第13話「君は誰のために」

 つめたい風が、強く吹き抜けていた。

 二人は、ビルの屋上から夜景を見下ろしていた。

 ただそれだけで、何もせず、何の言葉もかわそうとしなかった。

 しばらく続いた沈黙は、女の方から破られた。


「志願したっていうのは……本当?」

「ああ」


 男は彼女に顔を向けることなく、即答した。


「どうして?」


 その言葉は、けっして激烈な口調で発されたものではなかった。彼女は泣きわめくことも、叫ぶこともなかった。そんなものは無意味であると、すでに知っているのだ。


「どうして、あなたでなければいけないの? どうして、死ななければいけないの?」


 眼下のネオンは、男の顔を照らすほどに明るくはなかった。だがそれでも彼女は見た。男の顔が、はっきりと歪んだのを。

 その事実に力を得たのか、彼女は続ける。


「……国のため? ねえ、この国のためなの? 気にしなくていいよ。あんな政府の言ってることなんて。なんて言われたっていいじゃない。臆病者、卑怯者、裏切り者、国家の敵……そう言われたっていい。わたしは我慢できる。あなたに生きていて欲しいのよ」


 二人の間を抜けていく風が、不意に弱まった。


「きみは」


 そこで一度、男は言葉を切った。


「なにか勘違いしてるよ。ぼくが志願したのは、国家のためでも、軍人だからでもない。ぼくがあの部隊に志願して……敵艦に突っ込むのは……君のためだ」

「わたしの、ため?」


 彼はもう、下界の町並みを見てはいなかった。その瞳は闇のなかの彼女にだけ向けられていた。


「……もし負けたら。奴らがこの星に来るかも知れない。そして、この街も……いや、それはいい。だが君も殺されてしまうかもしれない。そうなってからでは手遅れだ。ぼくはそれを防ぐために」

「それなら普通の戦い方でいいじゃない! なにもそんな、絶対死んじゃうやり方じゃなくても……」

「できるだけのことをしたいんだ。君を守るために。わかってくれ」

「わからない! わからない! わかるわけないよ!」


 しかし、実のところ彼女は知っていたのだ。いまさら何を言おうと、彼の意志がくつがえることはないと。


「じゃあ、行ってくるよ」


 ☆


 モニタが暗転した。

 軍人は、なかば呆然としつつ言った。


「これが……誘導コンピュータの疑似記憶だと」


 隣の技術者は力強くうなずく。


「はい。この記憶を刷り込むことで、例の拒絶反応は一切なくなりました。これで、このミサイルもようやく実戦投入できますよ」


 部屋の中央には、鉛色に光る物体が横たえられていた。

 AS-08対艦ミサイル。誘導装置にバイオコンピュータを組み込むことで、従来のものとは比較にならない高性能を実現した、驚異的な新兵器。

 ところが、このミサイルの開発は難航した。

 バイオコンピュータを人間の脳に似せすぎたのがいけなかったのだろうか? ミサイルが、「死ぬのを嫌がる」のだ。プログラムを無視し、母機からのコマンドに逆らい、目標からそれてしまう。

 技術者たちは様々な方法で解決を試みたが、死ぬのが嫌だという感情を消すことはついにできなかった。

 ならば、「納得して死ねる理由」を与えてやったらどうか?

 青ざめている軍人。技術者は不審そうに問いかける。


「おや、なにかご不満ですか」

「なぜ、このような記憶にしたのだ」

「これがもっとも効果的だったからです。国家に命を捧げる英雄と讃えられ、盛大なパレードで見送られる……という疑似記憶も試してみたのですが、うまくいかないのです。やはり恋人の方が、理由として適当なのでしょう」


 なんの感情もまじえず、明日の天気を話題にするかのように、技術者は語った。だが、軍人の顔は曇ったままだった。


「……あと半年もしないうちに、このミサイルは作戦宙域に配備される。自分を人間の若者だと思いこんだミサイルたちは、恋人のために死ぬのだと信じて、次々に敵艦めがけて体当たりするんだな」

「それが何か? 何を気になさっているのです? これはただの機械ですよ」

「そうだ……な」


 軍人は技術者の顔から眼をそらし、そう呟く他なかった。 

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