第57話「吸血鬼」
(暴力表現と残虐表現があります、ご注意ください)
新世界暦95年。
吸血鬼殲滅部隊の地区隊長である俺のところに、一報が入った。
「吸血鬼どもの巣の新情報。確度88パーセント」
「××山山中の廃ホテルに、吸血鬼30ないし50個体が潜伏」
「近隣で続発している少女行方不明事件との関連か?」
俺は全員に招集をかけた。
「この通り、情報が入った。襲撃する」
「いまですか? 朝を待った方がいいのでは?」
もちろんそれが常識的な意見だ。吸血鬼どもの弱点は、なんといっても太陽光線。日の下では分厚い防護服を着ないと活動できないので動きが鈍くなる。だから、ふつうは日中に襲撃が行われる。
「いや、ただちに出撃だ。昼間は奴らも警戒している。夜間のほうが不意をつける可能性が高い。新兵器も使ってみたいしな」
「了解しました」
「よし、第1から第3小隊まで出撃、第4小隊は待機だ」
俺は3つの小隊を率いて、車で現地に向かった。
寂れた温泉街。周囲は真っ暗闇。
その中にそびえる廃ホテルは、巨大な怪物そのものに見えた。
「ドローン偵察完了。間違いありません、吸血鬼どもです」
「よし、頼んだぞ、俺は1番小隊を指揮する」
1番小隊は正面玄関から突入。2番小隊は壁を高性能爆薬でブチ破ってダイレクトエントリ。3番小隊はホテル外で待ち伏せて、脱出してくる奴らを掃討する。
爆薬が轟き、俺たちは作戦開始した。
もちろん俺たちは、体の上に増加装甲と、筋力強化装置を着込んでいる。汎用大型機関銃とリボルビング・グレネードランチャーを拳銃のように軽々と振り回す。
飛び込んだ俺たちは、出会う敵出会う敵、すべてを圧倒的火力でなぎ払った。
やはり吸血鬼どもの反応は鈍い。銃を持って反撃してくるものもいるが、俺たちの敵ではない。
「フロア1、クリア」「フロア2、クリア」
部屋や通路を次々に制圧していく。
「新兵器を使用しろ」
俺が命令すると、部下たちはリボルビング・グレネードランチャーで小型擲弾を発射する。
レモンくらいの大きさのボールだ。廊下を跳ね回って、激しい光を発する。
疑似太陽閃光弾だ。太陽光線と同じ成分の光を90秒間放出する。奴らを焼き殺すのに十分な時間だ。
ただでさえ劣勢だった吸血鬼どもは総崩れになった。
死体の山を踏み越えて進んだ。こちらの死者は一人たりともいない。圧勝だ。
「フロア1よりフロア8、オールクリア。敵の存在なし」
宴会ホールらしい広い場所で一息つきながら、俺は無線をきいて、部下をねぎらった。
「よくやった」
「しかし、隊長。行方不明の少女が見つからないんですが……」
「死体もないのか? 吸血の痕跡は?」
「ありません。吸血鬼どもの死体だけです。ここの連中は人間を襲っていなかったのでは?」
「ふうむ……尋問するから、息があるやつを一人連れてこい」
すぐに、上半身裸の吸血鬼の若者が、引きずられてきた。
それにしても、なんと醜い姿だろう。
青白くて柔らかいプヨプヨした、内臓の内側のような皮膚。
たった二本の手足は、しなびた大根のようだ。
頭部からは、菌糸を思わせる細い毛がウジャウジャと何万本も生えている。
きわめつけは顔だ。顔も皮膚がむきだしで、粘液まみれの眼球が二つ、顔の真ん中に並んでいる。
化け物以外に形容できない。吸血鬼を「旧人類」と呼ぶものもいるが、とても人間と認めることはできない。
俺たち「人間」は、エメラルド色の外骨格に身を固めている。六本の手足を持ち、体の各所に複眼を分散配置している。
それが、ちゃんとした人間の姿というものだ。
「なんだお前らは! 僕たちが何をしたって言うんだ!」
裸の吸血鬼は、血まみれなのに、威勢よく叫んでいる。
「行方不明の子供を知らないか? 女の子ばかり4人だ」
そういって、吸血鬼の手を取って、コンバットナイフで爪を剥がした。
「……っ!」
「答えろ」
「知らない! 僕たちは誰も誘拐してない! 食べ物はホテル内で作ってる! 温泉の熱を利用して自給自足だ。誰にも危害なんて加えてない」
「ウソをつくな、吸血鬼」
片手の指を全部折ってやった。
それでも俺をにらみつけて、強情を張る。
「吸血行為を行うのは一部の個体だけだ。だから僕たちを吸血鬼と呼ぶのは間違いなんだ。僕たちは『人間』だ!」
俺は、反射的にその吸血鬼を殴り飛ばした。
「昔はそうだったろうさ! 『太陽が銀色になった日』の前は! だが今のお前たちは吸血鬼だ!」
95年前のことだ。太陽の核反応が変化して、太陽光線も変化した。今までとは違う未知の放射線が地球に降り注いだ。
その放射線は、人間にとって凄まじく有害だった。世界中で何十億人もの人間が死に、文明が崩壊した。
だが、世の中うまくできたもので、太陽光線に耐えられる新しい人類が進化した。それが俺たちだ。
新人類はすぐに数を増やして、旧人類に変わって地球を支配した。
「最初は、お前たち旧人類を殺すつもりはなかった。進化についてこれなかった哀れな生き物。全員は無理だが、少しは保護してやろうと、俺たち新人類は思ったよ。
だがお前らは、俺たちの慈悲を踏みにじったよな?
新人類の血を吸えば新人類に進化できる、という迷信を信じて、俺たちを次々に襲った!
俺たちは、お前らを旧人類と呼ぶのをやめた! 吸血鬼で十分だ! 滅ぼすべき旧時代の怪物だ!」
「吸血行為を行わない者もたくさんいるじゃないか! それなのになぜ、生きているだけで殺す!」
「騙されてたまるか!」
俺はまた吸血鬼を殴った。血しぶきが飛ぶ。
叫びながら、何度も何度も殴った。
「俺の両親は! 篤志家だった!
吸血鬼どもすら哀れんだ。すでに吸血鬼排斥の法律ができていたのに、危険を冒して匿った。
旧人類だって心を持つ人間だ、きっと分かり合えるはずだと、ずっと言っていた。
それなのに吸血鬼どもは、両親を騙して、殺して血を吸ったんだよ!
殲滅部隊が結成されたとき、俺はすぐに志願した。
俺は信じない! 良い吸血鬼もいるなど!」
「隊長! もう死んでます!」
俺は殴るのをやめた。
よく見ればその通りだ。吸血鬼の若者は裸身をズタズタにされて絶命している。
殴るとき、力を入れすぎて攻撃腕の鉤爪を展開していた。うっかりしていた。
「少女の捜索はどうするんですか? 情報を引き出せなくなりましたよ?」
「殲滅自体は完了した」
始末書を書く羽目になりそうだが……
いいさ。俺の目的は人を救うことじゃない。吸血鬼どもを滅ぼしつくすことだ。
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