第26話「物質透過」

 博士はついに、あらゆる物質を通り抜ける装置の開発に成功した。

 喜色満面の博士に、助手は不安げに声をかけた。


「しかし博士、安全面は大丈夫なのですか? 例えば、地面を通り抜けて地球の中心まで落っこちてしまうとか。光も透過するから、何も見えないとか。そういう危険もあるのでは?」


「三流SFのバカ博士と一緒にしないでくれたまえ。君は、助手のくせに私の研究を理解しておらんのかね? 物質透過装置の原理を言ってみたまえ」


「えーと…博士は、僕達の体を構成する陽子や中性子とは違う、未知の素粒子を発見した。陽子や中性子とは全く相互作用しない、幽霊粒子。

 僕達の体を、幽霊粒子に変換することで、あらゆる物質を通り抜ける」


「そうだ。特筆すべきことは、あらゆる物質を通り抜ける薬、ではなく、装置だという点だ。

 つまり、変換の範囲を自由に設定できる。

 私は宇宙服を着て、宇宙服ごと幽霊粒子になるから、たとえ地球の中に落ちても窒息死することはない。 宇宙服にはロケットが取り付けてあるから、ゆうゆうと飛んで上昇すればよいのだ」


「光も透過するから何も見えない、という問題は?」


「通常の物質が光子を放っているのと同じで、幽霊粒子はそれに対応した幽霊光子を放っている。私の体が幽霊粒子に変換された時点で、幽霊光子が見えるようになる。だから視覚も確保されるのだ。何の問題もない」


「なるほど……さすが博士!」


「では行ってくるぞ、人類未踏の世界へ」


 博士は宇宙服を着込み、その上にベルト上の物質透過装置を装着した。

 博士がスイッチを入れると、虹色の力場が宇宙服を包み込んだ。全粒子が、幽霊粒子に変換される……

 次の瞬間、博士は見た。


 漆黒の宇宙空間。

 そして目の前を埋め尽くすように、巨大な惑星が立ちはだかっていた。

 赤く光り輝くガス惑星。木星に似ているが、模様が全く違う。


「な、なんだ……!? なぜ宇宙? なぜ惑星が……?」


 一瞬だけ、博士はパニックに陥った。

 この装置は、別の場所に移動するような機能はまったく無かったはずなのに。

 体から汗が吹き出したが、2、3秒で状況を理解した。


「そうか……! この宇宙に重なりあって、幽霊粒子の宇宙が存在していた!」


 「幽霊粒子」は、通常の物質とは一切相互作用しない。

 つまり、幽霊粒子で作られた恒星や惑星、銀河があったとしても、惑星が地球のすぐ近くに接近していても、誰もそれに気づかないのだ。

 

「いかん、重力が……!」


 巨大惑星が、すさまじい重力で博士を引っ張り始めていた。

 このままでは巨大惑星に呑み込まれる。

 とっさに宇宙服のロケットを吹かし、抵抗を試みた。


「だ、ダメだ、とても推力が足りん……!」


 小さなロケットでは、まったくブレーキをかけることができなかった。


「解除するっ……!」

 

 物質透過装置を解除した。これなら、通常物質の世界に戻れる、あの惑星の重力は働かなくなる。


 パッ、と目の前から惑星が消えた。見慣れた研究所の壁が見え、

 博士は弾丸よりも速く前方に吹っ飛んだ。

 壁に激突、即死。

 すでに巨大惑星の重力は、博士にそれだけの落下速度を与えていたのだった。

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