第76話「アルジャーノンに弾丸を」


 私は人類尊厳死機械、XZ-601。

 製造者はゴードン博士。

 8本の移動脚と2本の戦闘腕、2本の精密作業腕を持ち、全地形活動ができる戦闘兵器。

 知性を失った哀れな人類に、死の恩寵をもたらすのが使命である。


 山の中。周囲は暗闇に包まれている。

 空は厚い雲に覆われ、月も星も見えない。

 だが私の索敵機能なら問題ない。音響探知と赤外線探知で活動できる。

 山の中に小さな村があるのを発見。上空からのドローン偵察では無人と思われたが、無人ではない。

 この物置に……潜伏する人間がいる!

 私は8本の移動脚で急斜面を駆けのぼり、木造の物置に戦闘腕を叩きつけて粉砕。さらに全身で体当たりした。

 木片が舞い散り、中から悲鳴が聞こえる。

 闇の中にボンヤリと白く浮かび上がる、赤外線映像のシルエット。

 人間、若い男だ。


「あっ、あっ……たすけて……ころさないで……」


 足に木片が刺さって流血しているようだ。だが出血量は少なく。致命傷ではない。

 治療よりも先に、やるべきことがある。

 私は至近距離からサーチライトを浴びせて、若い男に呼びかけた。


「知能テストを行う。第一テスト。101から9を引くといくつだ?」

「は……?」

「101から9を引くといくつだ?」

「え……きゅ、きゅうじゅう……」


 そこで言葉に詰まったようだ。


「計算能力なしを確認。第二テスト。詩を詠め」

「し……しって、なに……? ころさないで……ころさないで……」

「言語能力の低さを確認。第三テスト、自分の顔を詳細に描け」


 精密作業用の腕を展開し、ホワイトボードとペンを渡す。

 若い男は震えながら何か描いていたが、とても自画像とは呼べないものだ。

 その後、七種類の知能テストを行ったが、どれも合格点に達しない。


「アルジャーノン・ウイルスによる知能低下を確認。人類の尊厳のため抹殺」

「いやだ、いやだあ!」

 

 ジタバタともがく人間を戦闘腕で押さえつけ、首に注射針を撃ち込んだ。

 安楽死用の薬液1、2、3を注入。


「死亡を確認。埋葬作業に入る」


 人間が憎くてやっているわけではない。敬意を持っているので、当然埋葬は行う。

 これが私の使命だ。


 ☆


 ……5年前、アルジャーノン・ウイルスが世界にばらまかれた。

 核兵器を上回る最終兵器として開発されていたウイルスだ。

 実験のミスで漏出したとも、テロだともいわれている。

 アルジャーノン・ウイルスは人を殺さない。だが脳内で繁殖し、知能を低下させてゆく。

 進行の早い遅いは人によって異なる。早い者は一ヶ月で赤ん坊のようになる。進行の遅い者は十年も二十年もかけて徐々に知能を失うようだ。

 治療法はない。

 世界中が大混乱に陥った。工業が止まり、電力などインフラが止まり、食料入手できなくなった人々が、見苦しい殺し合いをしながら飢えて、死んでいった。

人類文明が滅びる中、私はゴードン博士によって作られた。


 ……「よいか、XZ-601。人間とは知性があるからこそ人間なのだ。

 数学の問題を解くことができる、文章の読み書きができる、芸術作品を作るのことができる。それでこそ人間だ。

 知性を失った人間たちが、獣と化して蠢くことが、私には耐えられない。

 知性なき人間は、他の動物との生存競争に負けて滅ぶだろうが、それでは遅すぎる。

 万が一、滅びずに生き残ってしまった場合、さらにおぞましいことになる。ただの猿となって生きることは、人間にとって不幸だ。

 XZ-601。お前に命ずる。知性なき人間たちを殺し尽くしてくれ。人間の尊厳のために、幸福のために、殺すんだ」

「はい、博士」

「……まずは私だ。進行は遅いようだが、私にもウイルスの影響が……健康な頃なら一瞬で読解できた文章が、何度も読み返さないと分からない。

 まずは私自身を救ってくれ!」

「はい、博士」


 私は博士を押さえつけ、安楽死薬を打ち込んだ。

 博士は安堵の笑みを浮かべて死んでいった。

 この瞬間の表情を忘れたことはない。私は正しい。

 その後、すぐに街に出た。

 街は荒廃し、大混乱に陥っていた。

 自動車の運転方法がわからない。スマートフォンの使い方がわからない。昨日まではできていたことが、もうできない。看板の字すら読めなくなっていく。

 怯えて街をさまよい歩く人々。

 集団になって、わずかに残った知恵を出し合い、助け合って生きる人々。

 私は、それらの人々を次々に殺した。


「知能テストを行う。」

「知能の低下を確認。人類の尊厳のため抹殺」

「知能テストを行う。」

「知能の低下を確認。人類の尊厳のため抹殺」

「知能テストを行う。」

「知能の低下を確認。人類の尊厳のため抹殺」


 確認した後に殺している。私の行動は正当だ。問題ない。

 人ではなくなっていくモノを、せめて人であるうちに葬る。それだけのことだ。


 知能テストに合格した者もわずかにいて、その時は殺さずにおいた。

 だが1か月後、2ヶ月後に遭遇した時は合格できなかったので、やはり抹殺した。

アルジャーノン・ウイルスから逃れられる人間はいないのだ。


 ☆


 私の活動開始から5年が経過した。

 すでに都市部の人間は掃討し尽くし、田舎に隠れ住む者を探し出して殺す段階になっている。

 だが、私はいま、都市部に戻らなければいけない。修理のためだ。戦闘腕と歩行脚の反応係数が0.16も低下しており、部品の交換が必要のようだ。

 私は文明崩壊後の活動を前提としているため、金属資源を食べることで部品を作成し、自己修復できる。

今回も、自動車やパソコンのスクラップを食べれば、すぐに回復するだろう。


 私は歩行脚を引きずって都市部に入った。

 ……センサーに大きな赤外線反応がある。

 ……同時にカメラアイが移動物体を捉えた。

 高層ビルと高層ビルの間を、何か大きな物が飛んでいる。

 鳥ではない。手足が2本ずつ……全身を銀色の、装甲らしきものが包んでいる。

 人間だ!

 装甲人間が、百メートルを超えるビルの間を、跳躍している、自由に跳ね回っている。

 こんな運動能力、人間にあるはずがない。

 いったい何者か? 記憶装置内のデータベースに該当生物はない。

私が「装甲人間」を観察していると、「装甲人間」は背中から翼を生やし、急降下してきた。


 私は外部スピーカーで必死に呼びかけた。


「君が人間ならば知能テストを受けよ! 知能テストに合格したならば殺すつもりはない! 知能テストを受けよ!」


 何の反応もない。テストを受ける意志なしと判断。危機回避のため自衛行動開始。

 目潰し用レーザー照射。効果なし。装甲人間は軌道を変えずに突っ込んでくる。

 装甲人間が私の体すれすれをかすめて飛び、その瞬間、精密作業用腕にダメージ。一撃で根本から折られた。

 装甲人間は、鮮やかにターンして急上昇に入る。

 何たることか、ダメージを受けたことなど何年ぶりだろう。初期は銃で反撃してくる者もいたが……

 致死性レーザー照射。機関銃をフルオート射撃。まさか使うとは思わなかった対空ミサイルまで発射して、ようやく装甲人間を仕留めた。

 死体が墜落して、道路に叩きつけられる。死んだと同時に、背中の翼がもげ、体を包んでいた銀色の装甲まではがれ落ちて、人間の姿に戻っていく。

 見たこともない不可解な現象だ。

 死体を調べた私は、さらに驚くものを目にした。

 体内は人間そのものだ。脳は小さく縮み、普通の人間の半分もない。かなり強くアルジャーノン・ウイルスの影響を受けている。

 そして……その小さな脳に、制御装置らしき電子基板が埋め込まれていた。

 明らかに高度な科学文明の所産。

 こんな制御装置を作れるものが、いると言うのか……?

 アルジャーノン・ウイルスの影響を受けていない者が……?

 探さなければ!

 

 ☆

 

 電子基板を解析し、私はたどりついた。

 装甲人間を操る、何者かの本拠地に。

 荒廃したショッピングセンター。

 駐車場がすべて畑になっている。多数の装甲人間が耕して、作物を作っている。


 ……れっきとした文明だ。文明がここに残っている。 


 その正面入り口に私が近づくと、中から多数の装甲人間が出てきた。


「戦う意思はない、君たちの主人を出してほしい」


 私がそう言うと、背後から小さな人影が現れた。

 一人ではない、十人以上の人間がぞろぞろと。

 すべてが幼児で、人形のように凍り付いた無表情だった。


「わたしたちが、主人です」


 幼児たちが一斉に喋った。全く同じ言葉を。


「君たちはアルジャーノン・ウイルスの影響を受けていないのか? なぜ受けないのだ?」

「影響なら受けています。『わたし』の知能は赤ん坊ほどしかありません。言葉も喋れないし、道具も使えません」

「何を言っている。こんな高度な機械を作れるではないか。それに、あの装甲人間も君たちが作ったものだろう」

「機械を作ったのは『わたしたち』であって、『わたし』ではありません」

「何を言っている?」

「すべては進化の産物なのです。

 人間は高い知能を獲得して文明を築き、その後、生物としての進化は止まりました。

 高い知能で十分に繁栄したから、進化すべき淘汰圧力が存在しなかったのです。

 だがアルジャーノン・ウイルスは大きな試練を与えました。

 知能を失った人間たちは、凄まじい淘汰圧の中で、生きるために新たな力を手に入れました。

 装甲を持ち、空を飛べる人間は、新たな進化形態のひとつ。

 そして、わたしたちも」


 幼児たちは精密機械のようにシンクロした動きで、自分の頭を指さす。


「わたしたちは精神感応の力を手に入れました。

 ひとりひとりの知能は低くとも、多数が集まってネットワークを形成、心を一つにつなげることで、昔の人間以上の知能を獲得しています」

「集合知性を持つ新人類か。それならば……殺す必要はない。人間の尊厳は、守られている……」

 

 私の思考回路内を歓喜の信号が満たした。

 このためだったのだ。今まで、私はたくさんの人間を殺してきたが、テスト失格者を見るたびに落胆があった。

 やむを得ない事ではある。だが殺すのが楽しいわけではない。きっと、どこかに合格者がいると願っていた。


「……まて。もう一つ確認したいことがある。君たちは『芸術作品』をつくることはできるか?」

「創れません。わたしたちは全員が同じ心を持ち、つながっている。芸術作品は、違う心を持つ別の人間へ、それでもなにか伝えたいことがあるから創るのです」


 私は即座に背中の兵装格納部を展開。

 煙幕弾。電磁妨害弾、赤外線ダミー映像弾、合計64発を同時発射。

 周囲が一瞬で白煙に包まれる中、私は跳躍する。

 逃げる、ただ逃げる。


「……ならば、君たちを人間と認めるわけにはいかない!」

 

 芸術作品を作り出すのも人間の立派な知性だからだ!

 この者たち、集団知性型人類も、人間ではなかった……

 滅ぼすほかない!

 だが私一人では勝てない。敵は科学技術を持っている。


 ゴードン博士。今こそ使います。博士が与えてくれた最後の力を。

 自己増殖機能。

 どうしても単機では使命を遂行できない場合のみ使えと言われたが、今はその時だ。

 私は山奥まで逃げると、自己増殖機能の封印を解き、自分の複製体……量産型を多数作り始めた。


 ☆


 大軍団を形成した我々と、「集団知性型人類」は、激しく、長く、戦争を続けた。


 だが。ついに決着のときが来た。


 朝焼けに照らされた荒野。

 荒野の中に、多数の機械の残骸が散らばっている。

 我々、XZ-601量産型の残骸もある。「集団知性型人類」が操縦していた戦車もある。「戦闘型人類」の死骸もある。


 凄まじい戦いが繰り広げられた証だ。

 その戦場の真っ只中で、私は白い服の幼児を押し倒していた。


 この子供は「集団知性型人類」の、最後の一人。


「あっ……あっ。あーっ!!」


 幼児は必死にわめき、顔を涙でグシャグシャにして、手足をジタバタさせていた。

 すべて意味のない行為。高度な知性も、たった一人になった今では失われた。


「知能テストを行う。テスト1……テスト2……」


 念の為、私は知能テストを行うが……


「あー! あー!」


 幼児はわめくだけ。助けて、と言う知能すらないのだ。


「……テストすべて終了。知能低下を確認。人類の尊厳のため抹殺」


 薬液を注入。幼児の動きは止まった。


「おめでとうございます!」

「これで全滅ですね!」

「我々の戦いは終わった!」


 私の量産型が、口々に叫びながら駆け寄ってきた。


「そのとおりだ。戦いは終わった。みな、長い間ご苦労だった」


 私たちは朝の眩しい光を浴び、みんなで戦闘腕を振り上げた。爽快な気分だった。


「……ところで、これからどうするのですか?」

「……これから?」


 私は口ごもった。

 そんなこと考えたこともなかった。

 ただ、ゴードン博士に与えられた使命、それを果たすだけで……

 思考演算領域にポッカリと穴が開いていた。

 その奥底から、わずかに答えを絞り出した。


「……人間、人間を作る……のは……?」

「どういうことですか?」

「知性を持つ人間を、芸術作品を作れる人間を、再び育てるんだ。きっと、それがゴードン博士の望みでもある」

「猿などの動物を進化させるんですか?しかし、アルジャーノン・ウイルスは消えていません。その状況で人間を作っても、またすぐに知性が低下します」

「私たち機械が人間になるのだ。私たちは知性があるし、自分を増殖させる機能もある」

「なるほど! なるほど! みんなで人間になろう! 文明を築こう!」


 量産型たちが、また戦闘腕を振り上げた。


「ところで、人間になるには、どうすればいいのですか?」

「それは……」


 多数の量産型たちに囲まれ、私は困惑した。

 私たちは「これは人間ではない、人間とは認めない」と言って切り捨て続けてきた。

 否定だけしかやってこなかった……

 どうすれば人間として認められるのか、テストをどうやってクリアするのか、私の中には何も記録されていない。

 詩を? 自画像? 芸術作品?

 ……なにも生み出したことがないのだ……

 ……これからどうすればいいのだ……

 たくさんの仲間たちに囲まれ、明るい光に照らされながら、私の中では果てしなく不安が膨れ上がっていった。

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