第63話「コロニー売ります! 売りまくります!」


 俺は、会社のポンコツ宇宙船にたった一人乗り込んで、太陽系の外縁部を航行していた。

 海王星軌道より外側、10万以上の氷天体がびっしり浮かんで、広大な小惑星帯を作っている。

 カイパーベルト。田舎だ。

 ここまで田舎にくれば売れると思ったんだが……うまくいかん。


「オルクス、ハウメア、イクシオンもだめ……もっと小さい星のほうが良いか……?」


 ふと、宇宙船の重力センサーが小さな天体をとらえた。

 3、40キロ程度の不規則な形。ジャガイモ型という奴だ。

 宇宙船を接近させる。微弱だが電波と熱反応がある。この熱パターンは、かなり古い世代の核融合炉を使ってるな?

 いけるかもしれん……

 天体の外側に「パヤ」とカタカナが大きく彫ってあるのを見て、「古いどころじゃないぞ!」と俺は叫んだ。

 天体表面に名前を彫るのは、もう二百年前、小惑星植民初期の風習だ!

 こんな時代遅れの星なら、きっと売れるぞ!


「小惑星パヤ、応答してください。こちら、オニール不動産開発の販促宇宙船です」


 俺が呼びかけると、女性の声が返ってきた。 


「はい、こちら小惑星パヤ。オニール不動産開発さんね? お客さんなんて久しぶりだわー」

「小惑星パヤ、入港許可および上陸許可をください。太陽系航宙連盟の証明書があります」

「はい、証明書を確認しました、入港と上陸の許可を出します。ようこそパヤ村へ」


 指示通り、宇宙船を小惑星パヤに近づける。カチカチに固まった氷の割れ目が補強されて、小さな宇宙港になっていた。


 通行用チューブを通って、俺は小惑星パヤに上陸した。

 エアロックが開き、プシュッ、ゴウ! という音とともに、新鮮な空気が流れ込んできた。

 星には、それぞれ固有の空気の臭いがある。よそから来た人間にはわかる。どんなに緑の星になっても、火星の空気は鉄臭さがわずかに残ってるように。

 小惑星パヤの香りは、なんだか線香みたいな香りだった。


 俺が下りてすぐのところに簡易宇宙服を着た老女が「歓迎!」のプラカードを持って立っていて、


「ようこそ! ようこそ! はやくこちらへ!」と俺を招いた。


 なんだろう? と思ってついていくと、数十メートルくらいの球形の空間に出た。

 空洞の内側にはたくさんの花が植えられ、鮮やかな庭園になっている。

 重力がないので、草も木も思い切り伸び、だが見苦しく絡むことはない。ていねいに整えられている。


「ようこそ! 遠いところから!」


 庭園にたくさんの人がいて、俺を歓迎してくれた。全員が老人だ。


「ありがとうございます」

「このパヤは小さな星で、産業らしい産業もないけど、この公園と花壇だけは自慢なんです。どう思われますか?」

「なるほど確かに……」


 地球から一か月以上かかる辺境では立派なものだった。


「ところで、私がパヤの村長です」


 プラカードを持っていた老女が頭を下げた。


「村長がご自分で! 恐縮です」

「いいえ、こんな田舎ですから、年に1回くらい行商船が来る程度なんですよ。お年寄りだけの村で。お客様が来てくださるなんてほんとに嬉しくて。無重力豚がちょうど大きく育ったんです。でっかいトンカツを作っておもてなししますね? 安心してください、私は若いころは木星圏で料理人やっていたんです」

「お気持ちはありがたいんですが、俺……私は観光にきたわけではないんですよ。

 オニール不動産開発のオオタニと申します。

 今日はみなさんに、素晴らしい提案があって、まいりました」


 俺は携帯端末を出して、空中に立体映像を表示する。


 大きな反射鏡を広げた、円筒形の巨大構造物。

 円筒形の中には地面があり、町があって、川まで流れている。

 そう……スペースコロニー。


「わがオニール不動産開発は、スペースコロニーの建設と分譲を行なっています。

 最近になってコロニー建造技術は日進月歩、いままでは作れなかった宙域にも作れるようになりました。

 この小惑星パヤを、コロニーに改築しませんか?」

 

 俺の提案に、老人たちは顔を見合わせた。


「うちの星を、コロニーに?」

「そりゃあ、広々とした空には憧れるけど」

「氷小惑星だと、トンネルの維持も大変だし。熱で溶けたり、逆に詰まったり」

「でも、お高いんでしょう?」

「コロニーは金属の資材が必要なんでしょう、うちの星は氷の塊だから金属なんて無いわよ」

「私達は重力のない暮らしに慣れているから、重力のあるコロニー暮らしは、もうできないんじゃ…」


 どれも当然の不安だ。

 俺は大きく腕を広げて、明るく答えた。


「ご安心ください! 

 費用についてはナノマシン土木技術の発達により、従来工法のなんと10分の1!

 資材は、これだけ太陽から離れると氷で十分なんです! ごくわずかに鉄筋を入れるだけで……わが社は最新工法により鉄筋も節約しますので、金属含有率3パーセント以上の星なら、追加の金属資材なしで、そのままコロニーにできます! 

 重力についても、心配ご無用です。1G(地球重力)ほど強い重力は必要ないんです。

 0.2Gもあれば重力の恩恵は受けられますし、0.2Gならご年配の方でも、少しずつ体を慣らしていくことができるんです。

 それでも、どうしても体が重い、という方のために、当社は最新型パワードスーツを無料でお配りしています」


 俺が空中のキーボードを叩くと、タイツをまとったファッションモデルの映像が出た。


「これは普通のタイツに見えるでしょうが、実は超薄型人工筋肉によって歩行をサポートするパワードスーツなのです。カラーバリエーションは赤、白、銀など12種類あります」


 村長をはじめとするお年寄りたちは、集まって何やら話し合っていた。


「うーん、費用が10分の1かあ……」「それなら出せないこともないねえ……」「空なんて50年も見てないけど、空ができるんなら良いねえ」

「私も昔は地球に憧れた、ああいう暮らしができるなら……」


 よしよし、あと一押しだな。

 

 俺が喜んでいたら、とつぜん公園にブザー音が響いた。


「恐れ入ります、宇宙港の管制室です。宇宙船が入港してきました。村長、入港許可をお願いします」

「あら、またお客様? 珍しいわねえ、一日に二組もいらっしゃるなんて……」

「今度の方も、ご商売に来られたそうです。航宙連盟の証明書は持ってます」

「わかったわ、入れて」


 いやな予感がした。まさか? まさか、あいつが来たのか?


 俺の予感は的中した。 

 公園に、ヒュッと影が飛び込んできて、クルクルッと回転し、シュッと着地した。

 そういう効果音をつけたくなるくらいキレのある動きだった。

 それなのに花や木には触れてもいない、葉っぱの一枚すら散らさないのだ。


 ヤツだ!

 見るからに高級な、ウンブリエル仕立ての背広を一分の隙もなく着こなし、男の俺から見てもハッとするくらいの美男子で……過去三百年の映画スターを研究し尽くして作った顔だと本人が自慢していた……

 ヤツだ、アラン・シュザール。俺の会社の商売敵……

 

 アランは、うっとりした表情で周囲の庭を見渡し、花の香りを嗅いでみて、


「ああ……素晴らしいお庭ですね……みなさんがお作りになったのですか? これほどの庭はカイパーベルトには二つとないでしょう。22世紀式のフランス庭園ですね。あちらの火星ベゴニアなど、実に素晴らしい。火星ベゴニアは火星重力に適応している花。無重力の中で綺麗に咲かせるには、並々ならぬ苦労があったはず」


 わざとらしいお世辞を言うアランに、俺は苛立ちをぶつけた!


「おい! アラン! なんでこんなすぐに、同じタイミングで来るんだよ!? 俺の宇宙船をこっそり追ってきたのか!?」

「くだらない言いがかりはよしてください、オオタニさん。我が社の商品をもとめるお客様のためなら、私はどこにでも行きます、それだけです」

 ところで、お客様。なぜ集まっているのですか…?」

「この小惑星パヤを、コロニーに改装するんです」

「コロニーですって!? まさか、この男にコロニーを売りつけられた? 騙されてはいけません、この男の売りつけるコロニーには大きな問題点があるのです」


 アランはパチンと指を鳴らした。

 ネックレス型の端末が起動し、周りに円筒形コロニーの立体図が現れる。アランは立体図を指差しながら、


「円筒形コロニーは、たくさんの空気を詰め込む必要があります。全長三十キロのコロニーなら、一千万トン以上……そんなに大量の空気が、この星にあるでしょうか? 大金をかけて輸入することになります」

「でも、たくさんの空気があるから、雨が降るんですよね……?」

「とんでもありません、お客様は大きな勘違いをされています。

 地球のような、大気の濃い星で雨が降るのは、なぜでしょう?

 空気中の水分が水滴になって雲を作り、重力にひかれて落ちてくるからです。

 ところが、円筒形コロニーの中心部分は無重力。いくら水分がたまっても雨にはなりません。

 雨を降らすためには、『空気中の水分を捕まえて、地面に放水する、シャワーのような装置』を別に取り付ける必要があるのです。

 パイプが絡まったような、見苦しい形の機械ですよ。せっかくの景観が台無しです。お客様、その件についてご説明は受けていましたか?」

「き、聞いてないわ」

「そうでしょう? 円筒形コロニーは他にも問題点があるのです。

 氷を素材にして円筒を作った場合……外壁の放射線防御が弱くなります」


 俺は我慢ならず、口をはさんだ。


「聞き捨てならんな! 安全基準はクリアしてる!」

「高年齢のお客様の場合のみ、クリアしてるんでしょう? しかしお子様は耐えられません。新陳代謝が早いので遺伝子が放射線の影響を受けやすく……いまはご高齢の方が多いようですが、お孫さんが帰ってくるかもしれない、若い夫婦が移住してくる可能性だってゼロじゃない、そうでしょう?

 他にもあります、照明の問題です。お客様がご覧になったコロニー映像は、大きな鏡で太陽の光を取り込んでいましたよね?

 しかし太陽光が使えるのは、太陽に近い天体だけです。カイパーベルトまで離れると、照明用の核融合炉を取り付けるしかありません。

 このパヤ村にも核融合炉はあるでしょうが、トンネルを暖める程度の核融合炉では出力が足りませんし、かなり古い物なので、転用許可が下りないはずです。

 つまり新規に購入する必要があります。

 空気・降雨装置・放射線シールド・核融合炉。これらを全部あわせた、本当の見積もりは……」


 アランが再びパチンと指を鳴らす。出てきた数字を見て、老人たちはため息をついた。


「出せないわ、そんなに……」「話が違うぞ……」

「お客様のご落胆は、もっともです。ひどい会社ですよね、騙されましたよね。

 でも、解決できるんです。

 そう、わが社、スタンフォード・コーポレーションならね!」


 こいつ、アラン・シュザールは俺と同じ、コロニー販売業者なのだ!

 ただし円筒形でなく、円環型……ドーナツ型コロニーを売っている。


「こちらが当社の基本セットである『スタンフォード・トーラスS1型』になります。

 直径2600メートルの円環で、太さは300メートル。確かに30キロの円筒形と比較すればちっぽけに見えるかもしれません。

 しかしその分だけ凝縮された自然を味わえるのです。ご予算のほうも円筒形大型コロニーの6割程度で、狭い範囲に氷資材を集中させるため、放射線防御も十分。

 もちろん照明用核融合炉は基本料金の中に含まれています」


 まずい、そうとう研究して……うちの弱点を正確に突いて来るぞ。


 おまけに……輝く美貌、爽やかな笑顔、巧みな話術。

 すべてが揃っているので、公園の老人たちは目を輝かせて、アランの言葉に聞き入っている。


「そして、この円環コロニーは真ん中に無重力の個所がございます。普通は、宇宙港や工場などを設けるのですが……

 いま私たちがいる、この公園を移設してはいかがでしょうか?

 皆様が精魂込めて作り上げた、磨き抜かれた宝石のようなお庭を、活かしたいのです」


 それがとどめの一言だった。老人たちは「いいね」「これにしよう」と口々に……


「ちょ、ちょっと待った!」


 俺は大声を上げた。


「お客様、こいつに騙されてはいけませんよ! この男アラン・シュザールはとんでもない奴なんです!

 めっちゃくちゃ女癖わるいんですよ!

 水星、火星、セレス、パラス、ガニメデにトリトン、あらゆる場所で女を騙して捨てているんです!

 こいつに人生を滅茶苦茶にされた女は両手両足の指でも数えきれないんだ!」


 アランの整った顔が一瞬にしてひきつった。


「なっ……その話は関係ないでしょう!? 卑怯ですよ!」

「いや関係あるね! いまの仕事だって、顔と体で女をコマしてとってるんだろ? 自分で自慢していたじゃないか!」

「あらゆる手段を尽くすのがなぜ悪いんですか!」

 

 アランのパンチが飛んできた。俺は体をひねってよけると、そのまま空中を飛んで、アランと取っ組み合いを始めた。

  

「思えば! お前とは! 学生の時から!」

「女とられたことを根に持ってるんですか!? キス一つできないオオタニさんが悪いんですよ腰抜け!」


 お客さんがドン引きしている気配が伝わってくる。だよなあ、商売どころではなくなってしまった……だがこいつだけは許さん……


 と、その時、大声が響き渡った。


「うるっさいなあ! 人がいい気分で寝てるのに!」


 立体的に広がる樹木の向こうから、一人の若い男が現れた。

 とてもラフな格好をしている。くたびれたジャージ姿で、ボサボサの長い髪。


「シュン、おばあちゃんたちは大切な話をしているので、自分の部屋に戻っていなさい」


 村長が、若い男に言う。

 俺はなんだか嫌な予感がして、取っ組み合いを中止した。


「あのー、この方はどなたですか? お年寄りだけの村だって、おっしゃっていませんでしたか?」

「実は一人だけいるんです、この子は私の孫なんだけど、せっかく水星のカロリス大学を出たのに、都会でうまく生活できなくて……田舎に戻ってきて、ひきこもってるんです。恥ずかしいから言いたくなかったんですよ」


 か、カロリス大学を出てる? 太陽系三大大学の一つを? 嫌な予感がどんどん膨れ上がっていく。


「僕の事よりさ、みんなで集まって何してるの? このオッサンたちは誰?」

「スペースコロニーを売りに来たセールスマンさんよ。この星パヤを改造してスペースコロニーにしてくれるって。とてもいいお話よ」

「コロニー……? 今どきそんなものを?」


 シュンという青年の眠そうな目が、一気に光を宿した。表情が険しくなる。


「いまどきって、どういう事、シュン?」

「おばあちゃんたちは知らないんだろ。水星や火星、地球のような太陽系中央では、もうコロニーなんて誰も作っちゃいない。

 ナノマシン工学でコロニーを安く作るのは一時的な流行で、すぐに人間の体を改造する方に行ったんだよ。

 カロリス大学じゃ学生の7割は完全置換型のナノマシンボディで、残り3割も体のどこかにナノマシン常駐させてた。完全に生身なのは僕だけで、変な目で見られていたよ。

 完全置換すれば空気が無くても、高温低温でも平気で、水星の地面を歩けるんだぜ? 環境に合わせて体を改造したほうがずっと安くて、手っ取り早いんだよ」

「まあ……そうなの……?」


 さ、最悪のパターンだ……

 太陽系中央の流行を知る者がいるなんて……

 このままではうちの会社が、田舎の年寄りに時代遅れの商品を売りつけるという、インチ……高度にテクニカルなイノベーション企業だということがバレてしまう。

 俺はとっさにアランの顔を見た。

 さっきまで、俺に対する怒りで歪んでいた顔。いまは怒りなど全くない。

 緊張感。そして俺に対する信頼。

 『頼むぞ!! 一緒に説得するぞ!』と顔に書いてあった。

 そうさ、コロニーが時代遅れの商品だと思われたら、アランも破滅だ。

  

「ちょっと待ってくださいお客様!! 先祖代々受け継いできた、赤い血が流れる体を捨てて良いんでしょうか!?」

「完全置換型のナノマシンボディというのは全身の細胞を全部ナノマシンに入れ替えるってことです! 人間と言えるんでしょうか! それよりも心がこもった当社のコロニーを!」


 俺たちは老人たちにぐいっと迫ってしゃべり始めた。

 シュンという青年が小声で、


「ナノマシンボディが人間じゃないっていうのは……太陽系中央だと、重大な差別発言……」

「ここは太陽系中央ではありません!!」「そうです! このカイパーベルトにこそ、あたたかい人間本来の文化を残しましょう!!」「そうは思いませんか!? ああん!?」


 二人で挟んで大声で威圧すると、下を向いて黙った。ひきこもり青年など、学はあってもこんなもんだ。

 一気にたたみかけるぞ!!


 俺はアランと力を合わせて熱弁を振るい、老人たちを説得した。ナノマシンによる人体改造がいかに人間性を無視した冒涜的行為であるか、わからせた。

 実は俺とアランもナノマシンボディである、ということは隠し通した。

 

「コロニー楽しみだよ!」

「お買い上げありがとうございます!」「お買い上げありがとうございます!!」

 

 この小惑星パヤは、円筒形と円環型を合体させた複合コロニーに改築されることになった。

 ふたつの会社が力を合わせるのだ。   

  

「アラン、お前なかなかやるな」

「私もオオタニさんのことを誤解していました。オオタニさんの熱意がなければ商談は成功しなかった」


 俺たちはすっかり意気投合していた。なんであんなにいがみ合っていたんだろう?

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