第53話「カラクリ王の誕生」
私はカラクリ人形の職人だ。それ以外なんの能もない。
だが、ある日……信じられない人物から呼び出しを受けた。
目の前に内閣総理大臣が座っている。
「矢神清太郎さん。よく来て下さった。日本の運命のために、是非あなたに頼みたいことがあるのです」
「人違いじゃありませんか? 私は国を救えるような大層な人間じゃない。職人の年寄りです」
「江戸初期から十六代続く、世界一のカラクリ人形師でしょう。だからこそ国を救えるのです。数ヶ月前、ケルマデック海溝で発見された宇宙船のことをご存じですね?」
「ニュースで、少しは聞いたことがあります。地球外生命、いわゆる宇宙人が造ったものだと」
「そうなのです。これは機密ですが、宇宙船は地球の科学レベルをはるかに超えている。光より速く飛ぶ機能すら備わっている。復元に成功すれば、莫大な国益をもたらします」
「宇宙船とカラクリ人形に、どういう関係があるのでしょうか?」
「あの宇宙船で壊れているのはコンピュータだけです。ところが普通のコンピュータではないので、遅々として修復が進まないのです。
分析によると、あの船は『相対性理論の通用しない特異空間』を作り出すことで光速を超えるそうですが……その特異空間では、電子回路を用いたコンピューターは正常に動作しないのです。『光速度一定不変の原理』が無くなってしまうと、電気信号の速度がデタラメに変化して、動かないそうです。
だから異星人の宇宙船は『機械式コンピューター』を搭載しています。極めて小さく精密な歯車の組み合わせで計算しているのです」
「なるほど……」
「もうお分かりでしょう、ご自分の呼ばれた理由が。そうです、世界最高のカラクリ人形師なら、宇宙船のコンピューターを修復できる! 他国からも、時計職人や自動人形の研究者がたくさん派遣されています。しかし、まだ彼らの力だけでは直せない。そこにあなたが現れ、宇宙船修復に成功すれば、日本の貢献は絶大。宇宙船の生み出す利益も多く手に入る。修復作業の主導権を握ってほしいのです」
「わかりました」
私は即答した。
我が一族が代々、技を磨き続けてきたのはこの日のためだった……
☆
異星人の宇宙船は、深海で発見されたが、いまでは南太平洋上に浮揚させられている。
銅細工のように美しく輝き、鳥と魚が混ざったように生物的な形だ。
周囲に軍艦や調査船が何隻も取り巻いている。
私はそこに行き、修復現場の様子を見て回った。
異星宇宙船のコンピュータは、がらんどうに近い状態だ。
歯車が残っているのはせいぜい3割、残りは失われているので、どういう構造だったのか推測するところから作業を始めねばならない。
いくら腕が良くてもこれは厳しい……
と思っていたが。
たくさんの職人や研究者が頭を抱える中、眼鏡をかけたヨーロッパ系の青年が、リーダーシップをとって、テキパキと進めていた。
「おそらく、右半分は記憶装置だったのでしょう。残っている部分から推測して、2進法と10進法の複合ですね。歯車はこういう形状だったのではないでしょうか?」
ベテランの職人たちも、「おお……」と膝を叩いて感心していた。
この青年だけは、ケタ違いに理解の度合いが深い。
まるでコンピュータの完成図が見えているかのようだ。
「はじめまして、日本から参りました。職人の矢神清太郎と申します」
特訓した英語で話しかけた。
「おお、遠いところから、ようこそ」
「日本はカラクリの技術に関してはかなり優れていると聞きます。期待していますよ」
職人たちは挨拶を返してくる。
眼鏡をかけた凄腕の青年は、私を値踏みするような目で、じろりと見てきた。
「あなたがヤガミさんですか。噂はかねがね。
僕はヒルベルト・ヴァイスハウゼンと言います。スイスから来た時計職人です。
ところで、これは僕が試作した歯車なんですが……どこに使うか、わかります?」
ヒルベルト青年は、米粒よりも小さな歯車を渡してきた。
私は、その歯車を見つめると、
「ここでしょう? 同様の歯車が十個並ぶ構造になっているはずです」
「おお……!? 即座に分かるとは……」
職人たちが感嘆の声を上げる。
ヒルベルト青年も興味深そうに、
「思った以上ですね、ヤガミさん……! ぜひヤガミさんとはじっくりお話したい。今夜、二人で飲みませんか」
宇宙船を取り囲んでいる居住用の船には飲み屋があり、個室も用意されていた。
私とヒルベルト青年は、個室で二人きりになった。
酒にも手を付けず、ヒルベルト青年はいきなり本題に入った。
「ザクー・バーナーブ・ラムタラン・ウォ」
……それは英語ではなかった。地球上のいかなる言葉でもなかった。
しかし私には理解できた。我が一族が伝えてきた言葉だったから。
同じ言語で返事をした。
「イーカリシーク・ラムタンブ・ヌオー」
ヒルベルト青年が喜びに目を輝かせた。
「やっぱり! そうだろうと思った! ヤガミさんも僕と同じ、ターラー星人なのですね!」
「ええ、そうです」
私の一族は、もともと、あの宇宙船に乗って遠い星からやってきた。
コンピュータの故障で地球に不時着、命からがら逃げ出して、代々ひたすら、カラクリの技術を磨き続けてきた。
いつか宇宙船を修復し、はるかな母星に帰る、そのためだけに。
他にも生き残りがいたとは思わなんだが、言われてみればあり得る話だ。
ヒルベルト青年は、眼鏡の向こうの瞳を輝かせ、身を乗り出してきた。
「ヤガミさん。2人だけで宇宙船を独占しませんか?」
瞳の輝きは野心と、憎しみの光だった。
「あの宇宙船は光より速く飛べる。核兵器を上回る兵器を搭載している。
僕たちがコンピュータを組み替えて、僕たち以外の者に動かせないようにすれば……どんな軍隊も蹴散らせる、世界は僕たちの物です」
私が沈黙していると、ヒルベルト青年は畳みかけてきた。
「ヤガミさんもずっと思って来たんじゃありませんか。一族に生まれたからと言って、職業を強制され、一族以外の者と結婚することもできず、全生涯を歯車いじりに捧げ……
なんでこんな目に? この苦しみは、なんのために?
この時のためですよ。いまこそ報われるべき時が来たんです。こんなに苦しんできたんだ。地球という代価くらい、もらって当然だ。
第一、あの船はターラー星のものですからね、ターラー星人の末裔である僕たちこそ所有者にふさわしいのです。地球人に渡すなどあり得ない。
そうでしょう、ヤガミさん? 協力していただけませんか?」
私は内心の動揺を悟られないように、静かな口調で答えた。
「……ええ、その通りですね。宇宙船を手に入れましょう」
☆
それから6か月、私とヒルベルト青年は、たくさんの職人集団を率いて、修復を続けた。
地球製の歯車やカムシャフト、ゼンマイ、オモリを何百万と組み合わせて、ジャングルよりも複雑な機械の森を作ってきた。
ついに、完成の日が来た。
私とヒルベルト青年は操縦室で、膝をついて作業をしている。
操縦室は狭いし、気が散るので、他の職人たちにはすべて出てもらっている。
無数のボタンとスイッチが並び、モニターがわりに情報を知らせてくれるランプとメーターも並んでいる。
操縦席のパネルを取り外し、精密作業用マニュピレータを突っ込んで何時間も作業を続けていた。
もっとも重要で大きな歯車を、いま嵌め込む。
呼吸を止め、全神経を集中させる。
カチリ。羽毛の先端で撫でられたよりも微かな感触。
「これで動くはずだ。……そちらはどうですか?」
私の声と同時に、ヒルベルト青年の声が背後で応えた。
「僕のほうも問題ありません、終わりました。起動させましょう」
「ええ」
私とヒルベルト青年が、起動キーを同時に差し込んで、ひねる。
床のずっと下で、大きな唸りが生まれ、どんどん大きくなっていく。
ランプが一つ、また一つと点灯する。
「コンピュータは正常に作動してます」
「エンジン出力も順調に上がってる! ……これなら……!」
ヒルベルト青年の声は喜びに上ずっていた。
「浮上させましょう……! そして宣言するんです、この船は僕らの……僕らの物だと……!」
ヒルベルト青年が何かスイッチを操作する音。床下のエンジン音がますます高まると、ふわりと浮かぶ感覚があり、床が傾く。
と、そのとき私は、胸ポケットに隠しておいたマイクに、「突入です」と呼びかけた。
操縦室のドアを蹴り破って、銃で武装した兵士たちが飛び込んできた。
至近距離で、ヒルベルト青年に銃を突きつける。
「なっ……!?」
声を失うヒルベルト青年。私は言った。
「君が叛意を抱いていることは、上層部に話した。会話も録音してある」
「まだだ! お前ら銃を捨てろ! この船には核兵器以上の武器がある。地球人なんて皆殺しにできるんだからな!」
血走った目で叫んだヒルベルト青年は、操縦席に並ぶスイッチをガチャガチャと操作したが、
なんの反応もない。
「主砲が撃てない……??」
「この船の武装はすべて使えない。私がコンピュータを作り替えたからだ」
ガックリとうなだれるヒルベルト青年を、兵士たちが拘束した。
「なぜだ、ヤガミさん! 同じターラー星人なのに、なぜ裏切った。なぜ地球人なんかのために……!」
「私はね、ずっとカラクリ人形を作ってきたんです。お茶を運ぶ人形。文字を書く人形。カラクリ人形は、どれも人を楽しませるためにあります。玩具なんだ。玩具であることが誇りだ。人殺しのためにカラクリの技術を使うなんて、とんでもない」
そう言って私は、兵士たちに自分の両手を突き出した。
「私も逮捕してください。
独断で、この船の兵器を使えなくしました。
どの国も、この船を人殺しには使えません。
直すつもりはありません」
☆
テロを未然に防いだ英雄か、それとも人類の宝を勝手に改造した不届きものか。
揉めに揉めたが、私も結局、刑務所に入ることになった。
独房で、痛い腰をさすりながら座り込んでいた。
と、看守が小型のテレビを運んできた。
「なんでしょうか、そのテレビは?」
「特例として、これを見せるように言われた。上はいろいろ言うが、私も所長も、あんたのやったことは立派だったと思うんでね」
小さなテレビを独房の前に設置してくれた。
映し出された光景に、私は身を乗り出した。
鉄格子が邪魔で見づらい。もどかしい。
「異星人の宇宙船が、いま正式な乗組員を乗せ、離陸します。
乗組員は日米を中心とする国際混成チームからなり、軌道上で運用試験を行ったのち、火星、木星、太陽系外への探検に出かけます……!
果たしてこの宇宙船は、どれほどの驚異と神秘に出会うでしょうか?」
明るい声のナレーション。洋上で、まぶしい陽光に照らされた宇宙船は、軽やかに浮上した。
赤銅色の翼を広げ、ロケットの噴射もなく、魔法のようにふわりと、天高く舞い上がっていく。
戦争や支配のためではなく、人々に喜びを与えるために。
「……素晴らしい……」
一族に生まれたから、全人生を歯車いじりに捧げ……それでよかった。
こんな美しいカラクリを、蘇らせることができたのだから、一片の後悔もない。
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