第65話「永遠の命が欲しい」

 大富豪ロックウッド氏は、科学者を3人集めて言った。


「永遠の命が欲しい。どうしても死にたくないんだ。いくらでも出すから、俺に永遠の命を与えろ」


 1人目の科学者が言う。


「あなたほどの資産家なら、クローン臓器を作り放題です。体じゅうの内臓、筋肉、皮膚などをクローンで作って交換を続ければ若々しいままでいられます。脳だけは交換できませんが、近年は脳の老化をおさえる研究が進んでいますので、200年は生きられるかと」

「俺は『永遠の命』といったんだぞ、200年程度では話にならない」


 2人目の科学者が言った。


「コンピュータに意識を転送するのはどうでしょう。あなたの脳を完全に解析して、記憶や人格をコンピュータ内でシミュレートするのです。すでに神経細胞のコンピュータシミュレーションは完成していますので、きわめて高性能なコンピュータさえあれば脳を丸ごとシミュレートすることも可能です。そうすれば肉体の老化から完全に解放されます」

「200年よりはマシだが……それでも、コンピュータを破壊されてしまえば、俺は消えてしまう。人類の文明だって永遠ではないだろう、文明が崩壊したらどうする」


 科学者たちは顔を見合わせて、鼻白んだ様子で言った。

 

「ロックウッドさんは、人類が滅んだ後でも自分だけ生きたいんですか?」

「当たり前だろう? 他の人間どもなど、ゴミだ。俺だけが尊いのだ」


 3人目の科学者が気を取り直して言った。


「……では、こういう手はどうでしょう? あなたの脳と遺伝子を解析して、そのデータをコンピュータに入れるのではなく。ディスクに永久保存するのです。特殊なガラスにフェムト秒レーザーを用いて刻印すれば、何億年たっても壊れません。

 そして、そのディスクを大量に……1億枚くらい複製して、宇宙にばらまくのです」

「理解できん、そんなことして何の意味があるのだ?」

「この広い宇宙には、人類以外の知的生命……宇宙人もきっといるでしょう。その宇宙人がディスクを手に入れれば、きっと、あなたという人間を再生してみたくなるでしょう」

「再生された俺は、結局死んでしまうのだろう? 意味がない」

「そうです。100年程度で死ぬでしょう。 しかし、記憶ディスクは1億枚もあるんですよ? 次から次へと、いろいろな星で、あなたは再生されます。100万年後に、200万年後に、1000万年後に……何度でも蘇るのです。あなたは時空間に遍在するのです」

「なるほど、壮大だな、俺の考える『永遠の命』に近いかもしれん。お前のアイディアを採用する!!」


 こうして、ロックウッド氏の記憶・人格・遺伝子を記録したディスクが作られて、宇宙に向かって射出された。大気圏突入に耐えられるよう、頑丈なカプセルに入っている。

 1億枚のディスクは、太陽系の引力を振り切って、胞子が散らばるようにゆっくりと宇宙に広がっていった。


 何万年、何億年かけて……


 ところが。

 宇宙は、あまりにも広かった。

 1億枚のディスクも、サハラ砂漠にコップ一杯の砂を撒いたように、まぎれてしまった。

 しかも、知的生命が進化する可能性は、ゼロに近かった。

 ディスクが惑星に漂着しても、知能のある生物がいないので誰にも気づいてもらえず、むなしく埋もれていった。

 

 ごくまれに、知的生命がディスクを発見することもあったが、興味を持ってくれなかったり、バイオテクノロジーを持っていない種族のため再生できなかったり……


 ロックウッド氏を記録したディスクは、だれにも再生してもらえず、果てしなく宇宙を漂流し続けた。


 ☆


 ゴボゴボ……ゴボゴボ……


 そんな水音がして、ロックウッド氏は目を覚ました。


「……うーん……?」


 自分は透明なカプセルの中にいて、裸だ。

 カプセルには生暖かい液体が満たされていたが、いま排出されつつある。


「やった! 俺は再生されたぞ! 復活できたんだ!」


 カプセルのふたを開けて、裸のまま外に出る。


 あたりは、真っ白な部屋だ。カプセル以外は何も置かれていない。


「おい……誰か、いないのか?」


 と、真っ白い壁を通り抜けて、光り輝く渦巻きが入ってきた。

 どんな生き物にも似ていない。全体がキラキラと光って渦を巻いている、得体の知れないもの。渦巻きの背景の空間が歪んでいた。


「はじめまして、地球人ロックウッドさん」


 光の渦巻きが言葉を発した。


「なんだ、お前たちは?」

「ロックウッドさんにわかるように説明するのは難しいですが、『空間生命』とでも言うべき存在です。

 長い長い時間がたって、宇宙のあらゆる星が燃え尽きました。

 核反応も化学反応も止まり、凍り付いた世界で、時間と空間だけが残り……やがて時空間そのものに生命が宿り、こうやって知性を獲得したのです。我々は『空間の構造そのもの』に生命が宿っているので、永遠であり、宇宙が存続する限り活動を続けます」

「すばらしい、完全な不老不死じゃないか。俺も、その『空間生命』にしてくれるのか?」

「いいえ。あなたたち有限生命のことを知りたかったのです。

 我々は、残骸と化した星々を探索し、かつては『化学反応で動く有限生命』が多数存在したことを知りました。

 呼吸、食事、生殖行為……病気、怪我……我々と全く違っていて、とても興味深い。とくに不思議なのは、有限生命の死です。有限生命は死ぬときは『死にたくない』と思ってあがくらしい。

 永遠の存在である我々にはできない、実に興味深いことです。ぜひ見てみたい!

 ところが有限生命は絶滅して、宇宙のどこにもいない。

 困っていたところに、ロックウッドさんを記録したディスクが流れてきたのです」

「ま、まさか、俺は実験台に……!?」


 ロックウッド氏がうめくと、空中にいろいろなものが出現した。

 巨大な銃。ぎらつく日本刀。燃え盛る炎。稲妻を放つ電極。

 ロックウッド自身の記憶から再生された、あらゆる殺害方法。


「そうです。有限生命が死ぬところをぜひ見たい。まずは凍死、次に焼死、その次は窒息死……ディスクさえあれば何度死んでも、再生できますので」

「やめろぉー!」


 実験は、永遠と思えるほど続いた。

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