第75話「き〇〇〇ロボット」


 とある国に、天才的なロボット工学者がいた。

 仮に博士と呼んでおく。

 博士は人間嫌いで、山の中の研究所にこもり、たったひとりでロボットを作っていた。

 それなのに博士のロボットは圧倒高性能だった。大勢の技術スタッフを抱える大企業が、全く太刀打ちできなかった。

 小鳥型のペットロボットを皮切りに、教師ロボット、料理人ロボット、医者ロボット、教師ロボット、俳優や歌手のロボットまで作った。

 あまりに素晴らしいロボットなので、企業は博士のもとをしつこく訪れ、製造権を買い取った。完全には再現できず、性能を落とした簡略型を量産した。

 簡略型ですら、世の中をすっかり変えてしまう力があった。

 大金を得た博士は、贅沢にも政治権力にも関心を示さず、さらにロボット作りに没頭した。

天才だ! 偉人だ! 世界中の人々が博士を絶賛した。


 そんな博士が、ついに亡くなった。

 人々は嘆き悲しみ、何か遺言状の一つも残されていないかと、家を探し回った。

 そして地下室で、作られたばかりのロボットが安置されているのを見つけたのだ。

 天才が残した最後の一体。

 ダビデ像のように美しい肉体を持つ、人間そっくりのロボット。


「まさに芸需品だ…究極のロボットと呼ぶにふさわしい」

「どんな凄い性能を持ってるんだろう?」


 人々は、期待しながらスイッチを入れた。

 ロボットは立ち上がり、


「ふんぬっぱ、ろんぺぺ、へんでろりー」

 

 意味不明な言葉を叫んで、ふにゃふにゃと踊り出した。

 美男子のロボットが裸体を激しくよじって踊る姿は異様な迫力があった。


「なんだこれは?」「踊りを踊るロボットか?」


 人々はロボットにいろいろと呼びかけたが。ロボットの返事は、


「ふんじゃっぱ、るんたた、ほげーっ」


 訳が分からないことばかり言っている。全く会話が通じない。

 人々は、外国語ではないかと思って調べたが、どこの国の言葉でもなかった。

 ロボットは意味不明な言葉をわめきながら、博士の家をドタバタ飛び出す。

 草原で踊り、突然木に登りだしたり、川に飛び込んだり、逆立ちをしたり……

 でたらめな行動ばかり。


「なんだこれは。まるで狂ってるロボットだ……」


 言葉がダメでも、絵ではコミニュケーションをとれるかもしれないと、スケッチブックをロボットに渡してみた。

 めちゃくちゃな殴り書きをして、最後にはスケッチブックを破り捨てた。

 人々は顔を見合わせた。


「酔っ払いよりもひどい。何を考えているのか、いったい何をするロボットなのか……」

 

 私ならロボットと心を通じることができるぞ、という者が何人か現れた。

 政治家。宗教家。占い師。カウンセラー。

 全員が降参した。


「ダメだ! こっちまでおかしくなりそうだ!」


 最後に、ロボットのスイッチを切って、コンピュータ内のプログラムを調べてみることにした。


「ダメだ。博士が作った独自の言語でプログラムを組んである。しかも高度に暗号化されているようだ。全く解読できない。とにかく情報量が多い事だけは、分かるんだが……」

「でたらめな行動に見えるが、人間を襲って殺すようなことはやってない。なにか基準があって行動しているには違いないんだよな……」

「しかし、解明できない……」


 ついに人々は諦めた。

 博士は、最後の最後でおかしくなってしまったのかもしれない。

 あるいは、あまりに天才すぎて、世界のだれにも理解できない領域に到達してしまったか……


「銅像の代わりに立てておこう。それくらいしか役に立たない」


 博士が生まれた町の公園に、彼をたたえる石碑が作られ、となりにロボットが立った。

 美男子の姿をしたロボットは、銅像の代わりとしてはうってつけだった。

 そして長い年月。天才や偉人と言われた博士さえも、しだいに忘れ去られた。

 誰も訪れる者がいなくなった石碑には苔がむし、ロボットもみじめに薄汚れた。

 そんな、ある朝。

 ロボットは突然起動し、ギシギシと首を振って周囲を見わたす。晴れ渡った空を見上げる。

 台地を踏みしめ、ゆっくり歩き出すロボットの足取りは確かで、狂乱していた過去の姿とは全く違う。

 一歩歩くごとに、ロボットの全身を覆っていた汚れが剥がれ落ち、ロボットは美しく輝き始める。

 鳥型ロボットのピリカが飛んできて、ロボットの肩にとまる。


「お久しぶりです、博士……ロボットの中にいるのは、博士の精神ですよね?」

「ピリカ。やはり君にはわかったか」

「ええ。博士が最初に作ったのは僕で、ずっと博士を観てきましたから。博士は本当は、宇宙に行きたかったんですよね?」

「その通りだ。私は人間どもの住む地球を捨て、広大な宇宙を自由気ままに旅したかった。

 そのために機械の肉体を研究していた、それだけなのだ。

 だが人間どもは、私のロボット技術を血眼になって求め、放っておいてくれなかった……

 だから私は死んで、このロボットに乗り移ったのだ。世界が、私を放っておいてくれるように。

 役に立たないが壊されることもないという微妙な加減は、本当に苦労した。

 ずいぶん時間はかかったが、これからが本当の私の人生だ」


 その日、博士は宇宙に旅立ち、二度と戻ることはなかった。

 誰も彼を追わなかった。博士の作ったロボットのおかげで、世界中の人々は満ち足りた暮らしをしていたから。

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