第54話「ビフィーズ惑星」

 たった2、30メートルしかない広場に、身長10センチくらいの兵士たちが何百人も並んでいる。

 古風な衣装を着て、トンガリ帽子をかぶって槍を持っている兵士たち。

 地球人の探検隊は全員、「童話に出てくる、妖精や小人そのものだ」と思った。 


「私たちは小人種族、ビフィーズ人です。地球の方、遠いところからようこそ」


 きらびやかなマントを羽織った王様が、そう言った。

 習慣は地球とそっくりらしく、手を差し出してきた。


「あ、ありがとうございます」


 地球人の探検隊は、驚きながらその場にしゃがみこんで、王様の手を握った。

 

 こうして地球人は、ビフィーズ人という異星人と平和的に接触した。


「わたくしたちの惑星を隅々までご覧ください」 


 王様がそう言うので、探検隊は惑星ビフィーズの各所を観察した。

 ビフィーズ人は体が小さいだけあって、人口はとても多い。何千億人、それ以上のようだ。

 あらゆる場所に、おもちゃのようにかわいらしいキノコ型の家と、畑が広がっている。

 自動車も飛行機もない。昆虫が引く馬車で移動している。

 牧歌的な生活を行っている人たちだ。  

 

「こちらを召し上がってください」


 そういわれて、ヨーグルトをふるまわれた。


「美味い! 美味いぞ!」


 飛び上がるほどに美味だ。地球のヨーグルトを遥かに超えている。


「これを地球に輸入したいのですが」「どうぞ、どうぞ」


 たちまち地球では大ヒット商品になった。若い女性を中心に、かつてのタピオカブーム以上の人気だ。ヨーグルトを満載した宇宙船が飛んでいく。

 こうなると、地球からも商品を売りつけたい。

 向こうの商品を買うだけでは、地球の富が一方的に出て行ってしまう。


「こちらのコンピュータはいかがですか? ラジコンを改造したミニ自動車でドライブなど、いかがでしょう?」

「いえ、私たちは今の生活で満足しておりますので」


 地球の商品を買ってもらえない。

 困った。これでは地球側の利益が乏しい。


 そのとき、地球の金持ちがこんなことを言い出した。


「ビフィーズ人は小さくてかわいい。あいつらをペットにしたい。地球に連れてきて、犬みたいに繁殖させよう」

「えっ、知的生物をペット扱いは銀河条約で禁止されてるし、マスコミからも批判が……」

「儲かるぞ。ヨーグルトの利益など比べ物にならん」


 倫理の壁はすぐに破られた。

 どうせビフィーズ人は体も小さく、近代兵器もない。あいつらが抵抗してきたところで、簡単に力づくで潰せる。

 そういう考えで、傭兵部隊が派遣された。


 大型武装宇宙船が、都市を踏み潰して強引に着陸する。

 銃と、ネット投射機をもった傭兵たちが、逃げまどうビフィーズ人を追い回し、捕えていく。

 勇敢に立ち向かってくるビフィーズ人もいたが、虫を踏み潰すように簡単に殺せた。傭兵の中には、殺戮に夢中になる者もいた。


 兵士たちを引き連れ、マントをひるがえして王様がやってきた。


「地球人よ。地球とは平和的にやってきたはずだ。なぜこのような無法を働くのか!」

「恨むなら、自分たちの力のなさを恨むんだな。あんたたちの軍隊でかかってきても良いんだぜ、勝てるものならな」

 

 地球人の傭兵たちはそう嘲笑った。


「そうか。それならば私たちにも考えがある! 国民よ、立ち上がれ!」

「フン! 何ができるって言うんだ?」


 王様の姿が、パッと消えてなくなった。

 それだけでない。兵士たちも、町を逃げまどっていたビフィーズ人たちも。すべて消えた。


「い、一体何が?」

 

 うろたえた傭兵。次の瞬間、


「グエエエーッ!!」


 のたうち回り、体じゅうの穴から血を噴き出して死んだ。

 他の傭兵たちも。


「グエエエーッ!」「グエエエーッ!」「グエエエーッ!」


 傭兵部隊の指揮官は顔を見合わせた。


「いったい何が起こっているのだ?」

「化学兵器、あるいは生物兵器の攻撃に似ています」

「しかし我々の装甲服はNBC防御が施されているぞ?」


 いちど宇宙に撤退し、遺体を調べてみると、驚くべきことが分かった。


「こ、これは……??」


 顕微鏡で撮った動画。血管の中。

 古風な洋服にトンガリ帽子のビフィーズ人が、ノコギリやツルハシを持って血管を破壊している。

 一緒に血球が映っている。ビフィーズ人は血球と同じくらいのサイズだ。

 観察されていることに気づいたのか、ビフィーズ人はプラカードや横断幕を持ってきて掲げた。


 『我々は屈しない』『病原菌となり、お前たちすべてを殺しつくすまで戦う』


「なんということだ……」「彼らは、細菌サイズにまで小さくなれる能力があるんだ」

「ファーストコンタクトの時、『小人種族』と名乗った理由を、もっとよく考えるべきだった。生まれた時からずっと身長10センチなら、それが普通と考えるから『小人種族』などと名乗るはずがない。いくらでも小さくなれる種族、という意味だったのだ」

「NBC防御が効かなかった理由もわかる。『人間並みの知能を持ち、作戦を考えて行動する病原菌』など、医学の常識ではありえない、そんなもの想定しているはずがないのだ……」

「ま、待て、さらったビフィーズ人はどうした、返すから攻撃をやめてくれ、と交渉するんだ。賠償をしてもよい」

「ダメです、もう遅い。ビフィーズのヨーグルトがとても美味しかったことを思い出してください。ヨーグルトってどうやって作るかご存じですか。細菌の力で作るんです。彼らが細菌の代わりになって作っているから美味いんだ。きっとミクロサイズになったビフィーズ人が、ヨーグルトの中にはたくさんいて、それはもう地球人が、たくさん食べている……」


 こうして、人間並みの知能を持ち、復仇に燃える病原菌が、地球に解き放たれた。


 それからあとのことは書くまでもあるまい。

 史上最悪の疫病との戦いはいまでも続いており、死者数は増加の一途をたどっているのだから。

 顕微鏡をのぞくたびに、医者はこんな横断幕を見せつけられる。


『我々は生きて腸まで届き、地球人すべての内臓を破壊する!』 

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