればよいのですが……」
「逆効果だったようですよ。ロボットたちはこんなことを言っていました。
『なるほど、ほかの星の戦争とは実に悲惨なものだ。この悲惨さこそ、我々の戦争に足りないものだった。
戦争を恐れて、泣きながら、むごたらしく殺されていく民衆たち。
これがあってこそ本当の戦争になるのかもしれない。
犠牲者を創り出そう』」
一転してミハイルは真っ蒼になった。
「な、なんですって……!?」
なんというバカげたことを。
止めなければ!!
ゼムラーニャ号に飛び乗り、出せる限りの速度で、ロボットたちの惑星に向かう。
しかし、間に合わないのではないか、という絶望があった。
ロボットたちは、母星に電波で報告を送っただろう。
ゼムラーニャ号は、光に近い速度は出せても、光を追い越すことは決してできないのだ。
焦りにあえぎながら、ロボットたちの惑星にたどり着いた。
惑星に接近し、表面を観察する。
前回と同じように、ものすごい数の歩兵部隊が、戦車や航空部隊が、激戦を繰り広げている。
前回と違うのは、あまりに一方的であること。
強大な部隊が、わずかな生き残りを包囲して、徹底的に痛めつけていた。
最初から犠牲者として作られた生き物相手なら、『手加減』は無用ということか。
「……やっぱり遅かったか……。
いや、何かがおかしい」
包囲されて全滅しそうになっているのは、赤い体や白い体の、ロボット軍だ。
そして、かれらを追い詰めているのは。
ブヨブヨと膨れ上がった、ピンク色で、たくさんの手足がある、不気味な生き物……バイオテクノロジーで作り出された人工生物だろうか。
たくさんの手で銃を撃ちまくり、戦車や戦闘機を器用に乗りこなしている。
「『犠牲者種族』が、逆襲している?」
そう思ったとき、眼下の惑星から通信が送られてきた。
勝っている方の、ピンク色の生き物からの通信だ。
「やあ、あなたはもしや、ゼムラーニャ号のミハイル航宙士ですか?」
「そ、そうです」
「はるばるご苦労さまです。なんのご用ですか?」
「みなさんを助けるために来たんです。戦争で殺されるための『犠牲者種族』をつくるというから……」
「ありがとうございます。しかし、それならもう大丈夫です。見ての通り、勝っていますので。もうすぐ奴らを全滅させられます」
「なぜ、こんなに圧勝できるんでしょうか。みなさんのほうが数が少ないですよね」
「気迫の差ではないでしょうか? ロボットたちは何万年も手加減ばかりして、『負けたら皆殺しにされる』という戦争を経験していないから……」
ピンク色の生物との通信を切ったとたん、ロボット軍からの通信が入った。
「ゼムラーニャ号! ミハイル航宙士! 助けてください! いますぐ、攻撃をやめるよう言ってください! 戦争を銀河からなくすために活動しているんですよね!? 平和の伝道者ですよね?」
ミハイルは口ごもった。
惑星中のロボット軍部隊から、たくさんの通信が、悲鳴が飛んでくる。
「助けてください!」「全滅する!」「降伏しても破壊される!」
「全滅したら……戦争が続行できない!」「我々の存在目的が実行できない!」
「たすけて……たすけて……!」
とても機械とは思えない、悲痛な叫び。
生まれてきた意味も、かなえたい望みも、すべて圧倒的な暴力で踏みつぶされ、誰も助けてくれない姿は。
ミハイルが今まで見てきた「戦争の犠牲者」そのものだった。
「たすけて……たすけて……たすけて……」
ミハイルはゼムラーニャ号のコクピットで黙り込み、苦虫を嚙み潰したような表情で。
殺到する悲鳴を、すべて聞き流した。
やがて、ピンク色でブヨブヨした『犠牲者種族』たちは、ロボットたちを一体残らず滅ぼしつくした。
滅茶苦茶に破壊されたロボットたちは、大きな穴に乱雑に放り込まれていった。
戦いがすべて終わったあと、ピンク色の生物たちがミハイルにたずねてきた。
「なぜ、我々を止めなかったのですか? 我々のやったのも『戦争』ですよね? 平和に共存しろと言わなかったのは、なぜですか?」
少し黙った後、ミハイルは答えた。
「あなた方は、戦争の悲惨さをよく知っていますよね。もう戦争はしませんよね。そう思ったからです」
「ええ、もちろんですとも。あのロボットたちとは違う平和な惑星を築いてみます」
……信じたい。彼らだけはきっと。
苦々しい表情のまま、ミハイルはそう思った。
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