第56話「宇宙で最後の星」
太陽が核燃料を使い切り、その残骸も冷え切った時代。
太陽以外の星も、大半が燃え尽きて、宇宙は真っ暗闇だ。
赤色矮星と呼ばれる暗い星の中で、もっとも小さく、もっとも暗い、核反応を起こせる下限質量の星だけが残った。
今にも消えそうな、弱々しい赤い星。
宇宙で最後の星、ナーサッド・アーシート。
その最後の星さえ、寿命を迎えようとしていた。
10兆年ほど未来のことである。
ナーサッド・アーシートをめぐる惑星には知的生命がいた。彼らは惑星を解体して、ナーサッド・アーシートを覆う被膜状居住区にした。これで微弱な陽光を残さず利用できる。
被膜状居住区の中には、ナーサッド・アーシートが不安定に赤く光っている。核融合反応を少しでも強めるために触媒素粒子の注入パイルが何十本も恒星に突き立っている。余命いくばくもない病人がチューブだらけになっているような姿だ。
居住区の長官執務室。
「入りたまえ」
長官が声をかけると、少年と少女が入室した。
薄手の宇宙服に見を包んだ二人は、宇宙作業機のパイロットだ。長官に呼び出されてひどく緊張している。
「二人とも、この間のS17居住区崩落事故のときはご苦労だった。君たちの活躍がなければ死者は十倍になっていただろう」
「い、いえ。僕の功績ではありません、他の隊員とのチームワークのたまものです」
「私もそう思います、長官」
「そう謙遜するな。君たちが、ナーサッド・アーシートで最優秀のパイロットであることは疑いない。
ところで、君たちを呼んだのは他でもない。……君たちは、母星の燃焼停止について、世界の終わりについて、どう思うね?」
母星が、10兆年という長い寿命を終えつつある。だから世界は終わる。もうすぐ、ほかの星と同じように、絶対零度の闇に呑み込まれる。子供でも知っていることだ。
その終わりを回避するためにナーサッド・アーシート人は知恵を絞ってきた。
「とても恐ろしいことです。でも、我々はきっと乗り越えられると信じています」
「君たちを呼んだのは、そのためなんだ」
「もしや、他の星が見つかったのですか。ナーサッド・アーシート以外にも、まだ燃えている星が!? パイロットを呼んだということは、その星に行けと!?」
少年が色めき立ったが、
「残念だが、違う」
「では、核融合以外のエネルギー源でしょうか? ブラックホールやモノポールを使ったエネルギーが研究されていますよね」
燃え尽きた、と言っても消えてなくなるわけではない。核融合を起こさない燃えカスになるだけだ。燃えカスから、核融合とは違う方法でエネルギーを引き出せれば……
「そちらも、まったく成果が上がっていない」
「では、一体?」
「エネルギー開発の副産物で、時空間に穴を開け、遠く離れた時代にトンネルをつなげられることが分かった」
「遠く離れた時代? それはまさか……」
「そのまさかだよ。宇宙がまだ若く、たくさんの星が光り輝いていた時代に、行けるのだ」
「素晴らしいじゃないですか!」
「だが、問題点もある。あまりにも莫大なエネルギーを必要とすることだ。それだけのエネルギーを得る方法は一つしかない。ナーサッド・アーシートの水素をすべて使いつくす。爆発させるのだ。それだけやって、小さな宇宙船を一隻だけ過去に送ることができる」
そこまで言われて少年は気づいた。自分がなんのために呼ばれたか。
「僕たちに、過去に行けと!?」
「そうだ。その通りだ。君たち二人だけを過去に送ることにした。そのため、我々人類はすべて犠牲になる。若い宇宙で、新しい文明を築いてくれ」
「反対です! 僕たちは家族を、友達を、みんなを守るために訓練してるんです。自分だけ生きるなんて……」
「その高潔な精神性こそ、まさに人類の代表にふさわしい」
「僕は行きたくありません! 全員で生き残るべきです!」
そこで、いままで黙っていた少女が、口を挟んだ。
「……ねえ。『ほんものの肉』って、食べたことある?」
「あるわけないだろう、家畜を飼うなんて効率が悪いから、とっくの昔に廃れてる。化学合成された肉しか知らないよ」
「わたしたちの世代は、『ほんものの肉』も、『ほんものの花』も、『ほんものの空』も知らないわ。みんな効率が悪いから切り捨てられて、残り少ないエネルギーを使って、ただひたすら、終わりが来るのを引き延ばす……ねえ、本当にそれでいいの? 人間らしい暮らしと言えるの? それで人類を守ってるって言えるの? 若い宇宙に行ける機会があるなら、行くべきよ」
少年は長い沈黙の後、「……その通りだ」と言った。
☆
少年と少女は宇宙船に乗り込む。硬い表情で操縦席に座っている。
背後でナーサッド・アーシートが爆発。その爆発のエネルギーすべてが一点に集中し、小さな穴が空間に開く。
宇宙船は時空間トンネルを通り抜けた。激しい衝撃に振り回される。
「……これが! 若い時代の宇宙か!」
二人は見た。満天にきらめく、白い、赤い、青い……何千という星々。
「すごい……目がくらくらしそう……」
彼らは、星空を知らなかった。空にあるのはボンヤリと弱々しい太陽と、数個の惑星のみ。その惑星さえも解体した。
天を埋め尽くす星々は、『神話』でしかなかったのだ。
「これだけたくさんの星があるなら、きっと私たちが暮らせる星もあるはずよ!」
「早速行ってみよう!」
手近な星に行く。その惑星は緑に覆われていた。大気の成分も、温度も問題ない。
ここで降りてみるか……
宇宙船の高度を下げて、地表を観察する。
「おかしいわね、動物が全くいないわ。足跡はあるのに」
「そういえば……あっ、一瞬だけあそこに動物が。四本足の大きな奴が。すぐに消えたぞ」
「見て、あっちも動物がぱっと出て、またすぐ消えたわ」
「何が起こってるんだ……」
カメラやセンサー類を総動員して、大変なことが分かった。
この星の動物たちは、ナーサッド・アーシート人の目に見えないくらいの超高速で動き回っている。
少年と少女たちに比べて何千倍というスピードだ。
だから、寝ているときだけしか見えないのだ。
「こんなにスピードが違ったら、とても一緒に住むことはできない。向こうにとっては僕たちは止まってるようにしか見えないから、食い殺されてしまう」
「ほかの星に行きましょう」
ところが。
「この星も、みんな動物のスピードが速いぞ」
「この星もおんなじだわ!」
何十もの惑星を巡ってみたが、すべての惑星で、動物が数千倍のスピードで動いている。
「重大な勘違いをしていたのかもしれない。僕たちはナーサッド・アーシート以外の星を知らないから、自分たちが普通なんだと思っていた。だけど僕たちは異常にゆっくり生きる生き物なんだ。若い宇宙では、あらゆる生き物がもっとずっと早く動いている。巻いた直後のゼンマイがすごい速さで動いて、だんだん遅くなっていくようなものだ」
その通りなのであった。
ナーサッド・アーシートは10兆年もの寿命がある星だ。進化に使う時間はいくらでもある。
いっぽう恒星の光は弱い。その弱いエネルギーを大切に使うため、代謝をゆっくり行うように進化していった。
もっと遅く、もっと遅くという進化が10兆年続き、ナーサッド・アーシート人は極めてゆっくり生きるようになった。考える速度も、歩き回る速度も、世代交代する速度も、すべてが何千分の一だ。
「じゃあ、私たちはどうすればいいの? 若い宇宙には、私たちの住める星はないの? 全人類を犠牲にして来たのに……」
「いいや。一つだけ方法がある。文明のある星を探すんだ。知性ある者だったら、たとえ僕たちの動きが遅くても、むやみに殺したりしない。共存できるはずなんだ」
宇宙をさすらってみると、電波の出ている惑星があった。
黄色い恒星の第三惑星。
「ここならきっと!」
☆
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