第11話「美的感覚」

「編集長、みてくださいよこのグラフ」

「なんだ、これは先月号の売り上げか。うっ」


 私は絶句した。ひどい返本率だった。


「やはり特集がよくなかったんじゃないか」

「先月の特集というと、『ネクロノミコン秘呪法でみるみる痩せるスーパーダイエット』ですか? でも、効果は折り紙付きですよ」

「痩せるのは確かだが、副作用として顔が魚みたいになるとか、特殊な病院のお世話になる必要があるとか、いろいろあるからな」

「そこまでして美しくはなりたくないということですか」

「そうかもしれんなあ」


 私はため息をついた。

 私は「ザ・ビューティー」誌の編集長だ。この雑誌はファッション、化粧、美容整形、ダイエット法などを紹介している。「美しくなりたい」という願望は誰にでもあるはずで、実際うちの雑誌は三十万部出ていたこともあった。だが今では五万部しか刷らなくても返本の山だ。


「このままでは編集長の首が、いえ、雑誌自体がやばいですよ」

「そうだな……考えてみたら、人間がいろんな異星人と交易している時代に、化粧とかダイエットとか百年前と変わらないことを言ってる、それがまずいのかもしれん。なにか根本的に別の方法を……」

「あっ編集長。異星人って言えば、こないだ美的感覚が違う異星人と接触したらしいですね」

「ああ、新聞で読んだ。アルジュナン人だろ。地球人そっくりだけど、美的感覚だけが正反対で……って、おい、使える! 使えるぞ! これは使える!」


 ☆

 

「はーっはっは!」


 私は高笑いしていた。


「編集長、凄いですよ。百万部突破ですよ」

「一年前からは想像もできんな」


 私が考えた秘策。それは惑星アルジュナンを紹介しまくることだった。

 アルジュナン人は地球人とは美的感覚が正反対だ。地球では美しい人間、かっこいいデザインが、あの星でも見向きもされない。逆に地球の感覚では醜いものが、アルジュナン人にとっては美しいのだ。つまり自分の顔に自信のない人間は、惑星アルジュナンに行けばいいのだ。絶世の美形として注目されることは間違いない。

 この企画が大当たりしたというわけだ。気になるのは、向こうに行ったまま永住する人間がけっこういることだが……


「向こうにも同じようなことを考える人間がいたらしいですよ」

「向こうってアルジュナンか」

「ええ。向こうにもうちみたいな雑誌があって、地球のことを紹介したんです。この星は美的感覚が逆だから、この星にいけばあなたはモテモテって。そしたらやっぱり大ヒット」

「じゃあ今度は逆に、アルジュナン人が地球に押し寄せてくるな」

「そうなりますね」

「向こうの私に負けないように、せいぜい頑張って売りまくるぞ、ははっ」


 ☆


 それから二十年。

 私はボロ切れを大量に体に巻き付け、髭ボウボウの有様で高架の下に腰を下ろしていた。靴はない。今は夏だからいいが、冬はこたえる。今年の冬を越せるだろうか。

 私は道行く人々を見た。むろん浮浪者の私とは比較にならないほど清潔な格好をしている。だが、清潔なだけだ。

 彼らの姿にはファッションセンスというものが根本的に欠落していた。

 私の雑誌の凋落は早かった。美容やファッションに、人間は興味を示さなくなった。いや、「美」そのものに興味を示さなくなったのだ。服も自動車も家も、実用一辺倒のものしか売れなくなった。


「まさか、こんなことになってしまうとは……」


 私は呟いた。

 アルジュナン人と地球人は混ざり合った。その結果……まさか、全く美的感覚を持たない、美に興味のない種族が生まれてしまうとは……

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