第36話「役立たず」
地下深くのシェルターに、「方舟委員会」のメンバーが集まっていた。
はるか遠くで、どぉん、と、重苦しい音がして、シェルターの天井が震える。
「やはり始まったか、全面核戦争」
方舟委員会の『政治家』がうめいた。
「やはり、生き残れるのは、我々の方法だけなのか? 政府のシェルターは……」
『ベテラン俳優』が問う。
「不可能です。シェルターで耐えられるのは50年程度。我々の試算では、地球環境の回復まで1000年は要します。人工冬眠が必要です」
『科学者』が断言した。
この方舟委員会は、世界で唯一、人工冬眠装置を開発成功し、核戦争にそなえていた。
もし核戦争が勃発した場合、放射能が低下するまで、何百年でも何千年でも眠り続ける計画だ。
世間からは、核戦争などあるわけがない、変人の妄想だと笑われることが多かった。
だが、結果として、変人の妄想こそが事実だったのだ。
方舟委員会は、政治家や芸能人たちを中心に40人。
たったこれだけの人数が、いまや人類の命運を担っている。
「ところで、『医者』の姿がないようだが……」
委員会のメンバーがそこまで喋った時、ドアが開いて、会議室に2人の人間が入ってきた。
一人は中年の女性で、『医者』。核戦争後の世界でも、もちろん医者は非常に重要だ。
だが、もう一人は、いかにもボケっとした顔立ちで、毛玉だらけのジャージを着た、小太りの若者。
「あの、やはりうちの子も、冬眠させてください」
医者の女性が頭を下げる。
委員会のメンバーたちが一斉に激怒した。
「またその話か! まだ追い出してなかったのか、そのガキを!」
「ひきこもりなんぞに使わせるわけないだろう、貴重な冬眠装置を」
「我々はエリートの集まりだぞ! 核戦争後の新世界で人類社会を再建する、そのために優れた才能や技術の持ち主だけが集められている」
「ひきこもりのガキが何の役に立つって言うのだ!」
全員に責められ、ひきこもりだという青年は顔を伏せて震えている。
その時、「俳優」が叫んだ。
「役に立つかもしれんぞ!」
「なんですって?」
「世間の大部分は、核戦争などありえないと考えていた。だが現に起こった。核戦争後の世界でも、想像もつかないことが起こるにちがいない。何が起こるかどうかわからないなら、さまざまな人間を集めておくにこしたことはない。いっけん役に立たないように見えても」
「しかし……!」
「私たちは年配の者が多い。子孫を残すことを考えても、若者は必要では?」
「ふん……! 私は、役に立たないほうに賭けるがね」
こうして、ひきこもりの若者にも人工冬眠装置が与えられることになった。
かれらは眠った。
地球の環境が回復するまで、長い、静かな、心音も呼吸もない眠り。
1000年が経った。
方舟委員会のメンバーたちは、いま大きな檻の中にいる。
彼らは演劇をやっていた。
ベストセラー作家が脚本を書き、ベテランの俳優が演技、人気歌手が歌で盛り上げる。
学者や政治家たちも、ベテラン俳優がさんざん演技を叩き込んだので、なかなか見られる演技になったはずだ。
それなのに……
檻のまんなかで、両腕をひろげて抱き合う、男優と女優。
ラストシーンだ。
歌声が高らかに感情を盛り上げる。
だが……
檻の外には、たった五、六人程度の人影。
金属の体を光らせた、ロボットたち。
1000年の眠りの間、地球はロボットたちが独自の文明を築いていたのだ。
方舟委員会の面々は、動物園に入り、見世物になることで、なんとか生きていた。
「反応はさっぱりだね」
「今回の芝居には自信があったのだが……」
男優と女優はため息をつく。
「歌ダメ、芝居ダメ、スポーツダメ……何をすれば受けるのかねえ」
「それにひきかえ、あっちは」
向かい側にも小さな檻があり、ぎっしりとロボットたちの人だかり。
檻の中には、例のひきこもり青年が、寝っ転がってお菓子を食べたり、ぐうたらな生活を送っている。
それだけで、いちばんの人気動物だ。
彼がたくさんの客を連れてくるおかげで、不人気な動物……ほかの人間も、おこぼれにあずかっている。
「なんで、あんなのが人気なんでしょうね?」
「ロボットって、もともと工場とか戦争とか、仕事のために造られたわけだろ? だから、何か仕事をしなければいけないという本能が、まだ残ってるんじゃないかな」
自分たちとそっくりだが、「なにもしないでだらける」という、ロボットにはできないことをやる不思議な生き物。
ロボットたちは、人間のひきこもりに、夢中だった。
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