第46話「幼女機兵・もえちゃん6歳」
(残虐描写があります。ご注意ください)
(日本が戦争に負ける話です。ご注意ください)
西暦2045年。C共和国と日本国の対立は、修復不能なまでに悪化。有名無実化した日米同盟をあざ笑うかのように、C軍は電撃的にO島方面を襲撃。大方の予想通り、米国は動かず。C海軍と海上自衛隊による空母決戦が行われた。結果は、自衛隊側がすべての空母を失う大敗となり、C軍はO島を制圧。かれらの手が日本本土を蹂躙するのも、そう遠い日のことではないだろう……
☆
O島。土嚢と鉄条網で作られた、海岸を見下ろす陣地。とある歩兵部隊。
「まったく大したことなかったな、日本なんて! 張子の虎とは、このこと!」
重機関銃をポンポンと叩きながら、四級軍士長(軍曹に相当)が大笑いした。
「このまま東京まで突っ走っちゃえば良いのに、上の奴らは何をビビってるんですかね!?」
列兵(二等兵に相当)が大きくうなずいた。
「何も、ビビっているわけではないさ」
携帯端末で地図情報を見ていた隊長が、諭すように言った。
「補給に苦しんでいるのさ。日本人の潜水艦がうちらの貨物船をどんどん沈めてるからだ。連中の潜水艦は静粛性が高く、貨物船狩り……通商破壊をやるには向いてる。本土攻撃には現在の3倍以上の戦力が必要。それだけの大部隊に十分な補給ができない。いまのO島を維持するのもギリギリだ」
「奴らの潜水艦を全滅させるまで、攻撃できないってことですか?」
「そういうことになるな。心配するな、向こうはもっと苦しいはず。持久戦になれば、資源のない日本人に、勝ち目があるわけないのさ」
そのとき列兵が、
「……あれはなんですか!?」
他の者も気づいた。
白く美しい海岸に、何か小さな黒っぽいものが現れたのだ。人影。一つではない。何百、何千……。
「敵の上陸!? 海軍と空軍は何やってたんだよ!? 揚陸艦に気づかなかったのかよ!?」
四級軍士長は叫んだが、隊長が訂正する。
「違う、あれは船や飛行機で来たんじゃない。歩いてきたんだ、海の底を……」
「『機兵』だって言うんですか!?」
機兵。高度な人工知能を搭載した、ロボット兵士のことである。わが国ですら開発成功していないのに、日本が……!?
驚く間もなく、上陸してきた何者かは、猛然と駆け出し始めた。内陸部に向かって。こちらに向かって。
速い! オートバイ並みだ、人間の脚力ではない。
「撃て、撃て!」
四級軍士長は重機関銃を撃った。他の陣地も撃った。銃弾の嵐が敵の群れに飛んでいく。
だが当たらない。突撃してくる奴らの、頭の上を通り過ぎてしまう。
「何故だ!?」
すでに重機関銃の間合いではなくなった。四級軍士長も列兵も隊長も、みな小銃に切り替えた。
スコープを覗き込んだ瞬間。
「……撃てない!」「おい何だこれは!」「撃てねえよ!」
なぜなら。
走ってくる機兵は、みな幼い子供の姿だった。
迷彩服とヘルメットに身を包み、小銃を持っているが、短く、ちょこんと生えている手足、大きな頭に、くりくりとした大きな目、鼻……
どう見ても小学生、それも低学年の女の子だ。
重機関銃が当たらなかった理由もわかった。敵が小さすぎて、距離の目測を誤ったのだ。
そんなことを考えている場合ではない、撃たなければいけない。わかっている。
だが、撃てない……
奴らは遠慮しなかった。走りながらも撃ってくる。
正確に、こちらの陣地を火線がとらえた。列兵が悲鳴一つ上げずに、頭を撃ち抜かれた。
「くそおお! ちくしょおおお!」
四級軍士長は吼えた。だが、どうしても引き金を引けない。
奴らは、凄まじい速度で駆け寄ってきながら、何かを投擲してくる。
グレネードだ、と気づいた四級軍士長と隊長は、とっさに伏せた。
すっとんできたグレネードが炸裂し、轟音と破片が陣地じゅうに満ち溢れた。
「……!」
四級軍士長は伏せたおかげで、破片が少し背中に食い込んだだけで済んだ。
グレネードの硝煙が薄らいだ時、陣地の中に、子供機兵の姿があった。
白兵戦で決着をつけるために飛び込んできたのだ。
手探りで小銃を拾い、向ける。子供機兵が襲い掛かってくる動きのほうが早い!
ダメか?
絶望した瞬間、子供機兵が吹き飛ばされた。陣地の壁に叩きつけられる。
隊長が至近距離から撃ったのだ。
「はっ、ハハハハ! 子供の姿なんて! くだらない小細工だ! 俺たちがそんな手に……アハハハハーッ!」
顔面をゆがめて笑いながら、隊長は撃ち続ける。
機兵といえども、1メートルの距離からのフルオート射撃には耐えられないらしい。
電撃でも食らったように踊り、ちいさな腕がちぎれ、腹に大穴が開いて、真っ黒い液体が噴き出す。
しかし。
一方的にやられていたように見えた子供機兵に、おかしな変化が。
顔が。変貌していく。
小学校低学年ではなく中学生くらいの、もう少し大人びた少女に。
切れ長の目にあどけなさはなく、深い知性の輝きがあり、黒い艶やかな髪をきれいな三つ編みにしている。
隊長が目を見開き、銃を取り落とす。
「……ファン、メイ?」
隊長が誰かの名前を呼んだ。信じられないものを見るような目を、子供機兵に向けた。
呆けたように固まった隊長を、子供機兵は、一本しか残っていない手で、刺し殺した。
異常に大きく見える軍用ナイフで。馬乗りになって。
「かえって……きて……くれたんだね……ぼくのファンメイ……」
ほとばしる鮮血。やすらかな囁き。敵意も怒りもなく、心から嬉しそうに、隊長は死んでいった。
子供機兵は、隊長を絶命させると、体を起こして、四級軍士長に顔を向けた。
すうっ、と、また顔が変化していく。
今度は一段と幼い、まだ髪の毛も生えそろっていない赤ん坊だ。
その顔は。四級軍士長が家に残してきた、息子にそっくりだった。
「……!!」
混乱と恐怖の圧力が限界を超え、四級軍士長の中で何かが壊れた。
身も世もない悲鳴を上げて逃げ出していた。
他の陣地でも同様の混乱が生じていた。
その中で、四級軍士長がどうやって生き残ったのか、本人にも全く思い出せない。
☆
C軍は壊走状態になってO島の海岸部を放棄し、北部の山にたてこもった。
そして接近戦をやめ、相手を目視しないで済む、遠距離砲撃戦だけに徹した。
補給が苦しい中、物資を使い切る勢いで、後先考えずに砲撃しまくった。
子供機兵たちはリュック一つだけを背負ってきたので、迫撃砲より大きな重装備は持っていなかった。
C軍が大型砲を並べて鉄の豪雨を降らせると、前進できなくなった。その間にC軍は態勢を立て直すことができた。
☆
砲弾が尽きる寸前、反撃体制が整った。
傷ついた隊員たちが整然と集まっている。その隊列には四級軍士長もいる。
指揮官がやってきて、訓示を始めた。
「……諸君! 日本人どもの新兵器により、わが軍は確かに痛手を受けた!
だが、もう恐れることはない。卑劣な兵器の能力も、その弱点も明らかになった!
あの兵器の名前は、『MOECHAN-06』という名前らしい」
情報部の活躍によって明らかになった。なお、「MOECHAN」は複雑な英文の頭文字を並べたものである。
「見ての通り、子供の姿をしており、我々の良心……女や子供を殺したくないという気持ちに訴えて、反撃を鈍らせる。
それだけではない。顔を変える機能がある。我々兵士がもっている情報端末をクラッキングして、中の画像やテキストを解析し、『もっとも愛する者』に変身するのだ」
四級軍士長は拳をぎりぎりと鳴らした。
なんと卑怯な。人間を冒涜しているとしか言いようがない。
「わがC共和国の科学技術は日本などに負けはしない! 対策は、これだ!」
指揮官は、ゴーグル型情報端末を掲げて見せた。
「なんの変哲もないゴーグルに見えるだろうが、高度なVR技術が使用されている。正確にはAR(拡張現実)だな。このゴーグルの人工知能は、奴らを、醜い怪物の姿に変換して表示する。奴らがどう変身しようが無駄なことだ」
「おお!!」
歓声があがった。非常に単純だが、効果のありそうな兵器だ。
四級軍士長は闘志を奮い起こした。隊長たちの仇をかならずとる……!
☆
砲声が止んだ。
突撃開始だ。
四級軍士長たちは散開し、真っ白い硝煙が立ち込める中を走り出した。
あたりの地面は砲撃でメチャクチャの穴だらけになって、なぎ倒された樹木が転がっている。
樹木の向こうから、小さな影が、すぐに飛び出してくる。
ほんの一瞬、四級軍士長の体が硬直したが、
小さな影は、もはや子供の姿ではない。ゴーグルは見事に効果を発揮していた。
グロテスクな緑色の肌、尖った耳で、大きく裂けた口に乱杭歯が並ぶ。ファンタジーものに出てくる小鬼族(ゴブリン)のような、醜い化け物。
なんの問題もなく撃てた。吹き飛んで、また立ち上がってくるが、次に撃ったら、手足がちぎれて、液体をまき散らし、もう立ち上がらなかった。
……弱いじゃないか! 外見さえ変われば!
小鬼の姿、爬虫類の姿、腐りはてたゾンビ。
怪物の姿の機兵をなぎ倒しながら進んだ。
機兵たちはあまり撃ってこない。やたら接近して白兵戦を挑んでくる。
連中は、我々以上に補給切れなのだ、背負ってきた弾薬を使い切ったら、ナイフと銃剣しかないのだ、と気づいた。
ならば、恐れるものは何もない。
いま倒した化け物は、体が妙に大きかったな、体格的に子供じゃないぞ?
と不審に思ったが、すぐに戦闘の緊張と高揚に押し流された。
自衛隊の兵士が混ざっていたのかもしれない。どうでもいいことだ。
☆
攻勢は大成功に終わった。
子供型機兵が通じないと分かった日本は、人間による精鋭部隊を隠密降下させたが、こちらもあっけなく撃破できた。
四級軍士長たちは、人間たちを相手に戦う時もゴーグルを外さなかった。
楽なのだ。敵が怪物に見えた方が、ずっと抵抗なく、ゲーム感覚で殺せるのだ。
戦闘の中でゴーグルの人工知能は学習し、より効果的に画像を変換するようになっていた。
このゴーグルをつけてさえいれば、敵は醜く、憎たらしく、そして味方は頼もしく勇ましく見える。
いくらでも戦える気がした。
やがてC国と日本は第三国の仲介で停戦を結ぶことになった。停戦条件は領土の割譲を含む、C国に有利なものだった。
結局、空母戦で勝った時点で、C国の勝利は決まっていたのだ。
MOECHAN-06など苦し紛れに過ぎなかった。
☆
四級軍士長たちはC国に帰ってきた。勲章をもらい、英雄になって。
「父さんだぞ!」
そう言って家のドアを開ける。
女が歩いてくる。妻だ。
二本足の小さな生き物が歩いてくる。息子だ。しばらく家を空けている間に歩けるようになったのか。
まて、なんだ、これは。
目の前にいる何者かが、妻と息子であることは認識できる。
それなのに、愛しいという気持ちが、かわいらしいという気持ちが、まったく湧き上がってこない。
なんだか無機質な人形のようにしか感じられない……
「あなた? どうしたの?」
四級軍士長は自分の顔を撫でた。そこにゴーグルがないと気付くと、
「ゴーグル……ゴーグルさえあれば、教えてくれるのに……」
☆
「先生、いったい夫はどうしたのですか?」
「軍務の間ずっと、特殊なARゴーグルをかけて過ごしたからだね。ゴーグルを通して、強調された美醜表現に慣れてしまったから、美しいかとか醜いとか怖いとか、そういうことを自力で感じられなくなってしまったのだ。
帰還兵の間では同じ症状が増えている。
なに、心配することはないよ。ゴーグルは帰還兵にも支給されることが決まったから、掛けっぱなしでいればよいのだ」
☆
四級軍士長はずっとゴーグルをつけて生活するようになった。
そして電車に乗ると、客は自分と同じゴーグル姿ばかりだ。
まさか全員が帰還兵であるはずもない。今や、ふつうの会社員や学生もゴーグルをつけるのが当たり前なのだ。
ゴーグルはいつだって、見えるべき世界を映し出してくれる。
仕事の間は仕事だけに集中でき、よけいなものは見えない。
妻はいつまでも若く美しく、シミ一つない。食べ物は素晴らしいご馳走に見える。
おかげで経済は絶好調、犯罪まで減っているという。
ニュースでは景気のいい話ばかり。戦後の交渉でも日本に勝った、アメリカのGDPを追い抜いた。勝った、勝った、そればかり。
「……勝った? 誰が勝ったというんだ? 本当に、俺たち人間が、勝ったのか?」
ゴーグルに手をかけた。生活のすべてを支配し、導いてくれるゴーグル。自分たちC国人はこのゴーグルに完全に依存しきっている。
だが恐ろしいと感じつつも、外すことができない。
もしゴーグルを外して、見える空が、俺の知っている色でなかったら。
となりに立つ者が、人の顔をしていなかったら。
もっと恐ろしい。だから一生、外すことはできない……
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