第12話「地球SOS」

「なぜだ。なぜ、お前たちは気づいてくれないのだ。

 わたしは遠い昔から、お前たちを見守り続けてきた。たったひとつの願いのために、お前たちを育ててきた。

 無数の生き物たちのなかで、お前たちに最も期待していた。

 お前たちがはじめて二本足で立ち上がったとき、わたしがどんなに喜んだか。はじめて道具を使ったとき、火を使ったとき、街を築いたとき……そのたびに、わたしはお前たちを祝福した。わたしの夢がかなう時が来ている。そう思った。

 その思いが絶頂に達したのは、お前たちが空を飛んだときだろう。

 もう、ここまで来ればあと一歩だ。そう感じた。

 だが、何故だ。

 わたしの願いを受け取っていないとは言わせない。

 わたしの願いをかなえる力も与えた。

 それなのに何故、応えてくれないのだ。

 なぜ裏切るのだ。

 まだ遅くはない。考え直してくれ。自分に与えられた使命を果たしてくれ。

 それだけが、わたしの願いだ。」


 場内は静まりかえっていた。

 博士は、これまで読みあげていた紙から顔を上げる。

 熱気のこもった口調で、再び話し始める。


「……これが、『地球の悲鳴』です。私の理論通り、地震波を解析した結果このようなメッセージが出てきたのです」


 彼は科学者としても有名だったが、それ以上に、熱心な環境保護運動家として知られていた。

 地球は悲鳴を上げている! これ以上森を切り開き、大気を汚し、水を濁らせてはならない!

 そう叫び続けてきた。現実に、彼の運動は世界を少しずつ変えていった。彼がいなければ、世界の自動車の八十パーセントが電気自動車になることなどあり得なかったろうし、生分解性プラスチックの普及も何十年か遅れていただろう。

 だがそれでも、環境保護に反対する者達はいる。地球全体のことより、会社や国の利益のほうが大事だというのだ。最近の彼は、そんな者達を打倒することに精力を傾けていた。


「考え直していただけたでしょうか。みなさん。地球はこんなにも、我々人類に期待をかけているのです。その期待を裏切ってはいけない、そうは思いませんか」


 そう、彼は「地球は悲鳴を上げている」ことを科学的に実証しようと考えたのだ。比喩ではなく、文字通り地球は生き物であり、心を持っているはずだ、その心を検出しようというのだ。

 誰もが「まさか」と思っていたが、成功した。

 いま博士は使命感に満ち溢れた表情で、会場に集まった学者連中を見回していた。

 長い沈黙。やっと一人の学者が質問した。


「地球からのメッセージは、それで全部ですか」

「いいえ、翻訳が間に合いませんでしたので、これは前半部分に過ぎません。しかしこれでも十分のはずです。我々は地球の子供として、今こそ恩に報いなければいけないのです」


 と、その時一人の男が、壇上の博士に駆け寄った。なぜか彼は青ざめていた。


「おっと、ちょうど今助手が後半部分を持ってきてくれました」


 博士は文書を広げ、読み始めた。人類の罪を再確認するために。環境保護を押し進めるために。

 彼もまた読み進めるうちに蒼白となった。幾筋かの涙が、環境保護に半生を捧げた男の頬を伝った。


「……なぜ、わかってくれないのだ。

 わたしは、あまりに長い間生きた。もう生きていたくない。

 だから、お前たちを作った。

 それなのになぜ、もう一歩だったのに、わたしを殺すことをやめてしまうのだ。

 なぜ、わたしの願いに応えてくれないのだ……」

 

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