第14話「宇宙の放浪者」

 僕は大学卒業記念に、はじめて太陽系外旅行に行ってきた。

 『7つの星の大自然をめぐるグランドツアー』。

 安いパック旅行だ。

 父さんは船乗りだけど、僕は修学旅行の火星・木星くらいしか知らないから、とても新鮮な経験だった。

 超光速航法の「超空間酔い」も刺激的だったし……

 惑星バランザスの知性ある大樹海はアニメみたいだった。惑星リバッタの鳥型人類のダンスも鮮やかだし、惑星サンドラギヌスの浮遊大陸も……

 最高!

 父さんが「船乗りは一度やったらやめられない」って言う訳が分かるよ。

 いろいろ堪能して、地球中央宇宙港に戻ってきて。

 パスポート出して、地球入国の手続きしたんだけど。


「登録情報がありません。入国手続できません」


 合成音声がそう言うんだ。

 ハア? と思って、人間の係員を呼んだ。


「そうですね、お客様の情報が無いですね」

「意味分かんないんですけど、このパスポートの中の、コンピュータチップの情報が消えてるの? 故障?」

「いえ、そうではなくて。この空港に、出国情報が残ってない」

「は?」

「というより、地球の国民登録センターに、お客様の情報が全く無いんです。あなたは存在しない人間です」

「はああ??」


 係員は真顔だ。僕をからかっているようには見えない。どこか、哀れんでいるようではあるけど……

 らちが開かない。僕は家に電話した。


「はい、シノザキです」


 中年女性の声が出た。母さんだ。


「母さん? 僕だけど、ユウキだけど。いま宇宙港にいるんだけど、情報がないとか、変なこと言われて……」

「どちらさん?」 

「母さんまで何いってんの? 息子のユウキだよ!」

「うちには女の子だけしかいないんですが……」

「だからそれは妹のリンでしょ? 長男のユウキのほう!」

「ですから、息子はうちにはいませんので。変なセールスですか? 警察呼びますよ?」


 母さんの声は、ほんとに戸惑っている声。

 とても演技には聞こえない。からかっている訳じゃない? じゃあ、これは悪夢? 僕の頭が変になった? それとも母さんのほうが?

 僕が混乱して冷や汗を垂らし、電話機を握りしめてフラフラしていると、電話の向こうの声が替わった。


「……俺だ」


 中年の、野太い男の声。


「父さん!!!」


 珍しいな、家にいるなんて。長距離航海が多いのに。


「……ユウキくん、といったかな」

「父さんまで、そんな他人行儀に!」

「残念だけど、俺も、君という息子のことは知らないんだ。

 ……だが、俺が帰宅している日で幸運だった。

 君のことは知らないが、君が陥っている今の状況を、説明することは出来る。

 迎えに行くから、待っていてくれ」


 そう言って電話は切れた。

 どのみちパスポートが無効になっているから入国できない。宇宙港で待っていることしかできなかった。

 2時間ほどして父さんは来た。

 宇宙港のファミリーレストランに入って、向い合って座った。

 がっしりした体、青黒いヒゲの剃り跡、強い意志を感じさせる目。

 どう見ても、僕の知ってる父さんそのものなのに……でも、僕を知らないって?


「……ユウキ君、まず君は」


 息子相手に、あくまで「君」って言った。

 いかめしい顔に、あくまで笑顔を浮かべながら。


「君は、超光速航法の原理について、どこまで知っている?」

「学校で軽く習ったくらいだよ。時空連続体に直交する五次元斥力を発生させて、相対性理論の通用しない『超空間』までジャンプする」

「それで合ってるよ。……だが、『相対性理論の通用しない空間』というのは、物理法則が違うわけだから、ものすごく遠く離れた宇宙だ。それだけ遠く離れて、正確に同じ宇宙に戻ってこれるだろうか?」

「え?」

「少しズレるのが当然じゃないか?」


 僕の頭の中で、カチリと何かのスイッチが入った。


「じゃあ……」

「そうだ。宇宙はたくさんあって、君は元の宇宙とは少し違う宇宙に来たんだ。君が生まれてこなかった宇宙に。

 こういう事故はたまにある。

 もっと恐ろしい話もある。『事故』は毎回起こっているという説もあるんだ。

 今回はたまたま、わかりやすいズレがあったから、君はすぐ気づいた。

 だが、もっと小さなズレだったら……『中学の時のクラスメートが一人入れ替わっている』そのくらいの違いだったら、気づかない。

 気づかないだけで、超光速航法のたびに、必ず別宇宙に移動している、という説だ」


 あまりに異常なことを言われて、頭をガツンと殴られたような衝撃。

 とっさに反論した。


「嘘だ、そんなのあり得ない。だって超光速航法で必ず別宇宙に移動していたら、元の世界では人間がどんどん消えちゃうじゃないか、パニックになるはずだよ」

「ならない。別世界から『物凄く似た別人』が来て、入れ替わるからだ。君が元いた宇宙にも、別の君が来ているから、君が消えたことに誰も気づいてない」

「そんな……」


 僕は本当に頭を抱えた。


「そんな恐ろしい物を、なんで使い続けるんだよ! 超光速航法なんて……」

「いまさら廃止なんて、出来るはずがないだろう。人類はすでに1000を超える恒星系に進出してる。いまさら他の星まで、何百年かけて移動しろというのか? いま廃止したら、それこそパニックだ。

 もう、使い続けるしか無いんだよ。別宇宙に移動することは、あえて見ないふりをして……」


 まだ笑顔のままで、何でもない事のように、父さんはそう言い切った。

 言葉を失っている僕に、父さんはこう続けた。


「ところで、君には2つの選択肢がある。

 別宇宙から『存在しない人間』が来る事故はたまにあるから、そういう事故者のための支援組織がある。そこに登録して、この宇宙で生きていくか。俺達の家族として認められるかは裁判次第だが。

 もう一つ。探しに行くか。元の宇宙を。船乗りになって。何度も何度も超光速航法を繰り返せば、いつか元の宇宙にたどり着くかも知れない。長い旅になるだろうがな」


 頭の中で、別のスイッチがカチリと。

 僕は、血の気が引くの感じながら、大声を上げた。


「じゃあ! じゃあ、もしかして……『船乗りは一度やったらやめられない』って……父さんは。父さんが船乗りになったのは……」


 脳裏に蘇った。航海から帰って家にいても、どこか遠い場所に心を置いてきたように、物思いに耽る父さんの姿が。毎回必ずそうだった……

 父さんの顔から笑顔が消えた。

 身を乗り出してきた。瞳には意志の光ではなくて、もっと昏い光が……苦悩と絶望があった。


「なあ、俺はいつ会えるんだろうな。俺の女房に。どこの世界に行っても、似ている違う女しか、いないんだ。もし、また会えたら……亭主ヅラしている、俺と同じ顔の男を……どうすればいいんだろうな?」


 僕は答えられなかった。答えられるわけがなかった……  

 

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