第9話「星喰いのキンダイ」

 どんな惑星よりも大きな、漆黒の鱗に包まれた「竜」が、太陽系内に侵入した。

 それほどの巨体にもかかわらず発見が遅れたのは、「竜」は人類の全く知らない推進手段で飛び、ロケット噴射のたぐいを行なっていなかったからだ。

 天文学協会と太陽系宇宙軍が騒然となった時には、すでに「竜」は海王星に接近し、その巨大な顎を開いて、地球質量の十八倍もあるガス惑星をぺろりと平らげてしまった。周辺にあった衛星群も、人類の作った植民都市も一緒に食べられた。

 48時間後、天王星が同じ運命をたどった。木星と土星はさすがに大きすぎるのか、食べられずに済んだが、衛星群と植民都市はまとめて飲み込まれた。

 太陽系宇宙軍の艦隊が決死の攻撃をかけたが、誰もが予想していたとおり、何万のビームもミサイルも「竜」に傷ひとつ負わせることはできなかった。

 人類社会は大混乱に陥り、理性を失わなかったわずかな人々は「竜」とのコミュニケーションに奔走した。電波、可視光線、重力波で、さまざまな和平のメッセージと、それを理解するための地球文化の資料が伝えられた。

 しかし反応は無かった。

 「竜」は小惑星帯あたりで動きを緩め、牛の反芻に似た動きを始め、老廃物を尻から垂れ流し始めた。

 この小休止が終わった時、人類は滅びるのか?

 世界が絶望した時、「竜」から地球に向かって、流暢な地球語で「会見したい」と申し出があった。

 やはり「竜」を操る者達がいた! わずかに生き残る希望が生まれ、人々は快哉をさけんだ。

 優秀な科学者、外交官、ネゴシエーターがかき集められた。

 高級レストランで、「竜」代表と地球人類代表が対面した。

「竜」代表は、アメーバとイソギンチャクが混ざったような、不定形の胴体と多数の触手をもつ醜い生き物だった。


「どうか、あの生物を、『竜』を止めて下さい」

「どんな代償でもお支払いします」


 悲痛に訴えるが、「竜」代表は触手を蠢かせて意外な答えを返した。


「それは無理です。我々は、あの生物を操っているわけではないんです。宇宙船の乗組員とは違うのです」

「乗組員でなければ、一体何だと言うのですか?」

「我々は腸内細菌です」

「はあ!?」

「あなた方の言葉で言えば、そうなります。

 我々は、はるか数十億鼓動周期の昔から、宿主の体内に生息し、食べ物の消化を助けて来ました。

 腸壁にこびついた老廃物を取り除いたり、食べた天体を消化しやすい状態に加工したり、天体捕食だけでは摂取できない物質を合成したり。宿主は宇宙開闢直後に生まれた生き物ですから、鉄よりも重い元素を消化できない。そういったものを処理するのも我々の仕事になります。

 その見返りに宿主の栄養素とエネルギーを分けてもらって生きて来ました。やがて、より効率的に宿主の手助けができるように進化を遂げ、知性と科学文明を持つようになったのです。

 ですから、宿主がどんな行動を取るのか、地球を食べてしまうのか食べないのか、我々にはまったくあずかり知れないことです」

「ではいったい、なんのため地球に通信を送ってきたのですか?」

「あなたがたも腸内細菌の仲間になりませんか? 宿主の体内は広大ですから場所は十分にありますし、腸内にはバリエーション豊かな菌がいたほうがより宿主を健康にすることが出来るのです」


 地球側が絶句する中、レストランに血相変えて飛び込んできた男が。


「大変です! 竜が動き始めました。火星を食べる動きを始めています!」


 もはや他に道はなかった。地球人は全ての力を振り絞って脱出船団を編成、「腸内細菌」たちの導きに従って「竜」の体内に移住した。

 粉々になって腸に流れ込んできた火星と地球を処理するのが、地球人たちの最初の仕事になった。

 長く続く「菌代」の始まりであった。

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