第51話「冥王星ララバイ計画」(バージョン2)
宇宙暦205年。人類は太陽系内の様々な星に植民していた。
特に繁栄しているのは、木星と水星だ。
核融合燃料・ヘリウム3が無尽蔵に採掘できる木星。太陽のすぐそばにあり、強烈な光エネルギーを思う存分使える水星。
もちろん、人類発祥の地である地球や、最初に開発された火星もにぎわっている。
逆にもっとも寂れた、貧しい星は……
太陽系の最果てにある、冥王星。
マイナス240度の超低温でガチガチに凍り付いたメタンの塊だ。
正式な惑星とすら認めてもらえず、「準惑星・冥王星」だ。
そこに穴を掘って小さな居住区が築かれていた。
総人口わずか30万。
「えー、みんな揃ったな。閣議を開始する」
クリーム色の味気ない壁と天井。折り畳み式の椅子と机。
装飾といえば、大きな写真が一枚飾られているだけ。
冥王星を発見した天文学者クライド・トンボーの写真だ。
中小企業の会議室にしか見えないが、ここが冥王星の中枢、閣議室なのだ。
くたびれた老人、田中首相の声に従って大臣たちが起立、着席して、会話を始める。
「最大の議題は、もちろんわかっていると思う」
「産業振興の話ですよね?」
「その通りだ、商工大臣」
「税率の話は? 先日の国会では酸素税の引き上げが否決されましたが、やはり私は引き上げは必要と考えます」
「だめだ財務大臣。いま酸素税を上げたらどうなると思う? いまでさえ国民は週に一度しか天然肉が食えない。月に一度になるぞ?」
「われわれ閣僚も天然食品を断ち、バクテリアのペーストを食べることで痛みを分かち合えば、理解は得られます」
「駄目だと言っているだろう。まずは産業を作り、景気を良くしないと、税など取れるはずがないのだ」
「……」
財務大臣が沈黙すると、商工大臣が話しはじめた。
「私に提案があります、これは国会の若手議員の間でも出ている案なのですが……ずばり、テーマパークを建設し、観光客を呼ぶべきです。
ただのテーマパークではありません。冥王といえば死後の世界。地獄、天国、死後の世界を題材にした、かつてない斬新な計画です。
実はコスチュームの試作品が出来上がっているのです」
商工大臣はトランクを持ってきて開けた。
中から、ドクロの仮面と黒マント、おどろおどろしいデザインの杖が出てくる。
「まずは首相みずからがこれを身に着け、冥府の王として厳かにアピールしましょう。名前も、そう、ハーデス田中と名乗りましょう」
「なんというセンスのなさだ……」
田中首相は嘆いた。ちっぽけな貧乏国には、政治家もろくな者がいない。
「いっそ、となりのトリトンに併合されるべきか……」
ひとつ内側の惑星・海王星にはトリトンという衛星があり、そこも冷たく貧しいが、冥王星よりは多少マシである。
「それだけはだめですよ首相! 祖先が血のにじむような努力で氷の星を切り開いてきた志を無駄にするのですか!」
「……そもそもトリトンの側にメリットがないので、断られるでしょうが」
「はあ……。
そういえば科学大臣、きみの意見は?」
テーブルの端に座っていた科学大臣は、ひとりだけ学生のように若い男だった。
超名門、水星のカロリス大学で活躍する科学者だったというが、現地の学会と衝突して追放され、こんな田舎に流れてきたところをスカウトされたのだ。
「みなさん、最近になって『冷凍睡眠』の技術革新があったのをご存じですか? 圧倒的に低コストで冷凍睡眠できるようになった」
冷凍睡眠とは、人工冬眠ともいう。特殊な薬品と医療ナノマシンを使って、人間の心臓や呼吸をすべて止めてしまい、凍り付いて仮死状態になるのだ。
そのまま何十年、何百年も年を取らずに眠ることができる。
「なんとなく聞いたことがあるな。しかし役に立たないだろう、かんじんの深宇宙探査が止まっているのだから」
太陽系の外、他の恒星系まで行くには何十年何百年という長い時間がかかる。冷凍睡眠は、そういう長距離探査のために研究されていたのだ。
だが、人類は冥王星までは開拓したが、そこから先に行く情熱を失ってしまい、太陽系外への探査計画はまったく実行されていない。
土地が足りないわけではない。むしろ余っている。太陽系内ですら、こんなに寂れている星があるのに、なぜ何百年もかけて他の惑星を探しに行くのか? 意味がない。
人類はそう思ってしまったのだ。
しかし科学大臣は首を振った。
「いいえ。『冷凍睡眠は長期宇宙旅行に使わなければいけない、それ以外の用途はない』という固定観念が間違っているのです」
「では、他に何の役に立つのだ?」
「水星や地球、木星はとても豊かな星です。私はそういう星の人々をずっと見てきました。
ああいう星には『生きることに飽きた』人たちが大勢いるんです。
どんなご馳走も娯楽も味わい尽くした。
仕事はロボットがかわりにやってくれる。
何のために生きているのだろう。もう飽きた……
でも太陽系の外に出ていく計画はない。退屈だ……
私はそんな人のために、冷凍睡眠を提供しようと思うんです。
静かに何百年も、あるいは何千年も眠って、はるか未来の世界へと旅しよう。
きっと喜んでもらえると思うのです」
「まさか……君は?」
「その通りです首相。冥王星に、大規模な冷凍睡眠施設を作りましょう。
太陽系の最果て、都会の喧騒から離れて、静かな眠りを……。
冥王星と言えば死後の世界、という着想は良い。でもそれを一歩進めて、冷凍睡眠という疑似的な死と組み合わせるのです」
「なるほど、行けるかもしれんな……」
「実は詳細な計画があるのです」
科学大臣がタブレット型端末を出した。
会議室のモニターに、計画書や試算を表示する。
「こ、ここまで計算してあるのか……」
首相は立ち上がった。
燃え尽きる寸前だった情熱が蘇っている。
「よし! これに賭けてみるか!!
計画名は……『冥王星ララバイ計画』だ!」
センスのなさは首相も大差なかった。
☆
冥王星ララバイ計画は大成功した。
科学大臣の考えた通り、「太陽系の最果て、凍り付いた星」が、静かな眠りのイメージと合致し、「冬眠するならここで」と、大量の客が押し寄せたのだ。
一気に税収が跳ね上がり、財務大臣と商工大臣は狂喜した。
「これで国民に豊かな暮らしをさせられます。手始めに天然野菜と天然牛を。それから庭園つきの一戸建てを!」
「ううっ、夢のようだ」
科学大臣は釘を刺した。
「ある程度国民生活を向上させるのは構いませんが、目立たないようにやってください。
大きなビルを建てるのは禁止。華美な服装も禁止。
辺境の何もない貧しい星、という印象を変えてはなりません」
「なぜだね」
「客に対するアピールの問題ですよ、地球や火星の喧騒を離れて静かな場所で眠りたい、という客なのに、都会になったら客は来なくなりますよ」
「ぬぬぬっ……」
首相は、大きな建物に関する厳しい規制を作った。
ファッションに関しても、家の中では楽しめるが、家の外では質素な服に着替えないといけない、という法律も作った。
商店街の看板の色まで規制を設け、派手で大きなものは禁止となった。
みんな小さくてモノクロームで、端正な文字だけの看板。
電飾広告、動画広告は禁止。
街には質素な一戸建てが並び、住民もみな灰色の粗末な服を着て。
ずらりと並んだ冷凍睡眠カプセルの間を歩き回り、管理する。
人々はそうやって暮らすようになった。
不満はあったが、家の中に入りさえすれば贅沢は解禁。いままでもよりもずっと良い暮らしができる。
冷凍睡眠施設は拡大の一途をたどった。
ついに都市よりも大きくなって、数百万人もの人々が眠るようになった。
そうなると労働者が足りないな、と大臣が悩んでいた時に、お隣のトリトンから出稼ぎ労働者が来た。
それもたくさん来た。
「ここに来れば仕事がある、お金持ちになれると聞いたんです」
簡易宇宙服を着て血色の悪いトリトン人。かれらの瞳に期待の光が宿っていた。
「……というわけで、トリトン人を大量雇用することにしました」
商工大臣が報告すると、首相は涙ぐんだ。
「本当に豊かになったのだねえ。ちょっと前まで逆の立場だったのに。
ありがとう、科学大臣。君のおかげだ」
「いえ、大したことではありません」
自分の功績が認められたのに、なぜだか科学大臣は浮かない顔をしている。
そのとき閣議室に駆け込んできたものがいた。
胸に「科学省」の名札をつけている。
「大臣! 水星で、例の件が発生しました!」
「そうか……」
悲しそうに科学大臣がうなずく。
テーブルの上のコントローラを操作する。
大きなモニターに表示されたのは、すさまじい光景だった。
鉱山が、「水晶の針」に侵しつくされた光景だ。
空を覆いつくすように巨大で、ギラギラと輝く太陽。
高層ビルよりも大きな採掘塔。
巨大な人型の採掘機械が何百体。
そしてそのたくさんの機械が、みんな壊れて、倒れている。
「水晶の針」とでもいうべきものが、すべての採掘機械にビッシリ生えている。
しかも水晶の針は触手のようにうごめき、増殖し、鉱山に溢れかえっている。
何億、何百億にも増えた「水晶の針」は、大津波となって鉱山の外に流れだそうとしている。
軍用宇宙船が、「水晶の針の大群」にミサイルを叩きこんでいるが、まったく効いたように見えない。
「臨時ニュースを申し上げます、水星ムラサキ盆地の採掘現場で、原因不明の生物が大量発生。軍が出動し対処しています」
首相が色めき立った。
「な、なんだ、これは一体!? 科学大臣、君にはこれがわかっていたのか?」
「この水晶の針は、水星の地底で眠っていた特殊な生命体です。あらゆる金属を食べて無限に増殖する。
自然に進化した生き物としては不自然なので、遠い昔に異星文明が創った生き物だと考えられます。
水星の人々は、地底に封印されていたこの生物を、産業や軍事に利用しようとたくらんだ。
私はそれをやめさせようとして、水星社会から追放されてしまったのです。
やっぱり制御できなかったようですね。あるいはとっくに破綻して、いま隠蔽しきれなくなっただけかもしれない」
「いったいこれからどうなるのだ。軍隊の攻撃が通じていないように見えるが……」
「人類の科学技術で『水晶の針』を倒すことはできないはずです。
おそらく奴らは、他の惑星にもどんどん広がっていく。金星も地球も火星も……すべての機械を、すべての人類文明を食いつくしてしまう。
冥王星のような超低温の星を除いては」
「め、冥王星は逃れられるというのか!?」
「マイナス240度以下の超低温。それだけが『水晶の針』の弱点なのです。
だから私は冥王星に来た。冥王星に、一人でも多くの人間を集めるために。
ここが最終防衛線です。冥王星こそ人類社会の中心になりました。張り切ってまいりましょう」
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