第50話「冥王星ララバイ計画」(バージョン1)

 宇宙暦205年。人類は太陽系内の様々な星に植民していた。

 特に繁栄しているのは、木星と水星だ。

 核融合燃料・ヘリウム3が無尽蔵に採掘できる木星。太陽のすぐそばにあり、強烈な光エネルギーを思う存分使える水星。

 もちろん、人類発祥の地である地球や、最初に開発された火星もにぎわっている。

 逆にもっとも寂れた、貧しい星は……


 太陽系の最果てにある、冥王星。

 マイナス240度の超低温でガチガチに凍り付いたメタンの塊だ。

 正式な惑星とすら認めてもらえず、「準惑星・冥王星」だ。

 そこに穴を掘って小さな居住区が築かれていた。

 総人口わずか30万。

 

「えー、みんな揃ったな。閣議を開始する」


 クリーム色の味気ない壁と天井。折り畳み式の椅子と机。

 装飾といえば、大きな写真が一枚飾られているだけ。

 冥王星を発見した天文学者クライド・トンボーの写真だ。

 中小企業の会議室にしか見えないが、ここが冥王星の中枢、閣議室なのだ。


 くたびれた老人、田中首相の声に従って大臣たちが起立、着席して、会話を始める。


「最大の議題は、もちろんわかっていると思う」

「産業振興の話ですよね?」

「その通りだ、商工大臣」

「税率の話は? 先日の国会では酸素税の引き上げが否決されましたが、やはり私は引き上げは必要と考えます」

「だめだ財務大臣。いま酸素税を上げたらどうなると思う? いまでさえ国民は週に一度しか天然肉が食えない。月に一度になるぞ?」

「われわれ閣僚も天然食品を断ち、バクテリアのペーストを食べることで痛みを分かち合えば、理解は得られます」

「駄目だと言っているだろう。まずは産業を作り、景気を良くしないと、税など取れるはずがないのだ」

「……」


 財務大臣が沈黙すると、商工大臣が話しはじめた。 


「私に提案があります、これは国会の若手議員の間でも出ている案なのですが……ずばり、テーマパークを建設し、観光客を呼ぶべきです。

 ただのテーマパークではありません。冥王といえば死後の世界。地獄、天国、死後の世界を題材にした、かつてない斬新な計画です。

 実はコスチュームの試作品が出来上がっているのです」


 商工大臣はトランクを持ってきて開けた。

 中から、ドクロの仮面と黒マント、おどろおどろしいデザインの杖が出てくる。


「まずは首相みずからがこれを身に着け、冥府の王として厳かにアピールしましょう。名前も、そう、ハーデス田中と名乗りましょう」

「なんというセンスのなさだ……」


 田中首相は嘆いた。ちっぽけな貧乏国には、政治家もろくな者がいない。


「いっそ、となりのトリトンに併合されるべきか……」


 ひとつ内側の惑星・海王星にはトリトンという衛星があり、そこも冷たく貧しいが、冥王星よりは多少マシである。


「それだけはだめですよ首相! 祖先が血のにじむような努力で氷の星を切り開いてきた志を無駄にするのですか!」

「……そもそもトリトンの側にメリットがないので、断られるでしょうが」


「はあ……。

 そういえば科学大臣、きみの意見は?」


 テーブルの端に座っていた科学大臣は、ひとりだけ学生のように若い男だった。

 超名門、水星のカロリス大学で活躍する科学者だったというが、現地の学会と衝突して追放され、こんな田舎に流れてきたところをスカウトされたのだ。


「みなさん、最近になって『冷凍睡眠』の技術革新があったのをご存じですか? 圧倒的に低コストで冷凍睡眠できるようになった」


 冷凍睡眠とは、人工冬眠ともいう。特殊な薬品と医療ナノマシンを使って、人間の心臓や呼吸をすべて止めてしまい、凍り付いて仮死状態になるのだ。

 そのまま何十年、何百年も年を取らずに眠ることができる。


「なんとなく聞いたことがあるな。しかし役に立たないだろう、かんじんの深宇宙探査が止まっているのだから」


 太陽系の外、他の恒星系まで行くには何十年何百年という長い時間がかかる。冷凍睡眠は、そういう長距離探査のために研究されていたのだ。

 だが、人類は冥王星までは開拓したが、そこから先に行く情熱を失ってしまい、太陽系外への探査計画はまったく実行されていない。

 土地が足りないわけではない。むしろ余っている。太陽系内ですら、こんなに寂れている星があるのに、なぜ何百年もかけて他の惑星を探しに行くのか? 意味がない。 

 人類はそう思ってしまったのだ。


 しかし科学大臣は首を振った。


「いいえ。『冷凍睡眠は長期宇宙旅行に使わなければいけない、それ以外の用途はない』という固定観念が間違っているのです」

「では、他に何の役に立つのだ?」

「水星や地球、木星はとても豊かな星です。私はそういう星の人々をずっと見てきました。

 ああいう星には『生きることに飽きた』人たちが大勢いるんです。

 どんなご馳走も娯楽も味わい尽くした。

 仕事はロボットがかわりにやってくれる。

 何のために生きているのだろう。もう飽きた……

 でも太陽系の外に出ていく計画はない。退屈だ……

 私はそんな人のために、冷凍睡眠を提供しようと思うんです。

 静かに何百年も、あるいは何千年も眠って、はるか未来の世界へと旅しよう。

 きっと喜んでもらえると思うのです」

「まさか……君は?」

「その通りです首相。冥王星に、大規模な冷凍睡眠施設を作りましょう。

 太陽系の最果て、都会の喧騒から離れて、静かな眠りを……。

 冥王星と言えば死後の世界、という着想は良い。でもそれを一歩進めて、冷凍睡眠という疑似的な死と組み合わせるのです」

「なるほど、行けるかもしれんな……」

「実は詳細な計画があるのです」


 科学大臣がタブレット型端末を出した。

 会議室のモニターに、計画書や試算を表示する。


「こ、ここまで計算してあるのか……」


 首相は立ち上がった。

 燃え尽きる寸前だった情熱が蘇っている。


「よし! これに賭けてみるか!!

 計画名は……『冥王星ララバイ計画』だ!」


 センスのなさは首相も大差なかった。


 ☆


 冥王星ララバイ計画は大成功した。

 科学大臣の考えた通り、「太陽系の最果て、凍り付いた星」が、静かな眠りのイメージと合致し、「冬眠するならここで」と、大量の客が押し寄せたのだ。

 一気に税収が跳ね上がり、財務大臣と商工大臣は狂喜した。


「これで国民に豊かな暮らしをさせられます。手始めに天然野菜と天然牛を。それから庭園つきの一戸建てを!」

「ううっ、夢のようだ」

 

 科学大臣は釘を刺した。


「ある程度国民生活を向上させるのは構いませんが、目立たないようにやってください。

 大きなビルを建てるのは禁止。華美な服装も禁止。

 辺境の何もない貧しい星、という印象を変えてはなりません」

「なぜだね?」

「客に対するアピールの問題ですよ。静かな場所で眠りたい、という客なのに、都会になったら客は来なくなりますよ」

「ぬぬぬっ……」


 首相は、大きな建物に関する厳しい規制を作った。

 ファッションに関しても、家の中では楽しめるが、家の外では質素な服に着替えないといけない、という法律も作った。

 商店街の看板の色まで規制を設け、派手で大きなものは禁止となった。

 みんな小さくてモノクロームで、端正な文字だけの看板。

 電飾広告、動画広告は禁止。

 街には質素な一戸建てが並び、住民もみな灰色の粗末な服を着て。

 ずらりと並んだ冷凍睡眠カプセルの間を歩き回り、管理する。

 人々はそうやって暮らすようになった。

 不満はあったが、家の中に入りさえすれば贅沢は解禁。いままでもよりもずっと良い暮らしができる。


 冷凍睡眠施設は拡大の一途をたどった。

 ついに都市よりも大きくなって、数百万人もの人々が眠るようになった。

 そうなると労働者が足りないな、と大臣が悩んでいた時に、お隣のトリトンから出稼ぎ労働者が来た。

 それもたくさん来た。


「ここに来れば仕事がある、お金持ちになれると聞いたんです」


 簡易宇宙服を着て血色の悪いトリトン人。かれらの瞳に期待の光が宿っていた。

 

「……というわけで、トリトン人を大量雇用することにしました」

 

 商工大臣が報告すると、首相は涙ぐんだ。


「本当に豊かになったのだねえ。ちょっと前まで逆の立場だったのに。

 ありがとう、科学大臣。君のおかげだ」

「いえ、大したことではありません」


 自分の功績が認められたのに、なぜだか科学大臣は浮かない顔をしている。


 そのとき閣議室に駆け込んできた者がいた。


「た、大変です! 太陽に異常が!」

「太陽だと?」


 閣議室のモニターに、空の様子を映し出した。


 冥王星から見える太陽は、針の先のように小さい。

 まったく暖かさを与えてくれない、夜空のほかの星より少し明るい、という程度に過ぎない。


 だが、明らかに今は違う。

 小さな黄色い星だったのに、脈動するように明るさを増し、ちらちらと揺らめいている。


「拡大しろ!」


 モニターに映る太陽が拡大された。

 太陽は、爆発的に膨張し、その外側のプラズマを四方八方にまき散らしている。

 膨れ上がった灼熱の炎が、太陽系の各惑星に襲い掛かってくる……

 冥王星は太陽から70憶キロ離れている。光の速さで七時間。これは七時間前の出来事なのだ。


「超新星爆発? ありえない、あれはもっとずっと重い星の現象だ。太陽が爆発するなど天文学的にありえない!」


 狼狽する首相に、科学大臣が冷ややかに言った。


「みんなも、あり得ないといいました。でも起こったのです、私の計算通りに」

「君にはわかっていたのか!?」

「私は水星で太陽内部の核融合を研究し、近いうちに太陽が爆発することを知りました。

 超新星とも新星とも違う未知の爆発現象が起こると。

 しかし誰も信じなかった。水星社会を混乱させる扇動者として罵られ、事実上追放されて、ここに来たのです」

「……では、これからどうなる?」

「強烈なガンマ線が光の速さで襲い掛かって、あらゆる生物を殺しつくす。そのあとでプラズマの濁流が、じっくり時間をかけて太陽系に満ち溢れ、生き残った星を焼いていく。

 水星、金星、地球、火星までは、瞬く間に全滅です。すでに億単位の死者がでている。わずかな生き残りも、2,3日であぶり殺される」

「冥王星は……?」

「私の計算では、冥王星くらい太陽から離れていれば致命的にはならないはずです。

 表面の氷が解けて、冥王星全体が彗星のように美しく輝く程度。

 私はこのために、冥王星に人を集めたかったのです。一人でも多くの人類を生き残らせるために」

「無茶だ、冥王星だけでは燃料も食料も自給できない!」

「そのための人工冬眠です。住民みんなで眠りましょう、太陽の活動が落ち着くまで、何百年か、何千年……

 異変が収まったら、その時はみんなで目を覚まして、文明の再建です。

 よかったですね、いまこそ冥王星が人類社会の中心です。

 張り切ってまいりましょう」

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