第44話「超低速宇宙戦争」
その二つの惑星は、たった3光年しか離れていなかった。
ふつう、知的生物が住む星は珍しく、何百光年おきに一つしかないものだが、例外もある。すぐ隣の星に別の知的生物が生まれてしまったのだ。
片方の星には、全身に長い毛の生えた「長毛人」。
もう一つの星には、まったく毛のない、つるりとした皮膚の「無毛人」。
どちらも二足歩行する哺乳類で、よく似ていたが、体毛のあるなしだけが違っていた。
たったそれだけの違いが原因で、二つの種族は、深く憎みあっていた。
「なんと醜い、けがらわしい人間モドキだろう! あんな連中が生きていることすら許せない!」
電波で交流しているうちはまだよかったが、互いに宇宙船を飛ばしあえるようになると、戦争は避けられなかった。
二つの種族は戦争を有利に進めるため、宇宙船の速度を上げていった。
光の速度という上限に達すると、今度は火力と防御力を上げた。
すさまじい力をもった艦隊が、互いの星を攻撃し、迎撃艦隊と撃ち合って全滅した。
その反撃の艦隊が、ずらりと並ぶ防御要塞に打ち砕かれた。
まったく決着がつかない。
無毛人の住む惑星で、大統領と技術長官が語り合っていた。
「技術長官よ。これで何度目の攻撃だ?」
「はい。16次遠征艦隊です。今回も敵の防御を突破できませんでした。敵側の艦隊も跳ね返してはいますが……」
「このままではまったく埒があかんな」
「どうやら、恒星間戦争では防御側が圧倒的優位であるようです。
その理由としては、たとえ光に近い速度でも、敵の星まで3年かかる点。
どうしても連続的な攻撃ができず、敵に対応時間を与えてしまうのです。
また、光に近い速度まで加速して減速するには膨大なエネルギーを要するため、敵に探知されてしまう点」
「どうしても、光より速い宇宙船が必要か」
「それは原理的に不可能と言われています。
私は逆に考えました。
徹底的に宇宙船を遅くするのです。
大きさも小さくして、探知されないようにしましょう」
「ふむ。光速の10分の1の速度に戻すのか? 100分の1か?」
「いいえ。いっそ光速の1万分の1にしましょう」
「馬鹿な! それでは敵の星まで3万年もかかるぞ!」
「それが狙いです。
3万年もの間、警戒し続けることなど、できるはずがない。
それどころか、国家も文明も維持できないのでは?
私たち敵のことなど忘れ去ったころに、襲い掛かるのです」
「なるほど……」
名付けて、「超低速戦略」。
それは実行に移された。
自動車ほどの大きさしかない、球形カプセル状の小型宇宙船が、大量生産された。
その小型宇宙船は「種子」と呼ばれた。
「種子」は、電磁式のカタパルトで、ゆっくりと宇宙に押し出されていく。
星の引力を振り切れる程度の、ぎりぎりの低速で。
「種子」は、何万年もかけて敵の星まで、這うように進んでいった。
結論から言うと、「超低速戦略」は上手くいった。
「種子」は、3万年後、長毛人の惑星に接近した。
もちろん生身の人間は乗っていない。すべてコンピュータ制御だ。
コンピュータが長い眠りから覚め、逆噴射して軌道を変更する。
速度が遅いので、噴射はほんのささやかだ。
3万年の間に、長毛人の星は文明が衰退していた。
すでに宇宙船どころか銃も作れないほど。
そこに、隕石となって「種子」が降り注ぐ。
着陸した「種子」から、戦闘ロボットが飛び出し、増殖を繰り返しながら町を襲う。
もちろん、銃さえ作れない衰退した長毛人が、対抗できるはずがない。
たちまち死体の山ができ、町はことごとく破壊しつくされた。
ついに長毛人が駆逐されると、「種子」は、ロボットではなく人間を作り始めた。
「種子」のコンピュータには、無毛人の遺伝情報と記憶情報が収められていて、それを再生することで無毛人を作り出せるのだ。
何万年という航行時間は長すぎて、人工冬眠ですら超えられない。
情報となってコンピュータに入ることで超えたのだ。
最初に作られたのは、もちろん大統領と技術長官だ。
培養液の中から裸で這い出してきた大統領は、あたりを見渡して、「おお……!!」と感動の声を上げた。
「見ろ! 見ろ! 長毛人どもがみんな死んでいる! 我々の勝利だ!」
「やりましたね、閣下!」
「さっそくほかの国民も再生させよう、新国家の建設だ、忙しくなるぞ」
大統領と技術長官が大喜びしているところに、戦闘ロボットが走ってきて報告した。
「恐れながら閣下。重大な事実が判明しました」
「なんだね?」
「敵の遺跡や文献を調べたところ、いまは長毛人どもは文明を失っていますが……文明を失う前、我々と同じ『超低速戦略』を実行していたようなのです」
「な、なんだと!?」
「もしや、我々の母星に向けて? 今頃は我々の星を『種子』が襲撃している?」
戦闘ロボットは否定した。
「違うようです。どうやら敵は、もっと何百光年も離れた未知の星へ……宇宙の様々な星へ、『種子』を放っていたようです」
大統領と技術長官は顔を見合わせた。
「つまり……こういうことか。我々は3万年かけて敵の星を攻略したが、奴らはもっと長い時間……何百万年もかけて、宇宙のさまざまな星を侵略し、そこに拠点を築く。そして、それらの星から、さらに何百万年かけて攻めてくる? なんというスケールの大きさだ……」
「しかし閣下。そんな何百万年も先のことなど考えなくても良いのでは?
我々は今、敵の母星を制圧した。そこで素晴らしい文明を築けば、十分に勝利と言えるでしょう。
何百万年後に敵が来たからと言って、それが何だというのですか?」
技術長官はそう言ったが、大統領は否定した。
「ならん、その考えはならんぞ!
それを認めれば、私たちは勝っていないことになる。
なぜなら、敵はすでに何万年も、この星で繁栄したから。
一度繁栄すれば、そのあとで滅ぼされても良い、という考えを認めてしまったら、敵はすでに勝利したことになる」
「むっ、それは確かに、閣下のおっしゃる通り……」
「ならば我らは、超低速戦略に合わせて勝利条件を設定しよう。
『最後に立っている者が勝者である』!
敵のすべてが死に絶えたあとに、我々は生き残らなければいけない。
だから、もっともっと多くの星に、『種子』を送らねばいけない。
100万年、いや、1億年も戦い続けるために……」
「深遠なる閣下の思想、感服いたしました。すべて仰せのままに!」
こうして、無毛人たちは、せっかく手に入れた星をまるごと工場に改造してしまった。
宮殿も作らず、戦勝記念式典もなく、ただ無数の工場と、射出装置の尖塔だけが、惑星を埋め尽くしていく。
何億、何兆……それ以上の「種子」が、銀河のあらゆる星に向けて射出された。
どれも光速の1万分の1で、ゆっくりと宇宙を漂っていく。
近い星には数万年で到着し、遠い星には何百万年、何千万年もかけて到着した。
隕石にまぎれて、惑星に降りた。
その星が無人であった場合は、簡単に征服し、惑星中に工場を立て「種子」を再生産した。
敵がいた場合も、だいたいは勝てた。
到着するまでの長い間に文明が衰退しているからだ。
まれに全盛期の敵とぶち当たってしまい、殲滅されることもあったが、とくに問題にはならなかった。
100万年後、あるいは1000万年後に来たときは勝てるからだ。
敵の長毛人もまったく同じ戦略を行った。
ふたつの種族は、たったの7億年程度で、銀河の端から端まで埋め尽くした。
眩しく輝く巨星も、淡く光る矮星も、太陽に見放された極寒の放浪天体まで、すべて「種子」が根付き、資源とエネルギーを利用された。
「種子」が目的の星にたどり着くまで長い時間がかかるので、無毛人と長毛人どちらの「種子」の浸食も受けていない、空白の時間も存在した。
戦いと、次の戦いの間の、たった数万年。
その一瞬の空白時間を利用して、長毛人とも無毛人とも関係のない独自の文明が栄えることもあった。
数万年あれば文明が栄えるには十分だ。
逆に言えば、どんな華麗で個性的な文明が栄えても、それは何百億年も続く大いなる戦いの幕間劇でしかなかった。
銀河の片隅にある、「地球」という惑星もそうだった。
地球は、たまたま長毛人と無毛人の勢力が拮抗する星域にあったため、2600万年周期で、それぞれから交互に攻撃を受けた。
攻撃を受けるたびに、地球じゅうが掘り返されて工場と射出塔が林立し、環境が激変して、生物の大絶滅が起こった。
地球には、いちどだけ地球人という知的生物が生まれて文明を築いたが、たまたま大絶滅と大絶滅の中間時期に栄えたので、長毛人と無毛人の果てしない戦いにまったく気づかなかった。
こうして、果てしてない戦いが続くうちに。
銀河の星々が、ひとつまたひとつと燃え尽きていった。
明るい星は数億年、数十億年。
水素を核反応で使い切り、爆発して散った。
暗い星は燃料の消費が緩やかだったが、それでも何百億年、何千億年のうちに、燃え尽きて白く縮んだ。
星の残骸から新しい星が生まれたが、リサイクル率は100パーセントではなく、世代を重ねるごとに星の数は減っていった。
ついに数兆年が経ったころ。
きわめて暗い、これ以上軽くなったら核反応を起こさなくなってしまうというギリギリ下限の星だけが、残った。
その光は赤黒く、とても弱い。
銀河で一番軽くて暗い、最後の星。
その星を、無毛人と長毛人が取り合うことになった。
銀河の何千億という星から、何千億の何千億倍という「種子」が殺到した。
「種子」は、途中で、燃え尽きた星に立ち寄り、その星の資源を使って戦闘艦を建造した。
怒涛の艦隊が、暗く赤い星に押し寄せた。
たったひとつの暗い星をめぐって、何千億の何千億倍という戦闘艦が、「種子」が、ぶつかり合った。
何度も何度も、支配者が入れ替わった。
撃破された艦隊の残骸が、星の周りを濃密な星雲となって取り巻いた。
そして、ついに……
銀河最後の星を周回する、無毛人の戦闘艦。
そのブリッジにて。
「大統領閣下! 今度もまた撃退成功です!」
「長毛人どもの攻撃はどんどん弱くなっているな」
「観測によりますと、現在、接近中の艦隊はありません。『種子』で攻めてくる可能性もありますので、警戒は必要ですが……」
「とりあえずは、勝ったということか」
「はい、あとは10万年か、100万年ほど待ってみて、それで敵の攻撃がなければ、我らの完全勝利です。何兆年も戦ってきたのです、100万年程度、どうということはありません」
「うむ、そうだな、長い長い戦いが、ついに終わるのだ……」
ふたりは、夢見るような表情だった。
弱弱しいが、それでも星の光るエネルギーがある。
惑星は作れば良い。
新天地を建設し、楽園を……
そこに部下が、
「大変です、大統領閣下!」
「いったい何かね!?」
「ブ、ブラックホールが発生しています! この星の周辺の、戦闘艦の残骸が……あの星雲が、重力で崩壊しているんです!」
「なんだと!?」
全銀河のあらゆる星から集まり、果てしない戦いを続けてきた。
あまりに多くの残骸が発生していた。
すでに残骸の質量は星よりも大きなものになっていたのだ。
ただいまの戦いで、超えてはならない一線を越えたのだ。
誕生したブラックホールは、銀河最後の星に向かって接近してきた。
その強大な重量で、銀河最後の星が引き裂かれ、飲み込まれていく。
「に、逃げろ!」
「無理です、我々は長きにわたり、超低速戦略に特化した戦争をやってきました。ブラックホールの引力を振り切れるような、光速に近い宇宙船は持っていません!」
「な、なんだとーっ!?」
大統領が悲鳴を上げる。
銀河最後の星と一緒に、彼の乗る戦闘艦も、ブラックホールに引きずり込まれていく。
戦闘艦がメキメキときしみ、艦内の計器類がひとつまたひとつと消えていく。
「なんということだ。われら無毛人の、何兆年におよぶ戦いが、こんな形で終わるのか……」
嘆き悲しむ大統領。
だが、技術長官は、らんらんと目を光らせて叫んだ。
「いいえ閣下! 違います。考えようによっては、これは勝利なのです!
ブラックホールの周囲では、重力によって時間の流れが遅くなります!
吸い込まれる直前の、『事象の地平線』という場所では完全に時間が止まってしまうのです。
我々は止まった時間の中で永遠に凍結されるのです。
勝利した、いまの瞬間のまま凍結されるのです!
最後に立っているものが勝者!」
「なるほど、これは勝利だったのか……!」
ふたりは笑った。
笑ったまま、その時間は止まった。
だから彼らは気づかなかった。
それが勝利だというんなら、「種子」も宇宙艦隊もいらなかった。最初からブラックホールに飛び込めば済んだ、ということに。
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