第43話「将軍様の宇宙船」

 ボクの国は貧しかったけれど、ボクの家だけは特別に裕福だったから、ゲーム機なんかも買ってもらえたし、インターネットを見ることもできた。

 ネットでこんな文章を読んだ。


 「知能に障害のあるクラスメートの家に、遊びに行った。

  クラスメートは一心不乱にドラクエをやっていた。

  ところが彼は、ひたすら最初の町の周りを歩き回り、スライムを倒す。

  それだけを果てしなく繰り返していた。

  仲間も集めず、武器も防具も装備せず、素手のままで、レベル50を超えていた。

  ストーリーを進めてやろうと、コントローラに手を出したら激怒された。

  母親は言う。『××ちゃんはファミコン大好きなのよ』

  時々、彼と、永遠に世界を救えなかったであろう彼の勇者の事を思い出すと、とても悲しくなる」


 ボクはこの文章を読んだとき、背筋が寒くなり、同時に涙がこみあげてきた。

 どうしてだろう? どうして、こんなにも怖くて、悲しいんだろう?

 

 SF小説などを乱読するうちに、理由に気づいた。

 

 「永遠に世界を救えなかった勇者」は、地球人類のことだ。

 アポロ宇宙船が月に行ったのを最後に、人類の宇宙進出は何十年も止まっている。

 火星も金星も、木星も土星も、誰も行きやしない。

 地球のまわり、高さ400キロの低軌道をぐるぐる回っているだけだ。

 火星に行く技術が、ないわけじゃない。

 火星どころか、何光年も離れた他の恒星にだって、行くための技術はある。

 それなのに、それなのに……

 人類は、宇宙に出ていかない。

 まさに、最初の町の周りを歩き回って、スライムだけを倒し続けてレベル50になってしまった。

 間違っている。こんな人類は決定的に間違っている。

 無限の星々が、無限の冒険が、広がっているのに、最初の町から進まないなんて。


 ボクに力さえあれば、世界を変えてやるのに。

 人類を導いて、勇者のストーリーを進めてやるのに。

 だからボクは決意した。

 力を手に入れると。

 邪魔者だった兄二人を蹴落とし、共和国の最高指導者になった。

 共和国が持つ、すべての力をロケット開発に注ぎ込んだ。

 弾道ミサイル。

 人工衛星。

 有人宇宙船。

 核爆弾も必要だったから作った。


 そして。今。

 ボクの夢は叶おうとしている。

 今日。人類という勇者は、遥かなる宇宙に飛び出すんだ。


 ボクは、ロケット管制センターの指令室に足を踏み入れた。

 巨大なモニターがあり、数十台のコンピュータ端末に囲まれている。

 ボクが入ってくると、コンピュータを操作していた人々が、一斉に立ち上がった。

 全員が人民服姿。機械仕掛けのように整然と敬礼した。そして叫んだ。


「主体の共和国の偉大なる最高指導者、マンセー!」

「太陽のごとく輝き我らを導く英雄、マンセー!」

「深遠にして高潔なる思想家、マンセー!」

「マンセー! マンセー! マンセー!」


 ボクは、彼らの賛辞が終わるまで待ち、所長に命令した。


「全世界放送をはじめる。すべて整っているな? 同務(トンム)?」


 所長は模範的共和国人らしく、胸をはって高らかに答えた。


「ハッ、偉大な元帥様。すべて準備万端ととのっております!

 こちらがマイクです!」


 ボクは所長からマイクを渡された。

 指令室のあちこちにあるカメラが動き始める。

 全世界に向けて、電波とインターネットで、放送がはじまったのだ。


「全世界の全人民諸君!

 ボクは高麗民主主義人民共和国の三代目最高指導者、共和国元帥にして第一書記、金聖恩(キム・ソンウン)である。

 我が共和国は世界の人々により多大な誤解を受けてきた!

 いわく、悪の枢軸!

 いわく、テロ支援国家!

 いわく、民衆を餓死させても核武装を進める、恐怖の独裁国家!

 ボクは今こそ、これらすべてが間違いであったことを、諸君に対して明らかにする。

 ボクの目的は、独裁でも戦争でもない」


 そこで言葉を切り、指令室の巨大モニターに目をやった。

 地球と、そのまわりをめぐる多数の人工衛星の軌道が、CGで描かれている。

 共和国が打ち上げた有人宇宙船、人民星14号、15号、16号、17号、18号も描かれている。

 これら5隻の宇宙船は、すぐ近い軌道に浮かんでいたが……

 いまこそ、計画に従って、軌道を変え、接近し……

 ドッキングした。


「アメリカやロシア、中国などの宇宙機関は、何が起こったのか把握しただろう。

 我が共和国の宇宙船5隻が軌道上で合体し、巨大宇宙船となった。

 合体後の宇宙船を、『超銀河1号』と呼ぶ。

 5隻もの宇宙船をドッキングさせるのは困難なことであり、わが共和国が、アメリカやロシアと同格の、一流宇宙開発国となった証拠である。

 だが、これから起こることは、君たちの想像すら遥かに超えるだろう」


 モニターの画像が切り替わった。

 モニターの半分に、うすぼけた宇宙船の姿が映っている。

 望遠鏡でとらえた、超銀河1号だ。

 合体完了した超銀河1号は、さらに変形し、後部に巨大な、パラボラアンテナ型のものを展開する。


「元帥様! 対爆プレート展開完了! マンセー!

 超銀河1号、オライオン機関始動できます、マンセー!」


 所長が感極まった声で叫ぶ。


「うむ。ご苦労。

 いまこそ勇者は、冒険へと歩みだす!

 オライオン機関始動! 超銀河1号、発進!」


 モニターが一瞬、真っ白に染まった。

 あまりにすさまじい、爆発の閃光のためだ。

 光が消えたあと、超銀河1号は、変わらずそこにあった。

 だが……CGで描かれた軌道を見て、ボクは思わず顔面をゆるめた。

 軌道が変化している。超銀河1号は加速している。

 たった1回の爆発で。

 その後、爆発が5回、10回続いた。

 超銀河1号はめざましい加速を遂げ、地球引力を振り切る軌道に入った。

 

「諸君! 全世界全人民、とりわけ宇宙開発関係者、諸君!

 オライオン計画というものを知っているだろう。

 1960年代のアメリカで研究されたもので、小型の核爆弾を推進力として使用する。

 化学反応を使う通常のロケットとは比較にならない大推力、高効率。超高性能のロケットが作れる。

 超銀河1号は、オライオン計画を実現させた、核動力宇宙船なのだ。

 現在、わが共和国には1発の核爆弾もない。

 すべて超銀河1号に、燃料として積み込んだ。

 わが共和国が核爆弾を開発し、その量産と小型化に血筋をあげてきたのは、オライオン実現のためである。

 侵略的意図など一切なかった!

 そして今、超銀河1号は、英雄的飛行士たちを乗せ、発進した。

 目的地は、火星である。

 化学ロケットでは数か月を要するが、超銀河1号は一か月で火星に到達する。

 世界に先駆け、火星進出を、わが共和国が実現する……!」


 と、そこまでボクが言ったとき、部屋の外から連続した銃声と、悲鳴が聞こえてきた。

 なんだろう? と思う間もなく。

 自動小銃で武装した兵士の一団が、ドアをブチ破って突入してきた。

 全員が覆面をつけている。


「おい、偉大なる元帥様に、何たる無礼か……!」


 所長が銃口を恐れずに怒鳴るが、即座に撃ち殺された。

 兵士の一団は、所長を撃ち殺したのち、天井に向かって威嚇射撃。

 ボク以外、全員が両手をあげて降参した。

 兵士のリーダーらしき男は命ずる。


「放送を止めるな! この愚かな男が死ぬところを、全世界に見せろ!」

「……誰だ、キミは? これは何の騒ぎだ?」


 ボクは自分でも不思議なほど落ち着いて、兵士の一団に問いかけた。


「フン……わからないか?」

 

 リーダーらしき男が、覆面を脱ぐ。

 ひげ面で、禿げた頭、目つきが悪い。

 ボクの腹違いの兄、金聖男(キム・ソンナム)だ。

 最高指導者の座を巡って争った敵だ。


「兄さんは、VXガスで暗殺したはずなんだが?」

「死んだように見せかけて、クーデター計画を進めていたのさ。

 オレは、すでに軍の内部に同調者を多数作っている。 

 最精鋭の第八特殊軍団もオレの指揮下だ。

 お前はもう終わりだ、聖恩!」

「いったいなぜ、ボクを殺そうと? 将軍様になりたかったのかい?」

「ふざけるな。共和国の人民を救うためだ。

 お前のくだらないロケット遊びで、どれだけ人民の生活を犠牲にしてきたことか……

 地方の民衆は、電気も水道もなく、飢えと寒さで、バタバタと死んでいる!

 医薬品など、一滴もありはしない!

 ロケット遊びの金を、人民の生活向上に使っていれば、何十万人も助けられた!

 オレはいまこそお前を倒し、共和国の人民に、普通の生活を、飢えない生活をもたらす!」

「フン、なんだそんな理由か。

 くだらないねえ。

 それで、うちの国が少しばかり裕福になって、人民がコメや肉を食えるようになって。

 どうなるって言うんだい? どこにでもある発展途上国ができあがるだけじゃないか。

 そんなことに意味はない。この地球で、ちいさな、はじまりの町の中で、少しくらい豊かになることに意味はない。

 ボクは無限の冒険を選ぶ」


 聖男は、薄気味悪そうな顔でボクを見つめた。

 ボクの考えが全く理解できないようだ。


「撃ちたいなら撃つがいい。

 もう超銀河1号は発進した。あとはボクがいなくても火星にたどり着くさ。

 そして! ここからが大事なのさ。超銀河1号をきっかけに、大々的な宇宙開拓時代がはじまる。

 当然だ。百分の一以下の国力、吹けば飛ぶような貧乏国に先を越されて、アメリカや中国が黙っているものか。

 血眼になって、金星やら木星やらに宇宙船を飛ばしまくるはずだ。

 大国だけじゃない。わが共和国ですら火星に宇宙船を送れた、その事実がどれほど、小国を勇気づけることか……

 世界中の国が競って、宇宙船を飛ばしまくる。そんな時代が来る。

 ボクは予言する。あと50年以内に、太陽系は征服され、恒星間宇宙への進出が開始される……」


 ボクがしゃべっている間、聖男の表情がどんどん、恐怖でひきつっていった。

 銃を持って脅している立場なのに、ボクが恐ろしくて仕方ないらしい。


「じ、人民の敵! くたばれ!」


 ついに発砲した。

 ボクは胸に強い衝撃を受け、吹っ飛ばされて床に叩きつけられた。

 痛みはない。撃たれた胸が熱く、それ以外の全身が寒い。どんどん寒くなっていく。

 胸から噴水のように血液があふれ出していくのを感じる。

 ああ。ボクは死ぬのか。

 まあ、良いだろう。

 人類を宇宙へと導いた偉人として死ねるのだから。

 ああ、見える、見えるぞ。

 壮大な宇宙艦隊が、銀河系を駆け巡る姿が……

 たくさんの惑星に植民する人類が……

 ウフフフフ……なんとすばらしい……


 ☆


 私は、その日も、ビルの屋上を訪れた。

 ビルの屋上に設置した望遠鏡で星を眺めるのが、私の日課だ。

 子供のころの夢だった「宇宙飛行士」が、永遠に叶わなくなった今も。


 星を眺めていると、真っ白い巨大な壁が、視野を埋め尽くした。

 そのたびに望遠鏡の角度を変え、ほかの星を見る。

 だが、次々に壁が現れて、邪魔をする。


「よく見えないでしょ、お父さん」

 

 背後に立つ息子が言う。


「ああ、そうだな……」


 私は望遠鏡をあきらめ、夜空を仰いだ。

 白銀の宇宙戦艦が、何隻も空に浮かんでいる。

 銀河連盟の監察部隊だ。

 軌道上を制圧し、高度100キロメートル以上に上昇したものを、すべて撃ち落とす。


「あんなのが飛んでいては、見えないさ……」

「ねえ、お父さん、あの艦隊が来たのは、人類の火星進出がきっかけだって本当?」

「その通りだよ。

 『銀河連盟』の異星人たちは、ずっと太陽系の近くに潜んで、人類を監視していたらしい。

 人類が、平和的な種族なのか、それとも血に飢えた獣なのか知るために。

 そんなとき、あの男、北高麗の金聖恩が、火星に宇宙船を飛ばした。

 宇宙進出のために、国民をたくさん犠牲にして。

 しかも宇宙船は核爆弾が動力で、火星を放射能汚染することをまったく問題にしてない。

 だから銀河連盟は、地球人に宇宙進出の資格なしと、そう判断したんだ」


 銀河連盟の宇宙艦隊が、光よりも速く出現した。

 そして地球を包囲して、こう告げたのだ。


 『銀河に生きる諸種族の総意として、地球人に告げる。

  お前たちは極めて凶悪で野蛮な種族だ。

  滅ぼしはしない。だが永遠に宇宙進出を禁ずる』


「……じゃあ、金聖恩が余計なことをしなければ、宇宙に行けた?」

「たぶんな。

 宇宙開発は確かに遅かった。だが、じわじわと進んでいたんだ。

 それを、金聖恩のやつが全部ブチ壊してくれた。

 平和的な種族だと思ってくれれば、銀河連盟に入ることもできた。

 超光速航法を手に入れて、銀河を駆け巡ることもできた……

 それなのに、あの男のせいで、すべての冒険は永遠に失われてしまった」


 

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