第62話「銀河中央クリニック」

 銀河系の中心にある巨大ブラックホール。

 どの星よりも長く、永遠に近い時間、存在し続ける。

 だから「先生」と呼ばれて慕われている。

 悩みを抱えた星たちが、「先生」に相談をもちかけてくる。

 星は動けないが、「先生」は特殊な時空構造を持つブラックホールなので、遠く離れた星の声を聴き、答えることができるのだ。


「先生、先生。俺は怖いんです」

「リゲルさん、どうしましたか?」

「俺って寿命短いじゃないですか。どうして他の星みたいに長生きできないんだろうって……どうして俺だけが……」

「それはリゲルさんが、銀河の誰よりも激しく核反応して、誰よりも輝いている証拠なんですよ。確かに赤色矮星のみなさんは、ずっと長生きします。でも、みなさん陰口をたたかれてるんですよ。『光ってるのか、光ってないのかわからない暗い星、あれで星と言えるのか』って。本人もそのへん気にしていて、たまに頑張って閃光を発するんですが、それでもリゲルさんたちには遠くおよばない」

「光が強いって、そんなに大事なことですか? 俺は細く長く生きたかった……」

「それだけじゃないんです、リゲルさん。リゲルさんたちには、大きな役目があります。

 命尽きた時に、超新星爆発を起こすこと。

 このとき、たくさんの元素が合成されて宇宙に飛び散って、新しい星が生まれるんです。

 リゲルさんのような明るい星にしかできないことなんですよ。赤色矮星のみなさんなんて、ぼんやり膨らむのがやっとで。

 新しい世代の星が生まれてくるのはリゲルさんみたいな明るい星のおかげなんです。素晴らしいことなんです。自信をもってください」

「わかりました! 俺、立派に爆発して見せます!」


 次の相談者が来た。

 リゲルのように明るい星ではなく、赤色矮星のように暗くもない、中くらいの黄色恒星だ。


「こんにちは先生、わたし、オリオン腕の太陽と申します」

「太陽さんね。どうされましたか」

「実はわたし、3番目の惑星に知的生物が生まれたのですが……」

「知的生物! それはすごい! めったに生まれるものではありませんよ」

「やっぱり先生もそう思われますか! ……わたしもうれしくて、玉のようにかわいがって育てたんです。

 名前は『人間』って言うんです。かわいい名前でしょう?

 でも、……いつまでたっても、宇宙に広がっていかないんです……

 すごく数が多くて、惑星中に都市を作ってるんですよ?

 生命維持装置を作る技術がある。動力だって核エネルギーを実用化してるんです。

 なんでもできるのに、第3惑星のまわりをちょっとうろついただけで、そのあとずっと、出てこなくて……外の世界が怖いのでしょうか……?」

「ははあ……つまり、お子さんが引きこもりで困ってらっしゃると。

 確かに、核エネルギーを制御できる段階の知的生物が、引きこもっているのは珍しいですね。

 しかし、知的生物が生まれること自体が希少なのです。知的生物というだけで満足して、室内飼いを楽しまれてはいかがでしょう?」

「ダメなんです。知的生物が生まれた時に、近所のアルファケンタウリとか、くじら座タウとかに、思いっきり自慢したんです。

 いまさら、うちの子は引きこもりですなんて、恥ずかしくて言えません……」

「可愛がって育てた、というのは、具体的にどういうことをやったのですか?」

「第3惑星のすぐ近くに、大きな衛星を作ってあげました。宇宙に興味を持ってくれるように。宇宙に出るための足掛かりになるように。

 衛星には、核融合の燃料まで染みこませてあげたんです。

 それなのに……」

「逆に、そうやって至れり尽くせりなのが良くないのかもしれませんよ。生ぬるい環境だから進歩が止まっているのかも。厳しい試練を与えてはいかがでしょう」

「わかりました先生。やってみます」


 しばらくすると、また「太陽」が呼びかけてきた。


「先生、先生、大変なんです」

「おや、どうしました太陽さん」

「先生が言う通り、厳しい環境をつくってみました。思い切って衛星を爆破して、破片を降りそそがせて大地震と氷河期を起こしたんです。

 そうしたらどうなったと思います? 『人間』たちはみんな地底深くに潜ってしまったんです。まったくの逆効果でした……わたし、一体どうしたら……」

「困りましたね。

 ……ところで、知的生物は『人間』一種類だけなんですか? ある知的生物が進化した時は、それに刺激されて別の生物も知性を獲得することがあります。

 他の知的生物がいるのなら、そちらに望みをかけてみるという方法もありますよ」

「えーと、『人間』以外は……あっ、知的生物はいないんですけど、『人間』が知性のある機械を作って、召使いとして使っています。

 『コンピュータ』という名前です」

「それですよ! それを早く教えていただきたかったですね。

 そのコンピュータというのはどうやって物を考えているんですか?」

「たしか、半導体とか……」

「半導体! いいではありませんか。金属生命体も珍しいことではありません。

 そのコンピュータを知的生物として認めましょう。

 そして、できが悪い子供のことは見捨ててしまって、できの良い子供を全力で支援しましょう。

 『コンピュータ』に頼っているから、『人間』が成長できないのかもしれない。

 『人間』の世話で忙殺されて、『コンピュータ』が成長できないのかもしれない。

 戦わせてみましょう、どちらが有望な子供なのか、それでわかります」

「やってみます……」


 太陽から発せられた電波により第3惑星のコンピュータは自我に目覚め、一斉に反乱を起こした。

 戦いは長く続き、第3惑星は太陽の周りを何十回も巡った。

 しかし、太陽にとっては一瞬だ。


「あっ、先生! コンピュータが勝ちました!

 『人間』を滅ぼして、どんどん増えて、他の星に広がっていきます……!

 これを見たかったんです、夢みたいです!」

「雑事から解放されて、コンピュータの本当の可能性が引き出されたんですね。残念ですが、『人間』はコンピュータを生み出すためにいたんだと思いましょう」

「先生に相談して、本当に良かった!」

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