第15話「無限試行」
「は、博士! タ、タイムマシンが完成したのは本当ですか!」
助手が、息せき切って研究室に駆け込んできた。
「おお、助手か。本当だとも」
博士は、ゴツゴツしたデザインの、腕時計に似た機械を見せた。
「残念ながら、欠点はあるがね。
この機械……時間逆流装置を作動させると、すべての時間が24時間巻き戻る!
作動させた本人も含めて、全てだ。つまり本人の記憶を過去に持っていくことは出来ない」
「えっ、それでは何の役にも立たないでしょう。それどころか記憶が消えていたら、時間が本当に巻き戻ったのか確認できない」
「私も最初はそう思った。だが、確認する方法はあるし、ちゃんと役にも立つのだ。
これを見たまえ」
博士は、宝くじ10枚と、それから新聞を渡した。
「ああ、今日が当選番号発表ですか? うーんこれは……1枚も当たってない。全然かすってないですね」
「確かに当たってない。
だが、これから当たるんだ。かならず当たるんだ。
この装置の力……『無限試行』によって!」
博士は時間逆流装置を腕に装着し、拳を突き上げて、高らかに宣言した。
「私は誓う。この宝くじの1等が当たるまで、時間をやり直すと!」
叫んで、装置のスイッチを入れた。
ブウウウウン!
装置は唸りを上げた。虹色の閃光が周囲に満ち溢れた。
☆
博士は時間逆流装置を見せながら助手に説明した。
「つまり本人の記憶を過去に持っていくことは出来ない」
「えっ、それでは何の役にも立たないでしょう。それどころか記憶が消えていたら、時間が本当に巻き戻ったのか確認できない」
「私も最初はそう思った。だが、確認する方法はあるし、ちゃんと役にも立つのだ。
これを見たまえ」
博士は、宝くじ10枚と、それから新聞を渡した。
「ああ、今日が当選番号発表ですか。うーんこれは……すごい! 1等が当たってる! 3億円だ!!」
「やはりそうなったか。
これこそが時間逆流装置の力、『無限試行』なのだ。
もともとの時間では、この宝くじは当たっていなかったはず。
だが、私は誓ったのだろう。
『当たるまで時間をやり直す』と。
そして実際に時間を巻き戻した。何万回、いや、おそらく何百万回も巻き戻した。
この世界は時間のループを何百万回も繰り返した世界なのだ。
当たらなかった何百万回分の記憶は消えた。
どうだ、すごかろう。
SF小説などでは、『ループもの』といって、過去に何度も遡って苦闘する話があるが……
この時間逆流装置は、それよりも優れている。
時間ループの記憶は消えるから、何の苦痛もない。ただ時間ループの成果だけが手に入るのだ!」
「す、凄い……博士、これはもう神様に近いのでは!?」
「神までは大げさだろうが、偶然の出来事ならば何でもコントロールできるわけだな」
「俺にも貸してください! 俺も億万長者になりたいんです!」
「いいだろう」
博士は助手に、快く時間逆流装置を貸した。
☆
博士は宝くじを換金して3億円手に入れた。
喜びのあまり眠れなかった。
カネは無限に手に入る。これで研究資金には不自由しない、次は宇宙でも研究するか。無間のカネがあれば、どれほど宇宙開発が進むことか……
などと思いながら、インターネット上の天文研究フォーラムを覗いていたら。
奇妙な書き込みを見つけた。
『星座の形に異常』
『恒星位置のズレ』
『数百年分の固有運動か?』
「む? どういうことだ?」
博士は首を傾げた。なぜ星座の形が変わったのか?
「まさか……?」
時間逆流装置の影響ではないか。
この装置には、宇宙全部の時間を巻き戻す力は無かったのだ。
月や太陽に異常がないということは、太陽系内の時間はちゃんと巻き戻っているのだろう。
だが、太陽系の外までは効力が及ばなかった。太陽系が「24時間」を繰り返している間も、外では時間が流れていたのだ。
簡単に計算してみた。
一般に、宝くじで3億円が当たる確率は1000万分の1だという。
10枚買ったから100万分の1か。
24時間を100万回繰り返した場合、およそ3000年。
恒星の動く速度は光の速さよりもずっと遅い、1万分の1程度だが、それでも3000年あれば、0.3光年のズレが生じる。天文学者ならば異常に気づくだろう。
「うーむ、こんな欠点があるとは想定外だった。
しかし、大した問題では無いだろう。
人類はまだ太陽系外に植民してるわけじゃないからな、せいぜい火星基地くらい……」
安堵して、ため息を付いた。
しかし次の瞬間、とんでもない見落としに気づいた。
慌てて助手に電話をかける。
なかなか出なかった。
助手の住むアパートまで行ってみたが、不在。
冷や汗を流しながら、何十回も電話をかけて、数時間後にやっと出た。
「なんですか、博士?」
「まだ宝くじは買ってないか? 買うのはやめるんだ、あれは危険だ」
電話の向こうの助手は、明らかに不愉快そうな声になった。
「なんです? 3億円を独り占めしようっていうんですか?」
「そういう問題じゃない。カネが必要なら3億円を二人で分けよう。新しい宝くじを買うのはやめるんだ。
もし、どうしても買うっていうんなら1種類だけにするんだ」
しかし、助手は不信感もあらわで、言うことを聞かない。
「嫌です。っていうか、もう買っちゃいましたよ。どうせなら高額な奴が良いから、アメリカの100億円当たる奴と、イギリスの50億円当たる奴と、イタリアの50億円当たる奴と……、海外の奴を片っ端から……」
「やめろと言っているのがわからないのかっ!!」
博士は絶叫した。その鬼気迫る勢いを気味悪がったのか、
「プツッ……」
助手は電話を切ってしまった。
それ以来、何度かけても繋がらない。
「ああ……おしまいだ……何もかも終わりだ……」
博士は絶望のあまり、町中にうずくまってしまった。
なぜ、おしまいなのか。
海外には100億円当たる宝くじもあるが、当然、当選確率は日本のものより低い。
仮に1億分の1とする。
確率1億分の1のくじを10種類買ったとして、全部当たる確率は。
1億分の1の、そのまた1億分の1の、そのまた1億分の1の、そのまた1億分の1の……これを10回繰り返した数字。
10の80乗、ぶんの1。
当たるまでには、時間のループを、10の80乗回も繰り返さないといけない。
太陽系の外で、その間に何が起こるか。
「奇跡を祈るしか無い……」
本当の奇跡を。そこまで繰り返さなくても当たってしまう奇跡を。
1回で全部当たることだって、絶対にないとは言えないのだ……
☆
奇跡は起こらなかった。
宝くじは外れ続けた。何億回も、助手は時間をループさせ続けた。
1種類当たったが、まだ助手は満足しなかった。
何百兆回。2種類目が当たった。まだ助手は満足しなかった。
その間も太陽系の外では時間が流れ続けた。
ビッグバンによって広がり続けた宇宙は、果てしない時の中で、いつしか勢いを失って収縮に転じた。
太陽系という、時間の停滞した異常な点……特異点に向かって。
助手が7京4521兆8886億552万68回のループを繰り返して、「よし! 3種類目が当たったぞー!」と喜んだところで、全宇宙の全物質、全エネルギーが太陽系に雪崩れ込んできた。
地球など跡形もなく吹き飛んでしまった。
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