第52話「不潔惑星」
(潔癖症の方は読まないでください)
「おいお前、『地球』に飛ばされるんだって?」
昼休み、社員食堂でばったり出会った同僚にそう訊かれた。
「ご挨拶だな。飛ばされるわけじゃない。新しく地球に営業所ができたから、そこに赴任するんだよ。おれの能力を買われたのさ」
「それを飛ばされたって言うんだよ。市場としては将来性があるかも知れないけどよ……あんな星に赴任したがる物好きはいないよ。お前だまされてんだよ」
「……どういうことだ? 地球はそんなにひどい星なのか?」
「惑星そのものには何の問題もないさ。住人のほうだよ」
「地球人が?」
「ああ、地球人は周囲の星の人間に嫌われてる。もう近寄るのも嫌だ、と公言する奴も大勢いる。個人的には僕もそう思うね」
おれたちが宇宙に進出し、異星人と交流するようになってから百年以上。
すべてのデータを詳しく覚えることは不可能だ。おれが地球人について知っていることは、外見がおれたちによく似ていること、それから……
「ヒントを一つやろう。地球人が病気にかからないことは知ってるか」
「ああ知ってる。もの凄く強力な免疫系を持っていて、どんな伝染病にも絶対かからない」
「それだけ知ってりゃ判るだろ」
「どうしてそれで嫌われるんだ? そりゃ、不老不死の種族だったら他の種族から妬まれるかも知れないけど、病気にならないだけじゃなあ」
「想像力のない奴だなあ。まあ、行ってから驚いてくれよ」
苦笑と嘲笑が七対三くらいで入り交じった笑いを残して、同僚は去っていった。
まあ、大したことじゃないだろ、おれだっていろんな星を旅行して、治安の悪い星、習慣の違う星も経験してるんだぞ?
☆
さあ、着いたぞ地球へ。
おれは宇宙船から降り立った。
と、その瞬間、鼻に奇妙な違和感を感じた。
宇宙港の空気が妙にアンモニア臭い。あと、乾きつつある汗のようなすっぱい臭いもする。
おれは首をかしげながら、待ち合わせの場所へと急いだ。
空港のゲートを抜けたところ、カフェの前だ。
「やあ、メルデッヒ商会の方ですね。お待ちしていました」
きさくに笑って現れたのは、こっちの営業所の人だ。ああ、やっぱり地球人はおれたちとそっくり、手足が二本ずつで、顔には目が二つ。
……って、なんだその格好は!
彼のシャツは、もとが何色だったのかわからないほど垢まみれになって黒ずんでいた。頭には白いフケがまぶされている。髪の毛全体が、あぶらじみた光沢を放っている。ズボンもヨレヨレだ。それよりも……臭いだ。彼の体からは凄まじい悪臭がした。腐敗した肉の臭い、糞尿の臭い、獣の臭い、汗の臭い……すべてが入り交じったような……こいつ絶対、もう何年も風呂入ってないぞ。ホームレスだってここまでは臭くない!
「あ、あんた、なんだその格好! 臭いどうにかしろ! くせえ!」
おれは、敬語など忘れて叫んでいた。
「はい? この格好がどうかしたんですか? ちゃんとした服を着てきましたが」
彼はさも不思議そうだ。
「なんで洗わないんだよ! 風呂入れよ! きたねえよ!」
生理的嫌悪感があまりに強すぎて、おれは後ずさった。
「キタナイ? フケツ? それがなぜ悪いのでしょうか? なぜほかの星のみなさんはそんな小さなことを気にするのでしょうか?」
その時おれの中で、同僚からきいた言葉が蘇った。
「地球人は伝染病にかからない」。
だからなのか? 伝染病にかからないから、体を清潔にする文化を持たないのか?
「あ、あんたたちは平気かもしれないけどさ、他の星の連中は嫌なんだよ……少しは配慮したほうがいいぜ?」
「ふふん……」
すると地球人の男は、せせら笑った。ものすごい上から目線、はっきりと軽蔑の表情をしている。
「他の星のみなさんの進化が遅れているだけです。
教えてあげましょう。私たち地球人も、昔は病原菌に負ける、弱い生き物でした。
しかし、ある時、地球を恐ろしい伝染病が襲いました。
名前を記すことすらできない恐ろしいウイルスです。
その伝染病はとにかくすさまじくて、その猛威から逃れられた国はありませんでした。
当時の人々は、徹底的に清潔になることでウイルスを封じ込めようとしました。
みんなマスクをして家に閉じこもり、頻繁に手を消毒して、外に出るものは逮捕。そこまで人々を隔離しても、感染者は増える一方だったのです。
ワクチンや治療薬も、いつまでたっても完成せず、ただ死体が積み重なって、世界中の経済がボロボロになっていくばかりでした。
もうだめだ、という時、地球人は賭けをしたのです。
まったく正反対、徹底的に汚くして疫病にかかりまくろう。
そうすれば免疫が身につくかもしれない。
全員で感染者の体を舐めまわしたり、感染者の大便を頭からかぶったんですよ。
賭けは成功しました。地球人の大部分は死んでしまったけれど、ごくわずかな生き残りは奇跡的に体質が変化して、無敵の免疫力を手に入れた。まったく違う生き物に生まれ変わったのです。偉大なる進化を遂げたのです。
生き残った人々が地球の文明を再建して現在に至ります。
だから素晴らしいこと、真の幸福への道なんですよ、不潔であることは!」
早口でまくしたてられた。
背筋をゾゾゾーッと悪寒の大群が走った。
こいつら地球人は「不潔であること」がアイデンティティー、誇りなんだ。
不潔のおかげで絶滅を回避できたら、そういう風に思うかもしれない、理屈は分かるが……
「さあ、カフェに入りましょう」
「入りたくない、何を食わされるか分かったものじゃない」
「大したことはありません、まずは3日物の腐肉を召し上がってもらいます」
俺が嫌がると、周囲を歩いている垢じみた格好の地球人たちが集まってきた。
「この人はまだ不潔のすばらしさを分かっていないのですか?」
「異星の方ですから仕方ない、しかし、すぐにわかります」
「わかってもらうために我々も協力しましょう」
「さあ、さあ、こっちへ!」
「腐肉と糞便を友にして、ああ、我ら地球人!」
地球人がなぜ嫌われているか、いやというほど理解できた……
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