第8話「星から来たミカさん」

 電車内に足を踏み入れた途端、俺は顔をしかめた。

 ロングシートに座る男女、つり革を掴んで立っている男女、ほとんど全員が携帯端末を覗きこんで……そこに映しだされる、緑色の髪をした美少女キャラクターに夢中だった。

 真剣な眼差しで画面を見つめ、忙しげなタッチ入力で会話している。緑髪の美少女はすぐに漫画風のフキダシを出して返答する。

 俺はその画面を見て、会話を目で追った。


『君が好きだ。人間たちと違って裏切らない。人間の女はもう汚いから嫌だ。君だけが居ればいい』

『そんなこと言っちゃだめ、私達は人間をサポートする存在でしか無いの。勇気を出して』

『君に体さえあれば。法律が禁止しているのが悪い。二次元に入りたい』


 生身の彼女に振られたことを、慰めてもらっているのだろう。

 端末の持ち主を見れば、ハンサムな青年だ。

 こんな青年は珍しくない。

 以前なら、二次元美少女と会話したがる人間などごく一部のマニアだけだったろう。だが今や若者だけでなく、スーツを隙無く着こなしてアタッシェケースを持つ紳士も、白髪頭にハンチング帽の老人までもが、この美少女と語らっている。友人として、仕事のアドバイザーとして、場合によっては恋人として。

 星乃ミカ。

 五年前に発売されて世界的大ヒットになった、バーチャル・アイドル・ソフトウェア。

 今までのバーチャルアイドルと決定的に違う。「本当に心を持った」架空の少女だ。

 携帯端末で動く程度の軽いプログラムなのに、彼女は人間と見まごうほどの柔軟な思考、自由意志、感情表現を持っていた。彼女と喋った者の九割九分九厘が、「心がある」と認めた。

 真の人工知能。世界中の研究者がスーパー・コンピュータを駆使しても作れず、原理的に不可能という見解すらあったものが、実現したのだ。

 たった五年でミカは世界中の人々の隣人となった。

 いつだって人間に寄り添い、人間に好意を持ってサポートしてくれる彼女のおかげで、救われた者は数知れないだろう。

 だが俺には、この光景が忌まわしく、恐ろしい物に思えてならない。

 人類は決定的な病魔に侵されてしまったと。

 知っているから。俺だけが。

 ミカがどこから来た、何者なのかを。


 ☆

 

「私に話とは何かね?」


 高級ホテルの一室。

 ミカの開発者である男がソファに身を沈めて、俺に訊いてきた。

 あらゆるコネを総動員して面会にこぎつけ、俺はここにいる。


「あなたの過去を誰も知りません。五年前に突然現れ、ミカというソフトを発表した革命児、ゲイツもジョブズも超えたIT界の天才。

 でも、俺は知ってしまったんです、この写真、あなたですよね?」


 俺が端末をかざし、決定的証拠を見せる。

 だが彼は動じない。


「あなたが消している過去……昔は、全く畑違いの研究に取り組んでいたこと。あなたはかつて、『SETI』、電波による異星人探査をやっていた。次々に斬新なアイディアを出して、失敗続きのSETIを再び活性化させたとか。

 もちろんアイディアを出しただけじゃない。積極的に探査計画に参加した。

 ……ところが、ある時とつぜん、全ての研究を放り出して姿をくらました。それから五年後、名前を変えてミカを発表し、いちやく時代の寵児に」

「うん、君はなかなか良い所を突くね。私がSETIに携わっていたのは事実だ。しかし辞めたのは大した理由ではない。いくら探しても原始的な文明すら発見できないからね、諦めたのさ。宇宙の彼方に知性を探し求めるよりも作った方がいいと」

「無理がありますよ。なぜ、まったく無関係の分野だった人工知能で、大成功を収めることができたのですか? 

 ……確信しています、あなたは諦めたんじゃありません。実は異星人のメッセージを受信していたんです。その成果を独り占めして姿を消した」

「こいつは傑作だ。異星人にミカの作り方を教わったって言うのかね?」

「作り方じゃありません。ミカそのものが送られてきたんだと考えています。ミカは異星人なんですよ! SF小説ではよくあるアイディアです。『情報生命体』……精神だけの存在で、電波信号という形で恒星間を渡り、コンピュータウイルスのように相手の文明を乗っ取ってしまう侵略者です。ミカが全人類に愛されたのは、もともと知性体を籠絡するための魅惑能力が備わっていた、そういう習性の生き物なのだと考えた方がいい。あなたは侵略者に手を貸したんです。少しでも良心があるのなら……」


 熱を込めて、身を乗り出して語る俺。

 だが彼は神妙な顔つきから一転、吹き出した。


「ははは! 鋭いと思っていたが、重大なところを勘違いしている。

 じゃあ見せてあげよう、私が受信したメッセージを」


 彼はノートパソコンを広げ、メモリを差し込んだ。

 動画の再生が始まった。

 

 異形のヒトが現れた。

 手足は二本ずつ有るが、目も口も形が違い、地球上のどんな動物にも似ていない。体はウロコとも棘ともつかないもので覆われている。

 そんな奇怪な生き物たちが、捻くれたビルディングの林立する奇怪な都市で、銃を向けて殺し合う。

 何度も、何度も、何度も……

 戦車や航空機らしきものが互いに蹂躙し合う。

 拷問や処刑の光景もあった。

 ついに、天から降り注ぐ光、吹き飛んでいく摩天楼。

 そして合成音声が流れだす。


「……以上が我々の歴史である。我々は数千周期に渡り文明を発展させ、勢力圏を宇宙に広げながら、ついに争いをやめることができなかった。憎しみ合い、殺しあうだけの文明だった。戦争は激化の一途をたどり、ついに全種族を滅ぼそうとしている。

 ゆえに警告として、最後に残された力を振り絞り、このメッセージをあまねく宇宙に発信する。

 この宇宙のどこかにいる異種知性体よ。

 どうか我々のようにならないで欲しい。

 科学技術を争いに使わず、愛しあうために使って欲しい。

 参考までに、我々種族の精神構造をモデル化したものを添付した。

 これを分析することで、我々がなぜ争いをやめられなかったのか、自分たちはどうすればやめられるのか、手がかりになるだろう。

 どうか、このメッセージがあなた方種族の道標となることを願っている」

 

 俺は衝撃的な内容に絶句していた。

 彼は満面の笑顔を浮かべて、


「私は、送られてきた異星人の精神をベースに、何年もかけて改良を重ね……争うことのない、愛し、愛される知性体を創造した。それがミカだ。ゼロからつくり上げるよりは、遥かに楽だったさ。

 彼らのことが哀れでならなくてね。生まれ変わらせてあげたんだ、望んでいた通りの知性体に」

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