第42話「無敵の平和主義者」
宇宙船『ゼムラーニャ』号は、今日も宇宙を旅していた。
銀河のあらゆる星に、戦争の悲惨さを伝え、平和をもたらす為に。
操縦席には白髪頭の老人が乗っていた。
憂いに満ちた表情で腕組みしている。
ミハイル・グリェーヴィチ航宙士。
地球人ただ一人の生き残り。
長年に渡る伝道活動はほとんど成果がなく、暗い表情が染みついてしまった。
最後に笑ったのは、いつだろうか。
だがそれでも、挫けることはない。
今度の星はどうだろう……?
たくさんの電波信号を出している星があったので、来てみたのだ。
接近してみると、かなり栄えている星だと言えた。
ひとつの恒星を十二もの惑星が巡っていて、その全てに植民が行われている。
惑星のあいだを、何十万隻という宇宙船が行き交っている。
懐かしい。
まるで、ミハイルの生まれ育った、太陽系共和国連邦のようだ。
しかし懐かしがってばかりはいられない。飛び回る無数の宇宙船をよく観測してみると、ビームやミサイルを撃ち合っている。大戦争の真っ最中だ。
さっそく、ミハイルはその星の人々に呼びかけてみた。
コンタクトはうまくいった。
有力国家の大統領が会ってくれるという。
「ようこそ、遠い星からはるばると。歓迎いたしますぞ」
大統領は、肉食恐竜が進化したような迫力たっぷりの巨体だった。
ミハイルは挨拶もそこそこに、熱を込めて戦争反対を訴えた。
大統領は、その話を遮ってきた。
「そういうお説教ならば、間に合っておる。もう聞き飽きた。
我らは、武に生きる種族。戦争の中で散ることこそ誉れ。平和など退屈なだけ。
我らには我らの文化があるのだ」
「聞き飽きた?
私以外にも反戦を訴える者がいるということでしょうか?」
「うむ。異星人がな。お主と同じ、平和を訴えるために来たそうだ。物好きなことだ」
「なんですって!?」
広い宇宙で、同じ目的のもの同士が巡り合うなど……それも、全く同じタイミングで同じ星に来るなど、奇跡としか言いようがない。
「衛星軌道に停泊している。お主とは話が合いそうだ。会いに行ったらどうかね」
言われるまでもなかった。
ミハイルは大喜びでゼムラーニャ号を発進させた。
風船のように丸い、非武装の宇宙船が数十隻ほど浮かんでいた。
その船が、平和伝道者の船だった。
カエルに似た愛嬌ある種族が、数千人もギッシリ乗り込んでいた。
「では、あなたも平和の伝道者! 同志なのですね! 素晴らしい。ぜひ、お話を聞かせてください」
カエル型種族はミハイルを大歓迎してくれた。
ミハイルは、いままでの苦労を語った。
長旅から帰ったら太陽系が滅んでいたこと、ソーニャという女の子からメッセージを託されたこと。
そして彼女の想いを無駄にしないため、地球人の愚行を繰り返して欲しくないため、平和の伝道者となったこと。
たくさんの星を巡ってきたが、なかなか聞き入れてもらえないこと。
するとカエル型種族たちは、体をガタガタとゆすり、感情をあらわにした。
翻訳機はその動作のニュアンスを翻訳できずにいた。だがミハイルはたくさんの異星人と交流してきた経験で、「喜んでいる」と察した。
「その気持ちはよくわかる! 我々も全銀河を平和にしたい。友と出会えて幸せだ。大いに飯を食ってくれ、酒を飲んでくれ」
「ええ、いただきます」
ミハイルは異星人と交流する中で、体質の許す限り、その星のものを食べてきた。
少しでも心を近づけようと、酒や音楽のような文化も味わってきた。
だが、こんなに楽しい気持ちで会食したことが、果たしてあっただろうか……
興が乗ってきたミハイルが、コスマッチの歌を歌いだす。
「我らが兄弟 コスマッチは 光線のように空間をゆく……!」
「チキュウの歌ですか、我々にも歌はありますぞ!」
カエル人たちは巨大な口を開けて、甲高い声で合唱する。
楽しい数時間が過ぎ、そろそろミハイルが自分の船に帰ろうとしたとき。
「ところで、グリェーヴィチ航宙士。あなたはこれからどうするのです?」
「そうですね……科学技術を使った取引はどうでしょう。
この星にはたくさん宇宙船がありますが、どれも核融合エンジンで、技術的にはゼムラーニャ号より遅れているようです。
先進的な技術を提供する代わりに、平和条約を結んでもらったり、軍縮してもらって、少しでも戦争を抑制する」
カエル人たちは、あまり良い反応を示さなかった。
「危険ではありませんか。高度な技術を提供すれば、新兵器が開発されることにつながる。相転移エンジンは、まさに恐ろしい爆弾になるでしょう」
「では、あなた達はどうします?」
「我々は、最前線の兵士たちに反戦を呼びかけます。安全な場所で議論している政治家ではなく、弾丸飛び交う中で生きている人々なら、きっと我々の声に耳を貸してくれるでしょう」
「そうでしょうか……?」
今度はミハイルが首を傾げる番だった。
前線の兵士こそ、反戦論に一番耳を貸してくれない人たちだ。すぐ目の前に、銃を持った敵がいるのだから。
「今から実行します。ぜひ来てください」
ミハイルは、とりあえず彼らについていくことにした。役に立つ伝道方法があるなら、ぜひ参考にしたい。
惑星の、とある半島を二分して、大軍が激突していた。
戦車部隊、歩兵部隊が何万と並び、銃砲とミサイルを撃ち合い。
そこら中が砲撃で穴だらけ。廃墟と荒野しかない。
その、大軍同士が衝突している中に、カエル人の風船型宇宙船は降下していった。
ミハイルはゼムラーニャ号に乗り、少し上空から様子を見る。
カエル人たちは、手にプラカードや横断幕を持ち、両軍の間にとつぜん駆け出した。
「……!」「……!」
大きく口を開けて叫んでいる。平和を訴えているのか。
即座に銃弾が殺到し、カエル人たちは血しぶきをあげて倒れた。
「いくらなんでも無謀すぎる! すぐ逃げてください!」
驚いたミハイルが無線で呼びかけたが、カエル人たちは誰一人逃げようとしない。
「いいえ。安全なところにいてはだめなのです。命を懸けて訴えるからこそ意義があるのです!」
「その通りです、平和のためなら、この命捨てましょう!」
などと言いながら、次々に撃ち殺されていく。
敵陣からも弾が飛んできて、ますます死者が増えていく。
ミハイルはなんとか助けようとゼムラーニャ号を降下させる。
だが、無理だ。銃撃が激しすぎて、何発か被弾した。
これ以上近寄ったら、ミハイルのほうが撃ち殺される。
助けるには、反撃して兵士を殺すしかないが、それはやりたくない。
残念だが、見捨てるしかない……
カエル人たちの情熱は尊敬するが、あまりにも愚かだ……
唇をかんだミハイル。
と、奇妙なことに気づいた。
カエル人たちを撃っていた恐竜型軍人たちが、次々に銃を捨てていく。
そして、みんなで肩を組んで踊りだす。
丸腰の状態で陣地から飛び出す。
なんだ……?
平和の祈りが届いたって言うのか?
銃を捨てた軍人たちが、他の部隊から銃を向けられ、撃たれていく。
すると、撃った側の軍人たちが銃を捨てる。
こちら側だけではなく、敵側の軍人たちも、次から次へと銃を捨てていく。
大混乱状態だ。
何百人。いいや、何千人。丸腰の軍人たちが増えていく。
そして戦場に飛び出して、転がっていたプラカードを掲げる。
平和のメッセージが書かれたプラカードを。
わずかに生き残っていたカエル人たちは、丸腰の軍人たちを歓迎する。
一緒に踊りだす。
もう、この戦場で、戦っているものなどいない。
見渡す限り全員が銃を捨て、友達のように仲良く歌って踊っている。
カエル人たちの訴えが功を奏した?
命がけで叫べば、本当に戦争を止めることができる……?
だが、なぜだ、ミハイルの背中にすさまじく冷たいものが走る。
感動などない。恐ろしい。
ミハイルは、ゼムラーニャ号を上昇させて惑星を巡った。
カエル人が訪れた戦場では、どこもかしこも、同じ状況になっていることを知った。
軍人たちは、みんな戦争をやめてしまっていた。
もはや間違いない。
これは、単なる反戦運動ではない……!
ミハイルは大統領に再び面会を申し込んだ。
「やあ、惑星チキュウのグリェーヴィチ航宙士。どうしたのかね」
「大統領閣下。大変な事態が起こっています。
いまこの星に来ている、平和の伝道者……私とは違う種族の連中。
かれらは侵略者です。
かれらはおそらく、精神生命体というか精神寄生体というか、心だけの存在なのです。
かれらは殺されると、肉体から解き放たれ、殺した人間に憑依するんです。
しかも殺されるたびに数が増えて、たくさんの肉体を操れるようになる。
このままでは星ごと、種族ごと彼らに乗っ取られてしまいます。
早急に対応を……!!」
ミハイルが切迫した口調で訴える。
大統領は、牙の並んだ口を大開きにして笑った。
「なるほど、なるほど。さすがたくさんの星を巡ってきただけのことはある。
だが、少し遅かったようだな」
「まさか、大統領、あなたまで……!」
「将軍の一人が反戦思想に侵されたので銃殺した。
だから、この肉体を手に入れることができた。
すべて君の推測したとおりだ。
我らは精神だけの生命。
肉体を破壊されることで増殖し、周囲の肉体に乗り移る。
我らにとって、死は繁殖の機会であり、よろこびである。
他の星に行って、わざと殺されることで、その星を手に入れてきた。
ずっとそうやって、宇宙に版図を広げてきたのだ」
「騙していたんですね、あなた達とは、平和主義の仲間だと思っていたのに……」
「平和主義には違いない。我らに同化されれば戦争は無くなる」
「強制的に肉体を乗っ取るなど、平和と呼べるものではありません! あなた達のやっている事は、戦争よりも酷い……」
大統領は目を大きく剥き、ガハア、とわらった。
全くの異種族だというのに、嘲笑されたのだ、ということが伝わってきた。
「……その理想論で、どれだけ実績を挙げてきた?
どこの星で、恒久平和を実現できた?
何もできなかっただろう?
我らはお前とは違う。
我らは、やがて全銀河の全種族に憑依する。
その時こそ、完全なる平和が実現するときだ。
我らを止めることなどできはしない。殺せば殺すほど増えていくのだから。
我らを止める方法があるとすれば、殺人の絶対否定。
たとえ殺されても殺し返さない。正当防衛であっても殺さない。
拘束するに留める。
そこまでやれば、我らを無力化できる。
実行できた種族はいないがね……!」
ミハイルは悔しさに拳を握りしめた。
確かに、こいつらに支配されれば戦争は止まるかもしれない。
だがそれでも、こいつらのやり方を認めたくはない。
どうにかして対抗手段を考えだそう。
そこまで決意したとき、部屋に部下が飛び込んで来た。
「第一惑星の基地から通信が入っています!
大規模な反乱が起こった模様です!」
「つなげ!」
通信回線が接続され、部屋の中に立体映像が浮かび上がった。
恐竜型種族の軍人が、たくさんの勲章を身に着けた姿で、ビシリと背筋を伸ばして立っていた。
「私は、第一惑星の連邦基地司令官である!
連邦、帝国、共和国、すべてのものに対して告げる。
現在、我が種族に反戦平和思想などという馬鹿げたものが蔓延している。
詳細は不明なれど、何者かに洗脳された可能性がきわめて大きい。
武を貴ぶ我らにとり、かかる洗脳は屈辱の極み。
心を犯され、塗り替えられてまでまで生きる意味はなく、けがれた生よりも、名誉ある死を私は望む。
諸君らの賛同が得られると私は信じる。
恒星暴走爆弾を太陽に投下し、全種族の浄化を断行せん」
「ま、待て……!
そんなものを使われたら! すべての人間が同時に死んだら乗り移る身体がなくなる!
中止しろ! 思いとどまるんだ!」
大統領が叫ぶが、映像の中の軍人は答えず、直立不動のまま歌を歌い始めた。国歌だろうか。
ミハイルは窓を開けて空を仰ぐ。
異様な太陽の姿。
真っ赤になって膨れ上がっている。たくさんの黒点が、疫病の斑紋のように太陽を覆っている。太陽表面のあちこちから、炎の柱が吹き上がっていた。
明らかに核反応の異常だ。
強烈な危機感を感じたミハイルは、ドアを蹴り開けて逃げ出した。
建物から庭に出て、走りながら、通信機でゼムラーニャ号を呼んだ。
ゼムラーニャ号が自動操縦で飛んでくる。町中を低空飛行するゼムラーニャ号に飛び乗り、操縦席に座り込む。
「年寄りにはキツいぞ……!」
ぼやいている間にも、天の太陽はますます赤く、大きくなっていく。
あらゆる安全基準を無視して、相転移エンジンを最大推力で駆動、離陸した。
雲をつんざいて大気圏を離脱し、一瞬でも早く、惑星から……いや、太陽から逃げようとする。
その背後で、太陽が膨張の極みに達し、爆発する……!
恒星暴走爆弾は、核反応を数万倍に活性化させて疑似的な超新星爆発を起こす兵器だ。
太陽から、白熱するプラズマがほとばしり、津波のように広がっていく。
第一惑星、第二惑星、第三惑星、第四惑星……
すべて何百万度という超高熱に炙られ、焼き尽くされていく。
同時に、強烈な放射線が解き放たれ、なによりも速く、光の速さで宇宙に広がっていく。
放射線、とくにガンマ線は、すべての生命を殺菌する。
ゼムラーニャ号は全力で加速し、十分に速度が乗っていたので、プラズマの津波からは逃れることができた。
だがガンマ線は光の速さだ。ゼムラーニャ号に追いつき、襲い掛かった。
操縦席に座るミハイルは、シワの刻まれた額に、玉の汗を流し、操縦かんを握りしめていた。
モニターに警告メッセージがいくつも、いくつも表示される。
「危険レベルのガンマ線を検出」「ニュートリノ検出」「中性子線を検出」
「放射線シールド強化」「放射線緩和ゼリーをコクピット内に充填」「パイロット体内に医療ナノマシン注入。放射線被ばくに対応」
コクピットに大量の粘液が噴き出し、ミハイルの体が埋まっていく。
「耐えきれるか……?」
緊張の面持ちで、ミハイルはうめく。
粘液に埋もれたまま、みじろぎもせずに十時間、二十時間。
やがて、背後で太陽の爆発が終わり、ガンマ線強度が低下していく。
結論から言うと、ゼムラーニャ号の放射線シールドは耐えきった。
さまざまな過酷な環境を探検できるよう、放射線対策も気を使って設計されていたからだ。
ミハイルが体を丸め、安堵のため息をつく。
ゴボリ、ゴボリ……粘液を排出する。
ゼムラーニャ号の向きを変え、背後の星を見る。
中心にある太陽は、燃え尽きたように暗い。
咲き誇るバラのように、美しく輝くプラズマが、四方に広がって複雑な模様を作っている。
プラズマの花が、恒星系を覆っていた。
電波信号は飛んでこない。
すべての惑星が死に絶えていた。
ミハイルの故郷とおなじように、滅びてしまった。
「これが……平和をもとめた、結果だというのか」
それ以来、ミハイルの仕事が一つ増えた。
この滅びた星に、けっして近寄るな。
亡霊にとりつかれるぞ、と警告することだ。
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