第10話「勇者よ、これが真実だ」
国王である私のもとに、勇者一行が訪れた。
人払いを頼まれたので、私はたった一人で謁見の間に座り、勇者たちを出迎えた。
「久しいな、勇者◯◯◯◯。大魔導師◯◯◯◯。大神官◯◯◯◯。旅の首尾はどうだ?」
「全て順調でございます、陛下。究極凍結魔法ヴェルギラが会得できました。次は町で聞いた情報通り、『焦熱なる無の砂漠』に挑もうと思います」
「そうか。では今日は何の目的で来たのかね? 魔界六将軍と魔王を倒さねば世界は闇に落ちてしまうのだ、こんなところに寄っている暇は無いはず」
勇者は顔を上げた。引き締まった端正な顔に、いままでの勇者にはあり得なかったものが……焦りと疑念が浮かんでいた。
「恐れながら陛下。私達は気づいてしまったのです」
勇者がそう言った。
大魔導師が言葉を継いだ。三つ編みの髪を揺らし、可愛らしい声で激情のままに叫んだ。
「あまりに全てが、お膳立てされていると! わたくしたちに都合が良すぎると!」
「ほう、どういうことかね?」
「六将軍筆頭を倒すためには、『焦熱なる無の砂漠』を突破しなければいけない、突破のためには究極凍結魔法が必要だとわかった、そのときになって突然、新しい迷宮が出現して、町の古老がその迷宮のことを突然思い出し、そこに行けば究極凍結魔法が手に入ると教えてくれた。
こんな都合のいい偶然、あり得ませんわ!」
大神官もいかめしい顔をますます険しくして、話し始めた。
「それをきっかけに、全てがおかしく思えました。たとえば、なぜ魔界六将軍は、自分たちの周りばかり強い魔物を置いて、王都のまわりには弱い魔物しか置かないのか。奴らにとっては戦いの最前線です。もっとも強きものを投入するのが道理というもの」
「王都周辺では、冒険を始めたばかりのわたくし達でも倒せる程度の敵。わたくし達が強くなり、新しい迷宮に足を踏み入れると、それに合わせて敵は強くなっていった。おかしいですわ」
「他にもあります。なぜ、私たちは、運命に選ばれた勇者のはずなのに、陛下から『樫の木の棒』『五十ゴールド』しか渡してもらえなかったのか。なぜお金を稼いで装備を強化しなければいけなかったのか」
大魔導師がとどめの一言を放った。
「わたくしは、情報を話し終えた後の町の人が『ようこそ ここは なになにのまち です』しか言わなくなることが不思議ですわ!」
私は笑みを抑えられなくなった。
「なるほどなるほど、全てが、筋書きのある茶番のように思えた、というのだね?」
勇者が立ち上がり、もはや私に敬意すら示さずに言葉を叩きつけてきた。
「その通りです。もし茶番であれば、今までの私たちの闘いは。魔物に殺されていった者達の苦しみは、一体何だったのですか。あまりに人の想いを踏みにじっている! 陛下、あなたは知っているはずだ、これは一体どういうことなのか!」
「わかった。わかった。ついてくるがいい」
私は苦笑し、片手を振るった。謁見の間の背後の壁が音もなく開いた。
壁の向こうにある廊下を、勇者たちを連れて歩く。
あたりの光景は城内の他の部分とはまるで違っている。石ではなく金属の壁。煙も熱も出さず、ぼんやりと発光する天井。
勇者たちが息を呑んでいるのが、顔を見ずとも分かる。
廊下の果ての部屋に入った時、勇者たちは本当に凍りついた。
彼らには、そこに並んだ機械……量子コンピュータ、ナノマシン培養槽が何なのか分かるはずもない。だが自分たちの知識を遥かに超えた恐ろしいものだ、ということだけは伝わったようだ。
「へ、陛下、この部屋は……?」
「『真の玉座』だ」
私がそう言って片手を振るうと、コンピュータが認識して、空中に映像を浮かび上がらせた。
勇者たちもよく知る王都を、上から見下ろした映像。だが王都がどんどん小さくなっていき、その周囲の森や山が見え、ますます広い範囲が見え、勇者たちが旅してきた世界の全てが見え……
その外側が見えた。
勇者たちが知っていた、砂漠あり山脈ありの『全世界』は、四角い壁に囲まれた箱庭でしか無かった。
その外に広がるのは、毒々しい色の荒野と、干上がった海。死の星と化した地球。
「……君たちが言うとおり、この世界は筋書きのある茶番なのだ」
また手を振るう。もうひとつ映像が浮かぶ。天をついて林立する超高層ビル。行き交う無数のクルマ。
「世界はかつて、今とは比較にならないほど文明が発達していてね。人々はさまざまな娯楽を楽しんでいたのだ。その中には、ロールプレイングゲームというものもあってね」
さらに一つ映像が浮かぶ。勇者や魔法使いが魔物と戦う、あの時代山ほど作られた「ロールプレイング・ゲーム」のプレイ画面。
「人類は繁栄していたわけだが……」
すべての画面が閃光とキノコ雲で満たされた。
「全面核戦争という大きな戦いがあってね。世界は滅んだんだ。
それから長い年月が経て……異星人といってもわからないだろうな、われわれが住んでいる世界とは別の世界の住人だ。異星人が地球を訪れた。
異星人は、絶滅した人類を不憫に思い、蘇らせてくれた。
それは良いんだが……なにぶんにも、元の世界がどうなっていたか記録がろくに無くてね、異星人たちはミスをしたのだよ。『ロールプレイング・ゲーム』を実話の記録だと勘違いしたのだ。世界はロールプレイング・ゲームそっくりに作り変えられ、それ以来、ずっと世界はゲーム通りの茶番を繰り返している。定期的に魔王が現れ、魔物を率いて世界征服を企み、勇者たちが必ず現れて、魔王を倒して野望を阻む。世界が、そういうふうにできている。お膳立てしてくれるのだ。
異星人たちがそう作った以上、この世界の誰も逆らうことは出来ない、運命と受け入れて従うしかないのだよ。わかってくれ」
勇者たちはしばらく沈黙していた。
いままでの人生経験とあまりにかけ離れたことを聞かされたせいで混乱しているのだろう。
だが彼らはきっと事実を受け入れる、私は信じていた。
「いいえ! 納得など出来ませんな!」
大神官が、しわがれた声を叩きつけてきた。
「では、あなたは何者なのか!」
その言葉を聞いて、ほかの者も「あっ」と声を漏らす。
「王よ、あなたの言うとおりならば、人間が全て滅びて、異星人が『ロールプレイング・ゲーム』に似せて世界を作りなおしたならば! 元の世界のことを知っている人間は誰一人いないはず! あなたは何故、知っているのです」
私は笑い出した。
「ははっ、これは凄い。過去に、この世界が茶番と気づいた勇者は8組あるが、私の説明の矛盾に気づいたのは君たちが初めてだ。みんな衝撃に打ちのめされ、矛盾など考える余力がなかったのに!
洞察のとおりだ。私は、旧世界の中で、たった一人だけ生き残った人間」
私は、まとっていたガウンの胸部分を肌着ごと引き裂いた。
あらわになった胸に指をかけ、さらに裂く。
中から出てきたのは、ピンク色の臓物と、ツタにも似た無数の微小な機械が混ざり合ってうごめく姿。
異星人が与えてくれた機械の体。
「私は『ロールプレイング・ゲーム』の開発で大金持ちになった人間でね。核シェルターに篭っていたから奇跡的に助かったのさ。だが一人だけではどうにもならない、途方に暮れていたら、異星人が接触してきた。
『かわいそうなので地球人を復活させたい。もとの世界がどうなっていたのか教えて欲しい』
私の心に、悪魔が囁いたね。
私は自分の作ったロールプレイングゲームのカートリッジを差し出して言ったものさ。
『このゲーム通りの世界でした。この通りに直して下さい』……」
「きさまあっ!」
忍耐の限度を超えたらしく、勇者が私に詰め寄り、剣の柄に手を添えた。
「わたくしも許せませんわ! お前さえ、おかしなことをしなければ、魔物も魔王もいなかった……!」
「待て待て。私を殺して、どうなると言うのだね? 一度作られてしまった世界の理は、私をどうしようが止まることはない。これからも定期的に魔王と勇者が出現する、永遠にだ。
私なら、それを止めることは出来ずとも、被害を減らすことはできるぞ?
私が作ったゲームなのだ。効率のいい攻略法を知っているから、できるだけ被害を減らし、早めに魔王たちを倒すことができる。私を殺してしまえば、攻略法を知ることはできなくなる。もしかすると今度は魔王に負けてしまうかもしれんなあ? どうだね……?」
にやにや笑いを浮かべていると、勇者たちは真っ赤な顔でしばらく震え、やがて、
「お前の言うとおりだ……」
「賢明な判断だよ。では、これからも頼む。次は『焦熱なる無の砂漠』だ。究極凍結魔法ヴェルギラは魔力の消耗が激しい、魔鉱石を大目に持っていけ。それから、魔界六将軍筆頭を倒せば暗黒剣ドルンシュバイクが手に入るが、これは今の勇者のレべルでは、装備すると呪われてしまう。気をつけることだ」
勇者たちは憤怒を押し殺し、青ざめた表情で去っていった。
彼らの後ろ姿を見ながら考えた。
あれだけ優秀な勇者たちなら、いままでとは違う、縛りプレイが可能かもしれん。
できるだけ低いレベルで魔王を倒すとか……
勇者ひとりだけの状態で魔王を倒すとか……
夢が膨らむな!
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