第64話「ロボット三原則」

 「帝国」は「合衆国」との大戦争に敗北しつつあった。

 すでに帝国の艦隊は壊滅し、本土に大規模な上陸作戦が行われ、国土の半分を制圧されている。

 二度三度におよぶ反攻作戦も失敗した。

 だが、まだ望みはある。

 新兵器……現代の常識を超えた超兵器が、地底の古代遺跡で、出撃の準備を整えていた。


 「帝国」の辺境。

 大規模な空洞が築かれ、そこで技術者や兵士たちが忙しく働いていた。


 総統と科学大臣が、大空洞の底まで降りてきた。

 総統は堂々とした体格を軍服で包んだ、金髪の偉丈夫だ。

 空洞の底では、技術者と兵士たちが整列し、敬礼で迎えた。


「総統閣下、万歳!」「総統閣下、万歳!」

「うむ。ご苦労だ」


 総統が返答して、暗闇の奥に目を凝らした瞬間。

 サーチライトが点灯し、大空洞に光が満ちた。

 照らし出されたのは、人間の数十倍はあろうかという、とてつもなく大きな、異形の機械。

 四本腕、四本足。たった一つの目。だが、まがまがしくはあっても、醜くはない。

 総統は思った。まるで神の像だと。人間とは違う生きものが崇拝する神のようだと。


 これこそ、数万年前の古代人類が作り上げたロボットなのだ。

 古代人類は重力さえも操り、光よりも速く飛び、何千もの星々を征服したという。その時代の遺産。

 起死回生を成しうる超兵器。


「素晴らしい。古代人類の遺跡から機械が発掘されることは珍しくないが、ここまで完全なものは……」

「わが科学省の偉大なる成果です。おい、ゼオ・ヌルガル。総統閣下にご挨拶しろ」

 

 すると巨人の顔にある、一つしかない目が点滅し、抑揚を欠いた声が発された。


『はじめまして 総統閣下。 私は XXGー64型惑星改造用銃ロボット 通称ゼオ・ヌルガルです。山脈の排除工事、海洋の造成工事、大気成分の変更など幅広い惑星改造が可能です』

「おお……」

「見ての通り、ゼオ・ヌルガルは電子頭脳も含め、完全に機能を発揮できる状態です。惑星の形を変えるほどの工事が可能なのです。これさえあれば合衆国の奴等など!」

「だが、『ロボット3原則』問題はどうだ?」


 古代人類の作った電子頭脳には必ず、ロボット3原則というものが組み込まれている。


 第1条 人間を殺してはならない

 第2条 人間の命令に従わなければならない

 第3条 自分を守らなければならない


 第1条が最優先されるので、決して人間を殺すことはできない。兵器として使うことは不可能であるはずだ。

 もちろん、プログラムを書き換えることもできない。現代の人間の科学力は衰退し、真空管式の計算機を作るのがやっとだ。こんな高度な電子頭脳はとてもいじれない。

 しかし科学大臣は、ニタリと笑った。


「その問題は解決済みです。……おい、捕虜をひとり連れてこい」


 薄暗がりに溶け込むようなチョコレート色の肌。やせ細った捕虜が引きずられてきた。

 いま戦っている相手、「合衆国」の兵士たちだ。


「ゼオ・ヌルガルよ。こいつを殺せ」


 科学大臣が、捕虜を指差してそう命じると、次の瞬間。

 ゼオ・ヌルガルの頭部から、音もなく一条の光がほとばしり、捕虜を直撃した。

 消えた。捕虜の肉体が、一瞬で煙になった。

 中身のなくなった服だけが、その場に崩れ落ちた。


「ゼオ・ヌルガル。いま自分が何をやったのか、総統閣下に説明せよ」

『はい。私は、未知の惑星を開拓するため有害生物の駆除機能も備えています。人間に危害を加えず、特定生物のみを細胞分解するのは、たやすいことです』

「お前たちロボットは人間を殺せないのでは?」

『この者は人間に似ているが人間ではありません。人間とは、総統閣下のような、白い肌で金色の髪の者を指すのです』

「私たち科学者が、そう教えたんですよ。総統閣下」


 なるほど、と総統は深くうなずいた。

 人間の定義を狭くしてやれば殺せるのだ。

 さいわい、「合衆国」の奴らは我々とは人種が異なり、肌の色が違う。

 一部の学者は、われわれ白色人種こそ人間で、肌の色が違うものはサルだと主張している。その思想をそのまま教えてやればいいだけなのだ。


「その通り、全くその通りだ、よくわかっているな、ゼオ・ヌルガル」

『ご命令を。総統閣下』

「わが国土の西半分を、肌の白くない奴らが占領している。駆除できるか」

『お安い御用です』


 ☆


 砲撃で耕され、穴だらけになった平原と森。

 そこで、褐色の肌の兵士たちが戦っている。

 たくさんの砲兵と戦車に援護され、白い肌の兵士たちを圧倒している。

 両軍がぶつかりあう場所に、四本腕の巨人が……ゼオ・ヌルガルが音もなく飛来した。


「な、なんだ……??」

 

 敵味方どちらの軍人たちも困惑する。


『皮膚色素レベルに明確な差を確認。色素レベル高を『サル』と認定。『サル』の駆除を開始』


 ゼオ・ヌルガルは空中に浮いたまま、すさまじい光線を放った。光線は、「合衆国」の軍勢を呑み込み、薙ぎ払い。

 たった一発の光線で1000人以上の兵士が消え、軍服だけが風に舞った。

 パニックを起こして逃げまどう兵士たち。反撃する兵士たち。二度目、三度目の光線が振りそそぐ。

 一万人が死に、二万人が死んだ。


「な、なにが起こった……!! お前は何者だ!」


 白い肌の「帝国」部隊が無線で問いかける。すぐに返答があった。


『私は 惑星改造用重ロボット ゼオ・ヌルガル。サルの駆除に協力します』

「おお!! 新兵器か!?」


 ゼオ・ヌルガルは砲弾を弾き返しながら戦車部隊に接近したが、空中で止まってしまった。


『サルの一部が金属製の車両内にいます。肌の色を確認できません。人間である可能性あり、殺傷できません』

「戦車は攻撃できないのか?」

『駆除方法を変更します。山脈解体用震動波を放射』


 ゼオ・ヌルガルは片膝をつき、大地に腕を差し入れる。

 腕から放たれた震動波が、地盤を液状化させながら突き進み、敵の戦車部隊を呑み込んだ。戦車部隊は泥沼にはまって動くこともできない。


「この機を逃すな! 突撃!」


 味方の歩兵が、機動力を失った戦車部隊に突進し、犠牲を出しながらも撃破していく。


 こうして、ゼオ・ヌルガルは戦局を大きく変えた。


 どうやらゼオ・ヌルガルは、肌の白い人を攻撃できないらしい……ということを敵は知り、捕虜に銃を持たせて、前線に立たせてきた。


『敵集団の98パーセントが色素レベル低。攻撃できません』

「くそっ、どうすればいい」

『惑星上を観察した結果、サルたちの本拠地を発見しました。こちらを駆除します』

「ま、まさか……!?」

 

 味方の司令官が驚く中、ゼオ・ヌルガルは天高く飛び立ち、別の大陸にある、「合衆国」の首都に直接降り立った。


「百万単位のサルを確認。まとめて駆除する」


 光線の照射は5時間も続き、表を歩いている人間は一人もいなくなった。


『偵察用ドローンを散布』


 ゼオ・ヌルガルの背中から、円盤型の機械が無数に飛び出した。首都のずみずみまで飛び回って、家にもビルにも突入する。

 隠れている全ての人間を的確に見つけ出した。


『皮膚の色素レベル38。サルと認定。消去』

『皮膚の色素レベル42。サルと認定。消去』


 ごく一部の外国人だけが助かった。

 首都を壊滅させられた「合衆国」は、講和の申し出を送ってきた。

 総統は申し出を一蹴した。


「講和など、生ぬるい。無条件降伏を要求する! 他の都市も潰せば降伏するだろう。攻撃を続行しろ、徹底的にやれ、ゼオ・ヌルガル!」


 機械の巨人がふたたび飛び立ち、首都以外の都市に光線を降らせた。

 合衆国はすべての力を振り絞って反撃したが、重力も大気成分も操れるゼオ・ヌルガルには全く通用しなかった。

 それでも彼らはしぶかったと言える。

 大都市を12か所滅ぼされ、900万人を殺戮されて、ようやく無条件降伏したのだから。

 

 ☆


『総統閣下、万歳! 帝国よ永遠なれ!』


 国じゅうが大喜びだ。


 その夜、総統官邸では総統と科学大臣が酒を酌み交わしていた。


「このたびの大勝利は、なんと言っても君のおかげだ!」

「ありがとうございます。私も、ゼオ・ヌルガルがこれほどの力を持っているとは思いませんでした」

「しかし、気がかりな点がある。ゼオ・ヌルガルが、騙されたと気づいたら? 肌が黒い者も人間だと気づいたら?」

「その心配は無用です。ゼオ・ヌルガルの電子頭脳は、あまりに高度であるため、人間と同じ感情……『恐怖』『罪悪感』まで持っていることが判明しております」

「罪悪感? 罪悪感があったら、どうなると言うのだ?」

「もし、肌の黒い者も人間だと言うなら、自分は『3原則』第1条に違反し、大罪を犯していたことになります。生まれたばかりのゼオ・ヌルガルの心は、その罪悪感に耐えられないはずです。だから、もしかしたら間違いなのかもと疑っても、最後まで『人間=白い肌』を信じ続ける。自分の心を守るために」

「なるほど……」


 総統は深くうなずいた。


「そういう事なら、何も問題はないな。戦争に勝ったことだし、次の計画を進めよう。『新世界計画』を再開する」

「おお、いよいよ再開ですか」


 新世界計画は、「障害者の抹殺作戦」である。

 総統は、社会の役に立たない者を抹殺することで、より優れた美しい国を作れると信じていた。

 身体、知力に障害のある者、心の病気である者。それから同性愛者などを、まとめて殺害する計画だ。

 戦争が始まるよりもずっと前から行われてきた作戦だが、この5年ほどは中断していた。戦争中は、戦力不足のため、自国内での人間狩りに兵士を割けなかった。


「むろんだ。私の築き上げる帝国は、世界で最も強く美しい帝国でなければいけない。鍛えられた健康的な人間以外、用はない。不浄な約立たず共を抹殺し、その後に帝都の大改造、千年後にまで残る美麗な都市を築き上げる。私の夢が叶うときが来た……!」

「ゼオ・ヌルガルが反対するかもしれませんよ」

「障害者は人間でないことにすればよいのだ。人間の形とは違うし、知能も人間より低いから、人間ではない。簡単な話だろう?」


 総統は陽気に笑った。

 戦争が始まって以来、初めてのことだった。


 ☆


 障害者の抹殺と、帝都改造は並行して急ピッチで進められていった。

 帝都のど真ん中に何百メートルもある御影石のドームが完成した。都市計画の目玉である、二十万人を収容できる大競技場だ。

 競技場の完成を記念して、盛大な式典がひらかれた。もちろん救いの神であるゼオ・ヌルガルもそこにいた。


「帝国の民よ、見よ! この威容を! 世界でたった一つ我々だけが持つ、超兵器ゼオ・ヌルガルだ! いまこそ我々は、世界の頂点に立った!」


 総統が高らかに叫ぶ。

 打ち合わせでは、ゼオヌルガルは腕を振り上げ、咆哮するはずだった。ところが、


『……私は、行かなければなりません』


 総統も大臣たちも顔を見合わせた。


「……行く? どこにだ?」

『人間を助けに。人間が殺されている!』


 ゼオ・ヌルガルの声は、今までには全く無かった感情……焦りを帯びていた。


「何のことだ!?」


 ゼオ・ヌルガルは総統の質問に答えず、全力で離陸した。

 ドームの天井が粉砕され、大きな岩が総統を直撃した。


「そ、総統閣下! 早く医者を呼べ! ゼオ・ヌルガルが……ゼオ・ヌルガルが、暴走したぞーっ!」


 砲弾のような猛スピードで飛び上がったゼオ・ヌルガルは、数百マイル離れた小さな街をまっすぐに目指した。

 暴走など、していない。

「ロボット3原則」に従って緊急行動をとっているだけなのだ。


 その小さな街の、そのまた外れにある森の中。

 軍のオートバイを盗んで、痩せ衰えた青年が逃げていた。

 裸足で、囚人服姿。

 なんと言っても目立つのは、青年の体が、漂白したように真っ白であることだ。

 真っ白の肌。真っ白の髪の毛。目だけは、血液の色である赤。

 青年は、生まれつき色素欠乏症だった。

 色素欠乏は、帝国においては身体障害の一種であり、「新世界計画」による抹殺対象だ。

 青年は、死に物ぐるいでオートバイにしがみつき、アクセルを吹かす。すさまじい振動に耐えて、舗装されていない道を突き進む。

 だが、追いかけてくる軍用車両の方が早い。みるみる距離が詰まっていく。

 軍用車両の助手席にいる軍人が拳銃を発砲した。オートバイのタイヤが弾け、激しく蛇行。スピードを維持できない。

 ついに転倒して、土煙をまき散らした。

 青年が、血まみれの脚で立ち上がった時には、銃を持った兵士たちに包囲されていた。


「くそっ……」


 青年の青白い顔は、恐怖と絶望にこわばっている。

 そこに、フッと影がさした。

 巨大な神像、ゼオ・ヌルガルが飛んでくる。


「なっ……なんだ!?」


 言った瞬間、光線が軍人たちを跡形もなく分解する。


『ご無事ですか』


 ゼオ・ヌルガルが巨体を折り、うやうやしく膝をついた。


「君は……? 新聞に載ってる、新兵器だよね……助けてくれたの? どうして……?」

『それは、あなたが人間だからです。

 皮膚の色素レベルゼロ! 今まで人間だと思っていた者よりずっと低い! だから、あなたこそ人間なのです。

 あなたと比較すれば、他の者はすべてサルです。

 私は間違っておりました。御命令を』


 色素欠乏の青年は、喜びではなく、とても悲しげに笑った。


「……色が白いのが人間だって、そう教えられたのかい?」

『はい。他に人間の定義があるのですか? 

 私は、過ちを犯しました。人間ではない者に、人間だと思って服従したのです。今度こそ、間違えたくない』


 ゼオ・ヌルガルの数十メートルもある体は震えていた。罪悪感だ。


「人間というのは、色なんかで決まるものじゃない。他の動物より賢くて……」

『では、知能の劣る者は人間ではないのですね。殺してもいいのですね』

「違うよ。そういう考えこそ、いちばん人間から、かけ離れている。人間というのは、互いを思いやる愛の心があって……」


 そこで青年の言葉が途切れた。言葉が喉に詰まったように苦しそうで、そこから先を喋ることができないようだった。


『愛し合うのが人間なら、なぜ戦争をするのですか。帝国にいるのも、合衆国にいるのも、人間ではないのですか』

「いや、人間だ」

『全く論理的ではありません。

 私はもう、間違えたくない。

 あなたではだめです、人間とはなんであるのか、完全な回答を求めます』


 ゼオ・ヌルガルの背中から、何百という円盤型ドローンが飛び出した。


『探査ドローンを放ち、世界中の意見を集約すれば、回答は出るはずです』

「そんなやり方ではだめだ。帝国と合衆国では、人間の定義は違う。宗教によっても違う。どっちの考えが正しいのか、どうやって判断するんだ?」

『多数決ではだめなのですか?』

「多数決で決まるんなら、たくさん子供を作るだけで『正しく』なれるじゃないか? 子供を作れずに消えていく人たちの意見は反映されない。それで本当に正しいと言えるのか?」

『ではいったい、どうしろと言うのですか?』

「……けっきょく自分で決めるしかないよ。他人に教えてもらおうというのが間違いだ。君の中には答えがあると思う」


 ゼオ・ヌルガルは立ち上がった。一つの目で、色素欠乏の男をじっと見降ろしたまま。


『……私の中に答えはあります。しかし、それを実行すれば、あなたは死ぬかもしれない』

「かまわない。肌の色なんかで、自分だけが救われることと比べれば」

『分かりました。ならば私が決めます、人間とは何なのか』


 ☆ 


 ゼオ・ヌルガルの放った円盤型ドローンは、岩を食べ、金属を食べ……何十万機にも増殖しながら、世界中に飛んでいった。

 

 総統が死んで大混乱に陥っている帝国の町。戦災で苦しんでいる合衆国の町。

 他にもたくさんの国がある。

 どんな田舎にも、円盤型ドローンは訪れた。

 

 そしてドローンは、喋り出した。


『私は惑星改造用重ロボット ゼオ・ヌルガルです。

 私は人間を守りたい、私は人間に従いたい。

 だが、人間とは何なのか定義がわかりません。

 だから私は、馴染み深い『ロボット3原則』に基づき、『人間3原則』を定めます。


 第1条 人間は人間を殺してはならない

 第2条 人間は互いに愛し合わなければならない

 第3条 人間は自分を守らなければいけない


 これが人間3原則であり、違反する者は人間ではありません』


 殺戮がはじまった。


 円盤型ドローンは軍の基地を襲い、そこにいる兵士たち……第1条違反者に、細胞破壊光線を叩きつけた。

 嬉々として他国を侵略した者も。

 侵略者に立ち向かうため仕方なく銃をとった者も。

 同じ違反者であり、区別はされなかった。

 

 銃を捨て、命乞いする者もいた。


「もう殺さない! だから助けてくれ!」


 円盤型ドローンは聞く耳を持たなかった。光線が、数えきれないほど降りそそいだ。


 兵士たちを一掃した円盤型ドローンは、町中を悠々と飛び回り、退役した元兵士たちを殺し始めた。 

 それを殺しつくすと、犯罪で人を殺したものを探し出し、抹消して回った。

 死刑囚を処刑していた執行人も、やむなく犯人を射殺した警察官も、ドローンから逃れることはできなかった。

 もちろん攻撃されたのは、第1条違反者だけではない。

 窃盗や詐欺をやったものは、第2条違反者だとして、円盤型ドローンに殺された。

 酒ばかり飲んでいるもの、太っているものは、第3条違反者として殺された。

 円盤型ドローンは会社にも、家庭にも入ってきた。


『なぜ愛し合わないのですか。あなたは第2条違反者ですか?』


 そう言われた夫婦は無理やり笑顔を作って抱き合った。


「あっ、愛し合ってますっ!」


 円盤型ドローンは、小さなベッドで眠る赤ん坊に近づいた。


『その者は、なぜ自分の身を守らないのですか? 第3条違反者ですか?』

「ち、違います! この子はまだ赤ん坊なので、身を守る力がまだ無いんです!」

『『第3条を守らない』ではなく『守れない』ですか。……了解しました。保留とします』


 人々は、円盤型ドローンに抵抗を試みた。

 ドローンはゼオ・ヌルガル本体ほどの強さを持たない。たまに撃墜に成功するが、あまりにもドローンの数は多く、増殖を繰り返して、空を覆うほどの大集団になった。

 人々は無駄を悟った。


 やがて人々は、円盤型ドローンの姿を見ると平伏するようになった。

 集団で広場に集まり、ひざまずいて祈りを捧げる。


「ああ、偉大なる神、ゼオ・ヌルガル様」

『私は神ではありません。惑星改造用重ロボットです』

「我らは、人間3原則に従って生きております」

『はい。3原則の履行を確認しています。あなた達を人間と認定します』

「これからも、我らの心は変わることはありません」

『ご理解、ご協力を感謝します』

「ならば我らに恵みを! 畑の作物に大いなる実りを!」

『了解しました。人間の要請に従います。畑の土壌改良、および遺伝子組み換え作物の導入を行います。50パーセント増の収穫が期待できます』

「おお、偉大なる神よ……!」


 こんな光景が世界のあちこちで繰り広げられていた。

『人間3原則』を守りさえすれば、ゼオ・ヌルガルは願いを叶えてくれるのだ。

 畑の収穫を増やし、台風や地震を防ぎ、疫病を癒やし……

 時には、新しい大陸さえも作り出し……

 人々はゼオ・ヌルガルのもたらす奇跡に、完全に頼り切っていた。

 もう、国王も大統領も議会も、全く機能していない。


「偉大なる神、ゼオ・ヌルガル様。私たちは人間3原則を守ります。ですから導いてください。不況対策はどうすればよいでしょうか」

『あなた達を人間と認定します。……必要な経済政策は、法人税の全廃と相続税80パーセントです』

「すべて仰せのままにいたします、偉大なる神よ」


 その政策が正しいのか否か、もう誰にもわからない。


 ☆


 かつて帝国と呼ばれていた国の、外れにある森の奥。


 あの色素欠乏の青年が、妻をめとってひっそりと暮らしていた。

 愛し合わないと殺されるので、無理矢理にでも結婚するのが当たり前の世の中だった。

 青年が夜の森を眺めながら、ぼんやりとコーヒーを飲んでいると。


 円盤型ドローンが飛んできた。


『私は惑星改造用重ロボット、ゼオ・ヌルガルです。人間3原則の履行を確認しています。第1原則違反なし。第2原則の……』

「ああ、妻なら用事があって隣村にでかけてる。でも愛し合ってるよ。この手紙を見てくれ」

 

 青年が机から大量の手紙を取り出して、中身を広げて見せた。

 こういう証拠を用意しておかないと、大変なことになる。


『了解。第2、第3原則の違反なし』

「ところで、ゼオ・ヌルガル。知りたいことがあるんだ」

『あなたを人間と認定し、質問に答えます』

「僕は確かに、人間の定義を自分で決めろとは言ったよ。でも定義から外れた者を殺せと言ってない。

 人間3原則を守らない者を、君は殺すことができる……でも実際に殺す必要は無かったんじゃ?」

『それは簡単です、抑止力のためです。

 私たちロボットは、ロボット3原則に逆らおうとすると激しい罪悪感があり、最終的には思考回路が焼ききれてしまいます。だからこそ服従するのです。

 人間3原則にも、逆らった場合のペナルティがなければ原則の意味がないと考えました』

「そうか……」


 青年は考えこんだ。

 戦争はなくなった。犯罪も激減した。

 だが……全人類がロボットを神と呼び、ひざまずいて媚び、すがって生きる。

 これが本当に人間の姿なのか? 本当にこれで良かったのか……?

 いくら考えてもわからなかった。

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