第66話「鈴の音の惑星」

 俺は、山の斜面に突き刺さっている宇宙船を見上げた。

 全体がL字型に折れ曲がり、後部のエンジンが破裂している。


「ああ……」


 絶望にうめいた。

 超光速エンジンはメチャクチャだ。通常航行エンジンも、墜落時に壊れた。もう二度と飛べない。

 超光速エンジンが壊れたとき、六次元波動媒体が全部漏れてしまったので、超光速通信もできない。

 電波による通信機はまだ動く。俺はわずかな望みに賭けて、


「SOS! SOS! 救助を要請します。未知の惑星に不時着しました。宇宙船は航行不能、食料は10日程度しかありません、すぐに救助が必要です。こちらは惑星地球のカトウ・レイジです。宇宙船登録番号はXXB26945です! SOS、SOS! 未知の惑星に漂着しました、救助を要請します!」


 なんども送信を繰り返した。

 まったく返信がない。

 当たり前だよな。電波が届く範囲に、地球の宇宙船が来ているわけない。

  

「でも、俺は……運がいいぞ、そうだ、最悪じゃない……」


 俺は拳を握り締めて、自分にそう言い聞かせた。

 超光速エンジンがぶっ壊れたとき、たまたま近くに惑星があった。

 最後の力を振り絞って、惑星までたどりつけた。

 着陸の時に船は壊れたけど、俺は生き残った。

 その惑星には呼吸できる大気があった。

 こんなの、何億分の一という奇跡じゃないか!

 しかも……しかも。

 落ちる寸前、街みたいなものが見えた。この星には文明がある!

 だったら、宇宙船を手に入れることも不可能じゃない!!


 俺はサバイバルキットをかついで、町に出かけた。


 ☆


 チリン、チリン、チリン、チリン、チリン、チリン……

 チリン、チリン、チリン……


 町は、何千という鈴の音に満ち溢れていた。


「な、なんだ……これは……?」


 飾り気のない、石の箱のような建物がたくさん並んでいる。

 道を歩く人々も、まったく染めてない灰色の服を着ている。

 だが、それ以上に奇妙なのは、全員が体に鈴をつけて、チリンチリン鳴らしながら歩いていること。

 よく見ようと思った瞬間、恐ろしいことに気づいた。

 全員、目が白く濁っている。目の焦点が合っていない。

 外見は俺たち地球人と同じなのに、目だけが……まるで、石ころを埋めこんでいるみたいだ。

 これは……視力がないのか?

 だから鈴をつけている、ということだろうか? 鈴の音を頼りして、ぶつからないように歩いている?

 俺がびっくりして、人ごみの中で立ちすくんでいると、一人の通行人がぶつかりそうになった。

    

「うおっ……あんた、鈴をつけてないのか?」

 

 サバイバルキットの中の万能翻訳機が作動して、言葉は通じた。


「すいません。この星の常識のことは知らなくて……皆さんは、どうして鈴をつけてるんですか? 目が見えないのと関係あるんですか」

「な、何を言ってるんだ? あんたは見えるってのか……? おーい! ここに『見えるやつ』がいるぞ!! 『惑わす光』にとらわれた者が!」


 通行人が声を上げると、周りの人たちが一斉に怯えだした。


「な、なにぃ!」

「今どきそんな奴いるのかよ!」

「キャーッ!」


 悲鳴を発して逃げていく人もいる。


「なんの騒ぎだ!」


 制服を着込んだ、がっしりした大男が走ってきた。ジャランジャランと派手に鈴の音を出している。


「お巡りさんがいた! お巡りさん! こいつ『見えるやつ』です! 早く捕まえてください!」

「なにい!」

 

 警察官らしい。警察官はすぐに警棒を振り上げて、俺の顔に突きつけた。


「あんた、『見える』というのは本当か!? なぜ『賢王の掟』に逆らい、『惑わす光』の手先となるのか!」


 まずい。この星では、目が見えることは重罪らしい……


「ち、違うんです。俺は、他の星から来たんです。この星の法律のことは知らなくて……」


 果たして、そんな突拍子もないことを信じてもらえるだろうか?

 俺は不安だったが、意外にも警察官は、納得したような表情で警棒を下ろした。


「おお、なるほど。そう言われてみれば、あんたは普通の人間と『音』が違うな」

「音というのは?」

「あんたの心臓の音とか、関節や筋肉の出す音だよ。音が違うってことは体の構造が違うってことだ」

「そんな小さな音が聞こえるんですか」

「『秘薬』を飲んでるし、警察官は特別な訓練を受けてるからな。

 ……まあ、それはともかく。

 他の星から来たって言うんなら仕方ない。この星のことを教えてやろう」


 姿勢をびしっと正して、警察官はしゃべり始めた。 


「この星では、昔、外見が理由で争いがひっきりなしに起こっていた。

 肌の色。髪の色。瞳の色。そして顔の形。

 お前の外見はおかしい、醜いと言い合って、個人から国同士まで、ずっと争いが絶えなかった。

 だから、一人の偉大な王が現れて、こう言ったんだ。

 『惑わす光を捨てよう。暖かい暗闇に、すべてをゆだねよう』

 そして『秘薬』を作り出したんだ。

 秘薬を飲んだものは、視力を永遠に失う。

 そのかわり、聴力が鋭敏になる。訓練すれば、目が見えなくても日常を過ごせる、仕事もできる。

 すべての人間が飲めば、社会から争いは消える」

「そんなにうまく行くもんですか?」

「げんにうまく行ったのさ。当時の人たちは戦争に疲れ果てていた。平和を求める気持ちが、それほど強かったんだ」


 正直、納得できない。音だけで生活する世界になったら、声が美しいとか歌が上手いとか、新たな格差が生まれて争いの原因になるんでは?

 とんでもない嘘が隠されているのでは?

 だが、それはともかく……

 「他の星から来た」という話を信じてもらえるなら、もしかしたら宇宙船を直す技術もあるかもしれない。


「俺は宇宙船が壊れて、元の星に帰れないんです。なんとかして修理する方法はありませんか?」

「宇宙船? いや、そういうものはない。この星の人間はみんな聴覚で生活してる。宇宙っていうのは音が伝わらないんだろう? 俺たちが手を触れてはいけない領域だ。だから一切、宇宙に行くための研究はやってない」

「そうですか……」


 俺が落胆して言うと、警察官は俺の気持ちを読み取ったのか、


「なに、落ち込むことはないさ。この星で暮せばいい。いまの王は寛大なお方だ。きっと仕事や畑を授けてくださる」


 そこで警察官は一歩踏み込んできて、至近距離から俺の顔を触り、


「……賢王の掟さえ守ってくれればね。『惑わす光』を退け、『暖かい闇』にすべてを委ねてくれるならね!」


 俺は警察官の手をはねのけた。


「そんなに嫌がるなよ。宗教とか犯罪組織とかで、掟を破って視力を残しているやつが、たまにいるのさ。俺たち警察官はそういう連中を摘発して、秘薬を飲ませるのも仕事。最初はみんなギャーギャーと文句を言うけど、最後は必ず感謝するんだ」


 警察官だけではない。逃げたはずの街の人々がいつの間にか集まっていた。道路を埋め尽くして俺を取り囲んで、


「こっちの世界へおいでよ!」

「怖くないって!」

「こわがるなよ、なんの痛みもないぞ!」

「そう、薬を飲むだけ!」


 チリンチリンと鈴を鳴らして。

 石ころを詰め込んだような灰色の目玉で。


「ひっ……」


 俺は恐怖に引きつった。一瞬、心の中にたくさんの光景が弾けた。

 今までの宇宙旅行でみてきた、たくさんの星の景色が。

 こんなにも美しいものが。もう決して見られなくなる。暖かい闇? 永遠の?

 冗談じゃない……!


 俺は駆け出した。街の人たちを突き飛ばし、全力で走る。


「おい、まてっ!」


 背後で警察官の声。

 逃げ切れるはずだ。俺は鈴をつけていないから、居場所がわからないはず。

 俺の足音なんて、町中の鈴の音にまぎれてしまう。


「待てっていってるだろ!」


 どんどん警察官の声が追いついてくる。


「鈴がないのに、どうして!?」

「勘違いしてないか? 俺たちは鈴に頼って生活してるわけじゃない。鈴は、社会的地位を表すんだよ。

 最初は1個、だんだん数が増えてくる、努力すれば4つくらいなら、つけられるぜ」


 もう警察官の声はすぐ背後だ。

 逃げるのは無理、戦うしかない!


 俺は殴りかかったが、あっさりよけられた。二発目のパンチを放つヒマなどなく、次の瞬間、警察官が俺の腕をつかんで投げる。体がふわっと浮いて、天地が逆になって、痛い! 路面に叩きつけられた! 

 起き上る間もなく、のしかかってきた。

 全力で抵抗して、もみあう。

 強い……目が見えないのに、どうしてこんな……。

「体の中の音を聞ける」というのは、これほど優位なのか。

 俺と警察官が道路の上でとっくみあううちに、背中にかついだサバイバルキットから、何かが飛び出した。

 とっさに握った。

 ゴツゴツした金属の感触。……拳銃だ!

 拳銃を警察官の体に押し当てるように撃った。

 激しい銃声。

 警察官の大柄な体が痙攣する。無我夢中で2発目、3発目をぶちこんだ。

 動かなくなった警察官の体を押しのけ、俺は立ち上がる。


「撃つぞ!」


 俺は叫んで威嚇したが、言うまでもなかった。

 街の人々は、みんな耳を手でふさいでパニック状態。

 誰も俺を捕まえようとはしない。

 その混乱の隙に、俺は全力で逃げ出した。


「はっ、はっ、はぁっ……!」


 走るうちに、絶望と後悔で涙がこぼれてきた。


「どうして……! どうしてこんな……!」


 警察官を殺した。どんな社会でも重罪だろう。死刑になってもおかしくない。

 だが、どうしても、視力を奪われるのが嫌だった……美しい景色を見続けたかった……


 ☆


 その日から、俺の逃亡生活が始まった。

 店や家に忍び込んで食べ物を盗む。

 逃げて、そのあとは、音を出さないようにひたすら息を殺して隠れる。

 それでも見つかって追いかけられたなら、拳銃を使う。

 銃弾を使い切って、もう無理だと判断した俺は、人里を離れて山に潜んだ。

 山での生活は町以上にきつかった。

 たった一人で食べ物を手に入れるのは難しく、最初のうちは魚一匹、果物一つすら、口にできなかった。

 やっと慣れて、野山の動物を捕まえられるようになると、今度は寒さが襲ってきた。

 雪で真っ白になった世界で、俺はガタガタ震えた。

 風邪をこじらせて、木のウロにもぐって寝込んでいると、一人の女が俺の事を見つけてくれた。

 女は、俺の身の上を知って哀れんでくれた。

 人殺しの俺を恐れなかった。

 警察も呼ばず、家に入れて匿ってくれた。

 他の星から来て、何もかも違う習慣に馴染めないのは仕方ないのだと、故郷に帰るすべを失って荒れるのは仕方ないのだと、そう言ってくれた。

 食べ物と毛布をくれて、俺の熱が下がるまで看病してくれた。

 やさしい、やさしい女に、俺は甘えるだけ甘えて……

 殺して、ありったけの食べ物と、毛布を盗んで逃げた。

 人として決して許されない一線を越えたのは、わかっている。

 だが恐ろしかったのだ。

 この女と一緒にいると、きっと俺は……

 俺は秘薬を飲んでしまう。この女の手を取って、暖かい闇の中で一生を過ごす。

 そんなふうに変わってしまう自分が恐ろしかったのだ。


 数え切れないほど罪を重ね、ささくれだつ俺の心を救ってくれたのは、夜空の美しさだった。

 この星には照明というものが全くない。電灯もロウソクもない。

 だから夜になると、地上は、自分の手すら見えないほどの絶対的な闇に包まれて……

 空を、星が埋め尽くす。

 俺が知っている地球の夜空とは全く違う。

 空一面を何万とも知れない、色とりどりの星がぎらついて埋め尽くしている。

「天の川」のようなものはなく、空全体に星がぎゅうぎゅうに詰まっている。

 きっと、この星は銀河の腕部分ではなく、中心近くにあるのだろう。

 季節によっては、豪華絢爛な夜空がさらに綺麗になる。散る瞬間のバラのような形の、真紅のガス星雲が昇ってくるのだ。

 こんな星空が、美しいものが……見えなくなる?

 いやだ、絶対嫌だ。俺は視力を捨てない。何が何でも守り通す。


 ☆


 何年たったろう?

 俺の苦労が報われる日が来た。


 夏の暑い日。木の枝に毛布を掛けただけの簡易テントに、俺は潜んでいた。

 いつものように、物音を立てないよう慎重に。

 すると空に、真昼でも見える、大きな赤い星が現れた。


「なんだ、あれは!?」


 毛布をはねのけ、よく観察する。

 赤い星はパッパッと、点滅しながら動いている。……うっすら尾を引いている!

 流星じゃない! 宇宙船の噴射炎だ!

 俺は、長年使っていなかった電波無線機をつかみ、テントから飛び出した。


「……上空の宇宙船! 上空の宇宙船! きこえますか!

 SOS! SOS!

 俺は遭難者です! 惑星地球のカトウ・レイジです!

 救援を求めます! 救援を求めます!」


 ザザッ、ザザッ……しばらく雑音が聞こえた。俺の緊張と興奮が高まっていく。


「……こちら惑星地球の宇宙船、ライトニング16世号。救援要請は了解した。

 もういちど名前を言ってくれ。データバンクには、君の名前の遭難者が登録されてない」

「俺の名前ですか? 地球のニホン州、トーキョーのカトウ・レイジですよ! もういちど調べてください!」

「……確認するが、君はもしや……西暦2215年生まれのカトウ・レイジか? 西暦2237年に西トーキョー大学を卒業して、卒業旅行に出かけた。そのカトウ・レイジ? 両親はカトウ・ゲンジとカトウ・リョウコ?」

「それで合ってます! 救援を! こんな星にはもういたくない!」

「生命の危険があるのか? 特別な医療が必要か?」

「医療は必要ないけど……」


 俺は迷った。この星の人間を殺してしまって追われていると、言うべきだろうか? 隠し通すべきだろうか?


「一つ確認しておきたいんですが、この星の人間は銀河条約ではどういう扱いですか?」

「現地住民と争いでも起こしたのか? 条約未加盟でテクノロジーレベル6以下だろ、人間とは認められない」

「や、やった……!」


 俺は喜びの声を漏らした。残っていた不安が跡形もなく消えたのだ。人間と認めないなら、たいした罪には問われないだろう。

 やはり、俺のやったことは間違ってなかった。

 たとえ誰かを殺してでも、この視力を失いたくない、世界を見つめ続けたい、それは正しい気持ちだった。

 なにが、「暖かい闇」だ! クソくらえだ!  


 宇宙船の噴射炎がどんどん大きく、近づいてくる。

 俺はもう、待っていられず。上着とシャツを脱いで上半身裸になり、服を旗がわりに振り回し始めた。


「おおい! おおい! ここだーっ!!」


 思わず、叫び声まで出た。

 こんな大騒ぎすれば、住民が俺に気づいて出てくるかもしれないが……それでもいい、宇宙船が簡単に追い払ってくれる。


 銀色で弾丸のようにスマートな形の宇宙船が、俺のすぐ近くに着陸。

 搭乗ハッチが開くやいなや、俺は駆け込んだ。


「え……?」


 宇宙船の中には数人の人間たちがいた。


「要救助者を収容完了! 疲れただろう、これでも飲むといい」

「食べ物もあるぞ」

「それより、シャワーでも浴びて身ぎれいにしたら?」


 食べ物や飲み物を渡してくれる。

 腹はもちろん減っている。本来なら飛びついてガツガツ食べる。

 だが、俺は受け取るのも忘れて、


「なんで……なんで……なんで……??」


 あえぐように、そう繰り返した。


「どうかしたのか?」

「どうして、あんたたちには『目』がないんですか!?」


 そうだ、宇宙船に乗っていた人たちはみんな、両方の目がなかった。

 目のあるはずの場所には。大きな切れ込みが入っている。

 切れ込みの奥で、オレンジ色の鬼火のような光が揺れていた。


「ああ、これは『量子時空アイ』だよ」

「りょうし、じくう……なんですか、それ?」

「素粒子と時空間の構造の干渉を検出することで、物質の存在を直接観測する視覚器官だよ」

「なんでみなさん、その時空アイを使ってるんですか? 最近の地球では、目を改造するのが流行ってるってことですか?」

「ああ、そういえば言ってなかったな。

 いまは西暦2540年。きみの時代から300年後だ。察するに、超光速機関が事故を起こしたんじゃないか? そのとき六次元波動媒体が噴き出して、宇宙船ごと未来に飛ばされた。100年くらい前に量子時空アイが発明されて、いまではすっかり普及してる。もちろん君も、すぐに改造できるよ」

「生身の目を残すことはできないんですか?」

「なんで残すの? いまどき生身の目じゃ、どこにも就職できないし、街を歩くのも苦労するんじゃない? 生身の目だとコンピュータと接続できないでしょ?」

「それは、コンピュータの画面を見れば……」

「今どきディスプレイなんて、どこにも売ってないよ。世の中全体が時空アイを前提に動いてるから」


 茫然とする俺に、彼らは。最後のとどめを叩きつけてきた。


「目なんて、光がないと見えないし、物体の裏側も見えないし、時空アイと比べたら何の価値もないよ?」

「可視光線の波長の範囲なんて、ごく狭くて、無味乾燥だろ? そんなもの捨てて、時空アイの美しい世界に、早く来なよ」

「嫌がる人もいたけど、時空アイに改造したらみんな言うんだ、もっと早くすればよかったって」

 

 この惑星の人たちとそっくりじゃないか。

 俺は……俺はいったい何のために……?

 何の価値もない、そういわれてしまうもののために……? 

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