第78話「蛆虫神様」

 その時代、地球は独裁体制に支配されていた。

 平和や自由を語り、政府に反抗した者たちは、ことごとく捕えられた。


「総統閣下の偉大さを理解できぬ、愚かで醜い蛆虫どもめ。永遠の闇の中で苦しむがいい!!」


 反政府活動家に与えられた罰は、強制労働でも銃殺でもなかった。

 宇宙への永久追放。

 小惑星監獄に詰め込み、最低限の生命維持装置だけを取り付けて、太陽系の外側に向かって放り出す。

 欠乏する食糧。太陽の光が弱くなり、酷寒が襲ってくる。そして生命維持装置も、いつか壊れる……

 もちろん小惑星監獄に、軌道を変えるためのロケットエンジンなどない。二度とは戻れぬ旅だ。

 監獄に入れられた人々は飢えと寒さに怯え、じわじわと苦しんで死んでいく。

 そんな残酷な刑罰……であるはずだった。


 だが反政府活動家の中で、ひとりの男が立ち上がった。

 のちに偉大な指導者と呼ばれる青年、ウルガンだ。

 ウルガンは人々を激励した。


「絶望するな!!

 僕たちがメソメソ泣いて死んでいったら、政府の奴らは大笑いするぞ!

 あいつらの思い通りになるものか!

 酸素も食料も必ず作れる! 僕たちは、その技術を学んでるはずだ!」


 反政府活動家たちは大学教授などの知識人、発電所や造船所の技師などが多く、確かに科学技術を身に着けていた。


「生き抜こう。何年、何十年かかっても生き抜いて、この小惑星監獄を宇宙船に改造して……必ず、地球に帰るんだ!

 政府の奴らに、僕たちを侮った報いを受けさせてやる!」

「そうだ! そのとおりだ!」


 活動家たちは奮い立った。

 

 偉大な指導者ウルガンも、その後継者も志半ばに倒れたが、子供たちが後を引きついだ。

 小惑星監獄の中で生まれ育った新しい世代にも、「必ず地球へ帰る」という想いは受け継がれたのだ。

 新しい世代が倒れると孫の世代、孫の世代が倒れると、ひ孫の世代。

 

「いつか必ず地球に帰り、報復する」


 ただ、その目標のためだけに。

 世代を超えた果てしない努力が続けられた。

 平坦な道のりではなかった。

 小惑星内で権力抗争があり、血の雨が降ったこともあった。

 実験段階のエンジンが壊れ、放射能をまき散らしたこともあった。

 だがそれでも誰もあきらめず……


 そして、ついに叶ったのだ。

 いま、小惑星監獄は宇宙戦艦に生まれ変わった。

 都市ほどもある円盤型の巨体に、ビーム砲身をびっしりと生やし。

 16基のロケットエンジンから核反応の炎を噴き出し、動き出す。

 太陽系外縁の、絶対零度の暗闇から、地球へ!


 だが、その時すでに、地球は……


 ☆


 カラカラに干からびた大地を、やせこけた少女が行く。

 少女の名前はカヤ。

 もともとは輝くように美しかったが、栄養不足でやつれている。

 ボサボサ伸び放題の長い髪。

 毛皮を体に巻き付けているだけの半裸だ。

 目はうつろで、裸足を引きずり、木の棒を杖にしている。

 カヤのいる集落は飢饉に苦しんでいた。

 獲物が見つからず、雨も降らないので飲まず食わずだ。

 自分の食べ物は自分で探して来いと言われたが、獲物を入れるはずの革袋は空っぽ。木の実すら見つからなかった。

 ……もう歩けない……

 ……でも、親のところに戻っても、食べ物はない……

 

 そんな時だ。


 憎々しいほど晴れた真っ蒼な空を、何かが飛んできた。

 カヤたちが使う、石槍の穂先に似た形だ。

 だが比べ物にならないほど大きい。

 銀色で、先が尖り、つやつやと光っている。

 巨大な何物か。下の面から小さい炎を噴いて、飛んでいる。


 大気圏突入用の小型宇宙船だ。

 だがそんなこと、カヤにはわかりはしない。


 カヤの頭上、ずっと高いところで、ピタリと止まった。


 カヤにはわかった。

 ……これは神様だ。

 薄れゆく意識、倒れそうな体。だが最後の力を振り絞って、


「かみさま! かみさま! わたしたちを、おたすけください!!!」


 天を仰ぎ、両手を振り上げて、カヤはひたすら叫んだ。叫び続けた。

 声が枯れ、また意識がすうっと薄れ始めたころ、「巨大な何物か」は答えてくれた。


『……わたしは、神などではない。

 遥か遠い宇宙より、この地球に戻ってきただけ』

「いいえ、かみさまです!!」

『なぜ、わたしを神と呼ぶのか?』

「空の上からきて、私たちを助けてくださる方がいる、それが、かみさまだと、言い伝えにあるんです」

『わたしは神ではない。わたしはウルガン。66代目ウルガン。

 醜い姿の怪物だ。見るがいい』


 巨大な何物か……宇宙船はカヤの近くに着陸した。

 宇宙船の一部が開き、


 ごぽり……

 

 悪臭を放つ、大量の粘液があふれてきた。

 粘液はカヤを押し流すほどの量で、カヤは立っているのがやっとだった。

 そして、その粘液の中に、巨大な蛆虫が浮かんでいた。

 体の大きさは人間ほどもある。白く、米粒を引き延ばしたような形。

 手足もない、目も口もないようだ。

 陽光に照らされてヌラヌラとうごめく姿は、まさに蛆虫だ。


『……これが、わたしの姿なのだ。どこが神であるものか』

「……姿なんて、なんでもいいんです。わたしたちを救ってください。救ってくださるのが、かみさまです!」

『そうか、こんなわたしを、神と呼んでくれるのか……

 なぜ、救いを求めるのか? 何が足りないのだ?』

「獲物が獲れなくて、みんな飢えているんです。雨が降らないので、水もありません」

『農業はできないのか? 井戸を掘ることは?』

「のうぎょう? いど?」

『そんな初歩的な技術すら無いのか。……わかった。わたしが助けよう』


 宇宙船はカヤを乗せて飛んだ。そしてカヤの村の近くまで行くと、先端からすさまじい光線を放った。

 光線は地面に突き刺さり、深い穴を開ける。

 地面から水が噴き出した。


「み、水だああ!」「村は救われた!」


 村人たちは大喜びだ。

 カヤは涙を流し、


「やはり、かみさまです!」


 それからも蛆虫の神様は、様々なことを教えてくれた。

 獲物のとり方、畑の作り方、金属の刃物。文字、音楽。

 いままでとは比較にならないくらい、村は栄えた。

 村の中心には、神様の乗る宇宙船があり、カヤが神に仕える巫女として、神様の世話をしていた。


 そんな、ある日。

 巨大な穂先……宇宙船の中。

 操縦室で、蛆虫神様が機械に囲まれて座り、通信していた。

 遥か彼方に浮かぶ、小惑星宇宙船と。


「66代目ウルガンよ! まだ地球侵攻のためのレポートは完成しないのか!?」

「今さら、そんなことをおっしゃっているのですか?

 現在、地球の文明は完全に崩壊しています。旧石器時代レベルの者たちが、わずかに生き残っているばかりです。

 文明崩壊の原因は核戦争の可能性が90パーセント、ウイルスの可能性が8パーセント、その他が2パーセント。

 我々の祖先を虐げた独裁体制は、もう無いのです。復讐など意味がありません。母なる地球に戻ってこれた、それだけで良いではありませんか?」


通話の向こうの声が、怒りに震えた。


「それでは駄目なのだ! 意味がないのだ!

 ウルガン、お前にもわかっているであろう。 

 我らの肉体が、いかに激しく変容したことか! 

 地球はもはや、我らの愛しい故郷ではない、安住の地たり得ない!」

「それは……」


 その通りなのだ。

 小惑星監獄の中で世代を重ねながら苦闘を続けるうち、凄まじいストレスをかけられた肉体は大きく変わっていった。

 手も足もなくなり、目は小さく、肌はブヨブヨと白く……

 ……小惑星内の狭いトンネルを這い回るのに最適な姿へと。


「我らは地球の重力下では潰れてしまう。太陽の光は皮膚を焼く責め苦だ!

 地球に住もうと思ったなら、地面に穴を掘って粘液で満たし、その中に住むしかない。

 ……小惑星監獄の暮らしと、何が違うのだ?

 ……何十世代にも渡り願い続けた地球帰還が、こんなにも虚しいものとなった。我らの苦闘は一体なんだったのか? すべて無意味ということか?

 ……答えは唯一つ!

 復讐! 徹底的な復讐! 

 地球の奴らを痛めつけ、殺し尽くし、我らの苦しみを、億分の一でも与えるのだ! それでこそ我らの心は晴れる!!」


 蛆虫神様は通話を切り、別の者へと通話をつないだ。

 地球の各地にいる、彼と同じ調査任務の者たちへ呼びかけたのだ。


「……聞いての通りだ。

 本船の連中は憎悪に凝り固まっている。

 だけど本当にやるべきことは復讐なのか?

 わたしは、地球の人々と交流した。

 貧しく無知だが、純粋な心を持った人たちだ。

 わたしたちの事を、醜くなんてないと、言ってくれたのだ。

 わたしは、この人たちのために尽くそうと思う。

 この人たちを導き、新たな文明を築く。

 もう二度と、独裁体制も、核戦争もないような文明を。

 それこそが、我々のやるべきことだと思うのだ。

 どうだろうか?」

 

 反応は激烈だった。


「そうだ! その通りだ!」

「俺たちも同じ気持ちです、現地の人たちと寄り添って生きたい!」

「戦おう! 本船と戦おう!」

「力を合わせて戦おう!」

「純真なる少女のために!」

「けがれなき新人類のために!」

「66代目ウルガン! 万歳!」

 

 話はまとまった。

 蛆虫神様の宇宙船は離陸した。

 同じ任務の者たちも、みな宇宙船を離陸させ、宇宙空間に舞い上がった。


 そして、やってきた小惑星宇宙船を迎え撃った。


 ☆ 


 その戦いで使用された火力は核戦争をはるかに上回り、地球の環境は完全に破壊された。

 大破した小惑星宇宙船が墜落し、地殻を叩き割ったのが致命傷となった。


 ☆


 いつまでも晴れない灰色の雲、凍り付いた地面の下には、トンネル都市が張り巡らされ、そこに人々が逃げ込んで生きている。


「なんということだ……結局トンネルで生きることになった……」

「わたしは嬉しいです、神様。こうやって穴の中で生きていれば、いつか神様と同じ姿になれるのでしょう?」

「ありがたや、ありがたや、神様!」

「……」


 もはや蛆虫神様には言葉もなかった。

 

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SFショートショート集「タイムマシンG」 ますだじゅん @pennamec001

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