第71話「獣人たちの時代」
オレが高校から帰ってくると、靴も脱がないうちから、母さんが聞いてきた。
「今日、学校で測定だったんでしょ!? 獣人因子どうだった!?」
オレはフンと鼻を鳴らして、
「因子は検出されなかったってさ」
「そんな……」
「高校で獣人因子が出てないってことは、もう出ないだろ。オレは獣人じゃないんだよ、仕方ない」
「なんでそんなこと言うのよ……まだ可能性はある。あきらめないで」
母さんはパタパタ走って、たくさんの本を持ってきた。
オレは、その一冊をめくってみて、呆れ返った。
20歳からでも獣人になれる!
獣人因子に覚醒する健康法!
「波動体操」で体内の生命エネルギーを高める……!?
米と麦を絶ち、肉だけを徹底的に食べる『原始人食』で野生のパワー!!
ニセ医学のオンパレード。バカバカしいなあ……
「あのねえ、母さん……こんなの医学的根拠あるわけないだろ? お金がもったいないよ。オレは人間として生きていく。それでいいよ。人間だって同じ権利が保証されてるんだ」
母さんは納得しないようだった。
「法律の上ではそうだけど、世の中甘くない。知ってるでしょ? お父さんがリストラされて、どれだけ再就職に苦労したか……獣人世代じゃないから冷遇されたのよ。どういう獣人になれるかで、人生が決まるのよ?」
その時、バッサバッサと風切り音を立てて、背中に翼のある、小学生の男の子が飛んできた。
オレの弟だ。オレと違って、『ハヤブサ』の獣人因子を持っている。
「兄ちゃん、今日もダメだったの? かっこわるー。僕なんて、第3段階の変異までできるようになったんだぜ」
「家の中で飛ぶなよ、羽根が散らかってしょうがない」
オレはそう言うが、弟は自慢げな笑顔のままだ。
だろうな。今の世の中では、弟は勝ち組、オレは圧倒的負け組だ。
……オオカミの頭を持つ赤ん坊が生まれたのは、二十五年前だったという。
親は半狂乱になった。医者たちも蒼白。
赤ん坊を検査するうちに、恐ろしいことが分かった。
……この赤ん坊は、外見がオオカミなだけじゃない! 実際にオオカミの能力を持つ『オオカミ獣人』だった!
人間をはるかに上回る嗅覚と聴覚があり、走る速さもオオカミ並み。
オオカミ獣人を皮切りに、鳥の翼をもつ赤ん坊、馬のしっぽを持つ赤ん坊が、次々に生まれてきた。
鳥の翼をもつ子供は実際に空を飛ぶことができたし、練習すれば完全な鳥の姿にもなれた。翼を体内に吸収して、普通の人間に擬態することもできた。
世界中の科学者が束になっても、獣人出現の原因は分からなかった。
最初は、化け物扱いする声もあったらしい。でも、獣人の数がどんどん増え続け、やがて生まれてくる子供の大半が獣人になったので、獣人能力を前提にした社会が生まれた。
空を飛べる獣人は、配達や高所作業に引っ張りだこ。足の速い獣人はスポーツ。鼻の利く獣人は犯罪捜査で大活躍。力仕事はゴリラ獣人がやる。
獣人因子を持たない者は、よっぽど頭が良くない限り、落ちこぼれとして生きていく。
次の日、学校に行ったオレが、たったひとりの友達を喫茶店に誘うと、
「僕、能力の訓練があるから……悪いけど、つるんでるヒマなくてさ」
友達は、あいまいに笑って、背中からコウモリの翼を出した。
「ああ……お前、覚醒したんだ? よかったな。コウモリなら就職先もあるんだろ」
「うん、覚醒が遅かったから、よっぽど訓練に力を入れないと、企業が求めるレベルにならないんだ。悪い」
「いや気にすんなよ。就職は大切だろ」
こうしてオレはひとりになった。
夜中、オレは家を抜け出して、街をランニングしていた。
少しでも体を鍛えておかないとね。どうせウマ獣人やチーター獣人には勝てないんだけど。
などと思いながら、川沿いを走っていた時だ。
橋の下の暗がりに、誰かが集まってるな。
女の子が……殴られている?
オレが駆け寄ると、
「たすけて……たすけて……!」
ブタの顔をもつ女の子が、涙声で助けを求めてきた。
複数の女の子たちに、暴力を振るわれていた。
「おい、何やってんだ!」
オレが叫ぶと、殴っていた女の子たちは、
「……かかわるんじゃねえよ。こいつがブタのくせに、アタシらの男を盗むんだよ! 調子に乗るなって、シメてんだけだ!」
毒々しい声で叫んで、姿を変えた。
一人は両腕を大蛇に変え、一人は尻からサソリの尻尾を出し、最後の一人は顔が真っ赤な毛におおわれて鼻が突き出した。
獣人因子を発現させたんだ。
「蛇と、サソリ……あんまり需要がない獣人だな。あんた何の獣人? タヌキ?」
顔が赤い毛皮で覆われている女の子が怒りの声をあげる。
「アタシはレッサーパンダ! お前も因子を出してみろ!」
「いや、オレは出せない」
さっきから腹に力を入れている。すると体の内側に、焼けるようなエネルギーが生まれた。熱い流れが全身にみなぎっていく。
普通なら、これで獣人の姿になれるんだが……オレの姿は変わらない。
「お前、獣人因子ねーのかよ! 出来損ないじゃねーか!!」
三人がけたたましく笑い出した瞬間、オレはポケットに入れていた釘を、スッと投げつけた。
指に挟んで、いっぺんに三本投げる。
誘導ミサイルのように正確に飛んで、三人の目玉に突き刺さる。
「ぐあっ!? 痛ぇ!」「なにしやがった!」
レッサーパンダとサソリの女は顔を覆って、うめき声。
ヘビの女は違った。苦しまずに突進してくる。ヘビだから目が瞬膜で守られてるのかな?
ヘビ女の動きは鋭い。人間の反射神経しか持たないオレは避けられなかった。
オレの腕に、ヘビ女の両肩から生えている大蛇が、勢いよく噛みついた。
「……死ねえ!」
「……これが何か?」
オレはヘビを払いのけた。
「な、なんでアタシの毒が効かねえんだよ!?」
「なんでだろうね?」
サソリの女が、顔を押さえたままヨタヨタ走ってきて、尻尾を振り回す。
今度もオレは避けられなかった。オレの首筋に深く刺さった。
「これはちょっと痛いな……」
オレはぼやきながら尻尾を引き抜いた。
「こっちも効かねえ? ……なんでだ、ちくしょう!」
毒が全く効かないのを知った二人の女は、取っ組み合いでオレを倒そうと、つかみかかってくる。
オレはその体内構造を正確に計算して、脚をひっかけて転ばせ、相手の腕の関節を外した。
ついでに、女たちが持っているスマートホンをスリ取る。
一瞬でロックを解除して、
「お前らワルだなあ。恐喝に詐欺に、やり放題かよ」
スマートホンに入っていた犯罪の証拠を、すべてネットにアップロードした。
「ひっ……!」「何だお前! なんなんだよお!」
情けない悲鳴をあげて、女たち三人は逃げていく。
「じゃあ、そういうことで」
ブタ顔の女の子に軽く頭を下げて、オレはその場を後にする。
「ま、待ってください!!」
「ん? 何?」
「助けていただいで、ありがとうございます。
でも……いま何をやったんですか? なんで獣人に変身してないのに、あんなことができるんですか?」
「秘密を守れる? 誰にも言わないって約束できる?」
「はい!」
「……オレはね、『人間』なんだ。『人間』の因子を持つ獣人」
「人間……!?」
「オレが獣人因子を出すと、外見は変わらない。でも『人間』が持つ長所が、何倍にも増幅される。
たとえば投擲能力。人間ほど正確にモノを投げられる動物はいない。
たとえば解毒能力。犬や猫だったら死ぬようなものでも、人間は食べることができる。
あと、手先の器用さも増幅される。
スマートフォンのロックを解いたのは、人間最大の能力『頭の良さ』だ」
ブタ獣人の彼女は、明らかに戸惑ったようだった。
「どうして……どうして、そんなすごい能力を持ってるのに、隠してるんですか?」
「この能力は、たぶん動物の上に立つ能力……獣人を支配するための能力だと思う。だから、この能力を使うと、他の獣人たちを見下す気持ちが沸き起こってくる。
そんな自分が嫌なんだ。
だから君も、オレの能力のことは黙っていてくれ。
……それじゃ!」
オレは会話を切り上げると、彼女に背を向けて、夜の街を全速力で走り出した。
途端に、オレの口からヨダレがあふれ出す。
今まで必死に我慢していた感情……
食欲。捕食衝動。喰いたい、喰らいつきたい!
彼女に言ったのはウソだ。
オレが能力を出すと、『他の獣人を見下す気持ち』じゃなくて『食欲』が湧いてくるのだ。
他の獣人は、『人間獣人』にとっては食べ物だから……
ブタ獣人の彼女はトンカツにしか見えないし、うちの弟なんかはフライドチキンだ。
いつか我慢できなくなって、クラスのみんなを本当に食べてしまうんじゃないか?
そんな恐怖があるので、オレは滅多に能力を使わない。きっとこれからも隠し通すだろう……
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